地域経済とイノベーション AFTER TALK
「奈良、北海道に見る、未来のリーダー像とオープンイノベーションの重要性」

TURNS誌面に掲載した「地方創生スタートアップ会議 in 奈良」(vol.47)と、「地方創生スタートアップ会議 in 札幌」(vol.48)、そして、「地域経済とイノベーション① とかち財団」(vol.49)。これらの連載を振り返り、地域プロデューサーの斎藤潤一さんに、あらためて奈良県、北海道で感じたことを伺ってみました。掲載後、奈良県を再訪し、3名の市長の皆さんと面談してきたという齋藤さん。その内容をふまえ、今、元気な地域、奈良県と北海道の魅力を綴るアフタートークをお届けします。

 

語り手:齋藤潤一(地域プロデューサー)
聞き手:笠井美春


奈良を巡って感じた、魅力ある地域づくりと未来のリーダー像

−−まずは奈良のお話から振り返ってきます。今回、齋藤さんは改めて奈良を巡り、奈良市の仲川げん市長、生駒市の小紫雅史市長、そして、三宅町の森田浩司町長とお話をされたということですが、皆さんの印象から聞かせていただけますか。

齋藤 そうですね。まず、皆様     にお会いして、「奈良は活性化している!本当に熱い!」と感じましたね(笑)。僕は、奈良の小中学高校に通っていたこともあって、奈良への思い入れは強いんですよ。その場所で、こうした魅力ある首長が次々と誕生していることに感動しましたし、時代に合ったリーダーが選ばれているなと、改めて実感しました。

左)仲川げん 奈良市長 中)小紫雅史 生駒市長 右)森田浩司 三宅町長

 

−−時代に合ったリーダーというと?

齋藤 皆さんいいと思った取り組み、新しいアイデアはどんどん取り入れつつ、現状維持ではなく、前に進もうとしているんですよ。例えば、僕と森田町長、仲川市長はTwitterを通じて、小紫市長はclubhouseを通じてやり取りをしていたり。3人ともたくみにSNSを使って、メッセージを発信していますよね。地域の皆さんとのつながりは大切にしつつも、地域外への発信や交流にも目を向けている。そこに新たなリーダー像を感じましたね。

 

−−奈良市の仲川市長とは、どんなことを話されたんですか?

齋藤 仲川市長は本当に行動力があり、フットワークの軽い方で、僕が「奈良に行きます!」と伝えると、「じゃあ、会おう」とすぐに時間を取ってくれたんです。35万人もの市民を抱える奈良市の市長がこんなにもスピーディーに動いてくださるのか、とまずはそこに驚きましたね。「こゆ財団」にも興味を持ってくださっていて、財団の活動についてたくさん質問をいただきました。お話の中で印象的だったのは、仲川市長がとにかく奈良市をより良くするためのエネルギーに満ち溢れており、様々な挑戦を楽しんで実行している、という点ですね。規模の大きな自治体ほど、ものごとの決定にも実行にも、覚悟とパワーが必要です。おそらくたくさんの困難や障壁もあって、その中で、ずっと前を向いて進んできた方なんだな、と改めて感じました。

 

−−「地域創生スタートアップ会議 in 奈良」の会場となった奈良先端科学技術大がある生駒市の小紫市長とのお話はどうでしたか?

齋藤 僕は生駒市の高校に通っていたのですが、小紫市長と知り合うまで、世界的な技術を持つ「奈良先端科学技術大学校」があることも知らなかったんですよ。さらに、今回のお話で、「生駒市が福祉のまち」として有名になっていることを初めて知ったんです。
当時はまったく知らなかったことを、改めて外に出てから知り、さらに、小紫市長が「こんなことにも挑戦したいんだ」と次々に語る姿を見て、本当に面白いなと感じました。高校の卒業生として生駒市を誇りに思います。

 

−−その「面白み」というのは、どういった点にあるんでしょうか。

齋藤 話し出すと止まらないほどに、今、何が必要なのか、どんな施策を打っていきたいかを常時考えている首長がいるということがまず面白いですし、ワクワクしましたね。しかも、「福祉のまち」として有名になっていることにも表れている通り、地域の皆さんを置き去りにしていないんですよ。高齢者も含めて、全ての世代がどうやって幸せになるかを常に考えている。それは、今回お会いした3名の首長、皆さんから感じました。

 

−−奈良先端科学技術大での「地域創生スタートアップ会議」ではたくさんの先端技術が発表されましたが、今後はぜひ、地域や企業と連携して発展していってほしいですね。

齋藤 「地域から世界へ」というテーマでしたしね。テクノロジーは重要な手段になります。独創的な発表がたくさんあったので、企業、投資家の皆さんとつながって、日本や世界に注目されるようなプロジェクトが動くといいなと思っています。そういった動きを生み出すためには、3名の皆さんのような首長が育ち、起業家、研究者が育っていく環境が必要なんでしょうね。地域において、スタートアップや起業家人材育成は重要なテーマです。

