地域おこし協力隊の「自立」への道。
『受入体制、日本一』を目指す新潟県で起きていること。

2009年の制度開始から15年が経ち、地域おこし協力隊は地方移住の文脈において、王道の選択肢の一つとされている。新潟県においては全国5位の受入人数を擁するまでになった。まさに、新潟への移住の鍵とも言える。

しかし、最大3年間という活動期間が定められていることが「定住」を見据えたときに大きな壁となるだろう。それならば「自立への道」を探すことが、これからの地域おこし協力隊には必要だ。

今回は3年間の活動を経て自立した2人の元協力隊と、新潟県の地域おこし協力隊サポートネットワークの代表・小山友誉さんから「地域おこし協力隊が自立に至るまでの道のり」を聞いた。

 

地域おこし協力隊が集まり、変わり始める新潟の風

新潟県の自治体である長岡市と上越市に隣接した十日町市へ足を踏み入れると、信濃川の瀬替え(※1)によって生まれた河岸段丘(※2)が目の前に広がる。のどかな田園風景が広がる里山を本拠地にしているのが、2024年3月に設立された新潟県地域おこし協力隊サポートネットワークだ。

※1 信濃川の治水のため川の流れる方向を変えること
※2 川の流れに沿って階段状に形成された地形。川岸の扇状地を残して川底が削られてできたガケと、その上に広がる平地を合わせて河岸段丘という。

現在、地域おこし協力隊には主に3つの種類がある。公共課題や社会課題を与えられ、その課題の解決を目指す「ミッション型」、地域に新たな事業を生み出すための「起業型」、集落に入り地域との関わりの中で暮らしを繋げる「地域密着型」

今でこそ、地域おこし協力隊には多様な働き方があるが、制度導入当初は「地域密着型」が主流だった。前例がなく、運用指針も地域の中で確立されていない中、2010年に地域おこし協力隊として飛び込んだのが新潟県地域おこし協力隊サポートネットワーク代表の小山友誉さんだ。

 

小山友誉さん
新潟県地域おこし協力隊サポートネットワーク 代表
一般社団法人里山プロジェクト 代表

(プロフィール)2010年から3年間、十日町市地域おこし協力隊として活動。農業・除雪といった地域活動と深く関わり、里山での「本物の生きる力」を学ぶ。任期終了後、地域おこし協力隊のサポートを行う一般社団法人里山プロジェクトを設立。長年の地域おこし協力隊の支援活動が評価され、2022年度に「ふるさとづくり大賞」を受賞。2024年3月には新潟県地域おこし協力隊サポートネットワークを設立して県内全域の地域おこし協力隊の支援に取り組む。

 

小山さん「自分自身が地域おこし協力隊だったときに、これからもここの地域で頑張りたいと思って、定住を決めました。後任の地域おこし協力隊にも同じように思ってもらえるように、中間支援組織を立ち上げて10年余り。地域おこし協力隊支援のためのノウハウやサポート体制がもっと広がってくれたらと考えて、新潟県地域おこし協力隊サポートネットワークを立ち上げました」

新潟県地域おこし協力隊サポートネットワークの設立により、県内の地域おこし協力隊を支援する団体や個人のつながりが面的に広がり、さらに、こうしたネットワークが形成されたことでサポーターと自治体との連携が強化され、オンラインオフィス「ovice」を活用した元隊員から活動のノウハウ等を学ぶ「にいがた地域おこし協力隊ラボ」の発足、興味のある業種について元隊員等の事業所で学ぶ「Jobインターン」、マーケティングや資金調達などについて学ぶ「起業研修」など重層的な支援が可能となった。

これまでは受入団体や集落任せになりがちだった地域おこし協力隊のマネジメントを広域化・組織化したことによって、新潟県内のどの地域に着任しても協力隊が孤立することなく、地域と協力隊それぞれの負担軽減にも繋がっている

“地域とともに成長する”を合言葉に、地域と協力隊の間に立ってきた小山さん。こうした支援の背景には「地域おこし協力隊の自立」という大きなテーマがある。3年間という限られた時間の中で「定住」に向けた活動を進めるためのサポートは、水面下で着実に地域おこし協力隊に広がっている。

小山さん「サポートしてもらっていると協力隊が感じないほど、自然なかたちで支援体制と受け皿をつくっていくことが理想。研修や交流という直接的な支援だけではなく、地域側・受入側との調整役としての役割も重要だと思っています

 

新潟に根ざすための自立への道。

小山さんらが広げていった支援の輪は着実に広がり、多くの地域おこし協力隊が自立の道を歩み始めている。長岡市で地域おこし協力隊をしていた上田夏子さん、十日町市で地域おこし協力隊をしていた正力俊和さんも、協力隊の任期終了後に自立と定住を決めた。

2人はどのような道のりを経て、自立に至ったのか語ってもらった。

 

