アニメのキャラクターや忍者、関取など思い思いの仮装に身を包んだランナーたちが、米俵を担いで二つのアルプスに抱かれた美しい風景の中を駆け抜ける。その名も『米俵マラソン』というユニークなマラソン大会が、毎年11月下旬に長野県南部にある飯島町で開催されている。
完走後には担いだお米が米俵ごともらえたり、町民たちが振舞う炊き立てご飯やきのこ汁が楽しめたりと、町民による温かなおもてなしも魅力の一つで、東北や関西、中国地方などの遠方からも多くの人が訪れる。第11回目の開催となった昨年は約400人のランナーが笑顔で心地よい汗を流した。
■米俵マラソン
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飯島町では米俵マラソンの開催をきっかけに、耕作放棄地となっていた田んぼでわらが栽培されるようになったり、しめ縄やわら細工などをつくる若手職人が生まれたりと、わらを核に新たな生業と地場産業が育ちつつある。
米作りの盛んな飯島町をPRするだけでなく、地域の課題解決にもつながる可能性を秘めた米俵マラソンの誕生秘話や魅力、楽しみ方などについて、実行委員長の久保島巖さんと、米俵マラソンをきっかけに脱サラしてわら細工の道に進み、わら細工のベンチャー企業『株式会社わらむ』を立ち上げた酒井裕司さんにお話を伺った。
“飯島”という町名にふさわしいご当地マラソンを
実行委員長の久保島巖さん(左)と『わらむ』の酒井裕司さん(中央)
2014年に米俵マラソンを企画したのは、『わらむ』を営む酒井裕司さんだ。飯島町の隣の松川町から移住した酒井さんは、中央アルプスと南アルプスを望む美しい風景が広がり、生活の利便性もいい飯島町がとても気に入っていたが、ある日ニュースで飯島町が「消滅可能性都市※」に指定されているのを目にした。
※2040年までに20-39歳の女性の数が半分以上減少する地域のこと。
「ちょうど子どもが保育園に入園したときで、自分自身も園児の少なさに驚いていたので、このままでは本当に飯島町がなくなってしまうのではと危機感を覚えました。そこで、何か町おこしのためにできることはないかと考えるようになったんです」(酒井さん)
この地に移り住んだ第一印象は、「田んぼがたくさんある町」だったという酒井さん。“飯の島(めしのしま)”の名のとおり、飯島町では古くから米作りが盛んで、江戸時代には幕府の直轄領として陣屋(役所)が置かれた年貢米の集積地でもあった。
「きっと当時の飯島町では、うず高く積まれた米俵が風物だったはずです。おいしい飯島のお米をアピールするようなイベントを開催したいという思いと、当時私が個人的にはまっていたマラソン、そして米俵が結びつき、『米俵マラソンを開催したらおもしろそう!』とひらめいたんです」(酒井さん)
早速、『いいちゃんまちづくり連絡協議会』というまちづくり団体のメンバーに協力をあおいで参加者を募ったところ、50名の定員がすぐにいっぱいに。こうして米俵マラソンは初開催に向けてスタートを切った。
大会数日前から会場に積み上げられる「俵富士」は、フォトスポットとして人気
完走後味わう、炊き立ての新米は格別!
米俵マラソンには、5kmと10kmの二つのコースと、3.4kmの小学生や園児向けのちびっこマラソンコースが設けられている。5km・10kmに出場するランナーは、全員米俵を担ぐのがルール。リュックや抱っこひもを使って背負ったり、手で抱えたり、それぞれ工夫しながらゴールを目指す。
第1回から実行委員会のメンバーとして参加し、第4回からは実行委員長を務める久保島 巖さんは、「ランナーの皆さんは、重い米俵を担いで走るのは大変なはずなのですが、『委員長、ひどいことさせるじゃないか!』と言いながら、顔はニコニコしているんです(笑)。大変なぶん、走り切ったときの達成感が大きいのが米俵マラソンの魅力です」と話す。
また、「仮装」が自由なところも、楽しみのひとつだ。仲間同士、同じ仮装をして出場したり、スタート前やゴール後に参加者同士で記念撮影をしたり、交流のきっかにもなっている。また、ランナーたちが仮装して生き生きと走る姿は、沿道で応援する町民の楽しみでもある。
町民が振舞う炊き立てのご飯やきのこ汁、お茶も魅力のひとつ。当日は屋台やキッチンカーも並び、打ち立ての新そばやおでん、スパイスカレー、甘酒、ジェラートなども堪能できる。完走すると担いだ3kgの新米が俵ごともらえる他、1着には30kg、2着には10kg、3着には5kgの新米をプレゼント(その年によって変動あり)。ちびっこマラソンの完走者にも、新米1kgが贈られる。
完走後に味わうおにぎりやきのこ汁は格別のおいしさ!
