「四万⼗と友だちになる」
⼈も⾃然も地域まるごと宿を四万⼗町大正で

⾼知県四万⼗町⼤正地域でゲストハウス「EKIMAE HOUSE SAMARU」を営む⼩野雄介さん。⼤分県出⾝、四万⼗町に移住する前は福岡県で新聞社に勤めていた。その後、地域おこし協⼒隊として 2015 年春に四万⼗町へ着任。3年間の活動を経て、⼩野さんが⾒つけた協⼒隊卒業後の道は、ゲストハウスの運営だった。⼭間の集落で、⼩野さんが開業から今も追い続けるのは「四万⼗と友だちになる」、そんな宿。こじんまりとした⼩さな地域で、⼩野さんが感じ、めざすものとは?

「サマル」。

アラビア語で「⽇が暮れたあと、遅くまで夜更かしをして友だちと楽しく過ごす」という意味があると⾔われている。

⾼知県四万⼗町⼤正地域でゲストハウス「EKIMAE HOUSE SAMARU」を営むのは、⼩野雄介さん(44)。
⼟佐⼤正駅の⽬の前にあった元旅館を改装し、2018年7⽉からゲストハウスとして運営をしている。

⼩野さんは、元々、地域おこし協⼒隊として2015年4⽉、四万⼗町へやってきた。⼤分県豊後⼤野市出⾝の⼩野さんは、⾼校卒業後、愛知県の⼤学へ進学。その後、京都や福岡県で働きながら⽣活をしていた。

四万⼗町へ来る以前、新聞社へ勤務していた⼩野さんは、紙離れが進む世の中で、⾃分が働く業界の⾏く末を考えるようになった。そして、2011年、東⽇本⼤震災が発⽣。それまでにも⾃分の⼈⽣をどうしていこうかと考えていた⼩野さんが、「移住をしよう」と考えるきっかけになった。

移住することを現実的に考え始めた⼩野さん。インターネットで移住先を検索する中で⽬を引いたのが⾼知県だった。

「インターネットで移住先を探していた時に、いくつか移住に対して⼒を⼊れているなと思う県があったんです。その中でも、⾼知県には『移住コンシェルジュ(※)』という制度があったので、その制度を利⽤して、コンシェルジュの⽅に相談してみたんです」

「今度⼤阪で⾼知県の移住相談会があるから来てみたらどうですか」とコンシェルジュに誘われ、実際に相談会へ赴き、出会ったのが四万⼗町だった。

「協⼒隊になりたいと思っていて、協⼒隊になるならどこの市町村が良いのか、選ぶ基準を⾃分の中でもうけていたんです。⼀つは、先輩協⼒隊がすでに活動していること。もう⼀つは、ミッション(活動内容)が⽤意されているということ。その⽅が活動もしやすいだろうし、新しい地域にも溶け込みやすいと思って。四万⼗町はその⼆つともがクリアになっていたので、決め⼿になりました」

2015年4⽉、⼩野さんは地域おこし協⼒隊として四万⼗町⼤正地域へ着任した。

「協⼒隊の活動が終わる3 年後への不安は漠然とありましたけど、暮らしていく上での不安はほとんどなかったですね。⼤正に来たばかりの時も『あ、案外暮らせるな』っていう感じでした」

居酒屋もスーパーもすぐそばに、コンビニにも20分ほど⾞を⾛らせればたどり着くということで、そこまで不便さを感じなかったという。

協⼒隊として地域活性化のために活動をする中で、⼩野さんの頭に浮かんだ3年後の道がゲストハウスだった。

ゲストハウスの建物に併設されている「⼟佐⼤正駅前にぎわい拠点」は、当時⼩野さんが大正地区の協⼒隊らとともに作った場所で、観光案内所・休憩所を兼ね、地域の拠点として⼈が集まる場所にと構えたという。当時は同期が4名いて、毎⽇交代で店番をしながら、⼤正地域に住む⼈々や町外から来る観光客などとよく会話をしていた。その際、「四万⼗町って、遊びには来るけれど泊まることはない。泊まるのは⾼知市や四万⼗市」という声をよく聞いた。

⼤正の中心市街地には当時、宿泊施設が⼀軒のみ。

「せっかく町外から⼈が来てくれても、泊まらずに帰ってしまう。それがなんだか寂しいな、残念だなっていう気持ちがあったんですよね」

そういった現状を何とかできたらと、にぎわい拠点と隣接する建物が空き家となっていたことから、「ここでゲストハウスができるのでは」と、協⼒隊の活動を始めて⼀年を迎える頃、⼩野さんの中での構想が膨らみ始めた。

