「千葉県唯一の村」である長生村は、九十九里浜の美しい海岸線をはじめとする豊かな自然環境と温暖な気候に恵まれています。JR外房線を利用すれば都心まで約1時間という優れたアクセス性も兼ね備えており、近年では都市部からの移住者の受け入れを積極的に進めています。
2024年度には、移住体験事業の一環として東海大学観光学部の学生と協働プロジェクトを実施。地域おこしに関心を持つ学生たちが長生村に複数回訪れ、村の人々の声に耳を傾けながら、長生村ならではの魅力とその活かし方について研究し、成果を発表しました。彼らが導いた地域活性化への道筋とはどのようなものだったのでしょうか? そのプロセスや成果を詳しく紹介します。
長生村ってどんなところ?
千葉県長生村は、房総半島の九十九里浜に面し、東京から約60kmの距離にあります。最寄りのJR外房線・茂原駅から特急電車を利用すれば、東京駅まで約1時間とアクセスも便利。黒潮の影響で年間を通して温暖であり、沿岸漁業のほか稲作や野菜・果樹栽培、酪農など自然に恵まれた環境を活かした産業が盛んです。
また、近隣の自治体とも行き来しやすく、海や山でのレジャーを楽しめるのはもちろん、日常生活にも不便がありません。自然に囲まれたがら快適な暮らしが実現できる魅力あふれるまちです。
長生村を知る第一歩! 地元のイベント「ながいきフェスタ」に出展
長生村の移住体験事業に参加したのは、東海大学観光学部・服部泰先生のゼミに所属する学生たち。服部先生は日本各地で地域創生事業に携わってきた実績があり、学生たちも地域振興をテーマに学んでいます。
「石川県能登町とは10年以上のお付き合いがあります。最近では、埼玉県草加市谷塚地区や山梨県南アルプス市でも地域イベントの活性化や観光客誘致の促進に取り組んできました。地域おこしには長い時間がかかるもの。長生村についても、まずは“地域を知ること”から始めたいと思っています」(服部先生)
本プロジェクトは、2024年10月2日にオンラインでの事前学習を実施。その後、11月9日と12月7日の2回にわたり現地調査を行い、翌年1月31日に研究成果を発表する報告会を開催します。
普段、品川のキャンパスで学ぶ学生たちが初めて長生村を訪れたのは11月9日。この日は長生村のイベント「ながいきフェスタ」の開催日で、学生たちはイベントにブースを出展することになっていました。
「ながいきフェスタ」は今回で7回目の開催。会場の尼ケ台総合公園には地元企業のブースや飲食店のキッチンカーなどが軒を連ね、キッズダンスやローカル音楽ユニットの発表会なども行われる大規模なイベントとなっています。
出展ブースで地域の方と交流。長生村の魅力や可能性を探る
東海大学・服部ゼミは、「長生村の現在と未来を表現する」をコンセプトにブースを出展し、来場者参加型の2つの企画を用意しました。
まず、「長生村の現在」を探るため、「長生村ってどんな村?」という問いを来場者に投げかけ、長生村を象徴するキーワードを集めました。そして、そのキーワードをもとに、あいうえお作文や川柳、俳句、ポエムなどを自由に創作してもらい、長生村の「今」を可視化する試みです。
「通常のアンケートでは見えてこない、地元の方や近隣の方の意識を探ることが目的です。地域の人々が長生村に対して感じている魅力・関心・期待感を引き出し、より良い地域づくりにつなげることを目指しました」と学生Aさん。
また、「長生村の未来」を探る企画として、「星に願いを」をテーマにワークショップを実施。来場者に「長生村がどんな未来になってほしいか」「どんな村であってほしいか」を星形のカードに記入してもらい、それを黒い背景に貼り付けていきます。最終的に、村の未来を描いた満天の星空を完成させます。
学生たちは、このイベントを通じて来場者と交流し、地域に暮らす人々の生の声に耳を傾けていました。
視察で見えた長生村の姿。学生が感じた課題と可能性
この日、学生たちはイベント出展に加えて村内視察も実施。千葉県唯一の「村の駅」であるJR八積駅、学校跡地を活用したグランピング施設「BUB RESORT Chosei Village」、サーファーに人気の一松海岸、津波時の避難施設としての役割も担う長生村一松北部コミュニティセンターなどを巡りました。
