TURNS

“どうすればいいか分からない時代”の歩き方
山納洋×内田樹対談【前編】

『地域プロデュース、はじめの一歩』刊行記念として著者の山納洋さんと、『ローカリズム宣言――「成長」から「定常」へ』を著した内田樹さんの対談が、大阪のスタンダードブックストア心斎橋で開催されました。
『ローカリズム宣言』は、『TURNS』で約2年間にわたって連載された「若者よ、地方をめざせ!」を加筆修正して書籍化されたもの。

「“どうすればいいか分からない時代”の歩き方」というテーマで、地域プロデュースや、都市と地方で可能な暮らし方などについて関心を寄せる100人近くの来場者で満席となったトークイベントの一部を2回に分けてお届けします。前半はプロデュース論や、物事を根源的に考えることで得られる自由についてです。


現場で床のごみを拾う人

山納:3月に『地域プロデュース、はじめの一歩』という本を出させていただき、帯を内田樹先生にお願いしました。いただいたキャッチコピーの中で、「正直」な人と書いていただけたことが嬉しかったです。

 
内田:山納さんは、大阪ガスのサラリーマンという条件の付いた身でありながら、現場の人たちと巨大企業の中を取り持つという厳しい条件の中で20年以上にわたって、大阪の様々な文化の活性化のために汗をかいてこられた。何か仕掛けのあるイベントに行くと大体、山納さんがチラッと顔を見せるフィクサーのような方(笑)。

大抵こういう本は成功譚になりがちですが、自分の失敗や見込みはずれも正直にカミングアウトしている。まちのプロジェクトの記録としては例外的なものだと思います。そして、粘り強い。
プロジェクトの途中で流れが変わってくると、ぱっと逃げる人が多いけれど、山納さんは踏み留まって負けを減らすような活動を行う。わりと機嫌よく長期後退戦を闘い、手じまいをするところに好感を持ったので帯を書きました。この本で、初めて体系的に山納さんの仕事を知りましたね。

山納:僕は、大阪ガスという会社に勤めて25年になりますが、扇町ミュージアムスクエアという文化施設のマネージャーを若い時に務めまして、それが文化的な活動のスタートです。

 
内田:どうして大阪ガスがアート系のところに社員を出向させたのですか。

 
山納:大阪ガスの古い社屋があったんです。劇場やカフェに改装するという若い代理店の人が考えた案を会社が面白いからやろうと言うことになり、扇町ミュージアムスクエアは1985年に複合文化施設としてオープンしました。その仕事に就くことになって以降、企画・プロデュース業務を行っています。

 
内田:珍しい人ですね。大企業のサラリーマンでありながら、かつプロデュース。

 
山納:8年前に本社に戻ってからは、ソーシャルデザインといって地域の活性化につながるような仕事をやっています。当時はそういなかったですが、今は普通のサラリーマンの名刺にプロデューサーの肩書きがある人が増えています。企業の中で早く、安く作るだけでは物が売れないと言われるようになって、ルーティーンじゃない仕事をする必要が出てきた。会社の中にいない人同士をかけ合わせて売れる商品を作るとか、ヒットを当て続ける。そういう人がプロデューサーと名乗るというのでしょうか。

 
内田:作家の橋本治さんに、「プロデューサーとはどういう仕事か」と聞いたことがあります。すると、現場に行った時に「床のごみを拾う人」と。その場のコミュニケーションを円滑にしたり、皆が気持ちよく仕事ができる場を作ったりと、いろんなしかけをするのがプロデューサーの仕事だと、橋本さん自身はプロデューサーではないのですが、いろんな現場を踏んできた経験からそうおっしゃっていました。今でもプロデューサーというとその定義を思い出すのですが、どうでしょうか。

場を調えて、やりたいこと・やってほしいことのゾーンを作る

山納:他の人がやらない仕事をする人ということを著書に書きました。場を調える時に、お店でも劇場でもそうですが、お客さん目線で気になるものは消したいということは考えますね。それと作り手とお客さんの関心は違うので、プロデュースするとは、その間をとるというのでしょうか。三方良しという言葉がありますが、この人がやりたいことであり、この人がやってほしいことであるゾーンをいかに作っていくのかを意識します。その時に両者と、更に場全体が見えていることが必要です。

 
内田:「場を調える」というのは、正確な定義だと思います。調べるという字を書く。いい言葉ですね。整だと片づける意味合いになりますが、調というのは通りを良くすること。武道の場合、体を調えること。息を調え、心を調える。自然の大きなエネルギーが、調えられた心身を通って滑らかな回路を作ることが修業です。

