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「二拠点生活を始めたら、好きな写真も仕事になった」
彼が“移住”した先で手に入れたもの

[この記事は、いすみ市起業家発掘及び情報発信業務を受託したTURNS(第一プログレス)がPhotoliと協力して制作しております]

2019年秋、写真のメディア「Photoli」のメンバーと一緒に、千葉県いすみ市へまちの魅力に出会う取材に行って来ました!
夏の取材に引き続き、3本に渡ってその様子をお伝えいたします。

1本目の本編は、いすみ市に移住してフォトグラファーの仕事もするようになった方の取材記事です。
東京でデザイナーとして働いてきた方が、いすみ市に移住したことで一体どんな変化が起こったのでしょうか?
ぜひ最後までご覧ください。

 


 

カメラが好き。写真が好き。

自分が切り取ったその一枚の写真で、多くの人の心を震わせたい。そして、それを日々の仕事にできたなら───。

そんな熱い想いを胸の中にしたためている方、きっかけを探りながらシャッターを切り続けている方、たくさんいるのではないでしょうか。

でも、それってどうしたらいいのでしょう。フォトグラファーとして働ける会社に就職するのか、はたまたフリーランスか……?

選択肢は多岐に渡りますが、正解がないからこそ最初の一歩の踏み出し方に思い悩むこともあるはず。

今回は趣味だったカメラが“ふとしたきっかけ”で仕事になった、千葉県いすみ市と東京とで二拠点生活をするデザイナー兼フォトグラファーの荒川 慎一さんの元を訪れました。彼の“ふとしたきっかけ”は「東京から千葉県いすみ市へ移住したこと」だったそうです。

「移住をしていなければ、写真が仕事になっていなかったかもしれない」と話す彼は、一体どのようにしてデザイナー兼フォトグラファーになったのでしょう───。

 

デザイナーとフォトグラファー。二足のわらじを履いて二拠点生活を続ける

取材メンバーが訪れたのは、荒川さんが仲間と立ち上げたオフィス。空き倉庫をお借りしてオフィスにしたそうです。

「何でも聞いてくださいね」と穏やかな面持ちの荒川さんに、まずはご自身の働き方やお仕事の内容などから尋ねてみました。

──普段、どのような仕事をされているのか教えてください。

荒川 慎一さん(以下、荒川さん):デザイナー兼フォトグラファーとして活動しています。デザイナーとしては、広告やブックデザイン、Web制作などを行っており、フォトグラファーとしては、近隣地域の小学校の卒業アルバムや写真集などの撮影を行っています。

──今は、東京といすみ市とで二拠点生活をされているんですよね。

荒川さん:はい。いすみ市で暮らしながら、東京には週1〜2回の頻度で通う生活を続けています。東京では、基本的にデザインの仕事がメイン、いすみではデザインと写真の仕事を請けています。

──なるほど、拠点によって仕事を分けている、ということですか?

荒川さん:そうですね。もっというと、東京といすみでは「会社」を分けているんです。東京では『D-KNOTS(ディー・ノッツ)』の屋号で、グラフィックデザインの仕事をお請けしています。

いすみでは同じ地域に暮らすクリエイター数名で、ローカルな仕事を専門にしたチーム『なみわい企業組合』を立ち上げました。自治体の広報誌や観光協会のウェブサイト制作、近隣地域の卒業アルバム、農産物のパッケージ、地元企業のパンフレットなど、地域に根ざした仕事を手がけています。

──そもそも、移住する前はどのようなキャリアを積んでいたのですか?

荒川さん:東京では、大学卒業後にデザイナーとしてグラフィックデザイン会社で働いていました。その後、独立して『D-KNOTS(ディー・ノッツ)』を立ち上げています。

──デザイナーを本業にしつつ、並行してフォトグラファーとしてのキャリアを積んでいたということですか?

荒川さん:いえいえ。写真を撮ることが仕事になったのは、いすみ市に移住した後のことです。

 

いすみに移住し、写真を撮ることも仕事になった

──写真を撮ることも仕事になったのは、どういったことがきっかけだったのですか?

