TURNS

地方のインフラ
【TURNSvol.30-新連載記事】

地方交通

交通の便利さを考えると都市部と地方では大きな違いがある。

特に北海道は広大で、公共交通網がフォローできないエリアは多数。車の運転をしない人にとっては、住みやすい環境とはいいがたい。

しかし、こうした逆境の中で、いま新しい動きが生まれている。

これからの「地方の公共交通」に問われるものとは?

\取材したのはここ/
取材したのは、過疎化が進む地域でありながら、知恵と工夫を出しあって、新しい交通の取り組みをはじめた地域だ。北海道の北部、天塩町では、稚内に行くためのライドシェア事業をスタート。南西部にある「道南いさりび鉄道」では、住民の力を結集させた観光列車を運行する。


 

 

 

壁に直面、道民の足
鍵は「つながる」視点

 

JR北海道、過去最大の赤字路線

北海道での移住生活に車が欠かせないことは暗黙の了解だ。
北海道の面積は約8万3千km2。
九州の2倍、オーストリアとほぼ同じ大きさに匹敵する。

一方、全道に張りめぐらされた〝道民の足〟は鉄道網である。現在はJR北海道の14路線と、道南の一部に、第3セクターの鉄道会社である道南いさりび鉄道の1路線が走っている。

1880年、北海道で初めて札幌から小樽の手宮間を鉄道が走ったときは、当時、重要なエネルギー資源だった石炭を小樽港に運搬するのが目的だった。国策としての炭鉱開発と並行して鉄道網は徐々に広がり、全道一帯に成長を遂げていく。1949年に国鉄が誕生し、1987年の民営化以降、北海道はJR1社によるほぼ独占エリアとなっている。関東・関西のように大手私鉄との競合はなく、ということはJRのダイヤがそのまま道民の生活に直結する現状が続いている。

▼主な収入はJR貨物による線路使用料。この貨物路線という存在理由がなければ、旅客運行も続けられず、観光列車「ながまれ海峡号」も誕生しなかった。

そのJRも近年、赤字路線を次々と廃止してもなお厳しい苦境に陥っている。
2018年度の事業計画では過去最大の179億円の赤字になる見通しを発表した。2016年に開業した北海道新幹線が思いのほか伸びなやみ、平均乗車率は26%と前年度割れ。

今後、「単独では維持困難」な赤字路線の廃止検討にますます傾いていくことは避けられない。路線あるいは駅の廃止ともなれば、内からも外からもアクセス方法を奪われる地域では、移住を促すどころか現在の住民の暮らしさえ危うくなる最悪の結末が待っている。暗いニュースばかりが続くJR北海道の動向を、道民たちは固唾を飲んで見まもっている。

 

「聖地巡礼」も実現ならず

「鉄道の手が届かないところや廃止になったエリアを細やかにフォローしていた路線バスも、最近は利用者減少による便数削減が続いています」

そう解説してくれたのは株式会社日本旅行北海道の地方創生推進室長を務め、関連のバスツアー会社も運営する永山茂さんだ。

「路線バスが減少する一方で、元気がいいのは高速道路を走る都市間バス。札幌を起点に函館や帯広へ向かう長距離バスはJRより料金が安く、乗り心地も悪くない。ビジネストリップや長時間乗車も平気な若い方には便利でしょうが、高速道路の途中に住む地方の人たちは置いてけぼり。高齢になり自分で車を運転するのは心配だという人たちは結局、従来どおり便数の少ないJRや路線バスに頼らざるをえない状況です」

▼2016年に開業した道南いさりび鉄道は、北海道で10年ぶりに誕生した第3セクター鉄道会社。2018年3月の暴風雪時には社員総出の除雪作業が続いた。

さらに忘れてはならないのは、北海道には長くて厳しい冬があるということだ。悪天候時の公共交通機関の運休も、ワンシーズンに数回はあると思って備えていたほうがいいだろう。

