地域おこし協力隊リレーTALK Vol.17
​「​​子育てのために拠点を定めたいと移住を決意​ 」

石川県 中能登町 隊員OG
辻屋舞子さん 

活動内容:空き家を活用した起業・創業

 

会社員となった後、転勤で東日本各地を転々としていたという辻屋舞子さん。結婚後、2011年に福島県郡山市に引っ越した直後に東日本大震災を経験。その後、2人の子どもを出産して子育て支援施設に通い、やがて同施設の運営側として母親をサポートする仕事についた 

「その施設の仲間の中には、子どものためにパートを辞めて起業する人など、厳しい境遇でも子どもと一緒に前向きに楽しく生きているママさんも多く、皆さんの母親としての強さに感銘を受けました。私も郡山に住み慣れてきたところでしたが、夫の仕事の関係で、また転勤することは避けられない。しかし、引っ越しが続くと子どもたちも落ち着かないはず。そこで、2017年頃から子どものために生活拠点をしっかり定めたいと考え、夫と離れて暮らす覚悟も決めていました。できれば長男が小学校に上がる前に移住先を見つけたいと検討をはじめ福島県内でもいいし、夫の故郷がある石川県もいいかなと思いながら翌年に石川県の移住セミナーに参加し、地域おこし協力隊の存在を知りました。夫の出身地である中能登町でも募集がないかなと思って調べてみたら、ちょうど募集中で、古民家再生がテーマでした。以前から興味を持っていた分野なので、何か運命的なものを感じました。」 

ご主人の故郷なので中能登町には土地勘もあった。応募したところ中能登町の感触も非常によく、採用が決まった。こうして辻屋さんは子どもたちを連れ、2018年6月に中能登町に地域おこし協力隊として着任した。移住セミナーに参加してから約半年で、彼女の人生は転換期を迎えたのだった。 


↑辻屋さんの自宅。築60年の古民家で、自ら内装を整えて民宿として営業を開始した

 

地域づくりや起業ノウハウを学び、農家民宿を開業 

地域おこし協力隊として辻屋さんに課せられたミッションは、古民家や空き家を活用した起業・創業だった。 

「まずは地元を深く知ることが大切だと思ったので、最初は情報収集から始めて、これはという人がいればアポを取って会いにいくようにしました。また、石川県には地域づくり塾という研修会が開催されているのでそれも受講し、とにかく地域づくりというものを基礎から学びながら、地元のネットワークを次第に広げていきました。やはり、最初はいかにネットワークを構築すればいいのかが手探りで難しかったです。そこで、地元商工会から情報を入手したり、金沢で実施されていた女性向け起業セミナーなどにも参加して勉強をしました。誰かに会うとその方がまた知人を紹介してくれることも多く、次第にネットワークが広がっていき着任1年目だけで600人以上の方と名刺交換をしました。」 

そんな多忙な日々を送りながら、自身のミッションであった古民家を活用した起業に向けてのアイディアも生まれていった。 

「着任時に私のために用意してくれた住宅が、子どもが2人いるためか、とても広い古民家でした。この地区は旧宿場町の風情ある土地ということもあって、『よし、この家で民宿をやろう』と思い立ちました。趣のある土地なのに、近隣にはそれまで宿泊施設が2軒しかなく、観光客に素通りされてしまうこともありました。1日1組限定のゲストハウスとして営業すれば、十分に切り盛りできると考えました。移住体験ができる農家民宿というコンセプトで、我が家の子どもたちと一緒に、アットホームな暮らし体験をここで楽しんでもらおうと準備を進めて、2020年10月にオープンに至りました。」 


玄関前に立つ辻屋さん。民宿の屋号は「喜屋(よろこびや)」 

 

サポートも心強く、地域の人に歓迎されている

移住体験の民宿として開業したが、宿を訪れる人は様々だ。 

「こちらに移住してきた方がお友達を呼んで宿泊してくれたり、ひとり旅の途中の方が寄ってくださったり。あとは子どもがいる宿ということで、アットホームな雰囲気を味わうために来てくださる高齢者の方などもいらっしゃいます。同じ町内に民宿を経営している女将さんがいて、彼女が何かとアドバイスをしてくれるので本当に助かっています。町役場の担当者の方からは、地域で誰に挨拶をしたらいいのかなど、手順の踏み方を助言していただきました。とにかく、周囲の方からきめ細かなサポートをしていただけたので、開業前も今も苦労はほとんど感じていません。」 

