工芸の里で輝く、個性を持った女性たち

染色作家 酢矢藤 沢美さん

人口約7千人の小さな町・綾町。染織物や木工など約40工房が集まる「手づくり工芸の里」としても知られている。綾町の工芸家が一堂に集まる年に1度の「綾工芸まつり」は2021年に開催40回を数えた。

「手作り工芸の里」としての歴史は、1966年に「現代の名工」の一人である秋山眞和さんが綾町に染織工房を開いたことに始まる。これを契機に自然の恵みを生かした「手づくりの里」を目指す綾町に、木工・ガラス工芸などに携わる多くの工芸家が移住した。

今回は工芸の歴史を持つ綾町に移住した染色作家・酢矢藤沢美さんに町の魅力を伺った。

【プロフィール】
酢矢藤 沢美さん
大阪府出身。服飾系の専門学校を卒業後、神戸市の会社にデザイナーとして就職。その後、子どもの食物アレルギーをきっかけに、自然が豊かで有機農業が盛んな綾町に移住。洋服のお直しの仕事をしていた時に、たまたま草木染めと出会う。その後、徐々に草木染めなどの服飾制作を手掛けるようになり、染色作家として現在に至る。

 

安心安全な食と移住しやすい環境

「環境と食べ物の質が良い移住先を探している時に、たまたま見つけたのが『有機農業の町』と書かれた綾町の観光パンフレットでした」
染色作家の酢矢藤沢美さんが家族とともに、大阪府から宮崎県綾町に移住したきっかけは子どもの食物アレルギーだった。

「有機農法で作られた地元の野菜や米を使った学校給食が子どもたちに提供されていると聞いて、これはいいと思ったんです」

綾町の給食は、食材の多くが町内で調達されており、水も日本百名水に選ばれているなど、安心安全な食材が整っている。酢矢藤さんは「住んでいる人たちの食への意識が高い」と話し、子どもたちにとっても「給食を食べるために喜んで学校に行く」ほど人気だという。

さらに、酢矢藤さん家族の綾町への移住を後押ししたのが、町の対応だった。

「最初の移住予定先は千葉県でしたが、東日本大震災が起こり一旦全て白紙に。その後、九州を中心に移住先を探す中で最後に訪れたのが綾町でした。移住の相談をする際に親身に話を聞いてくれ、役場の方の対応がとても良かったんです」

その意見に共感するのが、インタビューに同席した画家の小田瀧繡香(すうひゃん。)さん。酢矢藤さんとアトリエをシェアする移住者だ。

「他の自治体では仕事が決まっていないと家は貸せないと断られました。でも綾町では、空き家の紹介がスムーズでした」と小田瀧さんは話す。二人とも移住者慣れしている綾町の受け入れ体制の良さに「移住しやすかったね」と声を揃える。

 

工芸が生活に溶け込む町での草木染めとの出会い

「綾町は工芸の里なので、工芸品を自分たちで一から手作りで作っている人も普通にいらっしゃる。私が参加している綾工芸まつりには40年の歴史があります」
酢矢藤さんが草木染めと出会ったのは、町の文化祭で草木染めを楽しむ近所の女性たちの姿を見かけたときだった。

「そんな簡単に草木染めができるのかと驚きました。そこで、花壇の枯れたマリーゴールドで草木染めをやってみたら、とても綺麗な黄色が出たんです。本来なら捨てられる草木を時間と手間をかければ綺麗な色がついて、オリジナリティーも上がってこれは楽しいなと思いました」

移住当初は洋服のお直しの仕事をしていた酢矢藤さんも、多くの工芸家の方などとの出会いの中で、草木染めの技術や仕事の幅を広げていったという。

元々デザイナーだった酢矢藤さんの草木染め作品制作は洋服作りからはじまる。

「草木染めの材料には、草木の他に栗のイガや土、環境に配慮したエコ染料などを組み合わせながら、できるだけ環境に優しい素材を使用しています。私は製品にしてから染めることが多く、まずパターン作り、次に裁断、そして縫い上げた洋服に下染めをして。その間に染色に使う草などを煮ておいて、できた染液に製品を浸ける。草木の色を固着させるために金属を入れて、それをまた乾かします」


おうちカカ定番ストール。リネンウールでとても軽くて暖かい。色は作る年によって違う色目になるそうで、毎年色違いで購入するお客さんもいる。


2021年の新作。デザインは年齢や流行りに関係なく着られる、シンプルなものが多い。色と素材感の組み合わせを大切にしている。

こうした工程を「いいなと思う色が出るまで」繰り返すことで、素材の軽さや着やすさにこだわった、世界に一つしかない草木染めの一着が完成する。

 

子育てに優しい綾のコンパクトさ

『おうちカカ』という私のブランド名は『うちのお母さん』という意味です。お母さんの機嫌がいいと家族が楽しく幸せになれるし、それがゆくゆくは地球のためにもなるという気持ちと、一番下の子が小さい時に私を『カカ』と呼んでいたんですよ」

そう話す酢矢藤さんは、綾町で自身と同じように子育てをしながら手に職を持つ女性移住者などを支援する目的で、さまざまな業種の個人事業者が共同で店舗を運営する「たてよこ舎」の立ち上げに関わった。

「家庭の主婦が起業するとき、家賃は大きな負担になります。それで、みんなで借りてシェアすれば助けになるのでは、と思いました。たてよこ舎は残念ながら老朽化が激しく取り壊されてしまいましたが、この場所で起業して独立したり次のステップに行けた人も多いのでやって良かったと思います」

