同級生との再会で掘り出された
長門の新特産品

阿武の鶴酒造

山口県長門市のある変わったネーミングのお酒。
その名は『純米大吟醸むかつく』。
決して飲んだら〝むかついてしまう〟お酒ではございません。
ユニークな名前のこのお酒は、東京からUターンで戻ってきた
ある二人の同級生の再会がきっかけで、
地元の人脈と地域資源をつなげた〝組業〟で生まれた。

同級生との再会で掘り出された長門の新特産品

長門市は山口県の北部に位置し、絶景の日本海に面した観光名所・元乃隅神社をはじめ、世界三大美女の一人である楊貴妃が戦乱を逃れ流れ着いたとされる伝説のあるまち。そのほか人口一万人あたりの焼き鳥店舗数がなんと日本でトップクラスという焼き鳥のまちでもある。

長門市の隣町、萩市生まれの津田祐介氏。昨年二〇一八年まで三年間勤務した地域おこし協力隊をきっかけに長門市へ移住し、現在も引き続き在住している。

「これまで福岡、東京、その後インドに住んできました。インド人は仕事よりも家族に対する時間のウェイトが高く、私自身もインドで働き方への意識が変わりました。帰国後、仕事と私生活のバランスをちょうど良くしたいと地元に戻り働こうと考え始めました。ちょうど地域おこし協力隊の募集が地元の隣町である長門市であり、募集要項には特産物開発やツーリズム事業と書いてあり、他の町の募集要項よりも自分に合っているのではと長門市を選びました」

地元に近い長門市へ移住を決め、地域おこし協力隊として活動がスタートした津田氏。ある時、萩市のまちで偶然にも高校の同級生・三好隆太郎氏と再会をする。

「酒づくりに行き着いたのはたまたまな話なんです。高校の同級生の三好くんと偶然街で会いました。彼の実家は萩市の隣町の阿武町の酒屋「阿武の鶴酒造」で、三四年前に製造が休止していましたが、彼も東京から地元に戻り、実家の酒蔵を復活するんだと聞きました。その再会後、酒屋の改装の手伝いで呼ばれるようになり、蔵の中で一緒に改装をしているとき、一緒に酒を作らないか? って話になったんです。ちょうど僕自身地元の棚田米を使った長門市のお土産品を作りたいと思っていたところで、彼との再会で色々と話が繋がっていきました」

地方で活躍するカギは今ある素材の
組み合わせと自身の〝巻き込まれ力〟にあり

地域おこし協力隊の着任中、長門市は洋画家・香月泰男氏の出身ということもあり、アートと子供、地域を掛け合わせ廃材アートコンテストや田んぼアートなどの企画や、イタリアのシャボン玉アーティストを呼んだ「シャボン玉ショー」などアートで町おこしを積極的に行った津田氏。そして長門市の新たな特産品として『純米大吟醸むかつく』を開発した。

「長門市の酒蔵の現状はほとんどが外部委託ばかりで、商品開発した『純米大吟醸むかつく』の開発当初は周りから〝本当にできるの?〟という声も多かったです。だからこそ完成した時は住民の皆さんからも応援いただき、長門市のまちの活性化に繋がりました。『むかつく』のお酒をつくって今年で三年目になるのですが、一年、二年目ともおかげさまで完売し、このお酒がきっかけで、長門市の日置町からも声がかかり、阿武の酒造をつなぎ、『日置の庄』という新しい銘柄の製造にもお手伝いさせていただきました」

地域おこし協力隊を退任した後も長門に定住し事業を始めた津田氏。

現在は酒づくり以外に、トゥクトゥクを使った移動式カフェをオープンし、〝トゥクトゥクおじさん〟の愛称で地域の皆さんから親しまれている。

「長門の生活は私生活と仕事のバランスがちょうど良いです。最近結婚をしたのですが、奥さんとの休みも合わせられ家族の時間も作れています。また東京での前職の建築業とは違い、カフェではお客さんや地域の皆さんと対面で交流ができて楽しいです。大事なことは自分の仕事や生活を楽しいと思えるかどうかで、その楽しさオーラにまわりも引き寄せられると思います。なにかやっていると、〝これも手伝いに来てくれないか?〟ってまた何かにつながっていきます」

津田氏の頼まれ上手そうな人柄には納得であり、〝巻き込まれ力〟こそ彼の魅力の1つではないか。そしてそこに戦略的なものを感じさせないナチュラルさを彼は持ち合わせている。

