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コロナ後に求められるのは、観光ではなく居場所。
個性の異なる3つの宿が「行きつけの田舎」プロジェクトを始めた訳

いつもと明らかに違う2020年の春。ここ長野県辰野町も例にもれず、新型コロナウイルスの影響で旅行客が激減していました。そんな危機的状況の中、3軒の宿が中心となって、あるプロジェクトを立ち上げました。

 

「行きつけの田舎」プロジェクト

辰野町は日本のど真ん中“ゼロ・ポイント”があり、東京からも名古屋からもアクセス良好。人口約1万9千人のほどよい規模感の町です。JR辰野駅近くで「古民家ゆいまーる」を営む矢ケ崎芳恵さんは、考えました。自然が豊かでのんびりしている、よくある地方の町。これといって特別な何かがあるわけではない。

あるとしたら……「そうだ、人だ!」

矢ケ崎さんはさっそく仲間に声を掛けます。どのような思いで今回のプロジェクトがはじまったのか、関わっている6名のメンバーにお話を伺いました。

 

【プロジェクトメンバーの皆さん】

古民家ゆいまーる 矢ケ崎 浩一郎さん・芳恵さん(松本市出身)

ゲストハウスアトリエ和音 田中友美さん(東京都出身)

ゲストハウスアトリエ和音 三村美香子さん(安曇野市出身)・大悟くん

古民家民宿おおたき 大瀧 利久さん(東京都出身)・恵子さん

ライター 北埜航太さん(東京都出身)

ライター 鈴木雄洋さん(千葉県出身)

※ プロジェクトメンバー 写真:丸田平さん

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「まちまるごとゲストハウス×へんあいじゃーにー」が生まれるまで

2020年4月。3軒のゲストハウスの仲間たちは、県の「飲食・サービス業等新型コロナウイルス対策応援補助金」の存在を知ります。何度もミーティングを繰り返しながらみんなでアイデアや意見を出しあい、申請書を書き上げました。

withコロナ、afterコロナの世界では、これまで以上に地方回帰が進むはず。観光・レジャー目的ではなく、暮らす場所・関わる場所として「自分に合う土地」を探す人は増えるに違いない。辰野町なら、やってくる人々を温かく迎え入れる“人”は胸を張って誇れる――。

そこで、“人”を軸に発信することをテーマに決めました。行きつけの喫茶店ならぬ「行きつけの田舎」になるには、リアルな体温を感じられるような人と人との関係性が不可欠だと感じたのです。

(以下、座談会の様子を踏まえながらお伝えしていきます)

矢ケ崎芳恵さん(以下、矢ケ崎さん):3つの宿はAirbnbのホストという共通点があり、Facebookのメッセンジャーグループで以前から情報共有をしていたので、話は早かったですね。

大瀧利久さん(以下、大瀧さん):「こういうのやりたいんだけど」って矢ケ崎さんに声を掛けられて。その時に「これから田舎に移住したい人が絶対増えるよね」「まわりに拡散しようよ」という話で盛り上がって、このプロジェクトの構想が生まれました。それぞれの宿が個別にやるんじゃなくて、みんなで固まって辰野町を知ってもらおう!というのが必要だと思ったんですよね。それですぐに話に乗っちゃったんだ(笑)

補助金を使ったプロジェクトの大きな柱は2本。

3つの宿をゲストハウス・ホッピングしながら辰野の町並みや暮らしぶりを紹介する動画と、辰野町で趣味や仕事、暮らしの中に何かしらのこだわり=偏愛を持って生きている人たちを紹介する人物紹介Webマガジン「へんあいじゃーにー」です。

webサイトのほか、パンフレットやカードなども制作。

北埜航太さん(以下、北埜さん):一度の旅行の中で複数のゲストハウスを巡る「ゲストハウス・ホッピング」は、町全体をホテルと捉える取り組みがイタリアにある(*1)と雑談したのがきっかけになりました。辰野でやっている「トビチ商店街」も、1本の通りにずらっと店が並ぶ従来の商店街ではなく、自転車で巡れるくらいの範囲に点在する商店をコミュニティ空間と捉え直した取り組みなんですが、同じようなイメージかもしれません。

*1……1976年にイタリア北部で起きた大地震で廃村の危機に陥ったフリウリという村は、地域の既存の施設をリノベーションして地域全体を「ひとつのホテル」として再生。大規模リゾート誘致とは対極にある手法で、「アルベルゴ・ディフーゾ(分散型宿泊施設)」という名称でその理念が広まった