 

−−三宅町の森田町長も、スタートアップ企業の育成に力を入れていらっしゃいましたね。

齋藤 森田町長が三宅町に作った複合施設「MiiMo(ミーモ)」がその足掛かりですね。詳しくはTURNS本誌に紹介していますが、MiiMoは学童施設、公民館、子育て支援、コワーキングスペースなどの機能を持っていて、スタートアップをやりたい人と地域の人が交流できる場所にしたいということでした。森田町長は、小さい町ならではの課題を抱えつつも「小さいからこそできること」に目を向けて、地域を前に進ませようとしていました。MiiMoを作って終わりではなく、ハブとして活用される場所にするためにどうするか。「自分たちらしいまちづくりを、自分たちのペースでやっていこう」という信念や、しっかり地に足をつけた上で世界を狙う姿勢はとても勉強になりましたね。

 

−−3名の市長の方々に、共通していたことはありますか?

齋藤 皆さん、とても楽しそうでした(笑)。これって実は大事なことです。それはワクワク楽しそうに行動しているところにヒト、モノ、お金が集まり経済が動き出すからです。それでいて力強く、スピーディーな判断力を持ったリーダーでしたね。その素晴らしいリーダーを選んだ市民町民も素晴らしいと思います。前に進もうとする首長がいると地域、街が前に進んでいく。今はまだコロナ禍で、スピーディーに思うような施策が打てていないのかもしれませんが、アフターコロナで奈良がさらに成長して、世界に向けてどう動き出すのか。とても楽しみです。ぼくも奈良出身者として応援し続けたいです。

 


 

北海道の「えぞ財団」と「とかち財団」で感じた、オープンイノベーションの大切さ

−−北海道では札幌のえぞ財団と、十勝のとかち財団を訪問されましたね。共に、印象深かったことはありますか?

齋藤 奈良の首長の方々にもつながるんですが、どちらの財団の方々も、とにかく楽しそうでした(笑)。いや、本当にそうだったんですよ。とかち財団の理事長の長澤秀行さん(掲載当時、2021年10月末に退任)、同総合企画課 事業創発支援グループの高橋司さんとえぞ財団を立ち上げた富山浩樹さんにお話を伺ったのですが、みんな「財団」と名乗る割にフランクで話しやすく、とても楽しそうに働いていて、それが本当に印象的だったんです。だから、リーダーが楽しんでいることって、とても大事だな、と改めて感じましたね。


−−「えぞ財団」と齋藤さんの「こゆ財団」はライバル関係にある、ということでしたが、 バチバチっとはしなかったんですか?

齋藤 はい。えぞ財団だけは絶対にゆるせません、「えぞ財団をぶっつぶす!」というイベントを、僕らはやったりしますからね。それはもう大変で……というのは冗談です(笑)。えぞ財団の富山さんって、肩の力が抜けきっている人なのでバチバチしようがないんです。お話しをさせていただいて、富山さんの遊び心のあるところやお茶目なところが魅力的でしたね。
そもそも「財団って言ってみたくて、えぞ財団にした」とか言っていますから(笑)。えぞ財団は、メンバーの呼び名に、団長や工作員といったネーミングを使うなど、活動をエンターテイメント化していて、そこに面白みを感じました。

 

−−えぞ財団の組織構造や取り組みの中で、特に印象的だったことはありますか?

齋藤 えぞ財団は、「北海道のために」という信念のもとにSNSで人が集まった組織である、という点が印象的でしたね。こゆ財団は地域商社として役場を中心に発足しているので、まったく成り立ちが違っていて。えぞ財団ならではの、ゆるいつながりの中でものごとを動かしていく仕組みが魅力的だと感じました。もともと、地域内の組織や人のつながりが弱かったところに、SNS、noteを使って発信すると人や組織が集まるようになり、それがオープンイノベーションにつながった。地域商社づくりのいい事例の1つですよ。もし、何か地域でコトを起こしたいの     なら、まずはえぞ財団のやり方で挑戦してみるのがいいかもしれません。

 

−−ゆるやかなつながりでできた組織には、どんなメリットがあるのでしょうか?

齋藤 敷居が低いので、まず皆が足を踏み入れやすいですよね。そこが何よりの魅力です。そんなオープンさを持ちつつ、えぞ財団はサツドラ内に「EZOHUB SAPPORO」というインキュベーションオフィスを持ち、何かに挑戦したい人や組織、企業が集まることができる場所を用意している。まさに、オープンイノベーションを体現しているなと感じました。同じ思想をもった人がSNSで集まり、場があるというのは理想な状態です。

 

−−富山さんとは、取材合間にどんなお話をされたんですか?