大会終了後には餅つきも行われた
「ゴールテープを切ったら終わりではないのが米俵マラソンの特徴です。完走後におにぎりを食べて飯島町のお米のおいしさを実感していただいたり、参加者やボランティアの住民と交流を深めたり、丸一日楽しんでもらえたらうれしいですね」(久保島さん)
子どもたちが、この町を好きになるきっかけになれたら
2020年以降、新型コロナウイルス感染拡大の影響により大会をVRで開催したり、中止にしたりしたことがあったため、昨年の第11回大会は4年ぶりの通常開催となった。コロナ前の2019年には1000人を超えるランナーが参加したが、久々の通常開催だった第11回では参加者を絞り、約400人が町内を走った。
中央アルプスや南アルプスの山々を眺めながら走るのはとても気持ちがいい!
第11回大会での大きな変化は、町内の中学生約60人がボランティアスタッフとして参加してくれたことだ。
「飯島町のいいところを探そうという総合学習の一環で、米俵マラソンに着目してくれて、ボランティアをやってみたいと申し出てくれたのです」(久保島さん)
生徒たちはランナーの受付をはじめ、大会キャラクターの「米俵八十八番隊」と共に大会を盛り上げたり、走り終わった後のおにぎりやきのこ汁を提供したりするなど、さまざまな活動を手伝ってくれた。
受付に立つボランティアの中学生たち
中学生たちは、「米俵八十八番隊」の隊員としても活躍
「ランナーの最後尾からコースを走り、出場者をまとめていく最終ランナーの仕事も、15人ほどの生徒がお面を被って仮装しながらやってくれて、『とても面白かった!』と言ってくれました。また、おにぎりを提供するために作ったオリジナルのバッグを生徒たちにもプレゼントしたのですが、それを普段、学校に行くときにうれしそうに使ってくれていて、私たちもとてもうれしいですね」(久保島さん)
さらに、大会後、生徒たちのお茶代として先生に1万5000円を手渡したところ、子どもたちは「石川県の被災地の方々に寄付したい」と言ってくれたのだという。
「自分たちの町を愛する心があるからこそ、きっと他の地域の人たちも思いやることができる。米俵マラソンという他にはないユニークなマラソン大会が町にあることが、子どもたちが飯島町を好きになり、将来地元に残ってくれるきっかけになったら、これほどうれしいことはありません」(久保島さん)
米俵づくりから職人となり、大相撲の土俵も手がけるように
飯島町で育つ子どもたちは、大学進学とともに首都圏に出てそのまま就職し、地元に戻ってこないというケースも多い。人口減少や高齢化、農業の担い手不足などの課題が顕在化するなか、『わらむ』の酒井さんは「わら」によってこの課題を解決しようと全力で取り組んでいる。
もともと食肉業界でサラリーマンとして働いていた酒井さんが、わら細工職人の道に進んだのは、この米俵マラソンがきっかけだった。
「第1回大会の定員がすぐに埋まり、50俵の米俵を用意しなければならず、農家さんならきっと作れるだろうと一軒一軒頼んで回ったところ、『今の時代に米俵なんて、もう作れる農家はいないよ!』と怒られてしまったんです。購入するにしても1俵9000円もして、当時の小遣いが月1万5000円だった自分にはとても用意できないし、2年半分の小遣いをはたいて米俵を買ったと妻に知れたら家に帰れなくなってしまう(苦笑)。そこで、飯島町で米俵を作れるという80代の職人さんに頼み込んで作り方を教えてもらい、50俵を自分で編んで用意したんです」(酒井さん)
お櫃を保温するための「わらいずみ」(左)と、猫の家である「猫つぐら」(右)
肉の加工職人だった酒井さんは、新しい技術を覚えるのが楽しく、わら細工にどんどんはまっていた。また、調べてみると、わら細工は稲作が日本に伝わったときから受け継がれる日本の伝統技術であり、しめ縄などの日本の神事にも深く関わっていた。
「そんな重要な伝統文化でありながら、職人の高齢化が進み、受け継ぐ人がいなくなろうとしている。『自分の代で途絶えさせるわけにはいかない』という強い使命感を感じ、妻に内緒でサラリーマンを辞め、わら細工のベンチャー企業『わらむ』を立ち上げたんです。妻に知られたときは、こっぴどく怒られましたね」(酒井さん)
大相撲の土俵に使われる「こも」を手にする酒井さん