視察の中で、村役場の木島政人さんから地形や産業、村の成り立ちなども学びました。
「長生村は、車があれば15分ほどで端から端まで移動できるコンパクトな村で、現在約1万3000人の住民が暮らしています。高低差のほとんどないフラットな地形を活かし、アイガモ農法による米作り、特産品の長生ねぎや、ながいきそばなどの農業が盛んです。太平洋に面していることから沿岸漁業も行われており、近年は東京五輪2020のサーフィン競技の影響で新たな観光資源としての可能性も広がっています」(木島政人さん)
千葉県に足を運ぶ機会があまりなかったという学生たちにとって、長生村の視察は新鮮な体験だったようです。
「海の雰囲気も湘南とは違いますよね。これだけ平坦な地形というのも神奈川県ではあまり見ないので、新鮮でした。この土地ならではの自然や田園風景は、理屈抜きに『いいなあ』と思えました」(学生Bさん)。
「地域の方と話してみると、都市部に比べて“無いもの”を意識されていることが実感できました。でも、私たちから見ると豊かな地域だと感じます。そのギャップをどう埋めるかが、地域活性化のポイントになるかもしれません」(学生Cさん)。
視察を終えた学生たちは12月7日に第2回目の現地調査を行い、その後、報告会に向けてより深い研究を進めていきました。
【調査報告会】情報発信と観光戦略などについて学生たちが提言
1月31日、プロジェクトの締めくくりとなる報告会が長生村交流センターで開催されました。会場には学生や役場関係者だけでなく、多くの地域住民の方々も来場し、熱心に発表に耳を傾けていました。
「ながいきフェスタ」のブースで集めた来場者のキーワードを分析し、その結果をもとに以下の4つのテーマに沿ったプロジェクトを考案。各班が研究を進め、その成果を発表しました。
①効果的な情報発信
②ゆるキャラを活用した観光戦略
③特産品を使った観光名物で知名度向上
④地引き網による移住者促進プロジェクト
発表後には、服部先生による講評が行われました。
①「効果的な情報発信」:SNS運用の最適化を提案
「効果的な情報発信」では、長生村の公式SNSの活用法について調査・分析を行いました。現在のフォロワー数を比較すると、
・LINE:2502人
・Facebook:419人
・X(旧Twitter):2,333人
・Instagram:1,753人
という状況でした。発信されている情報を分析した結果、「情報のジャンルが多岐にわたり統一感がない」「ターゲットが不明確」といった課題が明らかに。そこで、他の自治体の成功事例や先行研究をもとに、以下の改善策を提案しました。
○Instagram:観光や移住情報・イベント情報を中心に発信
○LINE:主に行政情報や防災関連の情報を発信
○X・Facebook:運用を縮小し、InstagramとLINEにリソースを集中
このように、プラットフォームごとの情報発信を整理・最適化することで、より効果的な情報発信が可能になると結論づけました。
②「ゆるキャラを活用した観光戦略」:村のブランド力向上
続いて発表されたのは、「ゆるキャラを活用した観光戦略」。長生村の公式マスコットキャラクター「太陽くん」を主役にした戦略が提案されました。
まず、「チーバくん」や「ひこにゃん」など、全国的に成功したキャラクターの事例を紹介。公式キャラクターの効果的な活用による経済波及効果や地域ブランディングの成功例について分析。その上で、「太陽くん」の知名度を高め、長生村のブランド力を向上させるための具体的な施策を提案しました。
○キャラクター性の強化(ストーリーや個性を明確化)
○親しみやすさが伝わるSNS発信(太陽くんが一人称で投稿)
○地域内での存在感を高める施策(観光スポットや特産品とのコラボレーション)
さらに、学生たちは「太陽くん」のキャラクター設定を独自に考案。SNSの発信スタイルを工夫し、長生村ならではの資源とコラボする具体的な活用案も提示しました。
「長生村=太陽くん」というブランドを確立し、観光振興につなげるというアイデアには、会場の住民や関係者からも感心の声が上がっていました。
