移住の理由は、「前職の上司に紹介されて食べた米が美味しかった。だから自分で作ってみたくなった」から。
兵庫県出身、家電メーカー勤務の部材開発者であった髙取眞一さん(58)。
「食べること」が好きだった米だが、ある日、高知県四万十町産の「香り米」に出会い、その時に感じた美味しさの感動から、「米作りをしたい」という気持ちが湧いてくる-。
2021 年、米農家になる夢を果たすためついに四万十町へ移住した髙取さん。今秋、自分の米の収穫が叶う時がやってきた。
「大好きなお米を自分の手で作って、それを食べたら美味しいだろうなと思って。だから、今はワクワク感しかありません。」
2021 年4 月、米農家をめざし高知県四万十町へやってきたのは髙取眞一さん(58)。兵庫県出身で、移住前は家電メーカーに勤務し、毎日片道2 時間の距離を通勤するサラリーマンだった。
髙取さんが四万十町の米に出会ったのはその頃。米に関しては専ら食べる専門で、日本全国のさまざまな米を食べていたある日、仁井田米と出会う。その美味しさに感動した髙取さんは、50 歳を目前にして「会社を辞めて米作りをしたい」という思いが沸いてきた。
最初は会社の人材不足も重なり、「まだ残っていてほしい」と引き留められたものの、約5 年ののち、ようやく退職の合意が取れた。「米好き」が転じて「米農家」になるという夢へ踏み出す時がついにやってきたのだ。
準備はできていた。退職が決定する前から、高知県が主催する「こうちアグリスクール」での農業研修や高知県のアンテナショップで開催される移住・就職相談フェアへ参加。四万十町の関係者に「米作りをしたい」という思いを伝えていた。
それらの活動が実を結び、移住をすると決意した時には、(一社)四万十農産で米作りの手法を研修しながら学び、いずれは米農家として独立するというルートを町の関係者らが用意してくれていたのだ。
「僕が移住してくる時には、四万十町の奥呉地(おくくれぢ)という地区で米作りを学んでいくということが決まっていました。ある意味、敷かれたレールの上を歩く形でしたが、その時の担当の方には感謝しています。研修では、田んぼの土づくりなど一から学ばせてもらいました。色んな機械の使い方をはじめ、一から自分でできるようになりました」
髙取さんは(一社)四万十農産で働く先輩職員とともに、山の奥へ向かい段々と田んぼが広がっていく四万十町らしい風景の中に身を置いて、大好きな米作りを学んだ。
「格好つけるわけじゃないですけど、イメージしていたものとのギャップとか、『しんどい』とか『大変』とかっていうのは全く思わなかったです。田んぼの近くに住んでいる住民の方々も、最初は遠目から見ていましたけど、だんだんジュースを持ってきてくれたり、『ちょっと休みや〜』って言ってくれたり。知らない土地での米作りも割とスムーズにスタートすることができましたね」
研修期間の2 年を終え、3 年目の今秋は、髙取さんにとって初めて「自分の米」としての収穫が控えている。
「研修期間は四万十農産に所属して栽培をしていたので、育てたお米はもちろん「四万十農産の米」として出荷していました。でも、今年は一生産者として、自分の米として出せる。自分の米になるということが楽しみで、ワクワクしています」
髙取さんが栽培しているのは、「にこまる」と「香り米」の2 品種。1 町3 反の田んぼで、会社員時代に惚れ込んだ「あの米」が、もうすぐ自分のものとして出荷される。
「にこまるも香り米も弾力があってもちもちしていて、冷めてもパサパサにならず湿気を保つお米。もうこのお米が大好きで。ここに来てからは、毎朝、妻が炊いてくれる香り米の匂いで目覚めるんです」
以前は単純に食べることが好きだった米を、髙取さんは自身の時間、労力をかけ、住処を変え、「子ども」のように手塩にかけて大切に育ててきた。