そんな酢矢藤さんを、子を持つ母同士でもある小田瀧さんは「本音で付き合いたい私を受け止めてくれる、血の繋がりのない姉妹みたいな存在です」と話す。

そして二人は親の立場から「地域の繋がりがあるから、ちゃんと顔を覚えてくれて誰かが見てくれる安心感がある」と綾町の良さを挙げた。子どもたちも綾町が大好きだという。

小学校でも綾の自然や有機農業のことなどを教えるので、何も意識しなくても自分の町が好きになるみたいです」(小田瀧さん)

さらに、小田瀧さんは綾町だからこそ子育てと仕事の両立ができていると続ける。

助けてくれる人がたくさんいて、家賃も安い。コンパクトに行動ができるから、学校や職場、友達に会いにもすぐ行けて時間がかからない。都会に住んでいたときより3時間ぐらい節約できて、その分自分の時間に投資できています」(小田瀧さん)

さらに酢矢藤さんは付け加える。

地元のおじいちゃん、おばあちゃんたちとも繋がりがちゃんとあって、みんなに愛して育ててもらっている感じがします」

小さな町ならではのコンパクトさと、それが生む人と人との親密さが大人にも子どもにも魅力的なのかもしれない。

 

人を育てる工芸の町としての環境

綾町で画家として活動している小田瀧さんは、小さな自治体だからこそ成長させてくれる環境があると話す。

「私も酢矢藤さんも綾町に来てからスキルアップできているんですよ。移住する以前は求められるものをただ、仕事で使ってもらえればいいかなと思っていたのが、今ではどういう作品が世の中に必要か、深く考えるようになりました。自然と共生している綾町に来たからこそ、いろいろなことが深くなって、自分の中にある何かを実現できる。小さな町の中で、1人1人が新たなステージに立って一歩ずつ実現していくことで成長していく。綾町には、他にも私たちと同じように感じている人がたくさんいると思います」

綾町の工芸まつりには二人が共同制作した作品も出品している。酢矢藤さんが草木染めで色を重ねた洋服をキャンバスに、小田瀧さんが「その時思いついた自分の中の心象風景や綾町の風景」を描いていく。移住して成長した二人だからこそ生まれた作品だ。


栗のイガで染めたワンピース。飾っては確かめ、飾っては確かめを繰り返し、色を決めていく。右手前に見えるのは、すうひゃん。とコラボレーションした“森の風景”の暖簾。

「今まで40年間培ってこられた歴史や想いを次の世代に繋げられるように、自分ができることをしていきたいと思います」と話す酢矢藤さんは、綾町の工芸の歴史を辿っていきながら、今後はもっと深く町の工芸に関わっていきたいと意気込む。

綾町には「結い(ゆい)の心」という地域住民が助け合う自治の精神の考え方があるという。酢矢藤さんからの最後のメッセージは、そんな綾町に住む人々の結いの心と、今まで多くの工芸家が素晴らしい作品を生み出そうと助け合ってきた歴史を象徴している。

「この町に来てからずっと人に助けられてきたので、恩返しがしたい」

「工芸の里」としての伝統は、それを紡いできた多くの人たちの優しさに支えられている。

 

取材・執筆=日高智明 構成=田代くるみ(Qurumu) 撮影=田村昌士(田村組)

 

綾町とは

「照葉樹林都市」綾町は、環境保全活動をはじめ、半世紀にわたる自然生態系農業(有機農業)や手づくり工芸の振興、自治公民館制度による地域活動・絆づくりの推進により、町全体が2012年にユネスコの生物圏保存地域 (ユネスコエコパーク)として登録されています。生ごみの分別資源化や里山の再生、環境教育の実施など、全国に先駆けて、脱炭素化や循環型社会の構築を意識した「サスティナブル(持続可能)な営み」を一人ひとりが続けている町です。

 

■食べ物|FOOD
ほんもののおいしさ「有機野菜」

「安全で健康にいい野菜を作ろう」「ほんものの味を味わおう」。そうした願いから、綾町では1988年に全国初の「自然生態系農業の推進に関する条例」を制定。環境に優しい農法の実践に努めています。また、自治体として有機JAS認定機関に登録されています。
自然生態系に配慮した農法で作られた野菜、日向夏やマンゴーなどの果実、焼酎やオーガニックワイン、肉類はふるさと納税の返礼品としても人気。町中心部にある直売所「手づくりほんものセンター」は野菜や加工品を求める人々で連日賑わっています。

 

■場所|SPOT
照葉樹林と大吊橋が町のシンボル

照葉樹林は、古来から人類の文化の発達を育んできた場所。私たちの生活文化のルーツをたどるうえでも貴重な森です。
この森をのぞむ照葉大吊橋は、自然の素晴らしさや大切さを多くの人に体感してもらおうと架けられた、綾町のシンボル的な存在。高さ142m長さ250mで、空中散歩をしているようなスリルを味わいながら視界いっぱいに広がる緑と大空のパノラマを楽しめます。
そして、生物多様性を守りながら心地よい空間を生み出す取り組みは里山でも。 在来種や多年草を活用した花壇づくりや、里山再生を目指した植樹活動が進んでいます。

 

■暮らし|LIFE
豊かな自然とともにある暮らし

「自然と共に生きる」を理念にしている綾町では、日々の暮らしの中で自然を満喫することができます。清流のせせらぎや鳥のさえずりを聞きながら森の中を散策する森林セラピーや、子どもから大人まで気軽に楽しめる綾岳トレッキング、11コースあるサイクリング、綾南川でのカナディアンカヌー体験、川中自然公園や松原公園でのキャンプ、クラブハウスを持つ綾馬事公苑での乗馬、ミカン狩りや野菜の収穫などの農業体験、多年草の花壇づくりといったアウトドアが楽しめます。
こころとからだを癒す健康的な暮らしが綾町にはあるのです。

 

【お問い合わせ】
綾町役場 総合政策課まちづくり推進係
0985-77-3464

                   

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