地域商社がもたらす、人の網の目

今、注目の「地域商社」福島県 あきんど

美しい太平洋の大海原を望む福島県浪江町。昨年8月、この町に新しい道の駅ができてからSNSで道の駅のニュースを目にすることが増えた。そこから伝わってくるのは魅力的なのは商品だけではない。浪江に関わる人の魅力、暮らしの魅力が伝わってくるのだ。いろいろな人が集い、やたら楽しそうである。なんでまたこんな楽しそうなんだろう。仕掛け人の一人を取材した。

株式会社あきんど代表の廣田拓哉さん。小回りのきく地域商社を複数運営しながら、その土地に根ざした経済圏をつくろうと各地を奔走する

 

復興を担う道の駅への仕掛け

福島県双葉郡浪江町。原発事故からの復興に汗をかくこの町に、昨年、新しい道の駅「道の駅なみえ」が開業した。木質素材を豊富に使った低層の「駅舎」が広々とした青空に映える。浜通りの大動脈、国道六号線沿いにあり、トラックの運転手から観光客、地元の人までたくさんの人が訪れる。連休や祝日の人出はかなりのものだ。

店の中には地元の農産品、道の駅からほど近い請戸漁港で水揚げされた魚の加工品などが並ぶ。なかでもひときわ目立つのが加工品たちだ。パッケージが目を引くだけでなく、福島県内の意外な食品メーカーが関わっているものや、地域をまたいだ連携によって生まれた商品が多い。

同社が関わる代表的な商品である「うまくて生姜がねぇ」は福島県を代表する商品に成長した。浪江町の農水産物を使ったローカル版も、道の駅で根強い人気を誇る

たとえば、福島県の物産業界がこの十年で生み出した商品のうち最大のヒット作と言っていいかもしれない「うまくて生姜ねぇ」という商品がある。浪江町からは百キロ離れた猪苗代町にある吾妻食品という会社が製造する商品で、細かく刻んだ大量の生姜があまじょっぱいタレに漬け込まれていて、これをご飯に乗っけて食べると白飯が幻であったかのように胃に消えていく。今や、全国各地の小売店で販売されている我が県の看板商品なのだが、その隣に、地元浪江産の「エゴマ」や「しらす」を混ぜ込んだ別バージョンの「生姜ねぇ」も並んでいた。人気商品をフックに、浪江と猪苗代という遠く離れた二つの地域を結びつけ、売り場にバリエーションを作り出しているのだ。ポップをみると、オリジナルより別バージョンの「エゴマ」のほうが売れ筋ランキング上位に入っていた。単なる横展開ではなさそうだ。

商品棚からは、あの手この手で魅力ある商品を作ろう、駅を盛り上げようという気迫が感じられる。筆者は、かつて同じ福島県内のかまぼこメーカーで三年ほど広報・営業として勤めていた経験がある。各地の道の駅に何度も何度も納品で通ったし、物産展などで経営者たちとも顔を合わせた。商品を見れば、どの地域のどの生産者が関わり、それがどういう意図で作られたのか察しがつく。その筆者から見ても、この道の駅のラインナップはかなり個性的で面白いのだ。

道の駅なみえの産直ブース「いなほ」。ハード面は別の業者が担当したが、商品開発含めソフト面で廣田さん達が幅広くサポートしている

これらの商品や売場をプロデュースしたのが、福島県二本松市に籍を置く地域商社「あきんど」の代表、廣田拓也さんだ。あきんどは、2019年の設立以降、地域産品の商品開発や多種多様なプロジェクトのマネジメント、販路開拓や店づくりのコンサルティングなどさまざまな事業を行ってきた。この道の駅づくりをサポートしたのも同社だ。道の駅の構想が進むなかで、浪江町の担当課とまちづくり会社から「店づくりの全体プロデュースに関わってほしい」と声をかけられた廣田さん。道の駅の設立や経営の経験はなく、正直に「道の駅なんて作ったことはないのでお役に立てるかわからない」と返答したが、それでもぜひ一緒にやりたいと再度声をかけられたという。そこで廣田さんは「道の駅の完成が目的ではなく、完成したあとも一緒に成長していくような場づくりなら喜んでお手伝いしたい」と答え、道の駅の構想に参画したそうだ。

