東京からわずか1時間の里山へ
美しい自然に囲まれた
比企地域で見つけた暮らし方
池袋から東武東上線でも、車でも約1時間。東京のベッドタウンともいわれる埼玉県の住宅街を抜けると、緑深い山々が一気に近づいてくる。広々とした田園が広がり、山の麓を清流が流れる。まるで絵本やアニメに出てくるような、どこか懐かしい気持ちになる素朴な田舎の風景。
ここは、東京に一番近い里山といわれる埼玉県比企郡。県内や東京のみならず海外からの移住者も増えているという、Iターン、Uターン希望者にとって密かに注目されているエリアだ。
比企で暮らすこと、比企で働くひとをもっと知ってもらおうと、10月より4回にわたって体験ツアーが開催される。今回はその魅力を探るべく、現地を訪ねた。
都心に最も近い里山にある、豊かな暮らしとは—–。
求人している会社は少なくても、自分で仕事をつくる楽しみがある
最初に訪ねたのは、比企郡の西部に位置するときがわ町。山々に囲まれ、中央を清流・都幾川が流れる美しい自然に恵まれた町だ。
案内してくれたのは、「ときがわカンパニー」の瀬戸口優太さん。ときがわ生まれの瀬戸口さんは、町を出て8年間のサラリーマン生活を経た後、ワーキングホリデーを利用してオーストラリアで1年を過ごし、地元に戻ってきた。
「この町を出てから、自分にとってときがわが大切な町であることを再確認しました。仕事をするなら東京で勤めるのではなく、自分の育ったこの町で起業し、町を元気にするような仕事をしたい思って戻ってきたのです」(瀬戸口さん)
瀬戸口さんは「ときがわカンパニー」の一員として、新たに立ち上げたeコマース事業部をまかされている。といっても社員として与えられた仕事をして給料をもらっているのではなく、自分でおこした仕事をしている起業家の卵。事業部の第一弾として、丸太を使ったスウェーデン式トーチ(たいまつ)の販売を開始した。
「ときがわ町は7割が森林で昔から林業が盛んな土地ですが、年々、木材の需要が減っています。森は適切に伐採していかないとどんどん荒れてしまいます。そこで、ときがわでキャンプやアウトドアを楽しむ人たちに、ときがわの材木を使ったトーチを提供するという事業を思いつきました。
ときがわ町は、就職する場所は限られていますが、その代わり、自分で何か新しいことを始めようと思ったらそれを実現できる場所。支援してくれる先輩や仲間もいます。自分も、この町に移住して仕事をしたい、起業したいという人たちのお手伝いをしていきたいと思っています」
東京に近いからこそできる。自然に寄り添う起業スタイル
瀬戸口さんがときがわ町にUターンして起業するきっかけになったのが、「ときがわカンパニー」の代表・関根雅泰さんとの出会いだった。
関根さんは、子どもを自然のなかでのびのびと育てたいとの思いから7年前に家族で移住。東京を拠点とした仕事を続けるかたわら、ときがわ町の地域活性の場として、「ときがわカンパニー」を立ち上げた。
「ときがわカンパニー」のメイン事業となっているのは、ときがわの木材を利用した「内装木質化」だ。学校や保育園などの老朽化に伴う建替や耐震工事に併せ、内装だけを木質化する。木造に建て替えるよりも費用はぐんと抑えられ、子どもたちのリラックス効果など、天然木の効果は十分に発揮できる一石二鳥のアイデアだ。
「ここに移住してから、地域のためになにができるかということを積極的に考えるようになりました。起業支援もそのひとつ。人を雇用するのではなく、自分で仕事をつくることを支援しています。雇用は会社がなくなったらそこで終わりですが、起業する人が増えれば人も仕事も増え、活性化に繋がります」(関根さん)
移住してきた当時1人だった子どもは4人に増え、今は6人家族になった。仕事で東京に出ることが多いが、1時間強で都心に出られるアクセスに不便を感じたことはないという。
美しい自然に囲まれた田舎暮らしを楽しみながら、これまで通り東京でも仕事を続けていけるのも、“東京に一番近い里山”だからこそできることなのだろう。
