2019年8月に、TURNS編集部のスタッフとその息子が、青森県十和田市で1週間のお試し移住を体験してきました。
普段は郊外のマンションに住み都心に通うスタッフと、小学1年生になったばかりの息子にとっては、一軒家での生活も、車での移動も、非日常な暮らしかた。滞在中、十和田市に移住し、子育て真っ最中のご家族のもとを取材しながら、改めて「移住について」「子育てについて」「暮らしかたについて」考えてみた様子をレポートしていきます。
十和田市現代美術館もある十和田市街地から、車で約20分ほど。市街地を抜け奥入瀬渓流方面に車を走らせると、周囲はとなりのトトロに出てくるような里山風景に変化していきます。
なだらかな杉林の山が幾重にも重なり、見わたす限りに広がる緑色の田んぼ、呑気に草を食む牛たち、人間よりもにぎやかな鳥や虫の声。山から吹いてくる風が心地良く、張り巡らされた用水路の水は軽快に流れていきます。夕暮どきになると、山に陽が落ち、景色は茜色に染まっていきました。
十和田移住6年目を迎える丹上さん一家は、千葉県千葉市出身の聡さん、福岡県京都郡みやこ町出身の嘉美さん、3歳の優佳里ちゃんと1歳のみさきちゃんの4人家族。この地で農家として奮闘しながら二人のお子さんを育てる丹上さんご家族の暮らしや子育て、仕事について、1日のスケジュールを追いながらご紹介します。
丹上さん一家のとある農繁期の1日
6:00 聡さん農作業開始/嘉美さん朝ごはんの支度 7:00 家族4人で朝ご飯 8:00 子どもを保育園へ 8:15 2人で農作業開始 12:00 お昼休憩 13:00 嘉美さん農作業開始/聡さんバイトもしくは農作物の出荷へ 14:30 聡さん帰宅、嘉美さんに合流 15:00 少し休憩して、また農作業 18:00 子どもを保育園から迎えに 19:00 家族4人で夕食 21:00 家族みんなで就寝
夫婦二人三脚で、子育てにも農業にも奮闘中。
早朝にひと仕事を終えた聡さんが帰ってくると、朝ごはんの時間がはじまります。
「子どもたちはトマトが大好きですね。夏はトマトばっかり食べていますよ」(嘉美さん)
ミニトマトを手に取り、パクパク食べる優佳里ちゃん。毎日食卓に並ぶのは、畑でとれた野菜たち。離乳食完了間近のみさきちゃんは、ジュレにしたトマトを頰張ります。
「寒天を使うと簡単に作れるんです。いつも畑でとれた野菜が余ってしまうので、ひと工夫して出来るだけ活用するようにしています」
採れたての旬の野菜が食べられるのは、農家の醍醐味。取材班もおすそ分けをいただきつつ、トマトでお腹はいっぱいに。
二人の子供たちは、月曜日から土曜日まで近所の保育園に通っています。自然に囲まれた広い園庭に豊富な遊具があり、子供たちも大好きな場所。共働きの丹上さんご夫婦にとっては、無くてはならない存在です。
保育園の送迎は、主に聡さんが担当。病院に連れていくのも、嘉美さんが働きに出ているときなど、聡さんが代わり行くこともあるそう。
「農業に休みの日はありませんが、時間の自由がきくので、助かりますね。最近は、私も平日や日中の時間を使って、子どもの用事を済ませられるので嬉しいです」(嘉美さん)
実は、今年の4月までは近くの「道の駅 奥入瀬 ろまんパーク」に勤めていた嘉美さん。それまでは、聡さんがほとんど一人で農業を営んでいましたが、耕作面積も増え、一人ではだんだんと手に負えなくなってきたこともあり、嘉美さんも週2日のアルバイトに切り替え、二人三脚での農業をはじめたばかり。
子供たちを保育園に送ったあと、聡さんは朝から作業していた畑に戻り、嘉美さんは家事を済ませてから、畑に合流します。栽培の管理や力仕事、直売所への出荷は聡さん、収穫や袋詰めなどは嘉美さんが担当。少しずつ、嘉美さんも農業中心の暮らしに慣れてきたようです。
自分の農業がしたくて、たどり着いた場所。
そもそも知り合いが誰もいなかったという十和田市へ、なぜお二人は移住したのでしょうか?
