仕事を見つめ続けた男の結論。
「諦めることも、守備力」

東京都江東区 リトルトーキョー

感染症の拡大により、様々な「仕事」がこれまで通りではいられなくなった今。
各地の企業を丁寧に取材する求人メディア『日本仕事百貨』を運営するナカムラケンタさんは、
「今必要なのは、諦めること」と言い切る。
企業が従業員と事業を守るために必要な「諦めるという守備力」について伺った。

諦めることが守備力になる

「今、企業を守るために大切なことは『諦めること』だと思いますよ」。そう言い切ったのは、㈱シゴトヒト代表のナカムラケンタさん。数多ある求人メディアの中でもひときわユニークな『日本仕事百貨』の立ち上げ人でもある。

二〇〇八年に『東京仕事百貨』として始まり、二〇一二年に現在の名前にリニューアルした同メディア。勤務待遇や雇用条件など、情報中心の求人媒体とは異なり、働き手への丁寧な取材と企業の根本にある思想を伝えようとするインタビュー記事は、求職者・企業の双方から信頼を得てきた。時にはものづくりのデザイナー、時にはリモートワークのエンジニアなど、土地も職種もバラバラ。都市だけでなく数多くの「地方の仕事」も紹介し、多くの企業のあり方を見守ってきた。

「諦めるというのは、つまり会社の何を守るか、優先順位を決めるということです。人間は積み上げてきたものをすべて守りたいと思ってしまうもの。ずっと持ち続けてきた資産を手放すことも、うまくいってきたビジネスモデルを転換することも、勇気がいる。でも、守りたいものが多いほど、会社としての動きは鈍くなってしまうんです」。自身も、一つの企業を約十年間守ってきた。身をもって学んだ〝守備力〟のあり方を、東京・清澄白河にある「リトルトーキョー」で伺った。

和菓子屋が実現した、身軽な新規事業

「言い方を変えれば、そもそも多くのものを持っていない、というのも強みだと思います。多くの従業員や設備を抱える大企業に比べて、中小企業がスピード感を持って事業を進められるのは、『持っていない身軽さ』から来る強さだと思うんです」。守るべきものを守るために、何を手放せるか。企業存続のため、不動産や人員を手放すこともあるだろう。中には、かつて成功した「ビジネスの型」を手放すことで、有事の守備力を発揮した企業もあった。

「愛知県に、『小野玉川堂』という和菓子屋さんがあります。これまで入学・卒業などの式典で配られるおまんじゅうや、贈答用の和菓子で売り上げを立ててきた地域の企業でした。コロナ禍においては、そうした需要がなくなってしまった」。しかし、既存ルートの業績が落ち込む一方で、安価な自宅用菓子の需要は伸びていたという。

「そこに着目したのが、『OKa-Biz』という中小企業の産業支援拠点。彼らは小野玉川堂に働きかけ、『自宅用のどら焼きキット』の販売をすることになったんです」

業績が下がる中で、新規事業のための投資をするなんて……と尻込みする企業もいるかもしれない。ただ、この『自宅用どら焼きキット』において行われたのは「未完成のまま、アンコと生地をセット売りする」ことだけ。生産工程はそのまま、売り方を変えるだけで「自宅で、自分たちの手でどら焼きを組み合わせて楽しむ」という、まさに「おうち時間」の時流にフィットした新商品が生まれた。商品は、店頭やECで大人気になったという。

「守備力と言っても、ただ守りに入るだけでは事業を存続させることはできない。本当に大切なのは、局面に応じて柔軟に対応すること。いつでも対応するために、〝手放す〟選択肢が必要なんです」。小野玉川堂の事例はまさに、かつての型を手放すことで、守備力を上げた例だと言える。

諦められないのは「人」だけ

多種多様な仕事と出合い、見守ってきた『日本仕事百貨』だが、有事における自分たちの事業はどうだったのか。「三〜四月は、求人の新規依頼はほぼゼロ件でした。ただ、七月になった今は少しずつ掲載依頼も戻ってきています」。そう語るナカムラさんからは、不思議と焦りを感じない。それもそのはず。同社もまた、「多くを持たない企業」だった。

「ウチの場合、本当に守るべきなのは、人だけです」。シゴトヒトで働く従業員はもちろん、彼の周りには、イベントを通して出会った人々、メディアに求人を掲載してくれた企業の人々、様々な形で応援をしてくれる大勢の人々との縁がある。「齢四十一にして、この人たちのおかげでここまで来られたんだなと考えるようになって。彼らとの関係性を守るためには、目の前の人に真剣に応えていくしかない」。守備力とは諦めること、と連呼するナカムラさんが、一つだけ諦められないものが「人」だった。

「何度も言うけど、諦めることはつまり『守るべきものの優先順位を決める』こと。僕らの場合、『日本仕事百貨』や会社に関わってくれる人さえ守ることができれば、事業はまた再起できる」。多くの人との幸せな出会いが、ナカムラさんの思想を形作っている。

