【福島県富岡町】まちで唯一の理容室
この店から心の復興を

福島県富岡町育ちの草野倫仁(くさの・ともひと)さんは、中学3年時に東日本大震災を経験した。高校卒業以降は関東に住まいを移し、理美容専門学校に入学。理容師としてキャリアをスタートさせ、2020年に地元・富岡町にUターンし、25歳にして理容室「BARBER SHOP C.O.R」(バーバーショップ・コール)を開業した。「BARBER SHOP C.O.R」は現在、富岡町唯一の理容室として地域の人たちに愛されている。

草野さんは当初、富岡町に戻ろうとは考えていなかったという。では、なぜUターンし、富岡町で開業することにしたのか。現在に至るまでの過程と、富岡町への想いを聞いた。

福島のサッカー少年が理容師になるまで

福島県浪江町で生まれ、物心ついた頃から富岡町で暮らしてきた草野さんは、中学の卒業式の帰りに被災。地元の富岡高校に進路が決まっていたものの、震災翌日から避難を余儀なくされ、いったんは山梨県の学校に編入した。半年後、県内外に分散して再開した富岡高校に戻り、サッカー部のある福島市で寮生活を送ることになった。

Jヴィレッジのクラブチームにも所属するなど、子どもの頃からサッカーに明け暮れる日々。進学先の富岡高校は県内屈指のスポーツ高校で、サッカー部は全国大会にも出場する名門だ。草野さんは、そのチームで背番号11を背負う中心選手だった。ところが、全国大会の直前合宿で大怪我を負ってしまう。本戦への出場は叶わず、結果的にはそのまま引退することになった。

その時治療に通っていた接骨院の先生と、進路について話し合うことが多かったという。

「Jヴィレッジの時からずっと見てもらっていた専属トレーナーさんで、その方も楢葉町で被災して自分のお店を失ったんです。でも、技術があったから別の場所でも働けた。だから手に職をつけるのも良いと思うよ、そんな話をしてくれました。なるほどな、と思うと同時に、自分にとっての手に職とは何だろうと考えたら、寮生活で友達の髪を切ることが楽しかったことを思い出したんです」

そうして「手に職をつける」ため、働きながら通えるさいたま市の理美容学校に進んだ。

「平日は朝から夕方まで授業で、終わったらお店に出て働く。土日はずっとお店。ほぼ休みなしの2年間を過ごして、卒業したらそのままそのお店で働きました。最初はきつかったですね」

 

「まちに髪を切るところがない」と聞いて

埼玉県や栃木県の理美容店で数年間つとめながら、次第に独立を考えるようになるが、具体的なプランは描けていなかった。きっかけのひとつになったのは、令和元年東日本台風(台風第19号)に被災したことだ。

台風としては初めて特定非常災害が適用され、390もの市区町村に災害救助法が適用されるほど広範囲に甚大な被害をもたらした災害(東日本大震災では237市区町村に適用)は、草野さんが住んでいた栃木県佐野市にも大きな被害を与えた。当時のアパートには60センチ近い床上浸水があり、「家の中はめちゃくちゃでした」という。一度ならず二度までも大きな災害に見舞われたが、職場では通常通りの仕事をしなければならない。そんな状況に違和感を抱き、また、それまでほとんど休みなく駆け抜けてきたこともあり、仕事をやめ、いったん地元に戻ってゆっくりすることにしたという。

そこで初めて、地元・富岡町の現状を知った。

「ずっと関東にいたから、富岡がどうなっているか知らなかったんです。前住んでいた家に入れるようになったとか、それくらいのことは親から聞いていたけれど、まちには全然人がいないんだろうと思っていました。飲食店なんかまったくなくて、復興従事者だけがいるような状況だと。ところが、実際は『さくらモール』(スーパーやドラッグストア、ホームセンター、飲食店などが入るショッピングモール)があり、コンビニがありで、思っていた以上に普通に『まち』だったんです。まだお店は少ないけれど、これから増えるんだろうなと」

その上、髪を切る場所がないことも初めて知った。

「富岡町の床屋が震災で撤退し、困っている人がたくさんいると聞きました。誰もここで理容室をやっていないなら、自分で始めてみるのもアリなのかもな……と思い始めちゃったんです。戻って来た時はほぼノープランで、友達の髪を切ったり知り合いにお客さん紹介してもらったりしながら、フリーランスでやっていくのもいいのかなと思っていたけれど、富岡の現状を知ってからは、この場所がものすごくやりがいのある場所だと感じられてきて。それで、自分の店を富岡で始めることにしました」

 

クラシックで現代的な「バーバースタイル」

草野さんが25歳で富岡町に開いたお店の名前は「BARBER SHOP C.O.R」(バーバーショップ・コール)。 「C.O.R」とは「Circle of Revival」の頭文字で、「復興の輪」を意味する。

「バーバー」とは理容室のことだが、いわゆるまちの床屋さんとはニュアンスが異なり、ファッションやカルチャーなど+αの付加価値を加えた新しいタイプの理容室のことだ。

そこで提供される「バーバースタイル」は、平たく言えば、刈り上げや七三など、クラシカルなヘアスタイルを現代風にアレンジした髪型のこと。ここ数年、都市部を中心に世界的に流行しており、日本でも銀座や青山に高級店の出店が続いている。流行の発信地はアメリカのN.Yだと言われており、海外のプロスポーツ選手などにこのスタイルを取り入れている人が目立つ。草野さんも、海外サッカー選手の髪型に憧れて、美容師ではなく理容師を目指すことにしたという。なかでも「フェードカット」と呼ばれるカット方法は、理容師にしかできない技術だと言われる。


