I ・Uターン者が小さな村ではじめる大きな挑戦。

長野県王滝村で農業をはじめる。
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長野県木曽地域の中で最も人口の少ない、王滝村。
山岳信仰の霊山として知られる御嶽山の麓に位置し、人口わずか700人程の村ですが、村の97%は山林・原野という森に囲まれた美しい山村です。

コロナ禍で二拠点生活や地方暮らしが注目されるようになり、都会以外での暮らしを選択する人も増えてきた昨今。王滝村にも、各地から移住者がじわりと増えています。

今回は、王滝村で新規就農者として水稲栽培や地野菜栽培に挑戦しながら、自分の人生をより豊かに生きようと奮闘している方たちに密着し、農作業を通じて感じられる王滝村の暮らしの魅力に迫りました。

目次

  1. 1.“人”を受け入れる村づくり
  2. 2.夫婦で挑戦する、藤田普子さん
  3. 3.都会から移住し、奮闘する、平田恭子さん
  4. 4.新規就農者の挑戦を後押しする、先輩農家の心意気
  5. 5.村民一人ひとりが、大切な存在
  6. 6.動画
  7. 7.村民からのメッセージ

“人”を受け入れる村づくり

王滝村では、「長野県 地域発 元気づくり支援金事業」を活用した取り組みを推進し、支援金を活用して「新規就農者の地野菜生産加工を中核とした就農支援事業」を3年かけて実施しています。

近年、王滝村の人口減少や農業者の高齢化が進み、村の特産品の作付面積や収穫量は10年前と比較して半減しています。そんな現状に危機感を抱き、県の伝統野菜であり村の特産物でもある「王滝かぶ」や現在栽培が減少傾向にあるそば「信濃1号」など、地野菜の生産を守り継いでいくため就農支援事業を始めました。

王滝村役場が仲介役となって、村の中心的役割を担ってきた農業者と移住や新たに就農しようとする若者たちを結びつけ、技能を受け継ぐ機会としてさまざまな農作業講習会を開催し、先輩農業者と新規就農者が一緒に営農する取り組みを行なっています。

就農支援事業の講習会は、農作業受託団体である「王滝村地域農業合理化組合」の池本光一さんをはじめ、村の現役農家の人がレクチャーをしたり、村民の人たちが積極的に関わっていることが大きな特徴です。王滝村で農業をやってみたい・田舎暮らしをしてみたい人たちを受け入れる土壌をつくるため、村一丸となって挑戦をしている事業なのです。

今回は、この事業の三本柱の一つ、水稲栽培講習会の第6回目として、講習会参加者の藤田普子(ゆきこ)さんと平田恭子さんの水田で行われた、稲刈り作業に密着しました。

この日は、原っぱだった水田をトラクターで起こすところから講習会の講師を務めた「王滝村地域農業合理化組合」の組合長 池本光一さんや立花京寛(たかひろ)さん、刈り取り講師の田近登さんなど、村の先輩農家の方たちが初めて稲刈りをする若者たちを応援するためにわざわざ駆けつけました。

夫婦で挑戦する、藤田普子さん

天気にも恵まれ、午前は王滝村出身の藤田普子(ゆきこ)さんの水田から作業が始まりました。藤田さんはこの春、村役場から農地の斡旋を受けて、840㎡の農地を借り稲作に挑むことになり、夫の勝巳さんとともに夫婦で作業をしています。

実は勝巳さんは埼玉県出身で11年前王滝村にIターン移住されてから普子さんと出会いご結婚されたそうです。

専門学校で農業を学んだという藤田さんですが、実際の農作業ではなかなか思うようにならず、なれない水の管理にも時間がかかったそうです。しかし、講習会講師の池本さんやベテラン農業者から一つ一つアドバイスをもらいながら、それを支えに一生懸命に取り組み、なんとか刈り取りの日を迎えられました。

「ひとつ聞いたら、10以上教えてくれるような方たちがたくさんいて、心強く、本当にありがたいです」と藤田さん。

刈り取り講師の田近登さんの機械さばきを見ながら、最初は稲刈り機を恐る恐る走らせていましたが、次第に感覚をつかみ、頼もしい顔つきになっていく姿が見られました。

刈り取った後は、先輩農業者に稲を掛ける単管の組み立て方を一から教わり、自分の水田では初となるはぜ掛けに挑戦しました。なんとこの良質な単管は村内の水稲栽培をやめられた農業者から、今回の講習会のために譲っていただいた「お宝」だそうです。