強いて言えば、開業前の内装工事を自分ひとりで行ったので、慣れないペンキ塗りなどの作業が大変だったことくらいだそうだ。 

「2021年の4月からは、新たに飲食業の営業許可を取って、地元野菜をつかった『お野菜弁当』の販売もスタートしました。お弁当を売るようになって、人通りが多くなったことで、地元の皆さんから『賑わいが増えてよかった』と言っていただけて嬉しかったです。家の前は細い路地なので、人が全然いないと寂しさを感じることもあり、歓迎されたようです。」 

地元の人たちは、移住してきた辻屋さんを温かく迎え入れ、彼女の活動を好意的に受け入れているようだ。 

「民宿を開業する少し前くらいに、地域の方から『ずっとここに住んでね』と言われました。任期の3年が終了したら、私がこの町からいなくなってしまうと思っていた人もいたようなので、不安に感じたのでしょうか。でも、その温かい一言が本当に身に沁みました。定住するつもりで来ていますので、そう言われて本当に嬉しく思いました。」 


左)日替わりで提供している「お野菜弁当」700円 右)弁当を販売している辻屋さん 

 

「能登はやさしや土までも」という言葉を実感している 

中能登町に移住してからは住環境が大きく変わったことで、のびのびと子育てができていることがありがたいそうだ。 

「以前はアパート暮らしだったので、大声や騒音を立てないようにいつも注意をしなくてはいけませんでした。今では自然が遊び相手という感じで、子どもたちは毎日飛び回っています。私もこれまでまったく経験がなかった土いじりも楽しむようになりました。地域交流で知り合った農家さんのお手伝いをしているうちに、苗を分けていただいてタマネギを育てたりもしています。自分で育てた野菜を食べるのも初めてのことで、自給自足の楽しさも味わうことができました。農産物もよくおすそ分けをいただくので、とてもありがたいです。大きなスイカを丸ごともらった時は嬉しい悲鳴でした。」 

早朝に目覚めて働いて、日暮れと共に仕事を終えるという規則正しいリズムの生活も新鮮だと感じている。 

「郡山の家では、夜でも電車や車の音が響く中で生活していましたが、ここでは夜になると本当に真っ暗になるので驚きました。でも、今ではこちらの生活のほうが本当に人間らしい暮らしだと感じます。星空も美しいですし、夏は蛍がすごくきれいで今までに見たことのない自然の風景に囲まれて年中楽しんでいます。」 

2021年6月に地域おこし協力隊の任期を終了し、その後も引き続き民宿経営に奮闘している。 

「コロナ禍が落ち着いてからになると思いますが、今後は海外の方にもぜひ日本の田舎暮らしをここで体験してほしいと思っています。子育て世代の方を対象にした親子カフェをやりたいとも思っているので、今の農家民宿に続いて、地域の親子が集う場所としてオープンできたらいいなと夢を描いています。」 

「能登はやさしや土までも」という、能登の風土を表した言葉がある。能登の人は素朴で温かく、土までも優しい(柔らかい)という意味だ。この言葉を本当に実感しているという辻屋さん。小学2年生になった長男の将来の夢は、「漁師になること」だそうだ。 


左)2人の子どもも中能登の自然を満喫しながらのびのびと育っている 右)農家の方から苗をもらって庭で育てたというタマネギ 

 

 

石川県 中能登町 地域おこし協力隊 隊員OG 
辻屋舞子さん 

1986年生まれ。埼玉県出身。職場の同僚だったご主人と結婚後、福島県郡山市に転居し、2人の男の子を出産する。仕事の関係で転勤が多かったため、子育ての拠点を定めたいという想いから移住を決意。夫の故郷である石川県中能登町で地域おこし協力隊を募集していたことを知って応募し、採用される。2018年6月に着任し、後に農家民宿を開業。任期終了後は独立して民宿経営を続けている。 

中能登町地域おこし協力隊:https://www.facebook.com/%E4%B8%AD%E8%83%BD%E7%99%BB%E7%94%BA%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E3%81%8A%E3%81%93%E3%81%97%E5%8D%94%E5%8A%9B%E9%9A%8A-748973668545763/ 

 

地域おこし協力隊とは? 

地域おこし協力隊は、都市地域から過疎地域等の条件不利地域に移住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組です。具体的な活動内容や条件、待遇は、募集自治体により様々で、任期は概ね1年以上、3年未満です。 

地域おこし協力隊HP:https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei

発行:総務省 

 

 

 地域おこし協力隊リレーTALK トップページへ

                   

人気記事

新着記事