野生のクマを追いかけ高千穂へ移住を決意。“よそもの視点と行動力がまちの可能性を切り開く

宮崎県内有数の観光地・高千穂町。「神話のふる里」と呼ばれ、雄大な景観の高千穂峡や日本神話ゆかりの高千穂神社などを目当てに県内外から多くの観光客が訪れる。神話に登場する「天岩戸」を祀る天岩戸神社聖地・天安河原がある岩戸地区も人気スポットの一つ。

この由緒ある土地で観光ガイド、写真家として地域の魅力を伝えているのが栗原智昭さんだ。そんな彼に、クマ探しをきっかけとした驚きの移住ストーリーや移住者だからこそ生み出せる仕事について伺った。

栗原 智昭くりはら ともあきさんプロフィール】
1965年、福岡県生まれ。山口大学と金沢大学大学院で生物学研究の道に進むも中退し、青年海外協力隊員として東アフリカのマラウイ共和国へ。帰国後、協力隊員時代に学んだ無人撮影カメラの技術を活かし、地元福岡で写真家として活動を始める。
高千穂町でクマの探索調査をするために2001年に同町に移住。現在住む岩戸地区を中心に写真家として活動しながら、観光ガイドとして観光業やまちづくりにも関わる。

 

野生グマへの興味と住民の温かさが導いた高千穂への移住

「小さい頃は『野生の王国』というドキュメンタリー番組が好きで、海外の野生動物の映像にすごく憧れた世代。両親が園芸店を営んでいたこともあり、子どもの頃から生き物に興味がありました」

と語る栗原さん。金沢大学大学院で生物学研究の道に進むも、「もっと人と関わりながら植物や自然について伝えたり、調査する活動がしたい」と一念発起し中退。青年海外協力隊員としてアフリカのマラウイ共和国に飛び立った。

現地では3年間、国立公園で環境教育や調査活動に従事。「アフリカの広大な自然や現地住民と触れ合いながら野生生物の調査をしていました。そのなかで特に興味を持ったのが、クロサイの調査で使用した森の中にセンサー付きのカメラを仕掛ける無人撮影。マニュアルもないなか試行錯誤しながら夢中で取り組みました」

帰国後は、現地で身につけた無人撮影の技術を活かし、地元福岡で写真家としてのキャリアをスタート。そんな栗原さんの移住のきっかけは、高千穂周辺の山で九州では絶滅したとされるツキノワグマの痕跡が見つかったというニュース。クマの探索には無人撮影の技術が必須だった。

「大きい動物を撮影した経験もあるし、山を歩き慣れている。九州でクマを見つけられるのは自分しかいない」という直感を信じ、高千穂に向かった。

2000年6月に初めて高千穂の山に入った栗原さん。秋までの1シーズンで見つかるだろうと見積もっていたものの、山中には鬱蒼と笹が茂り、明確な手がかりをつかめないまま1年が過ぎた。福岡からバスで通い、ユースホステルで寝泊まりしながらレンタカーで山に入るというサイクルを繰り返す日々が続き、移住を考えるように。

「調査を続けていく中でクマの調査に対する周囲の期待の大きさを感じました。そしてなにより、高千穂で出会う人たちがすごく人懐っこくて、クマを探すフリーのカメラマンという一見“怪しい男”を快く受け入れてくれたんですね。マラウイで感じた人の温かさを日本でも感じられるんだと。『来年にはもうここに住みますから』と宣言して福岡に戻りました」

 

未経験の風景写真を一から学び、貴重な収入源に

2001年5月に家を借り、移住を果たした栗原さん。翌年には写真家として食べていく決意をして個人事務所「MUZINA Press」を設立。2004年には地元女性と結婚し、着々と新しい土地での生活が充実していった。

「移住した当初はとにかく山に入ってなんぼという感じ。青年海外協力隊時代の蓄えとたまに受ける取材仕事の報酬などわずかな稼ぎを切り崩しながらの生活でした。移住して1年経った頃、動物を扱う専門学校から講師のオファーが舞い込み、福岡から移住しておきながら福岡に出稼ぎに通っていた時期もありました(笑)」

現在の主な収入源になっているのが観光名所の写真絵葉書の制作・販売や観光ガイドの仕事だ。「地元の方から『高千穂の写真の絵はがきが欲しい』という声があり、これまで撮りためていた写真でお金を稼げるかもと絵葉書づくりに着手しました」

移住した当初は、観光名所に一切興味がなかった栗原さん。売れそうな写真を全く撮影していないことに気づき、慌てて初めて高千穂峡に撮影に行ったという。最初にこうして撮影した高千穂峡の写真は、今も一番売れる商品だ。
動物を撮影するばかりで風景写真を作品として撮影したことがなかったため、一般向けの写真教本で一から勉強し直した。観光地のお土産屋に絵葉書を置いてもらえるよう自ら交渉を行い、雲海の名所として知られる国見ヶ丘で撮影をしながら、観光客に絵葉書をその場で手売りすることも。

そうした地道な努力で少しずつ販売数が伸び、安定した収入源になっていった。

 

よそもの目線で地域を客観的にみることで生まれるアイデア

移住後に夢中になったのが高千穂の夜神楽の撮影だ。舞に込められた意味合いや想いといった背景にも栗原さんは魅了され、一時期は春から秋にかけては山、晩秋から冬の間は夜神楽に没頭する生活をおくっていた。