そのきっかけを聡さんに尋ねると、「父親の買った山林が十和田にあったから」という意外な答えが返ってきました。
千葉市出身の聡さんは、大学卒業後、北九州市で介護の仕事に就き、そこで奥さんとなる嘉美さんに出会います。その後、農業に携わりたいと考え、千葉市でお父さんがやっていた実家の圃場を手伝うことに。牛の繁殖や少量多品目での農業など、小規模ながらに手広くやっていたお父さんの側で働きながらも、だんだんと自分なりの農業がしたいという思いが強くなっていったそう。
そこで、ほったらかしになっていたお父さんが所有する十和田市の土地を使わない手はないと思い立ち、知り合いも馴染みもないこの地へやってきたのです。
2年間の農業研修を経て、新規就農を果たした聡さん。研修期間中は市営住宅に住んでいましたが、“父が所有する山林の近くで納屋がある家”という条件で探していたところ、地元の方に現在の家を紹介いただき、住み始めてちょうど3年が経ったところ。
「でも僕は、十和田で農家をやっている方から見れば “なんちゃって農家” 。いわゆる十和田らしい農家ではないんですよ」と話す聡さん。
大きな収穫量を目指し、にんにく、ねぎ、長芋、お米などを組み合わせる農家が比較的多い十和田市。その中で、トマト、ミニトマト、オクラ、ブルーベリー、大豆、たらの芽、ひょうたんなど、少量多品目の野菜で勝負している聡さんは、確かにマイノリティかもしれない。
「ヨソから十和田に来て、新規就農している人はまだまだ少ないですね。今の自分にできることを考えた時に、いかに初期投資を抑えて、それなりにお金になりそうな作物をつくるか。色々試してみて、経験しながら自分の経営を組み立てている途中です。失うものがない分、新しいチャレンジはしやすいと思います」(聡さん)
「味見してみて」と聡さんが差し出してくれたのは、珍しい青いトマト。ちょっぴり甘酸っぱい味でした。
また、農業仲間からの紹介で、豚の枝肉のトラック積み、牛の角切り、にんにく掘りなど、短時間で出来るアルバイトの誘いをもらうことも多いそう。昨年からは、奥入瀬川鮭鱒増殖漁業協同組合にも入り、活動範囲も広げているとか。
「アルバイトや出荷に出かけることは、かえって気分転換になったり、さまざまな情報交換にも繋がるので大切ですね。周りの人との繋がりは、暮らす上でも仕事をする面でも、大きいですよ」(聡さん)
家族のように、時に厳しく暖かく、見守ってくれる地域の人々。
取材の日は、いつもより早く保育園から帰ってきた子供たちも連れて、聡さんが借りている畑へ行ってみました。
畑に着くと、すぐ隣の民家から顔を覗かせたおばあちゃん。このおばあちゃんこそ、聡さんが借りている畑の持ち主である赤坂さんです。
「赤坂さんには、本当によくしてもらっています。子どもたちも孫のように可愛がっていただいて、時には遊んでもらうことも。本当に助けられていますね」(嘉美さん)
優佳里ちゃんはもちろん、人見知りが始まったというみさきちゃんも、赤坂さんには慣れた様子。子どもが幼いうちは、近くに頼れる両親がいない場所で子育てするのは、何かと大変なことも多いはず。
丹上さん一家をどう思っているのか、赤坂さんにも少しインタビューをしてみました。
「私はね、この子たちは他人だと思ってないの。聡もね、息子みたいなもんだよね。農業についてケンカすることもあるんだよ。お互い遠慮ないんだから。
お米もやりなさいって言ってるんだけどね。私は腰を悪くして、もう田んぼができないから。継いでほしいと思っているんだけど、言うことを聞かないのよ」(赤坂さん)
子どもたちを優しく見つめる赤坂さんだが、聡さんには厳しい一面もあるよう。
取材中も、まるで本当の親子のように会話をする聡さんと赤坂さん。移住者だろうと、自然体のままに接してくれる赤坂さんのような地域の人の存在は、移住する上で必要不可欠なのかもしれません。
子供も大人ものびのび出来る、行きつけの場所
夜ごはんも家族4人で食卓を囲みます。朝ごはん同様、聡さんが作った野菜が食卓にあがります。子どもたちがまだ小さいこともあり、外食に出かけることはあまりないそう。
「日曜日は、子どもの日って決めています。平日はなかなか時間を作ってあげられないので。といっても、結局、ろまんパークばっかりなんですけどね(笑)週末でも空いているし、遊具も充実していて、子連れにはオススメですよ」(嘉美さん)
