いま、漁業の現場が危機に瀕している。
魚や貝を獲る漁師が激減しているのだ。
日本人ほど魚介類の好きな国民がいないのにもかかわらず…。
日本人が食べる魚は、輸入に頼ればそれでよいのか?
漁師の仕事はそれほどまでに魅力がないのか?
秋刀魚や銀鮭で知られる宮城県石巻市を訪ねてみた。
青三陸から日本の漁業を変える担い手支援事業に明るいきざし
日本の漁師が足りない。
農林水産省の漁業センサスの調査によると2008年に比べて2015年の漁業従事者(以下、漁師)の人数は約22万人から約16万人に減っている。7年間で4分の3にまで減少した。しかも60歳以上が約49%と高齢化が加速している。つまり、新たに若い担い手が補充されていないのだ。これは水産業全体の視点からすると深刻な状況といえる。
その原因は大きく分けて二つある。
つきまとう3Kのイメージ
まず、一つめは漁師の仕事につきまとう「きつい」「汚い」「危険」という3Kのイメージ。
しかし、「危険」についての実態は変わってきた。その理由は、いまの日本の漁業の生産高のうち、30%は養殖業が占めているからだ。一時の乱獲が原因で「獲る漁」から「育てる漁」を国が推進し、今回取材した三陸沿岸でも多くの湾に養殖棚が浮き、その下ではカキやホタテが養殖されている。目の前はおだやかな内海で、養殖棚までは小さな船で行き来するだけ。むしろ農業の環境に近いといえる。もちろん沖海で漁をする漁師もいるし、気仙沼のように遠洋漁業の基地もあるが、こうなると漁業が一概に3Kだというのは、ちょっと言い過ぎといえなくもない。
構造的なミスマッチが原因
二つめの理由が「漁業権」取得までの道のりが煩雑であること。
日本では漁業をするためには、一定の基準を満たしたうえで、都道府県知事から漁業権を認可されなければならない。漁業権は、漁業生産力の維持発展のために定められ、地域ごとの漁業組合に付与されている。
組合員の漁師が権利を共有し、初めて商売としての漁をすることが許される。個人が漁業権を得るためには、漁業権を持っている組合員に認めてもらわなければいけないということだ。移住者にとって、漁業組合の門をたたき仲間に入れてもらうことのハードルがどれほど高いかは想像がつくだろう。
自分で新しく組合をつくって漁業権を手に入れるのもむずかしい。漁業権を新規取得するには、国や都道府県が定めた海区の委員のうち3分の2の漁師に認めてもらわなければいけない。構造的に、外から来た移住者にはほとんどチャンスがないわけだ。漁業権を取り巻くルールは、厄介なように見えて日本の漁師たちをしっかり支えてきた。とはいえ、これらのルールが新規就業者のゆく先を阻み、結果的に漁師が減ってしまったというなら、新たな方法を考えなければならない。
これについて、フィッシャーマン・ジャパンの理事であり銀鮭の養殖を手がける水産会社の専務、鈴木真悟さんは言う。
「漁業は自然を相手にする仕事なので、これまで海と漁師を守ってきたルールは大切にしたい。同時に、新規就業がしやすいよう、行政や組合と協力して水産業の門戸を広げられるよう取り組んでいます」
鈴木さんたち地元の若手漁業者は2014年、三陸の漁業の復興を支援する非営利団体「一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン(以下、FJ)」を石巻市に設立した。目標は三陸沿岸で1000人のフィッシャーマンを生み出すことだ。
ちなみにFJの定義によれば「フィッシャーマン」とは、漁師のほかに加工場で働く人や流通業など、漁業に関連するあらゆる職業に従事する人をさす。
2年で17人の新米漁師誕生
そのFJが漁師の担い手をサポートする取り組みとして、現在とくに力を入れているのがシェアハウスを提供しながら若い漁師や漁業で働く若者をサポートする「TRITON PROJECT(トリトンプロジェクト)」。
