TURNS

どこに住むかより、誰がそこにいるか。”十和田の親” に見守られて、成長する家族のこれから。
|十和田市で、子どもと暮らすことについて考える。1|佐藤さんご一家の暮らしかた

2019年8月に、TURNS編集部のスタッフとその息子が、青森県十和田市で1週間のお試し移住を体験してきました。

普段は郊外のマンションに住み都心に通うスタッフと、小学1年生になったばかりの息子にとっては、一軒家での生活も、車での移動も、非日常な暮らしかた。滞在中、十和田市に移住し、子育て真っ最中のご家族のもとを取材しながら、改めて「移住について」「子育てについて」「暮らしかたについて」考えてみた様子をレポートしていきます。


 

集落総出で草刈り。コミュニティが活きる山里の暮らし

十和田市中心街から車で20分。十和田湖から流れ出た奥入瀬渓流の支流が、10世帯余りが暮らす山間の集落・川代かわだいを潤しています。

集落総出の奉仕活動は朝7時から始まっていたそう。

取材に訪れた日は草刈りの真っ最中。草刈りといっても重機を使い、道路脇の木の枝まで払うという念の入ったもの。8月上旬に行うのは、お盆に山から下りて来るご先祖様の通り道をきれいにしておくためだとか。集落中から人が集まり、最後は集会所で慰労会を開くのが恒例です。

 

50~80代の住民に混じって、器用に枝切り鋏を使う男性の姿がありました。
川代に移住して1年目の佐藤正典さとうまさのりさんです。

集落の中でも一番の若手となった正典さんは、地域にとって貴重な人材です。

十和田市の空き家バンクを通じて古民家を購入し、妻・千草ちぐささんと、長女・たまきちゃんの家族3人で住み始めたばかり。この日、生後2カ月の環ちゃんは、初めて集落の人たちに顔を合わせました。

代わる代わる環ちゃんの顔を覗き込んでは、「川代の子だね」と嬉しそうに言うご近所さんたち。山を背にした広い一軒家には、盛夏でも涼やかな風が吹き抜けます。

 

ニュージーランドが気づかせてくれたこと

正典さんと千草さんが出会ったのは、ニュージーランド。お互いにワーキングホリデービザで滞在していていた時です。パーマカルチャー(※)に興味があった正典さんは、その暮らしぶりに触れるため、現地で知り合った千草さんも連れて、ボランティアを受け入れている有機農家を訪ねました。

※ パーマネント(永久な)とアグリカルチャ-(農業)あるいはカルチャー(文化)を組み合わせた造語。伝統的な生活・農業から知恵を学び、自然に敬意を払って生活する考え方で、オーストラリアで生まれた。

「ニュージーランドでは程度の差こそあれ、生活に必要なものは自分で作るのが一般的。それまで都会にいてお金さえあれば何でもできる、みたいな生活をして、何となく違和感を感じてきたけど、自分たちで作るほうが断然面白い!って確信しました」(正典さん)

 

「結局、冬場で仕事がないと言われ、手伝わせてもらえなかったんですが(笑)自然とともにある暮らしや考え方を知れて、私のやりたい事はこれだなって。」(千草さん)

「実はそれまで、いくら海外を旅してもどこか満たされない気持ちがあったんですが、そのモヤモヤが晴れていく気がしました。じゃあ、もう色々な場所に出かける必要ないな、日本の田舎に住みたいなって、そのとき思ったんです」(千草さん)

 

青森暮らしを決意するも、家探しに苦戦。

帰国後、2人はいったん別々の場所で農業に従事しましたが、やがて合流。奈良、長野、岩手…と全国の農家に住み込みで働きながら、定住先を探し始めました。

そして、「2人で住むなら青森がいい」と提案したのは、千草さん。正典さんは八戸市出身、千草さんは祖母が六ヶ所村出身で、ともに青森県にルーツを持っていたこと。また、千草さんは東日本大震災後、自転車で東北を旅行して回り、その野趣に富んだ風景に心動かされた経験がありました。

佐藤さんご家族が住む川代地区は、山と田んぼ、畑に囲まれた、のどかな風景が広がっています。

「東北全体がそうですけど、十和田は木がとにかくでかい(笑)すぐそこに森があったり、人の手があまり入らない自然がたくさん残っているのが、青森に惹かれた理由です」(千草さん)

