脱市場経済で生きる道は、共同体と小商い

山納洋×内田樹対談【後編】

山納洋さん×内田樹さん対談の後半は、日本の教育システムの疑問や、地方をめざす可能性、脱市場経済など、いまの時代の歩き方について掘り下げたトーク内容をご紹介します。
前半記事はこちら。
https://turns.jp/21960


生物としての自然な本能が向かう先

山納:そんな世の中において、場合によってはブラック企業みたいな状況で働かされるとか、こうしろと言われた仕事で法に触れるようなところに手をそめないといけないことが仕事の中でありえるわけですよね。そこから逃れようという時に、自分がどんな生き方をするのか。それがもしかしたら地方を目指すことなのかもしれないし、自分で「なぜ」と問うことなのかもしれない。

本では「小商い」という言葉が出てきましたが、自分の裁量がきく範囲で小さくてもいいからやることをころころと変えられるのが、今目の前に見えている選択肢の中で、自分を損なわないでやっていくのに有効なのかなと思い、『ローカリズム宣言』を読ませていただきました。

内田:今の話の前半部分、上の人から命令されて、明らかに倫理に触れることが分かっていてもやってしまうことは、実は個人の責任ではなく、今の日本では学校教育でそれを教えているのです。

山納:そうでしたか。

内田:僕はこれを無意味耐性と言っています。小学校高学年くらいから体系的に日本の学校で教えているのは、無意味なことに我慢できる能力。それが高く評価される。例えばクラブ活動。大学のAO入試でも、業績をアピールする子がいる。しかし、「あなたがやってきたスポーツをこの後、大学でも続けますか」と聞くと、ほぼ全員がノーと言う。

これから続けたくもないことを我慢して、やめなかったことに対して誇りに思い、苦役を耐えた能力を高く評価してほしいと言うわけです。高校生の頃からそう刷り込まれている。それでAO入試に受かると成功体験となる。そのまま、その人がガレー船を漕がせるようなブラック企業に入って、さらに新入社員が入ってくると、自分も漕いでここまで来たんだから同じように漕げと言う。

家庭教育もそうかもしれないですが、苦役に耐えたら褒めてあげるという教育の中で子どもたちが形成されていく。その中で、自分自身の生きる気力が萎えてしまうから、したくないという生物として自然な本能が発露して、そういう所から降りる人も当然いるわけです。今の社会システムの中で高く査定される無意味耐性が社会的な評価の基準となるのに対しておかしいと思い、そんな仕組みだったら高く評価されなくて構わないと本能に従う人たちが、脱都市や脱市場経済、脱就活に動いていくのではないかと思います。

数百万人たちが地方移住の崖っぷちまで来ている

山納:気になっているのが、一方で起業家を育成せよといった風潮や、地域起こし協力隊といった制度を国は持っています。その場にある状況を臨機応変に読み取って、資源を生かし、いろんなものをつないでいける起業家を求める。雑草のようにどこからどう光を受けても伸びてやるみたいな人たちが、この日本のシステムの中で果たして生まれてくるのかがプロデュースの観点で気になります。

内田:今の日本の学校教育からは、生まれてはこないです。そこから脱落する人たち。今、不登校って多いじゃないですか。それで困ったと言っているけど、それは逆で学校教育が変なんです。僕は高校を中退していますが、今だったら小学校高学年ぐらいで不登校になると思いますね。敏感な子たちは、生物として明らかに間違った方向に導かれていると思うから、そこからどんどん脱落していく。生物として強い子たちは、学校に背を向けると思います。

山納:そうなんですね。だから、プロデュースの本を書いた時に、だいぶ感じるジレンマはこれでして、いばら道入門を書いたような気分になるのです。でも、内田先生も本に書かれている、地方を志向する若者たちはまあ健全で、そんな人たちがまだまだいるのかと。

内田:韓国の若者の地方移住がこの20年で50万人に達したという記事が毎日新聞にありました。韓国もグローバル経済の下、第一次産業を切り捨てる格好になっていたのですが、ここにきて過疎化が進行していた農村でV字回復している。僕は同じことが日本でも必ず起きると思います。

今、地方移住者の実数については、まだ確たるデータがないので分からないのですが、内閣府が2014年に実施した世論調査によると、都市住民の農山漁村への移住を「検討している/今後検討したいと考えている」が31.6パーセントに達しています。地方移住を支援するある団体では、問い合わせ件数が過去5年で10倍に増えたと聞いています。実行まで至っていませんが、数百万もの人たちが地方移住の崖っぷちまで来ている。この崖が崩れて、ゲルマン民族大移動みたいなものが始まったら大変な流れになると思います。

