2011年から東日本大震災復興支援「サントリー東北サンさんプロジェクト」を立ち上げ、地域の方々と共に活動することを大切にしてきたサントリー。震災から10年後の2021年には「みらいチャレンジプログラム」 を開始し、岩手県・宮城県・福島県の地域創生・地域活性化を目指す団体・個人を、3期にわたって応援する。
今回は、第2期の助成先であり、復興を超え、地域に新たな人と経済の循環を生み出そうとする3つのサポート事業をレポートする。
◉サポート事業紹介 1
宮城県 石巻市
地域資源を活用したパブリックハウス
~映画×酒造×ホップで 文化のアップサイクル!~
人と地域と新たな経済の交流を生み出す「まちの映画館」
震災直後の石巻市は、かつて「文化通り」と呼ばれた市内中心部にボランティアが集まったことで開かれた地域となっていた。しかし、コロナ禍で人の流れは激減。〝まちの灯〟が消えた。6年前に地元・石巻市にUターンし、移住コンシェルジュと並行して芸術活動を行っている矢口さんは、この地域にあった最後の映画館「日活パール劇場」が2017年に閉館したのち、ビール工房として改装される動きに合わせて、隣接する空き家をリノベーション。「シアターキネマティカ」を2022年8月にオープンした。
「以前から空き家を改修して、映画も演劇もできる劇場にしようと考えていました。そこにお酒が飲めるカフェスペースをつくることで、映画や演劇が目的でない人でも集まりやすくなり、大衆酒場のような役割も担えるのではと。かつて映画に親しんだシニア世代の人たちがフラッと立ち寄って映画を観られる場所にしたかったんです」と思いを語る。
「シアターキネマティカ」開設の背景には、「日活パール劇場」が震災から3ヶ月後すぐに再開した過去がある。「劇場の館長さんが、『こういう時だからこそ、映画を通じた〝まちの灯〟を絶やしてはいけない』という言葉を残していたんです。館長さんが亡くなられて閉館した際には、劇場のネオン看板を預からせてもらいました。この劇場は館長の思いも継承しているんです」。そして今回「再び町に賑わいを」と設けたパブリックスペースを『City Lights』と名づけた。これはチャップリンの映画「街の灯」から命名。「まちの灯を燈そう」という意味が込められている。
飲んで食べて語りあえる映画館は希少。「みらいチャレンジプログラム」の助成で設けることのできたキッチンのおかげで、さまざまな可能性が広がりつつある。「今後はイベントのテーマを多様化するとともに、映画を自主制作している人たちの作品を管理して全国に普及させる配給側の役割も担っていきたい。また、首都圏で活動している劇団が地方進出する際のプラットホーム的な役割にもなれたら」
文化、食を通じて人と地域を結び、新たな経済を生むエリアリノベーション。文化通り周辺は、チャレンジしたい人が集まる熱量の高い地域になりつつある。「今後も石巻市特有の多様さを広げ、あそこに行けば何かある、誰かと出会える、そんな場所にしたい」と言う矢口さんは、何か新たなことを始めたい人や移住したい人のサポートにも意欲的。まちにチャレンジの灯を燈し続けている。
映画、演劇から落語、ワークショップなど、さまざまなをプログラムを提供。隣のビール工房でつくられたクラフトビールも振る舞われるカフェは近隣住民の新たな社交場だ
矢口 龍太さん
かつて繁華街として賑わいをみせていた通称「文化通り」で、館長の他界により閉館した映画館に隣接した空き家をリノベーション。地域の人たちが気軽に訪れて映画や酒などが楽しめるコミュニティースペース「シアターキネマティカ」を開設。新たな「まちの社交場」づくりに挑戦する。
◉サポート事業紹介 2
岩手県 三陸エリア10市町村
三陸・三鉄 次の10年へ 沿線市町村住民列車
住民にこそ知ってほしい「三陸鉄道」の価値とつながる可能性
2007年に発足した「三陸鉄道を勝手に応援する会」は、三陸のシンボリックな鉄道「三陸鉄道」を地域の財産として考える会。草野悟会長を筆頭に、鉄道存続のためにさまざまな活動を行ってきた。災害で駅や線路を消失していた三陸鉄道は震災以降長らく運休が続いていたが、2019年に日本最長163kmの第3セクター鉄路として全面開通して復活を遂げ、今では、沿岸地域創生の切り札として期待されている。
その一方、三陸地方はリアス式海岸が多いため、主流の交通手段は自動車。実際は近隣住民の利用率が低いという現状がある。そこで今回のチャレンジでは、「三陸鉄道」の価値を再認識してもらおうという想いから、「住民列車」を企画。「沿線10市町村の自治体職員に住民列車に乗ってもらい、岩手大学の齋藤徳美名誉教授による『震災から10年を経て、さらに次の10年への備え』についての講話や三鉄社員との交流を盛り込んだ約2時間の列車旅で、三鉄の楽しさを体験し、価値を理解して、地域の住民に知らせてもらうことを目的とした。
住民列車では、参加者が楽しさを再発見したとともに、普段出会わない人たちの交流の場にもなり、つながることの重要性を感じさせる機会となった。10市町村の職員が交流することで、三陸鉄道を使った新たな経済交流の可能性を意見交換する場面もあったという。これまで鉄道と関わりのが少なかった市町村役場の農政関係の部署が、三鉄を使って農家の青年部会をするなど、新たな利用促進への動きも見えてきている。
沿線に暮らす住民の中には、住み慣れたエリアから出たことがない高齢者も多く、初めて乗った列車で遠出をすることに感動する人もいるという。「三鉄は住民にとって生活の足になり、観光要素も含む、大切なインフラなんです。まさに灯台下暗しですよ」と、草野さん。「いつまでも被災地としての三陸を伝えるのではなく、魅力も同時に発信していかなくては。本来の三陸は、美味しいものが豊富にあって景色もよくて楽しく面白いところ。住み心地もよく移住者も多い地域です。ここで生活している人たちがいかに心豊かに暮らしているのかということも伝えていけたらと考えています」と話す。