ゲストハウスホッピングのイメージ図

同じ町で違う宿に泊まることを積極的に打ち出すのは、珍しい提案といえます。

矢ケ崎さん:私自身、行きつけの宿ができると、別の宿に泊まりたくても気兼ねして泊まれないという悩みがありました。でも他の宿に興味を持つのは当然のことで、いろんなところを見てほしいし、違う宿に泊まっていいんですよということも伝えたかったんです。

もともと、3つの宿でお客さんを紹介し合ったり、連泊するお客さんも宿を変えてみたりと、ゲストハウス・ホッピングの素地はありました。

プロジェクトに参画している3軒のゲストハウス(へいあんじゃーにーのwebサイトより)

田中友美さん(以下、田中さん):たまたま私たち3つの宿は町内の別々の地区にあります。宿の個性もですが、エリアで雰囲気も変わるので、辰野町のいろんな顔を楽しんでもらえます。

あと、辰野町に移住して、みなさん何かしら得意技がありそうだなと最初から感じていたんですが、「こういうことがやりたい」と思った時に誰に頼んだらいいか分からなくて。北埜くんに「辰野町の人物事典のようなものが欲しいよね」と話したのが回りまわって、「へんあいじゃーにー」につながっているかもしれないです。

三村美香子さん(以下、三村さん):「へんあいじゃーにー」に載っている人は濃いよね。どうしてこんな人が辰野町にいるの!? と驚くくらいに。

 

へんあいじゃーにーのWEBマガジンでは、辰野町の”人”に触れられるさまざまなコンテンツを楽しめます

動画は、縁あって人気ユーチューバー『古民家ひとり暮らし』さんが撮影。YouTubeで公開された短編動画は、3つの宿を1泊ずつ訪れるゲストハウス・ホッピングの様子と、辰野町での暮らしが具体的に見えてくる仕上がりとなりました。

古民家ひとり暮らしさんによる町の日常を紹介する動画。映像は辰野町を一望できる大城山から

2021年1月30日に公開されて、2週間足らずで1万8千再生を超えています。また、撮影時の様子を再編集して「古民家ひとり暮らし」さんが自身のチャンネルで公開した動画は、公開2ヵ月で20万再生を超え、反響を呼んでいます。

 

“昭和”だけど、よどまない町。それが辰野町

先ほど「 “人”は胸を張って誇れる」と紹介した辰野町ですが、そこに暮らすのはどんな人たちなのでしょうか。

北埜さん:もともと複数あった村が合併して町になったので、今でも昔の村ごとにエリアが分かれていて、個性と多様性があるんですね。しかも、群れることなく共存している。この居心地の良さはどこから来るのだろうと、つねづね感じています。

さらに、デザイナーも建築家もアーティストもいて、来た人のニーズに合わせて誰かしらつなげられるネットワークが張り巡らされています。今回のプロジェクトでもそこを可視化したかったんです。

矢ケ崎さん:「(辰野町は)よく通るよ。止まったことないけど」とよく言われるんだけど、実際に辰野町は伊那、諏訪、塩尻それぞれとつながる3つの街道があって、どこか特定のところに属しているという感じが薄いです。昔から人やモノの往来が多い場所だったのではないでしょうか。

そのせいか、地の人も外から新しいものが入ってくることにさほど抵抗がありません。辰野町は長野県の南部「南信」エリアで、県内でも比較的温暖で穏やかな土地柄であることも、影響しているかもしれませんね。あと、よく「昭和(な雰囲気)だね」「時が止まっている」と言われる通り、ここだけ時間がゆっくり流れている感覚があります。大型の商業施設もないですし。

昭和の懐かしさを残す下辰野商店街。矢ヶ崎さんの営む、ゲストハウス古民家ゆいまーるにも近い(写真:Tomoko Tsukahara)

大瀧さん:辰野町に来たばかりの頃、近くの方が「大瀧さんだよね」と声をかけてくれて驚きました。移住するという話をしたら「俺が面倒みるから」って、本当にずっと面倒を見てくれています。他にも世話好きな人は多いです。小さい集落ですから「役員をやってよ」など頼まれることもありますが、自分たちでいろいろやらないと地区が成り立たないのは明らかなので、こういうものと了解しています。

もともと地元の人と仲良くなって暮らしたいと思っていたし、差別しないで平等に付き合ってくれる人が周りにいっぱいいるので、助かっています。

三村さん:家を探していた時にお世話になった地元の「あるが不動産」さんは、自分の利益にまったくならないにもかかわらず、ある物件(*2)を紹介してくれました。有賀さんは「辰野町にひとりでも多くの人に来てもらうことが自分のライフワーク」と言っていて、夫がその心意気にほれ込んで、わが家にとってはすごく大きい出来事でした。