山納:日本の地方の話ですが、『小商いのすすめ――「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ』(平川克美著・ミシマ社)という本が出ています。千葉県いすみ市という都心から電車で2時間ほどの所に移住した小商いで暮らす人々のことが書かれています。移住した方が暮らし向きがよくなっていて、そんな積極的選択肢として地方を目指す人の可能性が見えてきた途端、ゲルマン民族の大移動のような流れが起きるのではないかと思います。

がらっと世の中が変わる前夜

山納:また違う観点ですが、一回都会を経由して田舎に行くUターンやIターン。都会においてしか獲得できない“文化資本”を稼いた人が、その地方であるポジションをおさえることがありますが今後、その地域でいい感じで暮らしていける所までいけるのか。そこが今、過渡期ではないかと見ています。

内田:今はまだ始まったばかりです。この10年ぐらいの間に起きた社会現象なので、実際に地方移住している人たちも、手探りで新しいやり方を考えている。だから、まだ成功例について語れるような地点には至っていない。いずれ、いろんな方がこうやって上手くいきましたと報告してくれて、それが豊かになってくると、地方移住のリアリティが増してくると思います。

山納:地方に行く人の話をずっとしてきましたが、最後に都会に踏みとどまる若い人たちにとって生きていく道、身に付けるべき構えを指南いただけたらと思います。

内田:今、地方に行くのは「脱市場・脱貨幣」経済への一つのふるまいですが、都会で暮らしていてもネットワークを作っていけば市場や貨幣を介在させない、活発な経済活動は可能です。

山納:内田先生が主宰している凱風館の門人たちが、そういう経済活動を行っています。

内田:凱風館は300人ほどの規模の小さな教育共同体です。この中でのやりとりは基本的に貨幣が介在していません。メンバーそれぞれが、自分のもつ特技や情報を交換しています。僕はITの専門家にPC関係のトラブル解決をお願いする代わりに、違う形で自分が持っている情報や知識でお返ししています。貨幣が動かないので、今の資本主義の仕組みの中では経済活動と見なされずに、GDP的にはゼロ査定されます。しかし経済活動という言葉の原義に返ったら、これこそ経済活動なのです。「価値あるもの」の交換が行われて、生活の質を高めているのですから。

一つは今言った相互支援のネットワークに帰属し、助け合って暮らしていくこと。もう一つは、複数の仕事を持つことです。単一の勤め先で、すべての収入を稼ごうとするから大変なわけで、一つ一つは数万円というような小さな規模のものであっても、それを複数のところで稼いでいくと、資本主義経済からうまく逃れることができる。

山納:資本主義システムが「成長」から「定常」状態に移っていくと内田先生は著書で書かれていますが、実際そうなってきた時のふるまい方を、確かに僕らは都会の流れの中でも見つけていかないといけないと思います。

内田:難しいことじゃないと思います。今いろんな形でトレンドが変わってきていて、水面ぎりぎりのところにいる。これがぱっとあふれた瞬間に、がらっと世の中の様子が変わる。今はその前夜という感じが僕はしています。楽しみですね。

2018年6月7日 大阪・スタンダードブックストア心斎橋にて
対談構成・写真:桝郷春美


山納洋さん


大阪ガス都市魅力研究室長。common cafeプロデューサー。1993年大阪ガス入社。神戸アートビレッジセンター、扇町ミュージアムスクエア、メビック扇町、大阪21世紀協会での企画・プロデュース業務を歴任。2010年より、大阪ガス(株)近畿圏部にて、地域活性化、社会貢献事業に関わる。個人として、日毎に店長が変わるシェア・カフェ「common cafe」「六甲山カフェ」、トークサロン企画「Talkin’About」、まち観察企画「Walklin’ About」などをプロデュースしている。著書に『common café――人と人とが出会う場のつくりかた』(西日本出版社)、『カフェという場のつくり方――自分らしい起業のススメ』『つながるカフェ――コミュニティの〈場〉をつくる方法』(ともに学芸出版社)がある。
『地域プロデュース、はじめの一歩』(山納洋著・河出書房新社)
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309248554/

内田樹さん


1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士過程中退。神戸女学院大学文学部助教授・教授を経て2011年に退職。現在、神戸女学院大学名誉教授。京都精華大学客員教授。昭和大学理事。神戸市内で武道と哲学のための私塾「凱風館」を主宰。合気道七段。主著に『ためらいの倫理学』、『レヴィナスと愛の現象学』、『先生はえらい』など。『私家版・ユダヤ文化論』で第六回小林秀雄賞、『日本辺境論』で2010年新書大賞。執筆活動全般について第三回伊丹十三賞を受賞。近著に『アジア辺境論』(姜尚中との共著)、『街場の天皇論』など。
『ローカリズム宣言――「成長」から「定常」へ』(内田樹著・デコ)

                   

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