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閉館した映画館を復活。秋田県大館市で文化の花を咲かせる。

「忠犬ハチ公」のふるさと、伝統工芸「曲げわっぱ」、「比内地鶏」、「きりたんぽ鍋」。たくさんの特産品を有する大館市は、秋田県の北の端に位置し、江戸時代には「羽州街道」と呼ばれた国道7号が通る交通の要所である。JR奥羽本線「大館駅」、大館能代空港など、鉄道や空のアクセスにも恵まれている。

東西南北を山に囲まれた自然豊かな街。
そんな大館市に、千葉県から移住し、閉館になった映画館を復活させたパワフルな人がいる。

 

縁もゆかりもない土地に、映画館を復活させるために移住

日本体育大学出身の桂さんはとてもアクティブな女性だ。

切替 桂(きりかえ かつら)さんは東京都出身。夫の義典(よしのり)さんとは職場結婚だった。結婚後、千葉県にある義典さんの実家で義母と同居を始めた。

電気通信業の会社を経営していた義典さんは、社長でありながら作業員として現場にも入る。地方出張で事務所を空けることも多く、取引先との連絡に苦労していたため、社長を桂さんに交代し千葉の事務所を桂さんが切り盛りするようになった。身軽に動けるようになった義典さんは、単身赴任で地方を飛び回る生活が続いた。

2011年から約2年間、東日本大震災後の復興支援で大館市の仕事を請け負っていた義典さんは、単身赴任の長期化にともなって、自分と社員が住める事務所兼自宅になるような部屋数の多い賃貸物件を探し始めた。

そんな時に出会ったのが、閉館後廃墟になっていた「御成座」だ。

レトロな雰囲気が漂う御成座内部。

2階に映写技師の仮眠室として使われていた部屋が4室あり、社員と一緒に住める間取りであることが好条件だった。数年後に取り壊す建物なので安く借りられるのに加え、映画好きの義典さんは「映画館部分をホームシアターに使える」とワクワクしたそうだ。

「好きにリフォームしてもいい」という条件で、事務所兼自宅として「御成座」の賃貸契約を結んだのが2013年のことだった。

「御成座」はJR大館駅から徒歩約3分の場所にある。1952年に洋画専門のロードショウ館として開館し、1955年の火災で焼失したがすぐに再建され、以来約50年間、大館市民の身近な映画館として親しまれてきた。映画最盛期の1960年代には市内に8つの映画館があり大いに賑わったが、シネマコンプレックスブームなど時代の流れで、ひとつまたひとつと閉館していき、最後の1館となった「御成座」が2004年に閉館すると大館市に映画館は無くなった。

「御成座」ロビーには昔懐かしい映画のビデオテープが並んでいる。

閉館後9年間放置されていたためあちこち修繕が必要で、仕事の終わりに作業着のまま少しずつ工事を進めていたところ、近所の人が「「御成座」復活するの?」と見に来るようになったという。はじめは「いえ、事務所兼自宅です」と答えていた義典さんだったが、地元の人の映画館復活を願う気持ちに触れるにつれて、いつの間にか使命感に火がついた。

そして桂さんに相談。当時は義典さんが単身で大館に住み、本社事務所は千葉、桂さんと2人の子どもたちも千葉に住んでいた。しかし、映画館を再建するとなれば桂さんの力が必要になる。話し合いの末、義典さんに賛同した桂さんは大館への移住を決めた。

2014年7月7日、桂さんは子どもたちとペットのうさぎを連れて大館にやってきた。本社事務所も御成座の中に移転。

桂さんの移住から11日後の2014年7月18日、「御成座」は見事復活をとげた。

35mmフィルム上映設備に最新の音響設備が加わり迫力満点の空間。復活の記念すべき初上映は「ル・アーブルの靴みがき」だった。

移住する前は、秋田のことを何も知らなかったという桂さん。

「縁もゆかりもなく、きりたんぽが秋田のものだということも知りませんでした。ハチ公が大館出身だったと知ったときには感動しました。」

初めての冬、仕事で秋田市に行った帰りに山の中で迷ってしまったあげく雪にはまり、困り果てて警察に電話をしたこともあった。

「「今どこにいますか?」って聞かれて「それがわからないから電話したんです!」って答えたんです。少し歩いて民家を見つけ、住所を聞いてからもう一度警察に電話をしたら、すぐに来てくれて。ロードサービスが来るまでの2時間付き添ってくれて、秋田は人があったかいところだな~と感じました。」