「鉄道の活用方法として活動をまとめた読本を、全国でさまざまな課題と向き合っている地域の方々に、参考にしていただけたら」
住民列車は今後もさまざまな可能性をつなぐ役割を担う。
住民列車で職員たちによる運営に関する車内説明に加え、岩手大学齋藤徳美名誉教授による防災についての車内講話(写真右)も行われた
草野悟さん
大震災から12年、復旧活動中も台風やコロナ禍の影響を受け、地域の財産ともいえる「三陸鉄道」を活かした地域づくりが停滞気味だった。そこで、沿線の市町村向けに第1期のサポート事業で制作した読本を活用した研修列車「住民交流列車」の運行を実施し地域住民の理解と利用促進につなげる活動を行ってきた。
◉サポート事業紹介 3
福島県 会津若松市 いわき市
会津と浜をつなぐ作戦
住民にこそ知ってほしい
ふたつの地域をつないでそれぞれの魅力を発見・発信
生産者と消費者の距離を縮め、安心できる農産物の流通を生み出す「地産地消」。しかし、狭い範囲での地産地消は供給過多に陥りやすく、価格が低下しがち。「農業をしたいが儲からない」という理由で、就農希望者の減少も招いてしまう。販路や流通を拡大するにあたり、地元の人が適正な価格で地域で採れる産物を食してファンとなり、さらにその魅力を広めていくことができたら。
「まずは人と人の交流を。それに続いて産物の交流をスタートさせる仕組みを作れないかと立ち上げたのが、広域地産地消推進協議会です。ここでは以前から農業支援活動の一環として農産物の直営店を運営しており、人的ネットワークのあるいわき市と会津若松市をつなぐという試みが生まれました」と話す佐藤さん。
二つの地域を結ぶ事で、物流面でのコスト効率化が期待できる。また、各地で産地を巡るマイクロツーリズムが行われるなかで、観光業者と地域の飲食店、農家がタッグを組み、県内のさまざまな地域に目を向けて、交流を活発にすべきだという考えもあったという。
「いわき市と会津をつなぐ作戦」では観光事業としてお互いの農家や水産業者を巡る体験型ツアーを行い、人の交流を起こす取り組み。会津では「雪下キャベツ」の収穫体験が行われた。ほぼ雪がないいわき市の参加者たちは、雪が積もった景色にまず感動。雪をかき分けてスコップで掘り、キャベツを収穫する体験で、出荷価格に見合わない農家の苦労への理解が深まった。
一方、いわき市ではトマトの収穫を体験し、魚市場で仲買人さんの話を聞いた。鮮度が高いと生臭さが一切無いことを知り、魚に対する印象が変わったなどの声も聞かれた。このツアーで、互いの地域がブランディングに繋がる産物の魅力を再発見。「みらいチャレンジプログラム」の助成によるツアー実現が大きな一歩となったのだ。
震災後の風評被害も完全に消えた訳ではい。生産者以外の県内の住民たちが消費者として、その安全性を発信していくことには大きな意味がある。今後は、海産物のサブスクや農産物の産地直送も検討中。こうした経験から個々の生産者が直接販路を広げていけるようになれば、人材育成にもつながる。
「震災やコロナ禍で元気をなくしていた観光や飲食業界を元気にすることが、地域の経済の活性化になります。地域で前を向いて頑張っている人たちを応援していきたい」と、佐藤さんは未来を見据えている。
野菜の販売会の一環として、生産者の元を訪れ、採れたての野菜を試食する場面も。会津地方郷土玩具である赤べこづくりのワークショップなど、文化の交流も行われた
広域地産地消推進協議会
佐藤政幸さん
福島県会津若松市の農作物といわき市の海産物を対象に、地産地消で互いの地域の食の魅力を認識し発信する。さらに、両地域での体験型観光イベント開催により産物の価値を高め、さらなる流通拡大につなげると同時に、人材育成をはじめとする農業支援も行う。
復興のその先へ。未来をつくる地域活動を、「みらいチャレンジプログラム」は応援します
サントリーホールディングス株式会社
CSR推進部 青木瑞穂さん
地元のインフラ・文化・産業の復活を通じて、地域と地域、人と人、被災の過去と未来をつなぐことに3つの助成事業は共通性があります。未曾有の災害から12年、フロントランナーは向かい風にも自身で考動しながら、東北のみらいづくりに挑戦しています。「みらいチャレンジプログラム」を通じて、オリジナリティと地元愛あふれる“やってみなはれ”を応援するとともに、取り組みの伝播や連携により初めの一歩のハードルを下げ、誰もが主役に輝く地域活動の実現が進むことを期待します。 |
文・井上友子
「サントリーみらいチャレンジプログラム」とは
サントリーグループが東日本大震災復興支援「サントリー東北サンさんプロジェクト」の一環として、東北の未来づくりのために、岩手県・宮城県・ 福島県で地方創生・地元活性化を目指して挑戦する団体・個人を応援するプログラム。これまでの2年間で562のチャレンジが寄せられ、74の事業をサポートしている。2022年の第2期は右の通り。
https://www.suntory.co.jp/company/csr/support/mirai/
東北三県×サントリー×TURNS取り組み一覧
#Challenge.01「雄勝石」による天然スレートの生産復活
#Challenge.02 福島県富岡町 原発事故で無人になったまちをワインで立て直す
#Challenge.03 被災した土地に美しい景観を取り戻す。椿のカーペットがつなぐ未来