「田んぼを見に行く時には、『今、稲が何を欲しがってるのかな』って考えて、例えば『水をもうちょっとあげたほうがいいかもしれない』って考えたり。稲と話をすることはできないけど、一個ずつ手に取って、『どうだろう?』って。その表情や信号を見に来るのが毎日楽しいっていう感じですね」
手をかければかけるだけ、答えてくれる。手を抜けば、手を抜いただけのものになる。ある意味、裏切らない。だからこそ、「頑張って愛情を注ぐと美味しいお米ができる」。美味しいお米を食べることが楽しみだった髙取さんは、今、米作りの醍醐味を全身で感じ、その米に「眞心米(しんしんまい)」と名付け出荷の日を待ち望んでいる。
髙取さんが四万十町で充実した暮らしを送れている理由は、米作りを生業にできたからということだけではない。彼自身のポジティブな性格が自然に囲まれた地域の中で活かされているように見える。
「こうちアグリスクール」の体験入学で初めて四万十町を訪れた7 年前、髙取さんが四万十町に対して抱いたのは「裸で歩ける町」という印象だった。
「コンビニとかそういうお店は少ないけど、少ないなりの良さがあるんじゃないかなって。どこか心地良さがあって、鎧を着ていなくていい町というか、裸で歩ける、防備しなくても良い町かなぁって思ったんですよね。神戸や大阪にいた頃は、近所の人が何しているかなんてわからなかったですけど、ここでは全てがわかる。それが逆にいいのかもしれない」
移住者が移住後の生活で時々表現する「地域の人から見張られているような気がする」という言葉。その言葉を使いながらも、髙取さんはその「見張られている」ことに対して、「そういう安心感がある町かな」と前向きな表現をした。
髙取さんの夢は、「見張られている安心感」があるこの町で、高齢化の進む奥呉地の地で、田んぼの世話人となっていくこと。
「大きいこと、言ってもいいですか?この奥呉地って、どこを向いてもおじいちゃんおばあちゃんばかりなんですよね。あと5 年くらいしたらほとんど誰も世話をしなくなるような田んぼがたくさんある。放っておいたら荒地になるだけなので、本当にここをなんとかしたいなって。だから、大きめの組織を作って、できたら自分がリーダーシップを取って、若い人たちを集めて、もっとここを賑やかにしたいなって思います」
米好きから発展した新しい夢。
それは、ただの米好きで、自己実現のためだけの夢ではなくなった。
「農業は自然の中の生業だと思っています。いつか若い人たちにもそう思ってもらって、本当に彼らの生業にできたらいいですよね。その希望を僕が作りたいなと」
あの頃魅了された稲穂に包まれながら。
髙取さんは大好きな米を通して未来の奥呉地を育ててゆく。
髙取さんも利用!四万十町滞在型市民農園「クラインガルテン四万十」とは?
都市と地域の交流を通じ、地域の活性化や移住・定住の推進を図る目的で平成22 年に開園された滞在型市民農園「クラインガルテン四万十」。最長3 年間滞在することができ、共同農機具の利用や農作業を学ぶ研修への参加が可能。農地付きで果樹や花の栽培も楽しめる(日帰り農園も有)。
高取さんが感じたクラインガルテン四万十の魅力!
「移住当初は、知人もいない、地域の人たちとの繋がりもないことが多いと思うので、『孤独になってしまうのでは?』と不安になることもあると思います。でも、クラインガルテンに滞在している人たちは、いろんな地方から来ているから、『同じクラス』にいるような感じ。わからないことがあっても先輩たちが教えてくれるし、飲み会があったりしてコミュニケーションが取れる。だから最初は知らない土地だったけど、今、楽しく過ごせているんだろうなって思います」
詳細はこちら!https://kleingarten-shimanto.com/
TURNS×四万十町連載始まりました!
四万十町についてこれからどんどん発信しながら、全12回の連載でお届けしていきます!
Text : 岡本里咲 Photo : 鈴木優太