大館に来てからの生活は、仕事の傍ら映画館の運営に追われ、千葉にいた頃とは比べ物にならないくらい忙しくなった。レトロな昭和感満載の内装は、ほぼ手作業で修繕を重ねている。

今は使われていない映写機「ニュースターTYPE SP-1」。館内にはこのような昭和の機材が飾られている。

 

「御成座」に魅せられて移住を決めた映写技師

映画を上映するにあたって欠かせないのが「映写技師」の存在だ。映画館の2階に映写室があり、そこから映写機を使ってスクリーンに映画を上映する。昔は映写機の中でカーボンを燃やして光源としていたため、映写技師はとても難易度の高い技術職だった。今は電気を使って上映するので以前のような危険はないが、フィルムを扱うのには細心の注意が必要であり、やはり技術が求められる作業であることに変わりはない。

「御成座」復活の準備を進める間、数人の映写技師との出会いがあった。復活当時の映写技師は盛岡の人で、他の仕事の傍ら金曜~日曜に大館まで通って映画を上映してくれていた。映写技師のいない月曜~木曜は、主に貸し館やイベント会場として活用していたという。

そんな折、「御成座」4代目の映写技師が、神奈川県から移住してきた遠藤 健介(えんどう けんすけ)さんである。

事務所で仕事をする遠藤さん。

桂さんによれば「映画ファンには、映画を観て楽しむ人だけではなく、映画館好きというタイプのファンがいる」のだという。遠藤さんもその「映画館好き」の1人で、「御成座」を再開して間もない頃に神奈川県からわざわざ観に来ていた。

昭和のたたずまいをそのまま残している「御成座」は、コアな映画館ファンには宝物のような存在なのだ。「御成座」復活から間もなくして、遠藤さんが勤めていた東京の映画館が閉館し、フリーの映写技師になったのも何かの縁だったのだろう。2016年、「御成座」再開後8作目となる「過去のない男」の上映から遠藤さんが専属の映写技師となった。

以降、平日も映画を上映することができるようになった。

2階映写室で映写機の操作をする遠藤さん。最近はフィルムでなくブルーレイで上映する作品も増えた。

「御成座」には、寒さ厳しい秋田ならではの設備がある。

昔は暖房設備があまりなく、寒い中長時間映画を観ているとどうしても体が冷えてしまった。そこで上映中少しでも快適に過ごせるように、座席の足元に温水の配管を通し、足を乗せて暖をとる仕組みになっていたのだ。以前は東北の映画館によく見られた設備らしいが、映画館の閉館や設備の近代化とともに消えてゆき、今はここにしか残っていない。

現在は老朽化して使えなくなっているが、桂さんは少しずつ修繕を続けている。いつかは設備を完全に復元して、昔のように鑑賞中の人々の足元を暖められるようにしたいと考えているという。

座席の足元にある温水暖房設備。復活が待ち遠しい。

大館市唯一の映画館にもっと賑わいを

「御成座」を再開して4年経った2018年現在、桂さんはこう語る。

「地元の方の期待に応えて復活させて、たくさんの方に喜んでいただいていますが、一方で未だに再開したことを知らない人もいます。閉館してから再開までの9年間に、市民の足が映画館から遠ざかってしまったのかもしれませんね。せっかく地元に映画館があるのだから、もっと多くの人に観に来てもらいたい。ちょこっと空いた時間に映画を観てリフレッシュするとか、デートに映画館を利用するとか、地元の人にとって身近な存在になればいいなと思います。夢は、定員200人の「御成座」を満席にすることです!」

「御成座」は昔の作品を上映する「名画座」である。義典さんと桂さん、遠藤さんでラインナップを決めている。

公開当時のポスターはこれだけで芸術である。

「御成座」が再開してから、映画好きの女性が「これまでほとんど会話のなかった息子と映画の話で盛り上がるようになった」と喜ぶなど、映画の魅力はふたたび浸透しつつある。

「時代を超えてもいいものはいい。若い世代の人たちにもどんどん映画の魅力を伝えたいですね」

とはいえ、まずはより多くの人に映画館の存在を知ってもらうことだ。そのため桂さんはイベントの開催にも積極的に取り組んでいる。

これまで開催してきて好評だったイベントをいくつか紹介したい。ひとつは、地元高校生グループHACHI主催でハロウィンの時期に開催する「ハチウィン」。商店街の協力を得てスタンプラリーを開催したり仮装をしたり、子どもから大人まで楽しめるイベントを高校生が企画し大いに盛り上がった。