③特産品を使った観光名物で知名度向上:新い食の魅力を発信
「知名度の低さ」「飲食店の少なさ」「娯楽・宿泊施設の不足」「空き家・空き地問題」「アイガモ農法利用後のアイガモの活用法」など、長生村が抱える課題を整理し、その解決策の一つとして提案されたのが、「特産品を使った観光名物で知名度向上」をテーマにしたプロジェクトです。
長生村にはアイガモ農法の鴨肉、長生ねぎ、ながいきそばなど、多くの特産品があります。これらを活かしたご当地グルメ「ながいき鴨ねぎそば」を開発し、地域活性化につなげるアイデアが発表されました。
具体的な施策として、
○フードフェスティバルへの出店(他地域のイベントPR)
○村内の飲食店と協力し、名物メニュー化
○そば打ち体験とセットで観光商品化
などが挙げられました。
「すでにある地域資源を活かし、長生村ならではの新い食の魅力を発信する」という視点が印象的で、実現可能性の高い具体的な取り組みとして注目されました。
④地引き網による移住者促進プロジェクト:観光体験の特色化
最後の「地引き網による移住者促進プロジェクト」は、長生村の貴重な観光資源である「海」に着目した取り組みです。
村内の一松海岸はサーファーに人気のスポットであるものの、観光資源としての知名度が低いという課題があります。そこで、従来から行われている地引き網大会を活性化し、観光客を呼び込んで将来的な移住促進につなげるアイデアが提案されました。
プロジェクト成功のカギは学生の参画。地元の網元さんに加え、水産や漁業を学ぶ大学・専門学校の学生を「助っ人」として招くことで、地元の人手不足解消、関係人口の創出を狙います。
さらに、より多くの観光客を引き付けるために、
○キッチンカーの誘致(地元食材を活かした飲食提供)
○魚さばき体験(地引き網とセットで楽しめる)
といった企画も提案。海という資源を最大限に活用した、観光振興と移住促進を結びつけるプロジェクトが発表されました。
学生たちの発表を受け、服部先生が総括を述べました。
「移住は当事者にとって大きな変化。変化はやがて“創造”や“構築”へとつながっていきます。長生村にはその変化を受け入れ、新たな価値を生み出すフィールドが備わっています。ここでは、誰もが村づくりに関わることができるのが大きな魅力です。今日この場に立った18人の学生たちは、これまで長生村との縁がなかったかもしれません。しかし、地域について深く調べ、考え抜いた今、長生村の未来はもはや“ひとごと”ではなくなっているはずです」
服部ゼミでは、ここからさらに課題を絞り込み、より具体的な取り組みへと発展させていくことを目指します。
長生村との関わりが生まれ、学生たちも「関係人口」に
発表を終え、ほっとひと息つく学生たち。最後に、今回の事業に関わった長生村企画財政課の渡邉敬文さん、木島政人さん、そして学生たちの取り組みを見守ってきた小髙陽一村長からメッセージが寄せられました。
「村のことを知らない若い人たちが、外から見てどう感じるのか、とても興味深かったです。今日の発表で指摘されたことは、私たち自身も課題として認識していた部分。今後の新たな取り組みに対して追い風になるような気がしました」(渡邉さん)
「SNS、地引き網、名物、ゆるキャラ…私たちがいろいろと考えてきたことですが、学生の皆さんの提案はさらに一歩踏み込んだ内容でした。とても勉強になりました」(木島さん)
「村で生まれ育った私としては、当たり前すぎて村の良さに気づきにくいこともあります。学生の皆さんの視点を参考にしながら、より良い村づくりを進めていきたいです」(小髙村長)
学生たちが掲げた提案は、長生村の未来を照らす星のようなもの。それがどのように形になっていくのか、これからの展開が楽しみです。そして何より、このプロジェクトを通じて学生たち自身が「関係人口」として村に関わり続けていくことこそが、最大の成果かもしれません。長生村はこれからも新たな人との出会いを受け入れ、変化し続けるでしょう。その未来に、私たちも引き続き注目していきたいと思います。
取材・文:渡辺圭彦 撮影:内田麻美