なぜ廣田さんは「完成したあと」のことを考えたのだろう。「道の駅に限らず、容れものがあればそこに事業が生まれます。事業があれば、そこに若い世代が集まってくる。福島の復興という難しい現場で育った若い起業家が育てば、福島や浪江町の復興の力になると考えたんです」と廣田さん。つまり廣田さんにとって道の駅は「人をつなげ、人を育てる場所」でもあるのだ。

フードコートにあるラーメン店を訪れると、カウンター越しにさまざまなアドバイスをする廣田さんの姿が。後進の育成も大事なミッションだ

 

「人の駅」としての道の駅

地域を超えて生産者がつながり、学び合うなかで魅力的な商品や事業が生まれ、そこに暮らす人、根ざす人たちの暮らしが豊かになる。その結果、道の駅はさらに魅力的になり、外からも人が訪れ、経済が回り始める。道の駅は、まるで「人の駅」だ。

道の駅のフードコートに「麺処ひろ田製粉所」というラーメン店がある。手揉みでコシの強い麺が人気の店だ。「ひろ田」と名が付いていることからわかるように、この店もまた廣田さんの仕掛けから生まれている。廣田さんは、自ら社長を務める「あきんど」以外にも複数の地域商社の経営に関わっている。その中のひとつ、廣田さんの実兄が代表を務め、飲食店経営や店舗の企画に特化した「株式会社たなつもの」という会社がこの店を経営している。しかし、実際の店の運営は、浪江町在住の若者たちが立ち上げた「株式会社浜のあきんど」と共同で運営するいう形をとっている。実はこの「浜のあきんど」も、廣田さんが立ち上げに関わった小規模地域商社だ。

「浜のあきんどは、浜通り地区の生産者や事業者をつなげられるようにと立ち上げたのですが、まずはこの地域の中で存在を認知してもらうと同時に、若い世代が商売の基本を学ぶことが最初の一歩と考えました。味や品質は私たちがしっかりと管理しながら、商売を学ぶ場にもできると考え、彼らとの共同経営という形をとっています。道の駅での飲食事業は、彼らのファーストステージなんです」

廣田さんが期待をかけるのが「浜のあきんど」の代表を務める和泉亘さんだ。和泉さんはエゴマの生産や加工を行う農家でもあるが「日々めちゃくちゃ学ばせてもらっています」とラーメン店の運営にも前のめりだ。「ラーメン店という現場を通じて、材料の仕入れ、人のやりくり、売上の管理など経営の基本が学べますし、それがエゴマの事業を見直すことにもつながっています。忙しいですが、やりがいしかないですね」。開店からまだ一年も経たないのに、この道の駅、和泉さんのような若者の成長の場に、すでになり始めているようだ。

 

人の網の目を張り巡らす地域商社

人が集い、人が育ち、生業や事業が生まれる。それこそ、廣田さんにとっての「地域商社」の理想に他ならない。地域商社と聞くと、地域の小さなエリアで商品や事業を作り、小さな経済圏を作る業種というイメージがあるが、廣田さんは「人」を大前提に考える。

福島県といっても59の市町村がある。当然、廣田さん一人ではカバーできない。「それぞれの地域に、その地域に精通した人がいるものです。そうしたキーパーソンと連携できたら、ものすごい力を発揮ると思いませんか?道の駅は『容れもの』なんだとさっき説明しましたが、地域商社も、地域の面白い人たちや魅力ある生産者さんを入れる『容れもの』のようなものだと思うんです」と廣田さんは語る。

実は、廣田さんの「あきんど」そのものが、小さな地域商社の集合体である。あきんどの副社長には、いわき市で地域商社「いわきユナイト」を経営する田子哲也さん、「うまくて生姜ねぇ」を製造する吾妻食品の代表、佐藤弘一さんの二人が名を連ねている。それぞれ得意とするローカル地盤を持つ地域商社の経営者同士でチームを組んでいるわけだ。