かつてはJRとバス、あるいはバス会社同士の連携がスムーズにいき、道民が行きたい時間に、行きたい場所へ運んでくれた時代もあった。だがいまは…。

企画好きの永山さんが高倉健主演の映画「幸福の黄色いハンカチ」にあやかり、主人公の足跡を公共交通機関で追体験するツアーを企画したときのことだ。出発点の網走から美幌峠までは行けたが、そこから屈斜路湖に行くバスが夏場以外はつながらない。

映画の聖地巡礼という、地域に人を呼べそうなコンテンツも「ぶつぎり」インフラが理由で実現できずに終わった。なんとも残念な事例である。

「こうした現状を打破するためにも交通各社にもっていただきたいのは『オール北海道』の視点です。自社の都合ばかり考えるのではなく、つながる視点をもつ。他社との連携を意識した総合的な交通体系をもう一度問いなおす。北海道はいまこそ、そのときを迎えていると思います」

次頁では永山さんがいう「つながる視点」を自分たちなりに実践している道北・道南の例を見ていこう。

 

 

北海道 天塩町
ライドシェアの場合

 

70km先の稚内まで3時間

▼通院に利用している伊藤秀子さん。診察が終わると病院近くの店からドライバーの携帯電話に連絡してもらい、迎えを待っていることを伝える。「こういうサービスができて本当にありがたいです」。

道北の日本海岸沿いにある天塩町は人口約3100人。
通院、買い物など町民の生活圏は70km離れた中都市、稚内にある。

海沿いのドライブルートを使えば稚内まで片道約1時間だが、地元の沿岸バスとJR宗谷線を乗りつげば約3時間。しかも料金1800円かかる往路は天塩発のバスが朝9時過ぎに出発し、稚内着が正午過ぎ。復路は料金2930円をかけて稚内を午後1時過ぎに出る特急に乗らなければ、日帰りができない。車や免許がない交通弱者たちは知人に乗せてもらう、または稚内の親戚の家に泊まるなど肩身の狭い思いを余儀なくされていた。

この課題解決に「ライドシェア」の発想で挑んだ人物が、外務省から2年間の期限付で2016年に天塩町に着任した齊藤啓輔副町長である。

 

▼天塩町副町長 齊藤 啓輔さん 北海道紋別市出身。2004年外務省入省。北方領土や日ロ外交を担当し、2016年地方創生人材支援制度で天塩町副町長に赴任。「ふるさと名品オブ・ザ・イヤー」地方創生担当大臣賞受賞。 写真:中村祐弘

「地元の方々の話をよく聞くと、ひと昔前までは『稚内まで行くけど乗っていくかい?』というご近所同士の声かけがあったといいます。それを現在の仕組みに置きかえているのが、「n o t t e c o(のってこ!)」のライドシェア。これだと思い、運営する東祐太朗社長に連絡を取ったところ、すぐに提携に快諾してくれました」

「notteco」は、相乗りを受けいれるドライバーと同乗者をつなぐ国内最大級の相乗りマッチングサービス。これを導入した天塩町の取り組みは、国内初の地方都市専用長距離ライドシェアとなる。稚内まで往復するドライバーはサイトで自分の移動予定を登録し、同乗希望者が画面から利用を申しこむ。同乗者の負担は片道、実費のガソリン代600〜800円ですむという。

▼左の男性はドライバー登録している計良徹さん。取り組みに賛同して手をあげた。「相乗りはひとの命を乗せること。もちろん運転には気をつかいますが、自分でやれる範囲のことはやりたい」。本事業の最大の課題はドライバー不足。町では計良さんともう一人の住民に過度に依存している現状の改善を目指す。

▼(左)「notteco」窓口の天塩町総務課地方創生係主任の菅原英人さん。(右)チラシ配布や説明会で町民への浸透をはかっている。

ところが始めてみてわかったことは、交通弱者になりやすい多くの高齢者はウェブどころか携帯電話をもたない人も多いこと。浸透期のいまは「役場にお電話ください」と呼びかけ、利用を促している。