上田夏子さん
NPO法人スキコソ 共同代表理事
元長岡市ミッション型地域おこし協力隊

(プロフィール)新潟県上越市出身。長岡高専に進学したことをきっかけに長岡市で暮らすようになる。卒業後は大手のゼネコンに勤め、現場監督に従事。その後、長岡市の地域おこし協力隊に着任し、産学連携で運営されるコワーキングスペース「NaDeC BASE 」で、コーディネーターとして活動。任期終了後はNPO法人スキコソを設立して若者の場づくりを行う。

 

正力俊和さん
MURA PUB(ムラパブ) 代表

(プロフィール)富山県出身。2021年にミッション型地域おこし協力隊として松代地域に着任。20代の頃に世界30カ国以上を旅する中、日本の食や食文化に興味を持つ。帰国後は、和食の料理人に転身。未経験から料理の道を進み、移住後も里山の食文化を楽しんでもらうため、里山馳走というコンセプトを掲げて、トロノキハウスや松代棚田ハウスなどで料理を担当。任期終了後は人口約70人の新潟県十日町市松代地域の山間の集落でレストランMURA PUBを開業。

 

新潟で夢を追いかけることで何が変わる?

小山さん「地域おこし協力隊という制度が地域の中に浸透したことで、今の人たち(協力隊)は『何でもしていいよ』という関係性の中で活動ができるのが新潟の強みなんですよ。そうした土壌の中で、2人はどんなことを考えながら、3年間の活動をしていましたか」

上田さん「私は前職が建設業だったのですが、他の仕事ってあまり知らなくて。協力隊もまずは3年間、働けるならと思って応募しました。勤務場所が都市のコワーキングスペースだったので、『こんな働き方や仕事があるんだ』と、選択肢がガッと拓けた3年間でしたね。多くの人と地域おこし協力隊として関わる中で、すんなりと受け入れてもらえたことで活動のしやすさはありました」

※上田さんの地域おこし協力隊時代の活動はこちら

 

田舎暮らしの代名詞であった地域おこし協力隊から、上田さんの様な都市部で活動する協力隊も増え始めている。

 

上田さん「長岡市という“まちなか”で、色んな関係性の中でコーディネーターをやらせてもらいました。誰かの新しいチャレンジと人とを繋げることで実現に近づける仕事です。私は協力隊としてのミッションに取り組むうちに、『これがやりたかったことだ』と思うようになって、任期が終わった後にコミュニティスペースを立ち上げました」

小山さん「上田さんのように、地域おこし協力隊をやりながら、やりたいことや新しい働き方を見つける人もいます。最初から着地点を見据えて協力隊になる人ばかりではありませんから。そういう人は、色んな人間関係の中から学んで、トライ&エラーをして、見つけていく。その過程を支援できるのがサポートネットワークなんです」

上田さん「私も任期終了後に新潟県地域おこし協力隊サポートネットワークのメンバーになりました。同じような立場の協力隊の支援もしていきたいですね。長岡市の協力隊だけではなく、他地域の協力隊から『こんな人がいないか』という相談もあって、市町村の壁を越えて繋がりがつくられ始めているのを感じています

小山さん「正力さんは、元々の経歴が料理人ということもあり、それを活かしたミッションで十日町市の協力隊になりましたよね」

正力さん「そうですね。私は料理人ということもあって、日本橋で働いていたのですが、着任当初はコロナ禍で身動きが取れないタイミングでした。十日町市で新しく立ち上がる宿泊施設の厨房責任者というミッションを引き受けてくれないかと話をもらって、最初はリスクも少ないし和食を勉強していたこともあってチャレンジしてみようと移住しました」

※正力さんの移住に関する体験談はこちら

地域おこし協力隊の活動の中には、専門性の高い分野の仕事もある。市町村ではなく、新潟県から委嘱を受ける広域版の地域おこし協力隊として注目されている「ニイガタコラボレーターズ」では「ICT×難病患者支援」や「アウトドアによる誘客拡大」「高校連携による探究学習の推進」等、特定の分野での活動が与えられている。

市町村においても、ミッションによっては職歴や経歴を加味した条件で募集がされることも少なくはない。

正力さん「1日14-15時間、厨房に立つこともざらにあった東京での生活から一変、周りは農家だらけで食材の宝庫。違うのは一緒に働く人たちが70代・80代の人ばかりという部分でしたかね。3年後に自分の店を持つことは視野に入れつつも、オペレーションからメニュー立案まで全てを担ったので、最初は無我夢中でしたね」

小山さん「地域おこし協力隊の仕事は、どうしても仕事と生活を切り分けにくいことが多いです。日中に活動した後、プライベートで村の会合に出席することもあるでしょう。そうなると何が仕事で何が生活か切り分けは難しい。だからこそ、3年後に自分の身になるためのことをやって欲しいと思っています」

正力さん「東京でお金を追い続けていたら、自分の幸せの尺度、満足感は得られないままだったかもしれません。新潟は固定費を抑えやすいので新しいチャレンジに向いている。食材の仕入れ先も身近ある。売上は大きくとれないかもしれませんが利益は出しやすく、時間をかけてスタートラインに立てるのは、心持ちが大きく違いました