「フェードカット」では複数のバリカンを使い分けてグラデーションをつける

「BARBER SHOP C.O.R」では、ヘッドスパやフェイスケア、ボディマッサージなどのサービスはもちろん、待ち時間を快適に過ごすためのドリンクや映画の視聴、オリジナルアパレルの販売などを幅広く行い、「大人の男性がちょっと贅沢できる理髪店」として、おしゃれで贅沢な付加価値を提供している。

「ただ髪を切るだけではなく、ある種の非日常的さやリラクゼーションを味わえる空間を目指しています」


アンティーク調の店内。備品はアメリカン系の雑貨で統一させ、シックで落ち着いた雰囲気を演出


店頭販売しているオリジナルアパレル。服を買うために来店する若者もいるという

こうしたバーバーショップは都市部では人気があるが、地方にはまだそれほど多くない。「まさか富岡にできるとは思わなかった」「一度バーバーショップというものに行ってみたかった」など、地元の人からはポジティブな驚きをもった反応で歓迎されている。今後は富岡町におけるカルチャーの発信地にもなっていきそうだ。

 

富岡では、趣味をしながら生活できる

「BARBER SHOP C.O.R」を富岡町で開業したことで、生活の質はかなり上がったと草野さんは言う。

「通勤のストレスがないし、食べ物も新鮮でうまくて、しかも安いです。欲しいものはネットで買える。海が近いから夏でも涼しいし、冬だって雪が積もることもない。福島の中でもかなり生活しやすい環境だと思います」

そうした生活の中で、趣味を始めたことが非常に大きいのだという。

「こっちに戻ってきてから、サーフィンを始めたんです。関東にいた時は、サーフィンをやるなんて考えられませんでした。休みはほとんどなかったし、毎日朝早くて夜遅い生活。疲れが残ったまま次の日の仕事に向かう毎日。仕事が楽しかったから続けられたけど、このまま将来どうなるんだろうという不安がずっと続いていました。そういうのが富岡に戻ってきてからは全然ない。同じような仕事をするなら、断然こっちの方が良いです」

ただし、富岡町ならではの難しさももちろんある。都市部の理容室なら、ある程度の常連客を確保すれば経営は安定する。だが富岡町には現在2,000人程度しか居住者がおらず、県外から来ている復興従事者たちのほとんどは数年で居場所を変えてしまう。母数が少なく出入りが激しいがゆえに、常に新規のお客さんにアプローチしなければならない。

そうであってもこのまちで店を開くことを決めたのは、これから帰還者や移住者などが増えていくであろうことを見越しているからだ。

「今は仕事で手一杯だけど、今後はSNSにもう少し力を入れて、田舎に興味のある都会の人に向けてコアな情報を発信できたら」


近隣の小中学校などから職場体験の相談が入ることも

そう草野さんは控えめに語るが、実はTikTokではこれまでに何度もバズを起こしており、すでに知る人ぞ知るインフルエンサー的な立ち位置になりつつある。

@tomohito_kusano 25歳で自分のお店を持つことができました。新しい挑戦です。こんな床屋さんはありですか?#床屋さん #バーバーショップ #バーバーショップコール #barbershop #barbershopcor ♬ Run Free (feat. IVIE) – Deep Chills

人が移住する理由はさまざまだが、「BARBER SHOP C.O.R」のようなファッションやカルチャーの発信地がまちにあることは、特に若い世代にとっては重要だ。コロナ禍における最初の緊急事態宣言と自粛後、多くの人がまちに出て髪を切ったことが記憶に新しいが、理美容が人の心に与える影響の大きさは無視できない。

「この店をきっかけに、まちに戻る人が増えたり、訪れる人が増えてくれたりしてくれれば」

すでに少なくない人たちが「BARBER SHOP C.O.R」を通して富岡町を知り、足を運んでいる。この店を起点に、富岡町の復興は輪のように広がっていくだろう。


草野倫仁(くさの・ともひと)さんプロフィール

1995年、富岡町出身。富岡高校卒業後、理美容業界を目指し専門学校へ進学。埼玉や栃木の店舗で7年間勤務して理容師としての技術を磨き、2020年、独立のタイミングで地元富岡町にUターン。富岡町唯一の理容室となる「BARBER SHOP C.O.R」を開業。
BARBER SHOP C.O.R
https://www.barbershopcor.com/

文/山田宗太朗 写真/鈴木宇宙


福島県富岡町ってどんなとこ?

福島県の浜通り地方の中央に位置し、太平洋と阿武隈山脈の間に広がる町。
降雪は少なく四季を通して暮らしやすい温暖な土地です。
JR常磐線、常磐自動車が縦断し、JR常磐線特急で
東京駅まで約3時間・仙台駅まで約1時間半と南北へのアクセスも良好◎

富岡町への移住ステップ

富岡町では、移住検討者向けに実際に滞在して町の暮らしを体験できる
「お試し住宅」をご用意しています。
町を散策して暮らしのイメージを具体化したり、職探し・住まい探しの拠点としてご利用ください。

お問い合わせ先

〇富岡町移住相談窓口「とみおかくらし情報館」

運営:(一社)とみおかプラス
住所:福島県双葉郡富岡町大字小浜字中央338
電話番号:0240-23-6983
営業時間:9:00~17:00 ※年末年始は除く

〇富岡町役場企画課企画政策係

住所:福島県双葉郡富岡町大字本岡字王塚622-1
電話番号:0240-22-9010


ふくしま12市町村移住支援センター

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■福島県12市町村起業支援金
補助対象経費の3/4以内、最大400万円を給付します。
https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/11050a/fuku12-kigyoushienkin.html

※受付期間や交付条件の詳細は、福島県避難地域復興課のHPをご覧ください。

                   

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