ふくしまで生きていく。 INTERVIEW 03
Restaurant MADY 吉川 晃さん 吉川 未来さん

このまちに長く根付く、愛される飲食店を目指して
関東で修行した夫婦が南相馬市で開業する「Restaurant MADY」

東日本大震災と東京電力福島第一原発事故によって甚大な被害を受けた「ふくしま12市町村」※。福島県沿岸部に位置し通称「浜通り」とも呼ばれるこの地域に今、新たな可能性を見出し移住者が多く集まってきている。そんな移住者たちの夢や希望、思いに触れるシリーズの3回目。

※ふくしま12市町村:田村市、南相馬市、川俣町、広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯館村


若い人材が集まる、『チャレンジできるまち』南相馬市

福島県浜通り北部に位置する南相馬市。太平洋に面し、東北地方のなかでもとくに穏やかで温暖な気候が特徴だ。2020年には物流、インフラ点検、災害対応などへの活躍が期待されるロボットの実験施設「福島ロボットテストフィールド」が全面開所。若手起業家や新規事業に乗り出す事業者などが多く集まる、『チャレンジできるまち』としても注目されている。

そんな南相馬市で夢を叶えるべく、埼玉県川越市から移住してきたのが吉川晃さん・未来さん夫妻。市の代表駅である原ノ町駅から徒歩10分の場所に、洋食をベースとした創作料理を提供する「Restaurant MADY(レストランマディ)」を2022年3月にオープンする。

工事中の物件と完成予想図。開業に向け空き店舗をリノベーション。外観にもこだわりを詰め込んでオーダーした

 

学生時代から温め続けた夢「地元の浜通りで飲食店を開きたい」

「自分のお店を持ちたい」。未来さんがそんな夢を描いたのは今から6~7年前、大学生の頃だった。福島県浪江町出身の未来さんは、中学校の卒業式の日に東日本大震災により被災。その後は浪江町を離れさまざまな場所を転々としたが、大学進学を機に埼玉県川越市へと移り住んだ。

吉川 未来さん

「教師を志して進学したものの、本当にこの道に進んでいいのか悩んでいた」という未来さんに転機が訪れたのは、飲食店でのアルバイトを始めたとき。和洋折衷料理をメインに提供し、幅広い年代層のお客が来店するその店で働くうちに、未来さんの胸の内には「将来は、地元・福島県浜通りでこんな飲食店を開きたい」という思いが湧き上がるようになった。

そこで未来さんは学業と並行して調理や接客、店舗経営など開業を見据えた修行を開始。その一方で、被災後に両親が実家を構えた南相馬に帰省する度、空き物件を探してあちこち自転車で走り回った。最終的には、浪江町から近く子どもの頃から馴染みがあったこと、人口規模が大きく浜通りのなかでも栄えていること、移住支援制度が充実していることなどが決め手となり、南相馬市での開業を決めたという。

一方、未来さんと同じ川越市の飲食店で勤務していた晃さんは、生まれも育ちも埼玉県。そのうえ前職はSE(システムエンジニア)で飲食業の経験もなかったが、意外にも移住や開業に対して抵抗は感じなかったという。

吉川 晃さん

「一緒に移住しても、SEなら場所にとらわれず働けます。何より妻に、好きなことをやってほしかった」。その後、SEと飲食業に「ものづくり」という共通点を見出した晃さんは、未来さんと同じ飲食の世界へと足を踏み入れ、共通の夢を追いかけることに。「両親が個人事業主なこともあり、開業や独立への抵抗もありませんでした。むしろ自分たちの力でチャレンジすることへの興味の方が大きかったです」と力強く語る。

移住に向けての準備は計画的に行った。2021年8月、未来さんが先行して移住し、空き物件探しなど開業準備を進める一方、晃さんは埼玉で修行を続けながら当面の生活費を稼いだ。大まかな準備が整い、晃さんが移住してきたのは2022年1月のこと。「コツコツ準備をしてきたので、移住にあたって苦労などはとくになかったです」と2人は口を揃える。

未来さんがパートしているスーパー。新鮮な野菜を揃えており、開業後の仕入先となる

 

南相馬で叶えた夢を、いずれ地域貢献につなげたい

「南相馬市には定食屋や居酒屋が多く、家族や女性同士、恋人同士でゆっくりと過ごせる飲食店が少ないんです」と未来さん。自身が飲食の世界を志すきっかけとなった川越市の店にならい、家族の団らんからデートまで、地元の人の暮らしに寄り添うような店にしたいと意気込む。内装にもこだわり、上品で洗練された雰囲気を感じられる落ち着いた空間づくりを意識する。また店名に掲げる「MADY」は、福島県の方言である「までい」を元にした造語。「丁寧に」「手間暇を惜しまず」といった意味があり、丁寧な接客と、手間暇かけた料理を提供したいという思いが込められているそうだ。

レストランの看板メニューは、福島で採れた野菜を生かしたバーニャカウダ(写真は試作)

 地元である浜通りへの思いを語ってくれた未来さんだが「被災地の復興のために、っていう肩肘張った感じは全然なくて。あくまで自分たちの夢を叶えるために南相馬に来て、それが結果的に地域貢献につながればいいなと思っています」と話す。「長くこの地に根付いて、ずっと地元の人に愛されるお店を目指したい」と目を輝かせる、若い夫婦のチャレンジに期待したい。

リノベーション工事中の店舗。工事を手がける大工さんは知り合いからの紹介。まち全体が移住者を温かく受け入れてくれる

 冒頭でも述べた通り、さまざまな新しい取り組みを行う南相馬市は年々人の流入が増えている。吉川さん夫妻も「地元の人の横のつながり、温かさにすごく助けられている一方で、移住者同士の交流も盛んです。同年代の人、新しいものが好きな人が多いので、良い刺激になりますね」と話す。「人」の面でも「制度」の面でも、移住者が土地に馴染みやすい環境がここには整っているのだ。


文・岩崎尚美 写真・アラタケンジ

                   

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