町の薬局が地域のハブに。人の繋がりが支える地域の暮らし

宮崎県の北部に位置する高千穂町。平地の標高も300メートル以上になるという山間のまちには五ヶ瀬川が流れ、夏・冬の寒暖差の大きさは変化に富んだ四季折々の魅力を生む。町では現在、民間の力を活かしながら空き家バンクなどの移住施策を積極的に推進。豊かな自然の魅力に惹かれた30代、40代の移住者が増加中だ。

そんな同町の移住事情や地域を支える仕事について、東京からUターンして同地区の地域づくりを担う若手キーパーソンの一人・佐藤恒仁さんにお話を伺った。

【佐藤恒仁さんプロフィール】
1979年、宮崎県高千穂町生まれ。幼少時代から東京、高千穂、熊本と各地を転々としながら過ごす。東京の経営関係の大学を卒業後、車のディーラーや食品卸の営業マンとして勤務。高千穂町で「すずらん調剤薬局」を創業した父の突然の他界をきっかけに同町にUターンすることに。
現在は同薬局の取締役事務長を務め、地域医療や地域づくりを支える若手経営者として活躍している。

 

地域医療を支える、〝顔の見える〟やりがいのある仕事

「患者さんとはできるだけ、何気ない世間話を交わすようにしています。この場所が地域住民を繋げるハブみたいな存在になれるとうれしいですね」と話すのは「すずらん調剤薬局」に勤める佐藤恒仁さん。薬局は高千穂地区の地域医療を支える中心的な病院前に立地している。

薬剤師不足のため、病院の外に地域初となる薬局ができたのが2004年。大手ではカバーできない、より地域に根ざしたサービスを地元住民に提供するべく、恒仁さんの父が創業した。

東京で営業マンとして働いていた恒仁さんが、幼少期を過ごした高千穂の地に戻ったのは28歳の頃。薬局が開局して1年半、父の突然の他界がきっかけだった。開局までの紆余曲折を父から直接聞いていた恒仁さんはUターンを決意。現在は父の遺志を引き継ぎ、地域医療を支えている。

「都市部から離れた地方だからといって、不便さを感じてもらいたくない。山間地にある特性上、県境の熊本県側や近隣の延岡市の処方箋が来ることもあります。たとえ、在庫がない薬でも絶対断ることはしません。人口規模の大きなエリアの薬局であれば、卸業者の方が持ってきてくれるのですが、片道2時間かかる土地ではそうはいかないのが現実。職員皆で協力しながら、行ける人が薬を取りに行く体制を取っています。私自身が取りに行き、患者さんのご自宅までお届けすることも珍しくありません」

慢性的な薬剤師不足の中でも、病院と連携しながら急患には24時間で対応。コロナ禍で自宅待機が求められた時期には社用車を利用し、職員総出で一軒一軒薬を届けに回ったという。決して恵まれているとはいえない環境だからこそ、大手企業では行き届かない細かなサービスを提供し、地元に欠かせない存在となっているのだ。

「東京での営業マン時代にはエンドユーザーが誰かわからないような仕事もありました。しかし今は、目の前でやり取りしている患者さんの顔が見える。自分にとってはすごくやりがいのある仕事です」

 

地域のために自ら汗を流す。そこから繋がる人の輪

少子高齢化と人口減少が急速に進む地域にとって悩ましい「空き家」の問題行政が対応することの多いこの問題を移住者の住まい支援と絡めながら、民間で活動しているのが同町のNPO法人「一滴の会」

「地元経営者が集まった酒席の場で、これまでお世話になった地域にお礼がしたいとこの会がはじまったのです」と話すのは役場から出向している地域おこし協力隊員の佐藤高功たかのりさん。「一滴の会」は観光地の清掃活動を中心に、福祉施設や町内で行われるイベントへの参加、独居老人宅のお庭掃除などを行う任意団体としてスタート。不動産関係など地域産業のスペシャリストが多く在籍していたこともあり、それぞれの立場や経験を生かしながら、地域の空き家と移住者のマッチングをサポートする空き家バンク事業を請け負うなど、活動の幅を広げていった

2012年、個人の金銭面での負担が大きかった任意団体から活動を継続するためにNPO法人化。恒仁さんは最年少会員として経理のサポートなどに注力した

「一滴の会で最初に関わった活動は、小学校の休耕田での種まき作業でした。咲いた花を見てニコニコ笑う子どもたちの姿を今も覚えています。それをきっかけに草刈りなども手伝うようになりましたが、地元で長年暮らしてきた先輩方からは教わることばかりでしたね」(恒仁さん)

地道な地域貢献活動を通じて、久々に戻ってきた土地での人との繋がりも徐々に深まったという。

同会では移住者交流会も実施し、移住者と地域が触れ合う最初のきっかけづくりや関係人口の創出にも貢献。移住希望者と地区の公民館長との面談を仲介するなど、人と地域を結びつける役割を積極的に担っている。