「大事にしていることは……何か声かけられたらまずは現地に行って仲良くなることですかね(笑)。一人で何か始めるのはなかなか苦しいけど、地域の人たちとのコミュニケーションやつながりで物事を進めていくと実現性はグッと上がるし、隠れた仕事も色々埋まっています。お酒で! というこだわりはなく、長門に眠っている可能性を掘り出し、地域や時代に合わせたものをこれからも作っていきたいです。例えば地元の人たちは当たり前のように食べているけど、いくりというスモモに似た果物があったり、三隅というエリアには『モクズガニ』と言う川ガニを叩き割って作る味噌汁を神楽舞時に食べる風習があったり……」

津田さんは良い意味で「絶対にこれで!」という決めつけや専門性を持たない分、そこに隙間を生み、人や新しいチャンスが入り込んで来る。彼のように地域に眠るストックコンテンツをどれだけ持ち、人脈と人柄とで組み合わせながら仕事にしていく方法こそ、人も地域もウィンウィンな地方ならではの働き方である。

土着の強さ。今地方ではじめられる組業のヒント

津田氏と街で偶然再会した高校の同級生の三好氏。酒づくりの専門家ではない津田氏となぜ酒づくりを始めたのだろうか。

「以前は東京で仕事をしていて、元々は実家の酒蔵を継ぐ気持ちは全然なかったんです。たまたま千葉の酒づくりの仕事と巡り合い、この業界に興味を持ち始めたころ、実家の酒蔵にまだ酒造免許が残っていると聞いて、実家の酒蔵のある阿武町に戻ってきました。地元に戻り、すぐにスタート! とはなりません。三〇年以上眠っていた酒蔵。大掛かりな清掃や改装もしないといけないですし、ゼロから酒米探し、そして自社の商品を作るための資金が必要です。

その準備期間中、山口の人気銘柄『東洋美人』の醸造元である『澄川酒造』さんには酒樽を貸していただき酒づくりをさせていただくなど、地域の皆さんからの多大なご協力があり、そのおかげで二〇一六年に新銘柄『三好』ともに酒蔵を復活できました。私自身も今度は自分が酒で地域の人たちへの恩返しをしたいと思っていたところ、津田くんとの再会があり、彼と〝地元の棚田米を使ったオリジナルの酒を作り、長門の新しい特産品にしよう〟という話になりました。商品のネーミングは酒米の地域名である向津具半島の名前をそのまま使い『純米大吟醸むかつく』としました。酒づくりのプロではない彼と組んだ理由は酒に〝色〟が出せると思ったからです。この酒は変わっているのはネーミングだけではなく、味も酒づくりの常識ではありえないほど甘くつくっています。酒づくりの常識だとこんな味を作ろうとまずならないのですが、津田くん自身日本酒をそこまで飲めないのと、日本酒が苦手な人にも飲んでもらいたいというお客さん側の目線をそのまま味に表現しました。だるい甘さではなく、濃厚なんだけど軽快な特別な甘みです。彼とは同級生という間柄もあり、お互いにストレートに意見を言い合え、これまでやったことのない試みや冒険ができたからこそ実現できたと思います。津田くんの〝まずやってみよう精神〟が味のスパイスです」

棚田米は普通であれば酒づくりには適していない品種だそうだ。

しかし彼らは徹底的に〝土着〟にこだわる。パッケージデザインも地元のデザイナー尾崎慎吾氏に依頼をし、イラストのモデルは〝現代の楊貴妃〟をイメージに長門市の一般の女性を起用。津田氏のつながりや人脈によって全て地元の人と資源で作り上げた。

「酒づくりでは一般的には『山田錦』を使うのですが、『むかつく』で使っている棚田米『ヒノヒカリ』は本来食用で粒が小さく粘り気が強いため、作業工程は普通の酒米に比べると非常に手間がかかります。最近では酒蔵もどんどん機械化が進んでいますが、ここの酒蔵は全部手作業で、臨機応変に温度や水の調整も行います。普段使わない棚田米での酒づくりによって自分自身の知識や技術の勉強になっていますし、長門市の地域ブランドとして貢献したいです」

山口県で最も有名な銘柄『獺祭』は年間一〇〇万本製造される。一方『むかつく』は毎年限定三〇〇〇本で売り切れ御免。今地方で何かを始める時、前者のような超大ヒット商品を作るより、『むかつく』のように今ある人脈と地域資源を組み合わせて、細く長くそして臨機応変に継続していくことが大事なことだ。そして見事に〝組業〟をする津田さんのような〝個〟が今地方で活躍している。

文・編集/田中 佑典 写真/ミネシンゴ

                   

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