廣田さんのアイデアは明快だ。県をいくつかのエリアに分け、そのエリアごとに、地域に密着した商品づくりや事業を行う小さな地域商社をつくる(「浜のあきんど」や「いわきユナイト」)。そのネットワークの中心に統括的な地域商社があり(「あきんど」)、地域を超えた連携を促し、魅力的な事業や商品づくりを推進する(シラス入りの「うまくて生姜がねぇ」など)。地域商社が連携することで事業の推進力がアップし、ミクロなローカル商品を、スピーディー且つマクロに展開できるようになる(「道の駅なみえ」)というわけだ。

地域商社が生み出す「人の網の目」は、なにも福島県だけに収まる話ではないだろう。あらゆる県に応用可能だし、「東北」や「信越」といった広域エリアにも応用できる。地域商社とは、業態というよりも課題解決のための「型」のようなものなのかもしれない。その「型」を利用すれば、どの地域でも、スーパーローカルな食の魅力が、そして人の魅力が、これまでになく解像度高くヴィヴィッドに浮かび上がってくる。

廣田さんの「型」には、あちこちから期待が寄せられている。たとえば、株式会社ジェイアール東日本企画と共同で行っている「ふくしまみらいチャレンジプロジェクト」。これは、福島相双復興推進機構と連携し、県内で被災した十二市町村の事業者を対象に、マッチングや販路開拓の支援を行うプロジェクトだ。あきんどは、その持ち前のネットワークを生かし、被災地の事業者とともに商品開発や販路開拓に当たっており、まちの復興の後押しとなるよう取り組んでいる。

また、JR東日本による「東北デスティネーションキャンペーン」の一環としてスタートした地域ブランド事業「東北MONO」にも深くコミットする。東北エリアの新しい地産ブランドの開発、産直市や物産展の開催、地域事業者同士のネットワークづくりや観光プロモーションまでを包括的に行うプロジェクトだ。廣田さんは、「型」を東北に広げ、東北地方の地域商社とチームを組み、事業の一翼を担っている。

商人たちは、すでに東北中にいる。その網の目から寄せられる情報は早く、多様に組み合わせて商品を展開できる。また、地域に深く密着しているからこそ、地域ならではの物語や文脈を持たせることもできるはずだ。売り場を通じて新しい東北のものづくりが生まれれば、震災やコロナ禍という困難に立ち向かってきた生産者たちの大きな希望にもなるはずだ。そんな大きな事業に、福島から生まれた地域商社が貢献している。それがなんとも誇らしい。

あきんどに関わる「福島商人」たち。福島県の浜通り、仲通り、会津、この3地方の枠を超え、日々さまざまな事業連携を行っている

 

商人たちが、地域に血を巡らせる

取材の帰り際、道の駅の中にある地酒ショップに立ち寄って驚かされた。道の駅は地元の商品を並べるものだと思っていたが、そこには、秋田や青森、三陸の人気のつまみが並んでいるのである。廣田さんは「お酒は地元の蔵元、鈴木酒造店さんのものを並べてますが、おつまみのセレクトは自由です。ここから東北を感じてもらえたらうれしいですし、売り場があるからこそ商品を集められるわけですよね。商品を集めることでメーカーや生産者との新しいつながりも生まれるし、そこから新しいコラボ商品が生まれるかもしれない」と解説する。この道の駅、万事そういう「網の目の思考」で運営されているのだ。魅力的でないはずがない。

そこでしこたま酒とつまみを買い、別れを告げようと廣田さんを探すと、廣田さんはお土産ショップで商品の陳列をしていた。「やっぱり現場が好きなんですよ。何がどう売れてるのか、利益率をどう設定するか、この利益率だったら人件費はいくらくらいがいいとか、そういうことを現場で考えるのが、やっぱり大好きなんですよね」。

この日の取材の次の予定も、おそらく会議やら何やらでびっしり詰まっているであろう廣田さん。それでもうれしそうに、楽しそうに、自ら手がけた商品のラベルをひとつひとつ前に向けている。この男、根っからの商人なのだ。

 

あきんど:https://akin-do.co.jp/

 

(編集:ミネシンゴ 文・写真:小松理虔)

 

                   

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