2017年3月から翌年3月までの成立ドライブ数は119件。利用目的の半数が通院であり、町民みずからが町民の足となり、生活の質を維持していることがよくわかる。

「通院できなければ、ここに住みつづけることもできない」という切実な声もあがっている。「根底にあるのは共助の精神。まちのプレイヤーは自治体ではなく、住んでいる皆さんであることを自覚してもらえたら」という齊藤副町長の言葉が、小さな町のライドシェアの本質を言いあてている。

 

日本一貧乏な観光列車
ながまれ海峡号の場合

地域の力で走らせ、グランプリ

▼「ながまれ海峡号」の車両デザインは地元の建築家や大学関係者のチームで考えた「地産地消デザイン」。夜景のブルーにいさりびと星、車窓風景のシルエットが描かれている。「ながまれ」とは道南の方言で「ゆっくりしていって」の意味。

日本最北のローカル鉄道「道南いさりび鉄道」(通称、いさ鉄)が、開業2年のいま勢いにのっている。

路線は旧JR江差線。
函館の隣町五稜郭と北海道新幹線駅も併設する木古内間を走っている。2016年3月の北海道新幹線と同日に開業し、多忙な1年目早々に観光列車「ながまれ海峡号」を運行したことで同業者を驚かせた話題のローカル線だ。

しかもその観光列車の企画・販売・催行にまつわる一式を、日本旅行という旅行会社が引きうけたビジネススキームも全国初。沿線住民を巻きこんで「地域の力で走らせる」観光列車プロジェクトの仕掛人が、前述の永山茂さんである。

▼日本旅行北海道 永山 茂さん 京都市出身。株式会社日本旅行北海道新規事業室長兼地方創生推進室長。関連バスツアー会社、北海道オプショナルツアーズ株式会社取締役。鉄道愛好家でもあり、北海道鉄道観光資源研究会代表。

「こんななんにもない田舎に観光列車を走らせて、いったい誰がくるの?」という住民たちを「この道南には津軽海峡や函館山があり、函館名物いか釣り漁船の“いさりび”もある。実はいさ鉄は絶景鉄道なんです」と説得にまわり、地元の理解をもとめた。話を聞いた住民たちも徐々に「自分にできることがあるなら協力したい」と意欲的になっていったという。

5月から10月まで隔週土曜運行の「ながまれ海峡号」は、予算も人材もギリギリの自称「日本一貧乏な観光列車」。JR北海道から譲渡された旧型車両を改装し、内装もヘッドレストとテーブルのみ(しかも平日は旅客車両としても使われるので着脱式)。だが、沿線住民による歓待は「どこにも負けない」と永山さんは胸をはる。

▼上磯駅前商店会のメンバーによる立ち売り風景。冷房がない旧型車両は暑さ対策に窓を開ける。「窓が開くならホームでの立ち売りを楽しんでもらえる」と永山さんが提案した。

▼(左)「鉄旅オブザイヤー2016」グランプリ受賞時の記念写真。(右)乗客の思い出の写真を掲示した、いさ鉄の「メモリアルフォトトレイン」。ほかに「おえかき列車」や高校生がつくったアップルパイの車内販売も好評だった。

上磯駅では商店街の店主たちが「立ち売り」で迎え、茂辺地駅では地元有志が国内初のホーム内バーベキュー「いさりび焼き」でもてなしている。愛情たっぷりの素朴なおもてなしは乗客の心をうち、「ながまれ海峡号」は鉄道商品のコンテスト「鉄旅オブザイヤー2016」でグランプリを受賞した。2018年3月には書籍『“日本一貧乏な観光列車”が走るまで』(ぴあ)も出版された。

現在もいさ鉄は小中高との連携や住民参加イベントを企画し、乗車を誘引する努力を続けている。永山さんがいう「つながる視点」は、交通各社にのみ期待されるものではない。国や行政の改善を待っていた利用者たちも「自分にできること」で、暮らしの足を守ることができる。この広大な北海道でそれに取り組む人々の姿が、全国にエールを送ってくれている。

 

文:佐藤優子 写真:門脇雄太 編集:來嶋路子
画像提供:道南いさりび鉄道株式会社、永山茂