荒川さん:独立して5年目に、海の見える街で暮らしたいと思い、東京からいすみに移住したことがきっかけです。初めはデザインの仕事をしていたのですが、写真のお仕事の相談を受けた際に、気軽に頼めるフォトグラファーがいなくて困ったことがありました。

もともと、写真は僕の幼少期からの趣味だったので、写真を外注できなくても何とか力になりたいと思ったんですよね。そこで「一流のフォトグラファーのクオリティにはまだ届かないかもしれないけれど、デザインと合わせて僕が写真も撮りましょうか?」と提案したことが始まりでした。

──荒川さんにとっては、思いがけない出来事だったのではないですか?

荒川さん:ええ。東京にいた頃は、優秀なフォトグラファーが周りにたくさんいたので、まさか趣味だった写真が仕事になるとは思ってもいませんでした。でも、その出来事を皮切りに、デザインと並行して「写真もお願い! 」と頼んでいただけるようになって。いすみに移住して、気がついたら、自分自身がフォトグラファーになっていました。

 

地元のニーズに応えるために『なみわい企業組合』を立ち上げた

──『なみわい企業組合』の立ち上げは、いすみや外房エリアで働くクリエイターの力を集結させるためですか?

荒川さん:そうですね。東京で働いているときは、ひとつの分野に特化したプロフェッショナルが評価されていました。ところが、その限りではない地域もあります。

クリエイターの少ない地域では、企画・制作・発信を総合的に行う必要があります。例えるなら「広告代理店の仕事をひとりでこなせる人材」が求められているんです。

僕も、デザイナーとフォトグラファーの2つの肩書きを持っていますが、あらゆるご依頼のすべてに応えることができなかったんです。そこで、クリエイターそれぞれの専門性を活かしたチーム『なみわい企業組合』を立ち上げました。

グラフィックデザインや写真が僕の得意領域で、他のメンバーはWebデザインやイラスト、文章のライティング・編集などを得意としています。

異なる得意分野を持つ4人のクリエイターを集めて仕事を分担することによって「幅広い制作業務を一気通貫して手がけてほしい! 」という地元のクライアントの期待に応えられる体制ができました。

──東京からいすみに越してみて、働く上で必要な心がけや意識などは変わりましたか?

荒川さん:大きく変わったのは「信頼関係」のあり方です。東京では、エンドユーザーの顔が見えないことがよくありました。

でも、いすみでは、クライアントもエンドユーザーも知り合いなんてことがよくあります。つまり、良くも悪くも世間が狭いので、信頼を失ってしまったら、取り返すのがとにかく大変なんです。でも、質や納期などの信頼、人としての信頼を保ち続けることが大変な一方で、嬉しい反応もダイレクトに伝わってくるので、とっても面白いですね。

 

エンドユーザーの反応を間近で見られることが、いすみでのやりがい

──人との距離が近い地域だからこそ、信頼関係が大切なんですね。荒川さんがいすみと東京の二拠点生活を続ける理由はなんですか?

荒川さん:単純に、いすみは東京とはまったく違う暮らしができるからですね。そして、仕事上では、人との関わりの中で生まれるやりがいがあるからです。

東京で働いていた頃は、反応をもらえるのはもっぱらクライアントの声とネットで見る口コミくらいでした。自分の制作物を見たエンドユーザーが、どんな表情になり、どんな言葉を発するのか。それを直に体感できることは、なかなかありません。

いすみでは人との距離が近いので制作物に対するエンドユーザーの反応が直接見られるんです。自分たちが手がけた仕事が自分たちの地域を元気にできる実感もあります。

荒川さん:例えば、面識ある農家さんの野菜が、クライアントのカフェで調理され、知り合いがお客さんとして食べに来る──そんな光景が日常にあります。

お客さんのことを想って手がけたデザインや写真が、誰の笑顔に繋がっているのか、自分自身の目で、直接見られるんですよ。その反応がダイレクトに見れることほど、やりがいを感じることはないと思うんです。移住をしなければ味わえなかった嬉しさだなと思います。

 

取材・文:貝津美里 写真:横尾涼(Photoli)

 

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