鈴木雄洋さん(以下、鈴木さん):辰野町に来て、「十人十色のQOL(*3)=幸せ」があることに改めて気づきました。僕、学生時代はヒップホップダンサーとしてどこまでも自由な表現を愛していた人間だったのに、前職の財閥系不動産ディベロッパーでは、金銭的に裕福なお客さんが多いこともあって、あるべき幸せの形を狭く捉えてしまっていたんです。

それがこの町に来て、自分の好きなことをやっている人たちに触れていると、自分のステレオタイプが壊されました。実際、辰野に来た人も心の中で何かしら食らって帰っていく姿を見ているので、辰野町にはステレオタイプを壊すそういう力があると思っています。

*2……町が管理委託しているクラインガルテン。クラインガルテンとはドイツ語で「小さな庭」の意。ドイツで約200年の歴史がある農地の賃借制度で、日本では市民農園、レジャー農園として自治体が運営しているケースが多い
*3……クオリティ・オブ・ライフの略。生活の質を指し、どれだけ自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているかを尺度として捉える概念

プロジェクトにかけるお一人おひとりの思いが強く、賑やかであっという間のオンライン取材でした

 

自分の根っことつながる時間が流れる

新型コロナウイルスの影響で苦境に立たされる中でも、3つの宿の宿主たちは「アフター・コロナを生きることができるか、今試されている」と前を向いています。

田中さん:それぞれ違う個性を持つ私たちに、「調和しながらやっていくことができるかい?」と問われていると感じます。今までは、「出る杭は打たれる」「みんな平等に」という世の中でした。これからは、それぞれの個性を伸ばして、シェアしていく時代。このプロジェクトを通じて、私たち自身が自分を再発見するきっかけになったと思うね。

三村さん:本来は自分の宿のカラーだけ出せばいいわけじゃないですか。このプロジェクトは、あえていろんなものを混ぜて気持ちを融合させていく。

都会が合わなくて田舎を求めて来る、疲れやさみしさを抱えて来る、そういう人を温かく迎えられるか? 私たちはそれができる仲間か? そこを試されているのかなと思います。大切な仲間と、大切な人を迎え入れる町でありたいです。

新型コロナウイルスの流行が落ち着いた時、我慢し続けてきた交流を求めて動き出す人は多いでしょう。人との接触を控えざるを得なかった人々が意識的にも無意識的にも求めるのは、やはりリアルな人のぬくもり――。そう考えた時に、今までのような観光地に行って帰るだけの旅は物足りなくなるのかもしれません。

田舎のおじいちゃんの家に遊びに行くような気軽さと温かさがある古民家民宿おおたきさん

田中さん:楽しみだね、どんな人が辰野町に来てくれるのか。辰野町のどこに惹かれて、誰とどういう風に出会って、その人の心の中の偏愛がどうオープンになっていくかが楽しみ。

鈴木さん:「観光じゃなくて、何ができる?」というのを、『へんあいじゃーにー』を見た方が思ってくれたらいいなと。五感を使って発見してほしいです。

北埜さん:来てくれた人には、自分の根っことつながる時間ができるといいですよね。

自分の根っことは、こどもの頃から変わらない自分のこと。今まで来てくれた人の中には、「辰野町は自分の時間を取り戻せる」と話してくれた人がいたそうです。いつの間にか見失ってしまった自分のコアを再発見できる力が、どうやら辰野町にはあるようです。

――「大事」と「大切」は意味が違います。大切な仲間と、大切な人を迎え入れる町でありたい。

三村さんのこの言葉に、辰野町の居心地の良さ、包容力が凝縮されていると感じました。「大事」と「大切」はどちらも重要という意味ですが、「大切」には愛情や思い入れといったニュアンスが込められています。

まだ見ぬあなたをも大切な人と呼ぶ、辰野町の大切な仲間たち。コロナ禍の中でアップデートされた社会や生き方に、こんなにもあたたかく寄り添ってくれる「行きつけの田舎」はそうそう見つからないんじゃないか。そう感じました。

 

取材・文=くりもときょうこ

へんあいじゃーにー

日本のど真ん中に位置する信州・辰野町には、優しく、慎しくも、何かしらの分野に心地よい偏りを持って健やかに生きている「へんあいびと」がたくさん集まってきています。「へんあいじゃーにー」は、そんなへんあいびとをめぐる過程で、旅人が自分の中に眠る偏愛に気づいていく、出会いと自己探求の旅。私たちと一緒に、あなたのなかに眠っている偏愛を探す旅に出かけてみませんか?