さっそく県内各地で現地の生活が体験できる『移住お試し住宅』に滞在しながら家探し。

「東京でイタリアンの店長をしていたとき、2時間やそこらでお客さんが帰ってしまうのが物足りなかった。一人一人ともっと深く付き合いたくて、思いついたのが宿をやること。定住したら、畑をやりながらゲストハウスを開く、というのは決めていました」(正典さん)

佐藤さんご夫婦の夢を伺いながら、取材班も引き込まれ、ついつい長居してしまいました。

夢の実現のため、2人が出した条件は『周辺が静かなポツンとある一軒家で、裏に山。近くに畑があり、川が流れている。ただし、ご近所付き合いもしたい』。

自然豊かな田舎がいいけど、地域の人とのつながりも欲しい。そんな理想を抱きながらも、思うように物件は見つからないまま、軽い気持ちで十和田市のお試し住宅にも滞在することに。

「市内の中心部と奥入瀬渓流が近い焼山地区と、2つのエリアでお試し住宅が利用でき、比較できるのが良かったですね。しかも焼山は温泉付き!十和田に温泉が多いことも、そのとき初めて知ったんですが、正直、最初は温泉目当てでした(笑)」(千草さん)

佐藤さんご夫婦も利用された、十和田市焼山にあるお試し住宅。

お試し住宅を利用するまでは、移住先として十和田市はあまり候補に考えていなかったそうですが、ここで運命の出会いを果たします。

十和田市では、お試し住宅滞在にあたり、市職員との移住定住相談が義務付けられています。その席で、十和田市の移住担当者に紹介された物件が、まさに二人の理想にぴったりだったのです。

集落の中でも少し山間にある佐藤さんのお宅は、正典さんがやりたいというゲストハウスを始めるにもちょうどよい広さ。

とはいえ、家は一生の買い物。迷う夫妻の背中を推したのが、物件を管理する不動産仲介業者の生出(おいで)隆雄さんでした。

「最終的に移住を決めたのは、生出さんがいたから」と口を揃えて話す2人。取材班は正典さんの案内で、生出さんの事務所におじゃますることにしました。

 

「次の世代を育てたい」情熱のもとに人が集まる

「若い人に気持ちよく暮らしてほしいっていうのが一番。若い人が次の時代をつくっていくからね、ひとつの地域振興だと思ってるの」

十和田市の定番みやげ『奥入瀬源流水』で出迎えてくれた生出隆雄おいでたかおさんは、昭和22年(1947)生まれの72歳です。

笑顔が絶えない、みんなの頼れる存在、生出さん。

旧十和田湖町に生まれ育ち、役場職員時代に町が十和田市と合併。初代の十和田湖支所長などを務め、『奥入瀬源流水』や『奥入瀬ビール』の開発にも携わってきた、地域をよく知る方でした。定年退職後も不動産仲介のほか、(一社)十和田湖国立公園協会理事や保護司と、幅広く活躍中。

地域の風土や人、行政手続きにも詳しい生出さんのもとには、移住を検討中の若い世代はもちろん、行政、農業、観光など、さまざまな分野から相談が舞い込んできます。

生出さんとの出会いから、移住を果たしてしまった佐藤さんご夫婦。今では地域の方にもすっかり溶け込んでいます。

「移住したいという人はけっこう連絡くれるけど、私は本人が来るまで詳しい話は聞かないの。実際に顔を合わせるまでは言いたくないこともあるでしょう。それと、必ず言うのが、どうやって飯を食っていくか、よく考えてから決めなさいと。十和田の場合、冬が3~4か月。その間、飯を食っていくったら簡単でないからね」

メリットもデメリットもありのままに伝え、本人の決断を待つ。もし十和田暮らしを始めるなら、あとは全力で応援する。

 

佐藤さん夫妻も、そんな生出さんを頼っている1組です。引っ越しを迷っている時期にはじっくりと相談に乗り、引っ越し後も自宅に招いたり、地域の人と2人をつないだり。濃密な付き合いが続いています。

週に1、2回は顔を合わせて、たわいもない話から相談事まで、いろんな話をしていますと、正典さん。

「『お茶飲みに来なさいよ』って電話くれるのが、朝の6時なんですよ。嬉しいけど、ちょっと早いなって(笑)」(正典さん)