時に先輩たちに作業のコツを尋ねたり、談笑しながら作業を進めたりと、一生懸命にそして楽しそうに作業をしていた藤田さん。大変さを感じながらも先輩たちのあたたかさや懐の深さに触れながら、自然体で水稲栽培を学ばれていました。

都会から移住し、奮闘する、平田恭子さん

お昼休憩をはさみ、午後はIターン移住者として稲作に挑戦している平田恭子さんの水田で作業を行いました。

こちらも遊休農地で原っぱだったところを一から学んで築き上げてきた水田とのことでした。

平田さんは、8年前に和歌山県から一人で王滝村の地に移住し、その後に結婚。現在は家族4人で暮らしています。

農業未経験だったことから、2019年に村の水稲栽培講習会に参加しました。田植え機を触ることも、刈り取り機で稲刈りをすることも、全てが初めての体験でした。熱心に水稲栽培を学んでいき、今年度に入り村役場から農地の斡旋を受け、3年越しの夢が叶って、自分の水田で稲作に挑戦する機会を得ました。

農業者として初めての稲作。途中、ニホンザルによる悪戯被害に遭い、心が折れかけたときもあったといいます。しかし、そんなときもそばで支え、励ましてくれたのが先輩農家の人をはじめとする村民の人たちでした。

今回、刈り取った稲のはぜ掛けをする場所として、村役場のほど近いところで農地を借りている山下朝生(あさお)さんが水田の一部を貸してくれることになりました。

山下さんの水田(役場から斡旋を受け借り始め、今年で3年目)

山下さんも平田さんと同様に、「長野県 地域発 元気づくり支援金事業」の初年度の水稲栽培講習会を経て、第1号の移住農業者として活躍されている方です。3年前に、東京から家族で縁もゆかりもなかった王滝村にIターン移住をしました。

最初は、水稲栽培講習会でトラクターの運転等から稲作を一から学び始め、今では、小学生の水稲栽培の先生を任されるまでになりました。

平田さんと山下さんは講習会を受講した同期生という縁もあり、同じ水稲栽培をする仲間として、大変さや苦労がわかるからこそ平田さんの力になりたいと、手を挙げたのだそうです。

新規就農者の挑戦を後押しする、先輩農家の心意気

刈り取りが終わり、平田さんは「一人だけではできなかったなと改めて思います。いろんな方たちに助けてもらって、ここまでこられた。本当によかったです」と、すっきりとした水田を見渡し、感慨深そうな面持ちで話してくれました。

雲が厚くなってきたのを見て「ちょっと天気が気になる」とすかさず次の作業へと移ろうとする平田さんは、すっかり頼もしい農家の姿になっていました。

土を耕し、苗を植え、立派に育った稲を刈り取る。
農作業の過程と同じように、新たに王滝村で挑戦する人たちは、村の人たちの受け入れてくれる雰囲気の中でゆっくりと関係を築きながら、村の中で成長していることが窺えます。

一人で挑戦をすれば大変なこともあるだろうし、慣れない地で奮闘するのなら、なおさら孤独を感じるに違いありません。しかし、王滝村では村の人たちに見守られ、後押ししてくれている実感があるからこそ、頑張れるのでしょう。

知識や経験を伝え、支え合う風土があるからこそ、藤田さん・平田さんのように水稲栽培未経験の女性就農者も活躍できる環境ができています。このような先輩農家と新規就農者の想いの循環は、村の未来や新しい人を想う先輩農家の心意気と、一生懸命に取り組む新規就農者の挑戦、そしてその二つを結びつける村役場の応援があって初めて生まれているのかもしれません。

村民一人ひとりが、大切な存在

刈り取り作業に駆けつけた先輩農家の方たちは、それぞれが村にとってなくてはならない存在の人たちです。

刈り取り機の講師を務めた田近登さんは、自身も現役で農業を営む忙しい中、「私でよければ」と自分の所有する大切な機械を持参し、使い方を実際に見せながら、藤田さん夫婦に熱心にレクチャーをしていました。