話が横にずれるのですが、一昨日、急にウッドストックが観たくなって、DVD“3 Days of Peace & Music”(邦題:「愛と平和と音楽の三日間」)を観たんです。野外コンサートを20代の若者二人がプロデュースするのですが、彼らが農家に交渉して土地を借りるところから始めて、いろんなアーティストたちと契約し、舞台を設営し、食料や宿泊場所を手配するなど全て二人でやる。彼らが待望していたのは、「そこに何かが起きること」。自分たちが努力して場を調えたら、最後に思いがけないものが来臨してきていて半世紀にわたり語り継がれるようなことが起きた。ウッドストックは、プロデュースを考える時の好例になると思います。

 
ラディカルな人は自由になれる

山納:今回プロデュースという銘打った本を出しましたが、それがどういうプレッシャーなのかという話をします。ウッドストックの二人は誰かからプロデュースを学んだわけではなく、先ほどのごみを拾うという話も本に書いてあったからやるものでもない。プロデューサーは「構え」ではないかと思います。しかし、大学の授業でプロデュース論や演習をやっても、その構えて動くということが教えにくい。どうやったら教えてもらえるのですか、と聞く生徒はプロデューサーにはならないですから。

僕は普段、サラリーマンですので、会社の中にいる人を見た時に、ベースがHowだと感じます。Whyではない。何で?という問いから、こうした方がいいではなく、Howでこうするんですよ、はい分かりました、というようなルーティーン対応が多いと感じます。プロデューサーは問いと方法を自由に組み替えられることが必要ですが、そのことをどうやったら教えられるのかと。内田先生がおっしゃっている、どうしたらいいか分からない時に、どうしたらいいかを見つけるところに通じる話なのかなと思います。

内田:物事を根源的に考えることでしょうね。一体何のためにあるのかと。ウッドストックの二人も、明らかに赤字になると分かった状態で、ま、いいんじゃないと無料開放した。音楽をやっているのは、皆がハッピーになるためだからと。結果的に映画が大ヒットして翌年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞になり、録音したレコードも爆発的に売れて黒字になった。ラディカル(根源的)な人って自由になれるんですよ、選択肢が多いから。その場に何かを来臨させるための能力というのは、そういうことじゃないですか。

 
山納:それが、たとえば学生さんや、組織で働いている若い人に、そんなラディカルな人はいます?

 
内田:いないですね。組織で働く選択をする時点で無理でしょう。あっ俺も、大学で働く組織人だ。昔、起業して会社を作ったこともある。組織にいても、やれないことはない。

 
山納:やれないことはない。それをすごく思います。こうせねばならないということを越えて、そもそも何のためにこの仕事をやっているのか、この制度が人を幸せにしないのだったら、やり方を変えたっていいと普通に考えられそうに思うのですが、何でそうはならないのかと。内田先生の『ローカリズム宣言――「成長」から「定常」へ』を読んだ時に、根本、人を幸せにしない政治や経済システムを、ごりごりと組み立てていくところに社会全体がなっているという風に読み取れる本なのかなと思いました。

 
内田:幸せになっている人もいると思いますよ。株買ってる人とかね。民主党政権から株価が4倍になって、笑いが止まらない人が実際にいます。彼らにとっては自分たちを幸せにしてくれる政権ですし、経団連や縁故関係の方々にとってはいい政権なわけですから。

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「脱市場経済で生きる道は、共同体と小商い」山納洋×内田樹対談【後編】に続く
https://turns.jp/21979

対談構成・写真:桝郷春美

山納洋さん


大阪ガス都市魅力研究室長。common cafeプロデューサー。1993年大阪ガス入社。神戸アートビレッジセンター、扇町ミュージアムスクエア、メビック扇町、大阪21世紀協会での企画・プロデュース業務を歴任。2010年より、大阪ガス(株)近畿圏部にて、地域活性化、社会貢献事業に関わる。個人として、日毎に店長が変わるシェア・カフェ「common cafe」「六甲山カフェ」、トークサロン企画「Talkin’About」、まち観察企画「Walklin’ About」などをプロデュースしている。著書に『common café――人と人とが出会う場のつくりかた』(西日本出版社)、『カフェという場のつくり方――自分らしい起業のススメ』『つながるカフェ――コミュニティの〈場〉をつくる方法』(ともに学芸出版社)がある。
『地域プロデュース、はじめの一歩』(山納洋著・河出書房新社)
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309248554/

内田樹さん


1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士過程中退。神戸女学院大学文学部助教授・教授を経て2011年に退職。現在、神戸女学院大学名誉教授。京都精華大学客員教授。昭和大学理事。神戸市内で武道と哲学のための私塾「凱風館」を主宰。合気道七段。主著に『ためらいの倫理学』、『レヴィナスと愛の現象学』、『先生はえらい』など。『私家版・ユダヤ文化論』で第六回小林秀雄賞、『日本辺境論』で2010年新書大賞。執筆活動全般について第三回伊丹十三賞を受賞。近著に『アジア辺境論』(姜尚中との共著)、『街場の天皇論』など。
『ローカリズム宣言――「成長」から「定常」へ』(内田樹著・デコ)
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