「本当は5時半に電話したいんだけど、それじゃあ若い人には早すぎるかと思って6時にしてるんだよ」(生出さん)

気心通じた相手であることは、テンポのいい会話からも伝わってきます。

 

移住者にとって “十和田の父” 。生出さんファミリーが増殖中

生出さんに、佐藤さん夫婦の第一印象を聞いてみました。

「(正典さんの)この風貌がいい。何かやりそうだなと(笑)それと、奥さんは奥さんで、幼児教育とか自然学校とか、やりたいことを持ってるの。

あれをやりたい、これをやりたいって来る人が大好き。若い人がやりたいことをやってくことで、周りも元気が出てくるんだから。私も元気もらってるんだよ。佐藤さんも含めて、一人一人のこと、本当に楽しみにしてるの」

ニコニコ嬉しそうな生出さんと話していると、不思議に心が凪いでいくのを感じるほど。奥入瀬渓流にも負けないマイナスイオンが出ているのかもしれません。

生出さんの事務所の裏手も、のびのびとした里山風景が広がっています。

千草さんの両親が十和田を訪れたときも、夫妻とともに出迎えたのは、生出さんだったとか。

「口には出さないけど、すごく心配してるが伝わってきてね。ご両親も『よろしくお願いします』って頭を下げて帰られたよ。だから、できるだけのことはさ、やってやりたいと思ってるんだ」(生出さん)

「本当、十和田の親父ですよね」と頭をかく正典さん。並んで笑い合う2人は、本当の親子のような親密さを感じさせます。生出さんの紹介で、移住者仲間の交流も生まれているそうで、”生出ファミリー” は益々増殖中です。

 

ド田舎から世界を眺めたい

佐藤さん夫妻に、これからのことを尋ねると「ひとつの節目は2年後」とのこと。

現在、正典さんは2年間の約束で林業に従事し、伐採や木材の活用法、山暮らしのノウハウを身に付けています。その合間に、生出さんの紹介で知り合った農業と山歩きの〝師匠〟からレクチャーを受けたり、畑づくりをしたり。退職後は、本格的にゲストハウスの準備を進める予定です。

「たとえば、パン一つ持って裏山に出かけて、農園の野菜やハーブを挟んで食べて朝食にする。デザートはそこになってる果物を自由に食べていい、みたいな。大人も子どもも自然で遊べる宿にしたいですね。

十和田湖や奥入瀬渓流の自然は海外の旅行者にもきっと受けるから、世界中から人が集まったらいいな。ド田舎に住みながら世界中の人と話せるって最高じゃないですか」(正典さん)

千草さんは始まったばかりの子育てに奮闘中。ヨーロッパ、中東、アフリカ、東南アジアと世界70カ国を旅し、国内の自転車旅ではテント泊も当たり前。妊娠中も全国各地で農作業をしていた経験から、移住前の生活とのギャップはあまり感じていないとか。

「私たちにとっては、1カ所に長く住むことや家を持つことが逆に新鮮で、そこが一番大きな変化かな」と話し、十和田での子育てに「自然の中でのびのびと育ってくれたら」と期待を寄せます。

 

千草さんいわく「とにかくでかい」十和田の樹木が何十年もかけて成長してきたように、佐藤さん夫妻の夢も、すぐに叶うものではないでしょう。

でも数年後にはきっと、里山の恵みにあふれたゲストハウスや農園で、国内外から訪れた旅行者がオーナー夫妻と笑顔で会話を交わし、そのかたわらには日焼けした〝川代の子〟と旅人の子どもたちが遊んでいるはず。

そんな風に思えるのは、佐藤さん一家が〝十和田の親父〟生出さんをはじめ、地域の人々に見守られているから。

移住を考えるとき真っ先に頭に浮かぶ「どこに住むか」「何をするか」は、もちろん重要。けれど「そこに誰がいるか」は、もしかしたらそれ以上に大切なのかもしれません。

(文:馬場美穂子 写真:小原達郎

 

|十和田市で、子どもと暮らすことについて考える。|連載

1) 佐藤さん一家の暮らしかた

どこに住むかより、誰がそこにいるか。”十和田の親” に見守られて、成長する家族のこれから。

2) 丹上さん一家の暮らしかた

この地で叶えたい夢を追い続ける、移住家族の物語。

3) 親子で十和田市に暮らしてみたら

前編 ・ 後編