劇団集団シアター☆6が定期的に開く演劇公演は、東北各地から劇団を呼ぶほか地元高校の演劇部も公演し、映画ファンよりも若い客層で賑わっている。

また、ご当地アイドル「まちあわせハチ公ガールズ」のライブイベントも開催している。つい先日も、メンバーの一人の卒業ライブにたくさんのファンが集まった。

2018年2月に開催した「まちあわせハチ公ガールズ」かざきさんの卒業ライブ。

「イベントでは何度か満席を記録しています。いつかは映画でも満席にしたいです。何かと人が集まることが多い場所なので、情報も集まりやすい。今後も「御成座」ができる情報発信をしていけたらいいなと思っています」

社長業、「御成座」の運営、家事やお子さんの世話など、常に忙しく動いている桂さんに、休日の過ごし方を聞いてみた。

「事務所と映画館が1階、自宅が2階なので、オンオフの切り替えが難しく常に仕事に追われてしまっています。休日を取ることもなかなかできないので、少し時間が空いた時にパン教室や紅茶教室に通ったり、子どもが通う小学校のPTAコーラス部に参加したりして自分時間を作っています」

全然知らない土地だからこそ、アンテナを張っていろいろ調べているうちに地元の人も知らないようなお店に出会うこともあるという。アクティブな桂さんは、4年しか経っていないと感じさせないくらい大館暮らしを満喫しているように見えた。

持ち前の好奇心で大館の情報をどんどん集めている桂さん。

移住してすぐに地域の中心的な存在になってしまった桂さんだが、とてつもなく大きな覚悟で移住を決めたわけではなかったという。

「とりあえず半年住んでみて嫌になったら戻ればいいかな、くらいの気持ちでした。最初のイメージは「自然いっぱいの田舎でのびのび子育てができそう」というものでしたが、来てすぐにそれは違ったとわかりました。千葉にいた頃より小学校の宿題の量が多くて、当時5年生だった上の子は勉強が大変だとぼやいていました。とはいえ、冬の体育がスキー授業になるなど雪国ならではのいいところももちろんあります」

「移住をしてみて、事前にリサーチすることが大事だなと思いました。特に、地図をよく見て地名をある程度覚えておくと、道に迷うことも少なくなります。そして、移住を考えるならなるべく若いうち、子どもがいるならできるだけ子どもが小さいうちがおススメです。言葉や食文化など、いろいろ違うところは多いけれど若ければそれだけ順応しやすい。移住当時、長男が5年生、長女が年長だったのですが、長女はほとんど抵抗なく大館の生活に馴染んでいると感じます。」

 

大館市のこれからの可能性

今後の大館市について、桂さんは移住者の目線でこう語る。

「今、ここに住んでいる人が暮らしよい街にすることが、何より大事だと思います。市民がいい街だと誇れるところには、自然と人が集まってきます。新しい風を吹かせるのはとても大変なことですが、駅前開発も少しずつ進みつつあるので、賑わいの創出に「御成座」が役に立てればいいなと思っています。」

大館市の魅力や可能性について真剣に語る桂さん。

人の暮らしに娯楽は欠かせないものだ。一度消えてしまった「映画」という娯楽を復活させたことで、切替さん一家に続いて映写技師の遠藤さんも大館に移住してきた。今後も、名画劇場「御成座」に惹きつけられて、第2、第3の遠藤さんが生まれるかもしれない。楽しそうな雰囲気を醸し出している場所、好きなことに夢中になれる場所におのずと人は集まってくる。

今、大館には「地元をもっと盛り上げよう」という動きが起きている。地元にあるものを最大限に生かし、地元出身でない人もどんどん巻き込んで大きなムーブメントになりつつある。

「人と人とがつながりやすい「地方」だからこそできることも多い。」と桂さんは言う。

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これから熱くなっていくだろう大館に少しでも興味をもったなら、まずは「御成座」http://onariza.oodate.or.jp/で映画を一本鑑賞するところから始めるのもいいかもしれない。

大館市移住交流課では、移住・交流特設サイト「おおだて暮らし」にて、大館市の情報をはじめ、移住希望者向け情報や、都内で開催する相談会のお知らせなど、様々な情報を公開している。
詳しくはぜひ下記HPにアクセスして見てほしい。
移住・交流特設サイト「おおだて暮らし」
http://www.city.odate.akita.jp/iju-kouryu/

写真:鄭 伽倻 文:島田真紀子