「他の地域の空き家バンクは市町村の自治体が主になっていますが、ここでは民間がやっている特徴を最大限に生かしたい」と高功さん。地域に関わるプレイヤー自らが汗を流して直接関わることで、移住者を含めた地域の輪も生まれている。

 

豊かな自然がもたらす子育て環境とさまざまな働き方

2019年から2021年までの3年間で、一滴の会が空き家支援をして移住した世帯は30世帯75人。それも30代から40代の働き盛りの子育て世帯が多いという。増加する移住者の口から、一番多く挙げられる〝この場所に決めた理由〟が「豊かな自然」だ。

すずらん調剤薬局の薬剤師の3人のうち2人は実は県外からの移住者。恒仁さんは、山登り好きが高じて入社した同僚と一緒に、日の出を見に行くこともあるそうだ。

「高千穂に戻ってきて一番良かったことは満員電車に乗らなくて済むこと(笑)。仕事以外の面でいえば、自然豊かな環境で子育てができることですね」

一昨年に結婚し、第一子が誕生したいま、恵まれた自然環境での子育てのすばらしさを実感しているという恒仁さん。都会に比べて不便と思われる生活面も、週末に2時間ほど車を走らせれば必要なものを揃えられるので、不便もそれほど感じないという。

自然農法をやりたいとか、お店を開きたいとか、自分でやりたい仕事を具体的に求めて来る方が意外と多い」。移住者の仕事の特徴を高功さんは「仕事の内訳も農業兼なんでも屋、陶芸家、飲食店経営などさまざまだ。少子高齢化は他の地方自治体と同様に課題となっており、農業関連や介護職の人材は引く手あまただ」という。

町役場では後継者不足解消を目的に2021年4月、ファーマーズスクールを立ち上げ、新規就農をバックアップ。その卒業生第一号の中からは、山間地の冷涼な気候を生かして栽培が盛んな花・ラナンキュラスを生産する移住者農家も誕生している。

 

適度な不自由感と、人との繋がりの深さが生む「働きがい」

高千穂町以外での生活も長い恒仁さんが感じるこの土地の魅力は、〝人と人との繋がりの深さ〟だという。一滴の会のみならず、どこで人と会っても、「あなたはどこの地区に住んでいるの?」という会話からはじまり、「その場所には知り合いがいる」とたちまち話が広がっていく。相手の顔が見える関係だからこそ、「収穫で忙しい時期だから、もうすぐ薬がなくなるけど忘れていないかな?」といったような細かな配慮ができる。そんな地域住民に寄り添った仕事が、さらにお互いの絆を深めていくのだ。


右が地域おこし協力隊員の佐藤高功さん

「いろいろな地域を1年で転々としている薬剤師さんから『ここが気に入ったので、来年も契約を更新したい』という申し出があったんです。理由を尋ねると、地元の人が鰻の釣り方を教えてくれるからとのこと。次のシーズンに鰻を釣りにどうしても行きたいんですという話でした。こんなふうに、自身の経験や土地の魅力を教えてくれる素敵な地元の先輩方がたくさんいるので、きっとうまく地域に溶け込めるはずです」(恒仁さん)

「ここでは何か欲しいなと思ってもすぐには手に入らないとか、〝適度な不自由感〟がある。そんな環境や人との接触を楽しめるような人だったら、こんなに楽しいところはないのでは?(高功さん)

最後に恒仁さんが、これからの抱負を語ってくれた。

「熊本県や宮崎県の病院に通っている患者さんは、高齢なため移動面で問題を抱えている方が多いんです。なので今後は送迎などを組み合わせた事業ができないかと周りと話し合っています」。自分が町のためにできることを今も模索中の恒仁さん。

地域を支える仕事は一筋縄ではいかないが、目の前の人を笑顔にする「働きがい」に満ちている。

 

取材・執筆:日高智明
構成:田代くるみ(Qurumu)
撮影:田村昌士(田村組)

 

– 高千穂町とは –

九州のほぼ中央に位置し、熊本県と大分県に隣接しており熊本市内まで1時間半程度。九州を代表する温泉地などへのアクセスは良好です。高千穂峡や神社、夜神楽などの伝統芸能などを有しており宮崎を代表する観光地として県内外から多くの人が訪れます。

 

◆ 高千穂の夜神楽 ◆
国の重要無形民俗文化財の夜神楽は、毎年11月から2月にかけて町内のおおよそ20の集落で行われ、夜を徹して33番の神楽が奉納されています。

◆ 世界農業遺産 ◆
森林に囲まれ平地が極めて少ない環境下で、高品質の和牛生産、茶の生産、棚田での稲作等を組み合わせた農業が古くから行われています。

◆ NPO法人一滴の会 ◆
町から委託を受け、空き家探しなど移住のサポートをしています。
HP:https://www.itteki.org/

 

【NPO法人一滴の会】
〒882-1411 宮崎県西臼杵郡高千穂町大字上野650-1
TEL:0982-83-0111
FAX:0982-77-1016
http://www.itteki.org

                   

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