田近さんと勝己さん。田近さんからは、農作業を若い世代に教えようとする熱量を感じました。

1日を通して刈り取り作業を手伝った立花京寛(たかひろ)さんは、兵庫県出身でIターン移住し、移住後は村で料理人として働いていました。

定年退職を期に、Iターン者としては先駆けで水稲栽培にはげみ、現在はのんびりと農業を営みながら、「王滝村地域農業合理化組合」の池本組合長とともにオペレーターとしても活躍しています。この日の作業でも黙々と手伝う姿が印象的で、周囲に安心感を与えてくれていました。

また、作業中も周囲を明るく和ませるような元気溢れる姿が印象的だった、辻正憲さん。

2021年6月に愛知県からUターンし、村の特産品である「王滝かぶ」の栽培をしています。8月末から毎回王滝かぶ栽培講習会に参加され、遊休農地を村の人と耕すところから始めて、今では「すばらしい王滝かぶをつくったね」と称賛されるほど立派なかぶを出荷できるまでに成長しています。

「右も左もわからないときに、役場の方や村の人たちの応援や助けがあったからこそできた。自然と触れ合えるのは、楽しいもんですよ」とにこやかに話す、辻さん。王滝村での暮らしの充実ぶりが窺えました。

現在は来年度に向けて羊の飼育に取り組まれる準備をされているそうです。

どの方からも、自分が先輩たちから受け取ってきた想いや知識、経験を、次の世代を担う人たちに届けよう、支えようとする熱量を感じます。

また、3年間の「就農支援事業」を通して、農作業の手伝いに参加する村の人が徐々に増えてきたのだそうです。

帰り際に、この3年間就農支援事業を担当してきた王滝村役場経済産業課の溝口さんに「新規就農者を目指すI・Uターン者を応援する村民が増えてきた一番の要因はなんですか」と尋ねてみました。

「まったくの初心者でも、都会からきて一生懸命に学んで取り組んでいる人の後ろ姿を見ると、みんな放っておけないんですよ」とニッコリ笑って答えてくれました。

それからもう一言。

「たぶん来年・再来年には一期生から三期生が次のI・Uターン者を教えられるくらいに成長し、皆を支える側になりますよ。だって苦労がわかるから。そして、10年後にはきっとこの村の中核になる農業者になってますよ」と嬉しそうに話してくれました。

村民一人ひとりが「自分の存在が活きる」ことを実感できる、王滝村。「就農支援事業」によって、村の人たちが外からくる人たちを受け入れる土壌をつくり、挑戦する人たちを後押しする環境ができあがってきました。小さな村で豊かな暮らしを実現する人たちが、きっとこれから増えていくはずです。

3年間の元気づくり支援金の事業でI・Uターンの新規就農者や定年退職者を支援するために導入した農業機械一覧

動画

(1)水稲
1-1 ,耕起(45分21秒)

1-2 ,代かき(1時間3分44秒)

1-3 ,田植え(1時間3分54秒)

1-4 ,病害虫防除(5分15秒)

1-5 ,稲刈り(32分26秒)

1-6 ,脱穀(13分58秒)

(2)王滝かぶ
▲王滝かぶについてはこちら
1-1 ,畝立・播種(28分22秒)

1-2 ,害虫防除(12分56秒)

1-3 ,収穫(36分36秒)

(3)そば「信濃1号」
▲そば「信濃1号」についてはこちら▲栽培記録はこちら
1-1 ,刈り取り(33分31秒)

田舎暮らしをお考えの皆様へ 村民からのメッセージ!

▼当該記事に関するお問合せは、下記までお願い申し上げます。
ご希望に合わせ、関係機関と連携したご案内をさせていただきます。

〒397-0201
長野県木曽郡王滝村3623番地
王滝村役場経済産業課 農業振興係
TEL:0264-48-2001(代表)
FAX:0264-48-2172
E-mail:nogyo@vill.otaki.nagano.jp

※本事業は、令和3年度 長野県 地域発 元気づくり支援金事業
新規就農者の地野菜生産・加工を中核にした就農支援事業によって行われています。

文:草野明日香、写真:矢野航

                   

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