米俵マラソンで使うための米俵を大量に作って納品していたところ、2018年に日本相撲協会に土俵用の資材を納入する業者から声がかかり、それ以降、大相撲本場所の土俵を作るために欠かせない「こも」の製作を手がけることに。また、現在では奈良の春日大社をはじめとする神社のしめ縄やしめ飾り、お櫃を保温するためのわらカゴである「わらいずみ」、猫のための「猫つぐら」、納豆手作りキットなども手がけている。
オリジナル商品の納豆手作りキット
“わら”を生かして、子どもたちが誇れる仕事を
酒井さんは、わら細工の技術の普及にも力を入れていて、「わら道場」という教室を週2回開催。「わらむ」には、ここで学んだ若いわら細工職人、見習いも含め70人ほど所属しており、全国から依頼のあるしめ縄やオリジナル製品の製作を行っている。
「わら細工は技術を覚えれば自宅でも仕事ができるため、障がいのある方や引きこもりを経験した方も、うちでは職人として活躍してくれています。全国的に見ても私たちほど多くの職人がいるわら細工の会社は珍しく、神社のしめ縄をはじめ多くの依頼が寄せられています」(酒井さん)
それだけではない。わら自体が商品として売れるようになったことで、耕作放棄地となっていた田んぼをわらの田んぼとして再生し、新たに9種類のわらの栽培もスタートさせた。
「わら細工を通じて地域に新たな“生業”を作り出せるだけでなく、農業人口の減少や耕作放棄地の増加などの社会問題の解決にもつながっています。地域に魅力的な仕事があれば、大学で県外に出た子たちもいつかきっと戻ってきてくれる。大相撲の土俵や神社のしめ縄など日本の伝統文化を支えるわら細工職人や、わらやお米を栽培する農家に興味のある方は、ぜひ気軽に『わらむ』までご連絡ください!」
町外や県外から米俵マラソンに携わってくれる人を募集中!
米俵マラソンも、町内だけでなく町外や県外から運営のサポートをしてくれる人を求めている。なかにはエントリーの締め切りを過ぎてしまい、ボランティアとして最終ランナーを務めてくれた人もいたそうだ。
「最終ランナーとして走るだけでなく、コースの途中にトイレが足りないなど、ランナー目線で提案してくださり、翌年からの改善につながりました」(久保島さん)
こうした開催当日のボランティアスタッフだけでなく、マラソン大会に付随したイベントのアイデアを考えたり、大会を告知するパンフレットやポスターの作成を一緒に行ったりする実行委員会のメンバーとしても、ぜひ参加してもらいたいという。
「昨年からは、実行委員長の仕事を分担して、多くのメンバーに役割を受け継いでもらっています。こうやって、事務局も若返りを図りながら、米俵マラソンをこれからも長く続けていきたいと考えています」(久保島さん)
飯島町には、キャンプやグランピングの他、SUPや釣り、テントサウナなどのアクティビティが楽しめる「千人塚公園」や、キャンプやBBQの他、プールやテニス、川遊びなどが満喫できる「与田切公園キャンプ場」などの施設がある。
例えば9月に、こうした施設でキャンプやグランピングを楽しみながら、「わらむ」の工房で米俵づくりを体験し、11月の米俵マラソンには自分で編んだ米俵を担いで参加できるような旅行ツアーの造成も実現し得る。酒井さんはこの春、観光会社を新たに立ち上げる予定だ。
「今でも米俵マラソンの前日や当日に、町内や周囲のホテルにランナーたちが宿泊し、夜は町内の飲食店で食事をしてくれるなど、地域経済への波及効果が生まれています。今後は米俵マラソンをフックに、何度も飯島町を訪れたくなるような観光コンテンツを作り上げていきたいと考えています」(酒井さん)
一人の男性のアイデアから始まった「米俵マラソン」は、今や多くの住民を巻き込み、わら細工や農業、観光などの新たな生業を町に生み出そうとしている。そんなワクワクする新たな取り組みが次々と起こる飯島町へ、まずは気軽に訪れてみてほしい。
今年の「米俵マラソン」は、11月に開催予定。ランナーとしてはもちろん、運営ボランティアや実行委員会メンバーとしての参加も大歓迎だ!
■米俵マラソン
公式HP:https://komedawara.jp/
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文:杉山正博 写真:宮崎純一