「地域の外から移住してきた若者に空き家をリノベーションしたシェアハウスを用意し、一人前の漁業者になるまで、仕事と生活の両面を支える事業です」と事務局の島本幸奈さんが説明してくれた。
現在、石巻市や女川町に5棟のシェアハウスを運営し、この2年間で25人のフィッシャーマンを輩出した。うち17人が新米漁師として水産会社や親方漁師につき、一人前になるのをめざしている。ちなみに鈴木さんの養殖事業会社もこのプロジェクトから1人を受け入れている。
じつはガッチリ稼げる魅力的な仕事
鈴木さんのもとで漁師として働く早坂信秀さんは、女川町の尾浦漁港で銀鮭の養殖に従事するフィッシャーマンだ。
四国の水産会社で魚の養殖業を担当していたが、会社の将来に不安を感じ、地元の山形県にUターン。その後、「TRITON PROJECT」を新聞記事で知り、1年前から再び養殖業に汗を流している。
「漁業全体について考えているFJに共感しました。自分は養殖業が大好きなので、ここで漁業に戻れてよかったです。将来は女川か石巻で独立し、ガンガン稼ぎたい」と目を輝かせながら話してくれた。
ここで漁師の働き方について少し説明しよう。
漁師には大きく二つの働き方がある。ひとつが早坂さんのように水産会社に職員として属し、固定給をもらういわゆるサラリーマン漁師。そしてもうひとつが、個人で船や漁具を保有しながら漁業に従事する自営漁師。サラリーマン漁師だと、会社の船や漁具を操業に使えるが、自営漁師はすべて自分で揃えなければならない。
一方、サラリーマン漁師は固定給(初任給20万円程度〜)だが、自営漁師は獲れた分だけ。つまりやればやった分だけ自分の収入になるのが魅力だ。
ちなみに中国に高値で売れる吉浜あわびの水揚場・岩手県大船渡市の吉浜漁港では、年収1000万円プレイヤーも少なくないし、同じ岩手県山田町の重茂え漁港ではベンツを見かけることもまれではない。青森県の大間町のマグロ漁では、1尾で1億円を稼いだとときどきニュースになるが、これらはいずれも自営漁師の仕事だ。日本の漁業はいまでも儲かる仕事なのだ。
意外に大事なコミュニケーション力
ところで漁師に向いている人はどんな人なのか?
第一に体力。体が資本であることはいまも昔も変わらない。次に必要なのがコミュニケーション能力。意外に思われるかもしれないが、これがとても大事だ。
「漁業は地域によってやり方が違うので、ノウハウはその地域の漁師が持っている。もし将来独立したいと思うなら、その浜の漁師に信頼され、ノウハウを教えてもらえるようにならないと、漁師になれたとしても食べていけない」と早坂さん。
そのため、早坂さんは地元の漁師を積極的に手伝ったり、行事に参加して、地元の浜になじむ努力をしているという。
ところで、そもそも漁師の仕事に未来はあるのだろうか?
日本の経済は、長いデフレで「安いのがあたり前」になってしまった。そのためスーパーの舞台裏では、熾烈な価格競争が繰り広げられ、魚も同様に安さが必要条件になってしまった。ただし、一方で消費者の食品に対する意識も変わってきたとFJの鈴木さんは指摘する。関サバや関アジ、近大マグロなどが話題になるなど、消費者の産地へのこだわりや食へのブランド意識が高まっている。
「『1000人のフィッシャーマン』を掲げるFJは、水産業界全体で100億円の売上がなければ、雇用数を増やせないと考えています。そのためにもまず漁師の数を維持しなければ目標は達成できません」と鈴木さん。
水産業は加工や資材、保存(冷蔵)、流通など、自動車と同じように、裾野の広い産業だ。魚そのものの価値が上がれば、裾野すべての仕事の価値が高まることになる。そのビッグバンがいま、三陸を含め日本の各地から起きようとしている。
漁師は、それを支える夢のある仕事といえるのではないだろうか。
漁師をめざす若者の支援も、より加速させていかなければならない。
文:長瀬稔 写真:平井慶祐
全文は本誌(vol.22 2017年4月号)に掲載
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