齋藤 お話の内容ではないんですが、一緒に食事に行ったんですよ。富山さんはサツドラの代表取締役社長で、とっても忙しい方なんです。それなのに我々のために時間を作ってくださり本当に気さくに、地元のお店に連れて行ってくださって。友人が来たから一緒にご飯を食べに行くというような感覚で、「じゃあ、一緒に」となるフラットさが、彼の人となりそのものだなぁと感じたのを覚えています。「話しに行けるリーダー」といいますか、これが次世代のリーダー像なのだと思います。

 

左)齋藤潤一(左)とサツドラホールディングス株式会社 代表取締役社長の富山浩樹さん(右) 右)事業創発拠点「LAND」

−−次に訪問した、とかち財団は、えぞ財団とはまた違った性質を持つ組織ですよね。

齋藤 そうですね。そもそも、とかち財団は約30年の歴史がある組織で、十勝地域の農業支援からスタートし、今では様々な産業支援をするプラットフォームになっています。十勝産業振興センターや食品加工技術センターを持ち、最近では、十勝事業創発支援センター『LAND』を管理運営しています。まずは規模感が大きいですよね。だから最初はちょっと緊張していたんです。カッチリした組織なのかな、と思って。

 

−−実際に訪問すると、カッチリというよりは柔らかな組織だったんでしょうか。

齋藤 はい。特に対談場所だった『LAND』という場所が、〝やりたいことを実現するためのカフェ〟という設定で、色々な人が出入りしていて、居心地がとてもよかったですね。こゆ財団のある新富町も「世界一チャレンジしやすいまち」を掲げていますが、十勝も「何かできそう」「面白そう」と感じられる土壌があるんだと、LANDで感じました。とかち財団は、しっかりとした財団としての活動をしつつ、そこと切り離した部分でLANDというオープンな場所を運営管理している。その点が面白いですよね。

 

−−LANDのような、オープンな場所づくりというのは、奈良でも札幌でも行われていますね。

齋藤 皆、場所を持つことの重要性を知っているので、まずは場所づくりに着手するんです。ただ、その場所を、何かが生まれる場所にすることは簡単ではなくて、それぞれが試行錯誤しながら、正解を導きだそうとしています。今回のお話の中で、長澤さん(とかち財団前理事長)は「アグリカルチャー(agriculture)」には、「文化を耕す」という意味があるとおっしゃっていましたが、それが本当に印象的でしたね。まさに、何かを生み出しやすい文化や場所づくりを実践しているのが「耕す場所」LANDだったんです。

さらに言うと、LANDの運営管理をされている高橋さんは、まさに適任という感じがしました。高橋さんが「人を集めたい」「いい環境、文化を作っていきたい」と本気で思い、実践していることが、LANDが成功している一因なんだと思います。

 

−−齋藤さんが、これは真似してみたいなと思う場づくりのポイントなどはありましたか?

齋藤 結果を求めすぎないところですかね。とかち財団もえぞ財団も、地域の魅力や産業と新たな視点、技術、企業、人を交流させて、イノベーションを生み出そうとしていました。そこには自由な交流がないとダメなんですよ。だからこそ、結果を求めすぎず、まずは挑戦できる場所づくりをする。オープンイノベーションで地域を元気にしていくためのキーとなる考え方や仕組みづくりを、北海道では学ぶことができたように思います。

 

−−なるほど。奈良&北海道巡りは、とても収穫の多い旅だったんですね。幅広く振り返っていただき、ありがとうございました!

 


一般財団法人こゆ地域づくり推進機構 代表理理事
AGRIST株式会社 代表取締役 慶應義塾大学大学院 非常勤講師
齋藤潤一

米国シリコンバレーの音楽配信会社でクリエイティブディレクターとして従事。帰国後、2011年の東日本大震災を機に「ソーシャルビジネスで地域課題を解決する」を使命に全国各地の地方自治体と連携して地域プロジェクトを創出。これらの実績が評価され、2017年4月新富町役場が設立した地域商社「こゆ財団」の代表理事に就任。1粒1000円ライチの開発やふるさと納税で寄付金を累計50億円以上を集める。
移住者や起業家が集まる街になり、2018年12月、国の地方創生の優良事例に選定される。農業の人手不足の課題を解決するために、農業の自動収穫ロボットAGRIST株式会社を2019年設立。2021年までに国内10以上のビジネスプランコンテストで受賞。
MBA(経営学修士)スタンフォード大学Innovation Master Series修了

                   

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