変わるリトルトーキョー

ナカムラさんが守ろうとする人々との縁は、この「リトルトーキョー」を媒介にして生まれたものが実に多かったのだという。

「リトルトーキョー」は、東京・清澄白河にある五階建てのビルだ。五階の事務所と二階〜三階のイベントスペースのほか、一階には飲食スペースがある。ナカムラさんはこの場所で、働き方を見つめ直す様々なイベントを開催してきた。多彩な職業人がゲストに訪れ、彼ら彼女らを囲うようにして、人の輪が生まれてきた。〝『日本仕事百貨』らしい〟人と人との繋がりを象徴する現場だったと言える。

しかし、ナカムラさんはコロナを機に「リトルトーキョーのあり方を変えようと思う」という。「半分を居住スペースに変えようと思っていて。このご時世、イベントスペースが広い必要がない」。決断の背景には、昨年の「ビル購入」という事実もあった。「お世話になっている大家さんからの強い希望があって、ビルを購入しました。クラウドファンディングを活用しつつ、ローンも組めたので、従来の家賃分くらいを払い続ければ四年ほどで完済できる。大きい負担でもないのですが、イベントスペースだった場所を居住スペースにすれば、社宅の家賃分の固定費が浮きます。しかも、その場所で地方から仕事にやってきたライターさんたちを受け入れられれば、ご縁を守り育むことにもなる」。これも、コロナ禍への柔軟な対応だ。

「ただ、イベントの価値がなくなるわけじゃないんです。これからのイベントは、十名限定のバーのような形にしようと思っていて」。これは、彼にとって原点回帰でもある。かつて東京・虎ノ門に構えた拠点には、十席ほどのバーが設えられていた。カウンター内にゲストを招き、働き方の哲学を聞く。そのイベントこそ、現在も続く「しごとバー」の原点。積み上げたものを手放すことは、自分が大切にするべきことを整理し、立ち返る作業でもあるようだ。

中小企業の守り方

自らの事業経営においても「諦めること」で守備力を発揮するナカムラケンタさん。そんな彼に、これからの地方の中小企業は事業をどう守ればいいのかを尋ねた。「企業ごとに状況が違い、一概には言えません。ただ、一つ言えるのは〝人を替える〟選択肢もあるということ」。現在の日本には、経営者が六十歳以上で、かつ後継者不在の企業が百万社以上あるとされ。しかも、うち半数は黒字経営だと言われているのだ。

「ただでさえ『自分の代で会社を畳もうか』と考えていた高齢の経営者たちが、コロナをきっかけにその判断を早める可能性は十分にある。でも、人が替われば残る会社もあると思うんです」。その言葉通り、シゴトヒトは二◯一九年から事業承継のプロジェクト『BIZIONARY』を始めていた。建築業界における「リノベーションスクール」の手法に基づき、事業の改善策を計画・プレゼンし、評価されたものを実施する取り組み。「経営者は『別にウチの会社一つくらい、無くなったっていい』と思うかもしれないけれど、外から見れば、素晴らしい取り組みをしている企業もたくさんある。だから、やめるくらいならまずは気軽に連絡して欲しいんです。結局は畳むことになったとしても、お役に立てるかもしれない」。ナカムラさんの表情には「価値のある企業を潰したくない」という強い思いが滲み出ていた。

自分の居場所を見つめ直す、社会の変化

時には求人記事を通して企業の価値を世に届け、時には事業承継のプロジェクトで事業を守る。間接的に各地の仕事を守り続けてきたナカムラさんは、強い変化の兆しを感じていた。

「今は採用のチャンスだと思います。リーマンショックでも、東日本大震災でもそうだったけれど、社会通念が大きく変わってしまう時、これまでの働き方を見直そうとする人が出てくる」

感染症の拡大によって労働の様式が変わり、生活と労働が近付いたことで、多くの人が自らの生き方を考えた。「それって大切なことだと思うんです。周囲の環境や自分の年齢が変わり、違和感を感じたら、自分の居場所を改めて選び直す作業が必要」。自分がどうありたいか。平時には忘れがちな悩みだからこそだ。

諦め方を考えることは、在り方を考えること

「諦めること、守るべきものを選ぶこと」が、有事における重要な守備力だと語ってきたナカムラさん。しかし、企業ではなく個人を主体とするとき、我々はどのように行動を選べばいいのか。ナカムラさんは「それは『個人の至福に忠実』でいいと思う」と言い切る。

「リトルトーキョーを昔やっていた『小さなバー』に戻すのも、何より『自分がやりたいから』という理由がある」。そもそもナカムラケンタさんは「居場所作り」の人だ。転勤族の子どもとして土地を変え続けた幼少時代を経て、大学では建築を学び、前職の時代にはリノベーション古民家でシェアハウスをして、自分の居場所を探し続けた。『日本仕事百貨』のアイデアは、当時、週に六日通っていたバーで形になった。

「バーは現代の教会だと思うんですよ。祈ることで、自分がどうありたいのかを探る場所。それは内省としての祈りとも言える」。何が人を内省へと誘うかは、人により異なる。「有り体にいえばサードプレイスだけれど、自分は拠り所を作りたい。世の中に必要だからでもあるけれど、それが自分の喜びだから」

ナカムラさんは自分を「執着がないタイプ」だと分析する。だから「諦めることで、何かを守る」という守備力のあり方を信じているのかもしれないと。ただ、変化する世の中に柔軟に対応するためには、常に自分の思考を把握していないといけない。彼にとっての内省の手段こそ、「何を諦められるか?」という問いだったのだろう。

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