東北3県のこれまで と これから をつなぐ「みらいチャレンジプログラム」
東日本大震災から11年、サントリーみらいチャレンジプログラム対談
#Challenge.01
宮城県石巻市雄勝町の特産品“国産天然スレート”を未来に繋いでいく
▲雄勝硯生産販売協同組合 遠藤耀一さん(中央)サントリーホールディングス株式会社CSR推進部 榎悠里さん(右)TURNSプロデューサー 堀口正裕(左)
国産天然スレート10,000枚の生産へ挑戦
2011年から「サントリー東北サンさんプロジェクト」を立ち上げ、被災地の人々と共に復興支援活動を続けてきたサントリー。2021年、新たに「みらいチャレンジプログラム」を開始し、岩手県・宮城県・福島県の地域創生・活性化を目指して挑戦する団体・個人を、3期にわたって応援していく。今回は第1期の助成先である宮城県石巻市雄勝町の伝統産業「雄勝石」による天然スレートの生産復活支援について。このウェブ記事では、TURNS本誌には入れることのできなかったエピソードもお届けします。
真の復興はこれから。
雄勝石の天然スレート生産から始まる東北の新たな好循環
伝統産業の復活に奮闘する青年と共に
赤レンガが美しいJR東京駅の屋根に、宮城県石巻市雄勝町で産出する「雄勝石」が使われていることをご存知だろうか?
最上級の硯石として古くから愛され、変質しにくく永い年月に耐えるスレート屋根・外壁材としても、産地周辺の民家や、日本近代化を象徴するような洋風建築に多く用いられてきた。
2011年3月11日に起きた東日本大震災は、石巻市の北部沿岸に位置する雄勝町にも壊滅的な打撃を与えた。その後10年余りを経て道路や生活のインフラ等は回復しつつあるものの、伝統産業である雄勝石の採石・加工は、生産拠点の消失や職人の老齢化により、いまだ再興へは道半ばだ。
この町に大学生の頃からボランティアで通い続けた1人の青年が、大学卒業と同時に雄勝硯生産販売協同組合に就職し、雄勝石による町の復興に奮闘している。遠藤耀一さんは現在25才。石巻市出身で、震災当時は中学2年生だった。
遠藤さんは雄勝石による天然スレートの生産復活事業を企画し、昨年、「サントリーみらいチャレンジプログラム(以下みらいチャレンジプログラム)」に応募し、採択された。2022年1月、遠藤さんとサントリーの榎さん、TURNSプロデューサーの堀口が、再建された雄勝硯生産販売協同組合の事務所でこれまでの状況や、これからの展望を語り合った。
企業がサポートすることで広がる復興の可能性
堀口:遠藤さんのこれまでの活動について教えてください。
遠藤さん(以下敬称略):雄勝石の天然スレート生産の継承には2つの意義があります。1つはこの地域独自の景観をつくっているスレート民家の保全、もう1つは近代国家の歩みを象徴する歴史的建造物の保全。雄勝石のスレート生産の存続は、これらの補修に国産材を使い続けていけるかどうかに関わっています。
▲雄勝石を薄く加工するには、石目の見極めと割る感覚が重要だという
▲表面を水と海や川の砂で削り、さらに耐水ペーパーで磨くことで、滑らかな雄勝石の表面が出来上がっていく
遠藤:天然スレートは採石の目利きや均一な薄さに割る精密な手作業など、ほぼ全工程が職人の技能に支えられていて、特に採石の知識を持つ唯一の技能者は高齢のため、継承は火急の課題です。今回の企画である“天然スレート1万枚の生産”は屋根面積でいうと50坪ほどしかありませんが、これをきっかけに真正性が重視される国内の文化財修復に貢献できれば、小規模でも持続的な生業として再生できる可能性があります。「みらいチャレンジプログラム」のサポートをその足掛かりにして活動を進めていきたいと思っています。
堀口:実際にサントリーさんが入って好転したことは?
遠藤:採石するには重機を使う必要がありますが、資源は潤沢にあるのに資金とノウハウがないため進んでいませんでした。そこで、このプログラムの助成を機に採石からスレート製作まで計画を練り直しました。そこから地元の業者が重機の操作に協力してくださることになって石が採れ始め、石割りの職人も迎えて教えていただきながら、昨年末についにスレートの製作が進み始めました。自分たちだけでは難しかった部分が打開できたのです。
▲採掘され、工場まで運ばれた雄勝石。ここから職人の手によって食器や硯、スレートに加工される
現地に赴き、地域の方々と活動し続ける
堀口:榎さん、一緒に現場に携わっていて感じるやりがいは?