「町側が観光客に『夜神楽を見に来てください』と呼びかけはするものの、説明不足のためマナーやしきたりを知らないまま鑑賞する人が多く、それがトラブルに繋がっているという話を耳にするようになりました。そんなイザコザを解消する一助になればと、高千穂夜神楽の魅力や生まれた背景、鑑賞する際に最低限守らないといけないマナーなどを面白おかしく説明したホームページを手作りしました」(このホームページは諸事情で閉鎖中)

そのホームページは次第にアクセスが増えるようになり、旅行会社の目にも止まった。「栗原さんは話も面白いからガイドもしてみては」という話に発展し、2005〜6年には夜神楽ツアーガイドを経験。2013年には観光協会認定ガイドの資格を獲得し、その後の本格的なガイド業へと繋がっていく。

栗原さんが観光ガイドで重視するのは、「お客さんは地元の人ではないので、初めて訪れた人でもわかるように説明しないといけない」という自身が持つ移住者としての“よそもの目線”だ。

「地元の人は、例えば『神楽を舞うのは何のためですか?』と尋ねられても、自分たちには当たり前過ぎてうまく説明できないんです。僕の場合、自分自身よそ者として感じた同じ疑問をきちんと調べて答えを見つけ、神楽なら『五穀豊穣を祈願すると同時に感謝する祭りなんだ』と伝えると、お客さんにも理解してもらえるんです。移住者だからこそ気付けることや、自分が得意なことを生かしてできる仕事がきっと他にもあるはずです」

高千穂の観光ガイドで一番力を入れているのは、難しい神話をいかにわかりやすく伝えるか。看板などにも説明が書かれていますが、それを見ただけではほとんどの人がよくわからないのが現状です。そこで、話の振り方や、いかに楽しみながら聞いてもらえるかを必死に考えました」

試行錯誤の結果、最終的に落ち着いたのが紙芝居で見せるスタイル。絵を含め一から自作した。

地域を客観的にみられる視点や外で培った技術や経験、そして足りないものは独学で身につけて形にする行動力を武器に栗原さんは人生を切り開いている。

 

栗原さんの行動力が町の未来を牽引。地域の欠かせない存在に

現在、栗原さんの活動の中心である岩戸地区は、天岩戸神社や天安河原がある人気観光スポット。しかし、地元の人も気づいていない伸び代がある、と取り組んだのが、由緒ある名所旧跡やお店がひと目で分かる「天岩戸名所案内マップ」だ。

「天岩戸神社や天安河原を見たらすぐ帰ってしまう人がほとんど。しかし、例えばそこから少し離れた場所にある天岩戸神社東本宮も、信仰の中心であり重要な場所なんです。そのことに地元民ですら気づいておらず、東本宮に向かわせようという発想自体がなかった。そこで、東本宮やその周辺に残る神話にまつわる場所を紹介するマップを作ろうと仲間に掛け合いました。」

観光協会任せにせず、自ら先頭に立って音頭を取り、地域住民も巻き込みながら、完成させたオリジナルマップ。「岩戸地区を観光でもっと盛り上げれば、地元の人たちも観光業でもっと稼げる」という栗原さんの想いが実った成果だ。

移住には良いこともそうでないこともあります。その両方を受け入れられるかが大切ですね。僕は自分を受け入れてくれた地域に恩返しをしたいという想いがあった、そして、家族もいて僕はここで子育てをしたかった。そういう自分なりの “ここにいたい理由” があれば住み続けられると思います」と移住者にアドバイスを贈る。

移住して21年。きっかけになったクマの探索は仕事や子育てが忙しくなり、今では山に入ることもないという。しかし、九州のクマに関する学会で論文を発表するなど、着実に功績を残している。高千穂で生まれた育った子どもたちが神楽を舞うなど、今では家族全員すっかり地域住民の一員だ。

少しでも地域の役に立てるように普段から心掛けているという栗原さんの活動が周囲に認められ、2015年には全会一致で「天岩戸まちづくり協議会」の代表に選ばれている。「お土産品の開発など、この土地はまだまだ観光で伸びていくポテンシャルがある」と語る姿は実に頼もしい。

これからも高千穂町の魅力を発信するトップランナーとして、地域の未来を牽引していくに違いない。

 

取材・執筆:日高智明
構成:田代くるみ(Qurumu)
撮影:田村昌士(田村組)

 

– 高千穂町とは –

九州のほぼ中央に位置し、熊本県と大分県に隣接しており熊本市内まで1時間半程度。九州を代表する温泉地などへのアクセスは良好です。高千穂峡や神社、夜神楽などの伝統芸能などを有しており宮崎を代表する観光地として県内外から多くの人が訪れます。

 

◆ 高千穂の夜神楽 ◆
国の重要無形民俗文化財の夜神楽は、毎年11月から2月にかけて町内のおおよそ20の集落で行われ、夜を徹して33番の神楽が奉納されています。

◆ 世界農業遺産 ◆
森林に囲まれ平地が極めて少ない環境下で、高品質の和牛生産、茶の生産、棚田での稲作等を組み合わせた農業が古くから行われています。

◆ NPO法人一滴の会 ◆
町から委託を受け、空き家探しなど移住のサポートをしています。
HP:https://www.itteki.org/

 

【NPO法人一滴の会】
〒882-1411 宮崎県西臼杵郡高千穂町大字上野650-1
TEL:0982-83-0111
FAX:0982-77-1016
http://www.itteki.org

                   

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