シュトーレンで表現する
四万十の「あたたかな」四季

TURNS×四万十町 vol.5

2011 年10 月、高知県四万十町へ移住し、「カゴノオト」としてシュトーレンを中心としたお菓子作りを生業とする前成照(まえみちあき)さんと小清水緑(こしみずみどり)さんご夫婦。
移住前、移住を決意した時、移住後と、刻々と変わっていくフェーズを多様な形で乗り越えてきた。
しかし、2 人がやりたいこと、心に抱いているものはあの頃から変わらない-。
四万十町へ移住し10 年が経過した今、2 人の暮らしとは?

「カゴノオト」。
今や高知県内では、カフェや焼き菓子、マーケット好きの人々の間では名の知れたお店になっている。
シュトーレンの販売をメインとし、焼き菓子などを製造・販売する「カゴノオト」を営んでいるのは、前成照さん・小清水緑さんご夫妻。移住前は2 人とも東京で働いていた。

2 人には、それぞれに四万十町へ移住をした理由がある。
前さんは移住前、ホテルの厨房で料理人として働き、バイキングや結婚式の料理を作っていた。
大量に料理を作り提供するも、その度にいくらかのロスが出ていく日々。料理を提供する際には、使用している野菜の産地や生産者の説明をお客さんへするものの、前さん自身はその野菜を作った農家さんに会ったこともなかった。

「お客さんに対して説明をして野菜を提供するんですけど、自分はその農家さんを知らない。なんか自分だけ良いとこどりをしているみたいだなって思っていました」(前さん)

矛盾を感じた前さんは関東近郊の農家さんを訪ね、その後は農家さんとともにイベントをするようになっていったという。

一方、小清水さんはソーシャルワーカーとして、障がいを持つ人たちが通う施設で働いていた。
同時に、都内で場所を借り、週に一度カフェの営業もしていたという。
「障がいを持つ人たちが通う施設で働いている中で、世の中ってマジョリティーの人たちが生きやすいように成り立っているなと思うことがあって。でも、マイノリティーと言われる人たちはたくさん魅力があるんですよね。カフェの営業では、そんなことを自分なりに表現したいなと思ってやっていました」

でも、週に一度のカフェ営業から通常の仕事に戻れば、当たり前のことだとはわかっているけれど、そこで決められた仕事をしなければいけない。

「自分のできること、やれること、表現したいことで収入を得て暮らせていないことが、何だかおかしいなって。自分で仕事を作り出したかったんです」(小清水さん)

内容は違うものの、小清水さんの心にもあった仕事への「矛盾」。

それぞれが心にもやもやを抱える中、2011 年3 月、東日本大震災が起こった。

「東京に住んでいる限り、自分は整ったシステムの上で暮らしているということを強く感じました。水を出す、火を点ける、電気を使うということが、自分の手の中にはひとつもないということが東京での暮らしなんだなと」(小清水さん)

「ライフラインが止まって慌てふためいて、自分の不甲斐なさに『どうしようもないな』って思いました。一から生きる力をつけたいなと思ったんです」(前さん)

矛盾していた暮らしのでこぼこを埋め、地に足が着いた生活をと、二人は移住を決意。2011 年10月、四万十町での暮らしが始まった。

移住当初は「生きる力をつけたい」と、有機農家さんに雇用してもらい、農業に携わっていた前さん。

そんな生活を半年ほど続ける中で、「農家さんの育てた野菜や果物のおいしさをもっと知ってほ しい」と、2 人の飲食業での経験を糧に、イベントなどで地元の農作物を使った料理やお菓子の 出店を始めた。

それが徐々に評判を集め、2012 年12 月、2 人は四万十町十和地域に店舗を構えた。

当初は移住に至ったそれぞれの思いを果たすため、前さん、小清水さんが日によって屋号や内容 を変えながら営業をしていたが、途中から 2 人が一緒に「カゴノオト」として歩んでいくことと なる。

「お客さんにとってちょっとわかりづらかったので(笑)。そこから一緒にお店をすることになって、名前も『カゴノオト』でやっていこうと。籠って色んな用途で使われるし、色んな人、ものの出入りがある。私たちの場所もそんな籠に見立てて名前をつけました」(小清水さん)

そんな思いで始まったカゴノオトはカフェを主として営業。その中で製造を始めたのが「シュト ーレン」だった。
「四万十で採れる果物で、その時に食べ切れないものを保存していたのが始まりなんですよね。 保存食を作るって、都会から移住する時の憧れの一つでもある。瓶詰めを並べて、みたいな。砂 糖とかで果物を漬け込んだのは良いんですけど、大切にしすぎていつ食べたら良いのかわからなくなってどんどん溜まっていたんです(笑)。」(小清水さん)
カフェの営業と並行しながら、砂糖とともに漬けていた果物をシュトーレンに入れ販売したとこ ろ、SNS などを通じて知らない人からも注文があり、四万十の季節の実りを使用したシュトー レンは徐々にカゴノオトの看板商品となっていった。