“道の駅 奥入瀬ろまんパーク” は、丹上家から歩いて行ける距離にあり、たくさんの樹木や草木が観察できるコニファーガーデンや芝生の野外ステージの他、ひろびろとした芝生に噴水と小川があり、思いっきり走り回って遊べる大きな公園。
「遊び場としても助かっていますが、働く環境としても良かったです。今の家に引っ越してきてすぐに就職させていただいて、二人の子供が産まれる時も、それぞれに育休を取らせてもらえて。福利厚生がしっかりしているんです。
今もアルバイトで来ていますが、もし農業がうまく行かなかったら、いつでも戻ってきてと言ってもらえて。みんな顔見知りだし、ついプライベートでも来ちゃいますよね(笑)」(嘉美さん)
奥入瀬ろまんパークは、まさに丹上家の庭。気兼ねなく、すぐ遊びに行ける場所が近所にあるのは、羨ましい環境です。
ビアレストランもあるこの奥入瀬ろまんパークには、週末にもなれば様々な場所からお客様がやってくるそう。遠くから来た子も近所の子も関係なく、子どもたちはすぐ仲良くなって、めいっぱい遊びはじめます。大きな声で騒いでも、水や土で少し服が汚れても、広々とした公園にいると、大人も気持ちに余裕が生まれるのは不思議なものです。
この地に移住して、この地で叶えたい夢
夜ごはんを食べてから眠るまでは、家族団欒の時間。ゆっくりお風呂に入ったり、テレビを見たり。くつろいでいるとすぐに時間が経ってしまいます。眠る時は、大人も一緒に早々と寝てしまうことが多いそう。
「あしたの天気は?」(優香里ちゃん)
天候に左右される農家にとって、天気予報はとても大事。移住して5年、仕事も子育てもひっくるめて、十和田の土と水と空に密着し、自然と共に充実した暮らしをつくっている丹上さん一家。
最後に、聡さんと嘉美さんに、これからの夢について聞いてみました。
「父が所有している山林を、いつか観光農園にしたいんです。ほとんどが杉の木に覆われていて、農地として利用できているのも、今はほんの一部。農作業の合間に、杉林の手入れをして、業者に頼んで山を平らにならしてますが、まだまだ果てしないですね。でも十和田だからこそ、この場所だからこそ、チャンスがあるとも考えています」(聡さん)
奥入瀬ろまんパークの横を通る国道は、奥入瀬渓流や十和田湖に続いています。この道を通っていく観光客を相手にすれば、何かビジネスになると考える聡さん。
「ここには、お金を落としてもらう場所が少ないんです。せっかく良いものがあっても、地元の人が価値に気付かなかったり、うまく発信できずに埋もれてしまっているものが、たくさんあると思います。
地元の人にとっては当たり前のことでも、都会から来た人にとっては、お金を出す価値が十分にある。それは、美味しい野菜だったり、里山の風景だったり、農作業体験だと思っています」(聡さん)
「若かったので、冒険してみようかなって思って、私はここまで付いてきちゃいましたね(笑)でも、十和田市は本当に暮らしやすくて、聡さんに出会えたことも、ここに来られたことも、よかったなあって思います。
農業も一緒に始めたばかりですが、いろいろ大変ですよ。でも、聡さんが叶えたい夢に向かって、家族みんなで楽しんでいきたいです」(嘉美さん)
大変ですと言いながら、全然大変じゃなさそうに笑みをこぼす嘉美さん。その表情には、北九州から千葉市、そして十和田市と、夢を追い続ける聡さんに連れ添ってきた嘉美さんの芯の強さを感じさせます。
人と違うことをするというのは、すごくパワーが必要です。でも、それをやってのけてしまう聡さんと、側で見守りながら支え続ける嘉美さん。
丹上家の物語はまだまだ始まったばかりですが、着々と自分たちのスタイルを、この十和田の地で作っています。そんな夫婦のもとで育つ二人の子供たちが、この先どんな風に育っていくのか、楽しみで仕方ありません。
(文:吉田千枝子 写真:若木道夫)
|十和田市で、子どもと暮らすことについて考える。|連載
1) 佐藤さん一家の暮らしかた
どこに住むかより、誰がそこにいるか。”十和田の親” に見守られて、成長する家族のこれから。
2) 丹上さん一家の暮らしかた
3) 親子で十和田市に暮らしてみたら