2人のように任期後に起業をするという例は、地域おこし協力隊の中で、決して珍しいことではない。1年で始めるのか3年をかけるのか、上手くいくのかどうかは本人の実力次第ではあるが、その成功率を高めるために、新潟県では多様な施策を講じている。

 

信頼の積み重ねが新しいチャレンジの土壌になる

小山さん「2人が起業して、定住をすることができたというのは本人の努力によるものが大きいとは思いますが、私たち新潟県地域おこし協力隊サポートネットワークとしても、多様な支援を展開しています。長年、地域おこし協力隊のサポートをしていると、その成功パターンも見えてくるので、そういったことを伝えつつ、支援制度としても確立しようとしています。2人はどんな制度を活用しましたか」

上田さん「私が参加したのは『起業研修』でした。ちょうど任期3年目に参加したのですが、もっと早くに参加すれば良かったなと。起業をした元隊員の人の話を聞いて、見えないところで動いていたんだなと思ったり、事業計画や資金繰りといった具体的な部分の指導だったり、得られたものは多かったですね」

正力さん「私も『起業研修』には参加しましたし、もう一つの『Jobインターン』にも参加しました。そこで繋いでもらったのが『SUZUグループ』の鈴木さん。自分がやりたいと思っていることの遥か先を進んでいる企業だったのですが、ネットワークの支援により、会って話すことができ、それこそ3-4回は時間をつくっていただきました

小山さん「本来なら移住して4年目、5年目に着手し始めることを地域おこし協力隊の任期中から取り組めるのは、自立を目指すにあたって大きなアドバンテージになります。過去の地域おこし協力隊の成功例から学び、サポートネットワークが組織として蓄積してきた関係性を使ってもらいたいと思っています。立ち上がってから、協力隊時代の5-6倍は忙しくなると思いますが、スタートラインに立つまで出来る限りのことをしたいですね」

 

自立してからの道のりは険しいこともある。それでも地域おこし協力隊という立場が新潟での新しいチャレンジの後ろ盾になることは確かだろう。本人の努力と地域の受け皿が噛み合った時には、大きな力を発揮する。

 

小山さん「地域おこし協力隊を見ていると、地域での信頼を一定以上得たときに未来が拓けている例が多いです。関わっている人や地域の人と関係を深めていく中で、実直にやっていれば「この人は信頼できる人だ」という評価を得られるタイミングが必ず来る。そうなると、新しい提案やチャレンジも通りやすくなります。逆に言えば、そうした信頼を得ていない段階から新しいことをやろうとしても上手くいきません」

正力さん「そうですね。任期の後半は店の開業のために動いていたのですが、用事はないけど村を散歩してお茶飲みをして話したり、あえて外から見えるところでオープンに向けた作業をして “ここで飲食店やりますよ” と伝えてみたり。そうすると農家の人が畑に連れていってくれて、そのまま仕入れ先になってくれることもありました。いきなり移住をして店をやろうとしても上手くはいかなかったでしょうね」

上田さん「地域おこし協力隊という立場で信頼を積み重ねてくれた人たちがいたからこそ、自分が活動する時になって、まちの人にどういう存在か理解してもらえている。こうした地盤は活動をする上で大きな助けになりましたね。その信頼を引き継いで、積み重ねて、引き継いでいく。そうしたサイクルが、新潟ではまわっているように感じますよね」

小山さん「新潟には地域おこし協力隊のロールモデルになる人がたくさんいます。共通しているのは軸と意志、素直さと柔軟性を持ち合わせていること。全体のバランスを取りながら、地域や関係者と一緒に進んでいく。それが地域とともに成長するということです。そうした新潟スタイルの地域おこし協力隊を広げていきたいですね」

 

地域おこし協力隊は制度として大きな岐路に立っている。うまく活用できるかはその地域次第だ。それぞれの都道府県や市町村ごとの特色も見えてきた。その中で、どんな環境で地域おこし協力隊をやりたいかを目指す側も考えなければならない。新潟スタイルの地域おこし協力隊は、単なる外部人材を登用するという目線ではなく、着任した地域おこし協力隊が前向きに活動に取り組めるように伴走し、地域とともに成長していけるように促すことを重要視している。

 

「受入体制、日本一」を標榜するのは伊達ではない。

 

 

【information】

◾️新潟県地域おこし協力隊サポートネットワーク
https://niigata-kyouryokutai.jp/

◾️ニイガタコラボレーターズ
https://turns.jp/101420

◾️オンラインオフィス「ovice」
https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/chiikiseisaku/r6ovicekatsuyou.html

◾️Jobインターン
https://niigatakurashi.com/revitalization_spt/73629/

◾️起業研修
https://niigatakurashi.com/revitalization_spt/73630/

 

文・大塚眞 写真・本間さゆり

                   

人気記事

新着記事