その後、岡⼭県倉敷市で開催されたゲストハウスの開業をめざす⼈向けの合宿へ参加をしたり、協⼒隊卒業後に開業したという⼈が営むゲストハウスへ視察に⾏ったりと、「どうして宿を開くのか」「開くためにはどのように料⾦設定をしたら良いか」など、⾃分の考えの整理から開業・経営のためのノウハウを学んでいった。

無事3年間という協⼒隊の任期を終え卒業し、2018年7⽉、⼩野さんはいよいよゲストハウス「EKIMAE HOUSE SAMARU」を⼤正地域にオープンさせた。

⼩野さんが開業前に参加した倉敷での合宿の時に考えた宿のコンセプト、それは、「四万⼗と友だちになる」というもの。そのコンセプトは今でも変わっていない。

「四万⼗町に来た⼈が、友だちに会う感覚でまたここに戻ってきてほしい、そんな意味を込めています。四万⼗町の⼈や⾃然など、この地域と友だちになってほしくて、『地域まるごと宿』をめざして運営しています」

宿にはキッチンが備えられているが、⼩野さんは宿泊客に対し、「できるだけ外へ⾷べに⾏ってほしい」とお願いをする。それは、「地域まるごと宿」をめざす⼩野さんの思いがあってのこと。

「ここの地域には居酒屋が2軒。夜はそこに⾏って、居酒屋の⼈や地域の⼈と友だちになってほしいんです。居酒屋さんもうちのお客さんに良くしてくれて、可愛がってくれて、すごくありがたいなぁと思います」

⼩野さんの宿に泊まったお客さんが近くの居酒屋に⾏き、居酒屋の店主と仲良くなり、居酒屋の店主がその後、そのお客さんが住む広島県まで遊びに⾏っていたことがあったり、海外から来たお客さんが⼤正地域の⼀般住⺠と仲良くなり、2泊⽬にはその⽅の⾃宅でBBQを楽しんだりというエピソードもあるという。

⼩野さんがめざす「四万⼗と友だちになる」「地域まるごと宿」が形になっている。

それは、協⼒隊として地域の中に⼊り活動をしてきた過去の3年間と、⼩野さんの宿に対する明⽩なコンセプト、そして、⼤正というこじんまりとした地域の特性が絡み合った結果のようにうかがえる。

「協⼒隊の頃からそのままこの地域に残っているので、『地域づくりにすごく関われているな』と、やりがいを感じています。この地域では⼀⼈の役割がとても⼤きいんですよね。『地域まるごと宿』というのも、⼤正じゃなかったら実現できなかったかなと思います」

⼩さな集落で、四万⼗町の中⼼部からは30 分ほどかかる、決して100%便利とは⾔えない⼭間の地域だが、居酒屋があり、お好み焼き屋があり、⼩・中・⾼校、銀⾏や郵便局、酒蔵まである。だからこそ、⼤正にやってきた⼈たちを地域のあちらこちらへと案内ができる。

「東京ディズニーランドと同じくらいの広さに、全てが集約されているんですよね。それを⼀⽇で楽しめるっていうのは、すごく魅⼒的だなと思うんです」

⼩さな範囲に魅⼒がたくさん転がっている⼤正で、ゲストハウスを運営して5年。すでに宿のコンセプトや⽬標は達成しているようにも⾒える⼩野さんが、この地で考える未来のこと、それは、「この先も適度ににぎやかな場所であってほしい」ということ。

「すごくたくさんの⼈に来てほしいわけではなくて、適度ににぎやかな場所であってほしいなと。今あるお店たち、それを守っていけるくらいの活発さはこの先もあってほしいなと思います。それに、あと少しだけお店が増えたらなお嬉しいですね。⾃分がここで宿を始めた頃から、⼤正で新たにお店をしようとしてくれている⼈も増えているんです。旅⼈やお客さんがこの地域に来た時に、歩いて回って、そんなに退屈にならないくらいのお店があったら嬉しいなって思います」

協⼒隊としての3年間、そしてゲストハウスを始めてからの5年間、地域と友だちであり続け、お客さんを新たな友だちとして受け⼊れ、繋いできた⼩野さんだからこその、優しい願いが⼤正にある。

※⾼知県内への移住を希望する⼈に対し、相談や希望に合った地域の提案、現地訪問のコーディネートなどをしてくれる。

 

 

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Text : 岡本里咲 Photo : 鈴木優太

                   

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