高知県の山間で暮らし、土地のものを使った焼き菓子やカフェの営業で生計を立てて、暮らす。 そう聞くと、移住者の理想像とも言えるような田舎暮らしをしているように思える。 しかし2 人には、カゴノオトの次のステージでの暮らしに身を乗り出す必要があった。
「移住生活って、その土地で暮らし続けていかなければ終わり。地元に帰ることになると思うん です。私たち、カフェの営業をしていた頃は、段々と生活が厳しくなり、貯金も切り崩しながら で、これ以上経営していくことは難しくなっていました。何かを変えていかねばならないと思っ て、商売の勉強に高知市内へ出かけるようになりました」(小清水さん)

2 人はこれまでのカフェ経営のあり方を見直し、アドバイザーからの助言を受けながら新たな暮 らしのあり方を模索していった。
「それまでは、自分たちは『経済とは違うベクトルの中で生きている』っていう感じでした。でも、都会から移住して、田舎でのんびりと暮らしたいと思っていた領域はもう無理だっていうことがわかってしまった。今度はそこから違う領域へ移っていかなければ生活していけないって」 (小清水さん)

田舎でのスローライフを夢見て移住し、それを実現していた2 人が、新たなフェーズへと移って いかなければここでの暮らしを続けていけないという壁に直面。その後、さまざまなアドバイス を受けながら行き着いたのは、新天地に工房を構え、インターネットを主軸としたシュトーレンの販売をすることだった。

「自分たちがやりたい、伝えたいと思うことを継続していくために、経営の仕方を変えたってい うことですね。自分が良いと思っているものを多くの人に伝えたいとか、広めていきたいと思うのであれば、世の中の人が稼いでいるくらいの水準で自分もお金を稼げているということが、説得力にもつながると思ったんです」(前さん)

手法は変わった。フェーズも変わった。場所も変わった。でも、思いは一貫して変わっていない。

「ネットに切り替えると、自分たちが大切にしていた『あたたかいもの』っていうのが無くなってしまうような気がしていたんですけど、そんなことないなっていうことを感じています。お客さんとのお手紙のやり取りなどで、あたたかい交流もあります。ネットの上だけど、そういう繋がりをリアルに感じられるんです」(小清水さん)

カゴノオトが作るシュトーレンには、12 カ月分の四万十の恵みが詰め込まれている。
果物には、多くの手間と、細やかな農家さんの世話がかけられている。それを直に見てきた2 人は、シュトーレンを売りたいという想いだけではなく、シュトーレンというお菓子を通してその農家さんの日々の苦労や尊さを表現していきたいという。

「シュトーレンが、私たちの思いを乗せるのにぴったりだった」(前さん・小清水さん)

「自分たちが引っ越して来られたのは、ここで長年暮らし続けてきた方々がいて、その人たちが守ってきたこの景色があったから。そこに敬意を持って暮らし続けていると、多分、自分たちの暮らしも続いていくんじゃないかなって」(前さん)

あの野菜を作っている農家さんのことを知らない、知りたい。
マイノリティーの人たちの魅力を表現したい。
籠のように色んな人が出たり入ったり、交わる場所にしたい。
農家さんが一年かけて世話をした果物の魅力を伝えたい。

それが、「シュトーレン」という”ツール”であって、「私たちのやりたいことは変わっていない」。
矛盾を感じていた頃から、無意識に大切にしたいと思っていた「あたたかさ」。

カゴノオトが丁寧に作るシュトーレンには、高知の熱い太陽をたっぷり浴びた果物のうまみだけではない、ぬくもりが込められている。

 

📍【カゴノオト】
住所 : 高知県高岡郡四万十町土居6
電話 : 080-8730-9038
営業 : 10:00-16:00
定休 : 日・月・火・水
駐車場 : 有(2-3台)
https://www.kagonote.com

 

TURNS×四万十町連載始まりました!

四万十町についてこれからどんどん発信しながら、全12回の連載でお届けしていきます!

TURNS起業人が着任!20歳都会育ちの彼が惚れた清流・四万十の暮らし

きっかけはお試し滞在中の「気持ち良さ」!都会から移住した横田さんご家族の話

「いつかおらんくの町の酒と言われるように」復活した酒蔵で働くために移住した杜氏の話

師匠の技術を地域で、そして未来へ紡ぐ。鍛冶屋に弟子入りした移住夫婦の話

 

Text : 岡本里咲 Photo : 鈴木優太

                   

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