榎さん(以下敬称略):支援しているというよりも、地域の方々と共に地元を盛り上げるためのチャレンジをしたいという気持ちで臨んでいます。サントリーが東北の復興支援を始めた時から、社員が必ず現地に赴いて地域の皆さんと一緒に活動することを大切にしてきました。一方的な支援にならないよう、現地に通う中で、その時々に必要と思われることをしてきています。最初は漁業の復興支援、次に子どもたちへの支援、そして震災後10年の節目にあたる2021年に「みらいチャレンジプログラム」をスタートしました。「施設や道路は復旧してきたけれど、住む人が戻ってくるのか」、「町の本当の復興はこれからがスタートだ」という地域の声を聞き、そこに対する新しい一歩をサポートするような活動ができればというのが理由です。
榎:私自身、この地域に初めて来た頃の本当に何もない状態を見ているので、来る度に少しずつ町が前進しているのが嬉しく、関わってきて良かったなと思う瞬間があります。遠藤さんの企画は応募の書面から、雄勝にとっても、東北にとっても意義のある素晴らしい活動だと思いましたが、実際にお会いしてみると、採石に始まり、いろんなことに果敢にチャレンジされている姿勢に多くの学びがあり、サポートの機会をいただけて本当に良かったと感じています。
堀口:榎さんは震災当時は高校生ですよね? 現在の部署はご自分で希望されたのですか?
榎:東日本大震災が発災したのは高校1年生が終わる時でした。入社して最初に配属されたのがこの部署だったのですが、私は東京で生まれ育ったので、こういう機会がなければ東北は縁遠い場所だったと思います。今では週に1、2回東北にいることもあり、第二の地元のように感じています。「おかえり」と言っていただける場所ができたことは、私個人としても嬉しいですね。
▼以下、雑誌本文にはない、Web記事用追加文—–
雄勝の素晴らしい文化を、もっと多くの人に伝えたい
堀口:遠藤さんは、そもそもいつ頃からこの地域のことに興味があったんですか?
遠藤:大学のボランティア活動で1年生の時から雄勝町に来ていて、3年生の時に就職先の候補の一つとして雄勝硯生産販売協同組合を紹介されたことが明確なスタートですが、雄勝町の石との出会いは、小学生の時に愛用していた硯でした。「硯の町として有名なんだよ」と聞いていました。
ボランティアの時に、制作現場や仮設店舗でお手伝いをさせていただく中で、硯以外にもさまざまな商品があり、いろんなところへ出荷されていると初めて知ったんです。石巻市に住んでいた私ですら、雄勝町や雄勝石のことをよく知らなかった。せっかく美しい物をつくれる素材があり、それを素晴らしい製品に加工することができる職人さんがいるのに、この町に来たことがある人や特定の人にしか知られていない。そこから、もっと広めていきたいと思うようになったんです。
現在はこの組合に入って自分でも制作するようになり、今まで以上に、もっと上手にいろんな人に発信できるようになりたいと思っています。この町に暮らしながらこの作業に携わっていきたいという人、いわば私のような人を増やすことを、組合に所属しながら個人としてもやっていけたらと思います。
▲対談が行われた雄勝硯伝統産業会館。その外壁にも雄勝石の天然スレートが使用されている
▲雄勝硯伝統産業会館内部には雄勝石を使った硯や食器など、さまざまな加工品が展示販売されている
堀口:もともとはこの町が好きだから来たというよりも、ここでチャレンジができるから来て、身を置くほどに町が好きになって、雄勝石の技術を高めたり広めたりしていけたらいいな、とますます強く思うようになったということですね。
遠藤:そうです。雄勝硯や天然スレート制作に関わるすべてが心から「すごいな」と思える人や技術の集まりですが、それを自分の力だけで広めていくことはなかなか難しいので、サントリーさんにもご支援いただきながら、そして私たち以外で「みらいチャレンジプログラム」に取り組んでいる方々とも連携しながら、もっと発信力を高めていけたらと思います。それをきっかけに雄勝に興味を持っていただいたり、実際に制作しているところを見に来ていただけたら理想的です。
かつて支援した子どもが町に戻って支える側に
堀口:この雄勝町のプロジェクトにサントリーさんが関わることの意味みたいなことを伺ってもいいですか?
榎:意味というより、私たちの使命だと思っています。サントリーの社是の最初の一文に「人間の生命の輝きをめざして」というフレーズがあります。あらゆる事業やサービスに関して、何のために私たちがやっているのかというと、人の生命が輝くためであると。それが利益につながることもあれば、世の中の人々の心を動かすような取り組みもある。この東北復興支援は、まさにそこに直結したところにあるのではないかと思います。
堀口:震災後から振り返ると、この取り組みの社内での理解は高まりましたか?