新しい可能性が広がる、廃校を利用した「霜里学校」
赤い屋根瓦に白壁の平屋の木造校舎。芝生の校庭には、大きな桜の木を囲むように錆びかけたブランコや鉄棒が残され、手入れされた花壇には季節の草花が咲いている。
比企郡小川町にある「霜里学校」は、3年前に廃校になった小学校・下里分校を活用した活動を行っているNPO法人。この分校の卒業生でもある安藤和広さんが“理事長”となり、分校の活用や、有機野菜塾、都市農村交流や、移住・就労支援などの活動を幅広く行っている。
「地域の子どもが減り廃校になってしまいましたが、この魅力ある校舎や、校舎を取り囲む自然は残していきたい、なにかに活用していきたいという思いから活動を始めました」(安藤さん)
校舎のすぐ近くには、小川町を有機の里として全国的に有名にした「霜里農場」があり、農業主の金子美登さんらを講師に迎えた「しもざと有機野菜塾」も開かれている。塾長の金子さんは1971年から有機農業を続けている、有機農家の第一人者。40年以上にわたってコツコツと有機野菜や米をつくってきた。金子さんに教えを請う人も多く、研修生も100人を超える。
今や下里集落全体が有機の里として全国的に名前を知られるようになり、平成22年度には有機栽培を通じた優れた里づくりが評価され、農林水産杯むらづくり部門で天皇杯を受賞した。
日本中から人が集まる、オーガニックタウン・小川町
有機の里として知られる小川町には、昔から移住者も多い。
主婦3人でつくったNPO生活工房「つばさ・游」の理事長、高橋優子さんもその一人だ。
「つばさ・游」は、主婦という生活者の視点から小川町の魅力を発信し、自然と共生する暮らしを研究・提案している。また、小川町駅近くで、地元のとれたて野菜を主役にした日替わりシェフレストラン「べりカフェ」の営業も行っている。
「レストランは私たちの活動をわかりやすく見せるためのひとつ。観光客でも地元の方でも、移住を考えている方でも、小川町に興味のある方にとっての情報共有の場でもありたいですね」(高橋さん)
高橋さんは、年に一度行われる「小川町オーガニックフェス」(通称オガフェス)の運営にも携わっている。
小川町は小川和紙や建具、酒造など伝統産業でも知られる。歴史を感じさせる町並みなどから武蔵の小京都とも呼ばれ、文化人やアーティストにも人気が高い。また、「霜里農場」に代表されるオーガニックタウンとしても、食や暮らしに敏感な人たちを惹きつけてやまない魅力にあふれている。そうした人たちが参加する、市民による手作りフェスがこのオガフェスだ。
「小川町を知らない人やオーガニックを知らない人たちも、このフェスでおいしいものを食べて、歌って、語って、五感で大いに楽しみながら、有機のことや、小川町の魅力に少しでも触れてもらえたらいいですね」
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今回訪ねた埼玉県比企地域は、全国的に有名な観光地や名所があるわけではない。
でも、緑が濃い山や清流、田んぼや畑があって、歴史ある神社や古民家がある。人々がイメージする里山の風景そのものが、東京からわずか1時間の埼玉県にあることに驚かされる。
そして、のんびりとした里山の風景に溶け込む古民家カフェや、地元の野菜を使ったレストラン、手作り雑貨の店、おいしい水出しコーヒーの店、天然酵母のパン屋や有機大豆を使った豆腐屋など、人に教えたくなるようなこだわりのお店もたくさんある。
有名なものや派手なものがあるわけではないけど、一度行くとまた行きたくなる。そして何度も行くうちに、そこで暮らしてみたくなる。埼玉県比企地域はそんなところかもしれない。
【文:切替智子 写真:服部希代野】
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