榎:私たちは、もともとある想いを大事にしながら、社員と一緒に何度も何度もプロジェクトをつくり続けているという認識です。サントリーが東日本大震災復興支援を始めた時、サントリーグループとしてどのような支援活動を行うべきかについて全社員にアンケートを取り、その意見も踏まえながら活動を決めてきました。最初は被災地の主要産業である漁業へ、次に未来を担う子どもたちへというふうに。
堀口:当時支援を受けた子どもたちも今は成長して大人になり、今度は自分がその地域を支えようという人もいらっしゃるかもしれないですね。そのようなエピソードはありますか?
榎:石巻市内に「石巻市子どもセンターらいつ」というサントリーが建設支援を行った児童施設があります。この施設を建設する際、地元石巻の子どもたちに「まちづくりクラブ」を結成してもらい、どんな建物や児童館になるといいか考えてもらって、そこででたアイデアを元に施設を建設しました。
その当時のまちづくりクラブのメンバーの一人が、大人になってから石巻市に戻ってきて、その児童施設のスタッフとして今、働いています。今でもその方とはお会いする機会があり、お話を伺うと「あの時、大人たちが私たちの声を聞いてくれたから、それを励みにやってこられた。私も子どもの声を聞ける大人でありたい」とおっしゃっていて、その姿勢に教えられることがたくさんあります。
堀口:それも長年やってきたからこその成果ですね。
▲雑誌本文にはない、Web記事用追加文ここまで—–
天然スレート生産から地域を豊かにする循環を生み出したい
堀口:遠藤さん、「みらいチャレンジプログラム」が大きなステップになりましたが今後の課題や展望を教えてください。
遠藤:組合には、「今までこのように継続してきた」という意見と、「今はこういう状況だからこのように変えていこう」という意見があります。このような違う立場、視点が交わることでもっと新たな可能性が広がると感じていますが、同時に一つのチームとして行先を定めていく必要があります。私自身の目標としてはホームページの充実や、ECでの販路拡大、多様なデザインの製品づくりをしたい。
一方で硯職人たちは後継者を育成したいとか、硯を拡売したいという思いを持っています。組合としても、雄勝町全体としても、町の石産業の今後の在り方をしっかり考えていかないといけない。その大きな取り組みの中に今回の天然スレート生産があると思っています。この産業や町が盛り上がり、外からやってみたいという人が入ってきて、それでまたこの町の生活が豊かになるという循環につながっていくといいですね。
また、私たちと同じように伝統工芸や地場産業の復興に取り組む他の地域の人たちとも連携し、一緒に学び合いながら良いものを紹介していく仕組みづくができたらと思っています。
堀口:榎さんはいかがですか?
榎:地域の方々と一緒に考えながら、より地域に寄り添った活動になっていったらと思います。そこを大事に10年間やって来ましたし、これからもやっていきたい。同時に岩手県・宮城県・福島県の地域の方々が連携し合える環境もつくっていけたらと思います。
堀口:雄勝町だけでなくサントリーさんと一緒にプロジェクトをつくり出した方々は、遠藤さんしかり、おそらく他の地域に対しての敬いもきっとお持ちだと思うんですよね。そこに関わっている人たちだけだと見えないアイデアや視点もあると思うので、各地を結んでワークショップみたいなことをするのも良いのではないかと思います。東北復興支援のさまざまなプロジェクトに関わりたいという人が増えてくることを目指した発信を、今後もぜひ行っていきたいですね。
また、「発信」というと外の人にどう見ていただくかに目が行きがちですが、町の人や内部の人にしっかりと知っていただくことも大切ですよね。地元の人が喜んでくれてこそ盛り上がりますし、続いていくのではないかと思います。
サントリーとTURNSでは今後もオンラインイベント等を通じ、継続して東北の復興に貢献していく計画だ。雄勝町の遠藤さんのチャレンジを皮切りに、東北3県で展開されていくサントリーの「みらいチャレンジプログラム」を、TURNSでも順次紹介していく。少しでも興味を惹かれたプロジェクトには、まずはイベントに参加するなど、なんらかの方法で関わってみよう。そのアクションの集積が東北復興の確かな支えになるはずだ。
今後の東北三県×サントリー×TURNS取り組み一覧
●TURNS本誌掲載
2月20日発売号
4月20日発売号
●TURNSweb記事
4月:みらいチャレンジプログラム団体紹介x2記事
5月:みらいチャレンジプログラム第二期告知
●現地取材ツアー
3月上旬:一泊二日TURNS取材チームと行く東北取材体験ツアー
※新型コロナウイルスの状況から実施時期など判断してまいります。
●オンラインイベント
2月9日(水):【東北三県×サントリー×TURNS 】サントリーみらいチャレンジプログラム対談
3月:取材ツアーレポートイベント
5月:みらいチャレンジプログラム第二期告知イベント
サントリーみらいチャレンジプログラムHPはこちら
文・角舞子、写真・渡部聡