【富山県氷見市】港町暮らし+里山暮らし
どちらも手に入る、欲張りな環境

能登半島の付け根に位置する人口約4万3千人のまち、富山県氷見市。

東には約20㎞の海岸線が続く一方で全面積の約6割を森林が占める環境は、海側の中心街から山間集落までが車で10分ほどの距離にあり、港町暮らしと里山暮らしがミックスされた風土を感じる。

富山湾を中心とした自然が育む美味美食、そして立山連峰のパノラマに惚れて移り住む人が増加中。

暮らしも仕事も整頓してリモートワーク移住
まち、人、自然が近い生活を実現

(写真提供:北條巧磨)

浅井 健太さん
1985年生まれ。2021年夏、東京都から氷見市に移住。現在は都内企業にリモートワークで勤務。

氷見が誇る、水平線に浮かぶ立山連峰の景色。ただ、山肌までくっきりと見えるのは年間50日程度。気まぐれな絶景が必ず見られるのは、ここに暮らす人の特権なのだ。

浅井健太さんも、そんな景色に惹かれて氷見にリモートワーク移住を決めた。移住のきっかけは現在3歳になる長男が産まれたこと。

「会社で働き詰めで家族と過ごす時間も取れず、近くに自然が少ない。そういう環境で子育てをするイメージが湧きませんでした」

と東京時代を振り返る。

自分は昔から島に出かけるのが好き。妻の望さんはかつて海岸沿いに住んでいたことがあり、海から近い場所が夫婦共通の希望だった。その上で同じ関東にある神奈川県小田原市と、かつて魅力発見ツアーで訪れたことがある富山県が最終候補となり、それぞれ2回ずつ現地を下見。

商店街の雰囲気や黒瓦の町並みの美しさ、そして人の温かさが決め手となり、移住支援金、定住促進向けの家賃補助金、1歳児以上の保育料無料など、子育て世帯への支援制度をフル活用して、海と商店街が近い南大町にある町家住宅を借りた。

左上】海岸線に面する南大町。浅井家にとって砂浜は日常的なお散歩コースだ 【左下】冬の寒さは想像以上だったそうだが、初めて見る雪に子どもたちの目はキラキラ 【右】8部屋ある家の中に広々としたワークスペースを確保。ゆとりのある生活

 

浅井さんのような完全なリモートワーカーは、600人以上いる社員のうち数人のみ。移住を機に営業職からバックオフィスの部門への異動願を出した。

今は午前8時半に就業。午後4時半に一旦手を止めて保育園へ子どもを迎えに行き、夜に残りの仕事をこなす生活リズム。東京では保育園の送り迎えは難しかったが、今は市内の企業に勤めている望さんと子育ての負担をフォローし合えるようになった。

休日には、氷見市内の各地で行われるワークショップやマルシェに参加したり、家族で海や棚田を見に行ったり、氷見ならではの生活を楽しんでいるとのこと。

「子どもとの散歩中にお店の方から声をかけてもらったり、近所の方からお裾分けをもらったり、地域の人とのやりとりが増えました」と語る。

「子育てが一段落したらボランティアなどに参加して、地域に恩返しがしたい」と続けた。

自宅の一部を地域にゆるやかに開いて
久目と新たな移住者を繋ぐ

籔谷 祐介さん

1986年、三重県伊勢市生まれ。富山大学の講師として2018年に富山県に移住。建築やまちづくりを研究。高岡市で暮らした後、2023年の夏に氷見市の久目地区に移る。

籔谷 智恵さん

伝統工芸の布の産地問屋に務めた後、ライターに転身。ウェブサイト「おらっちゃの久目」を立ち上げ、久目地区の情報を発信中。

www.chieyabutani.com

「氷見のまちをひとつの色で例えるなら?」という問いを投げかけると、祐介さんは「茶色」、智恵さんは「青」と答えてくれた。夫婦で異なる2色のコントラストは、海と農業の景色が混じる氷見の姿を端的に表している。

籔谷さん夫妻が暮らす中山間地域の久目地区は、住民自治組織の地域づくり協議会に移住者が積極参加。

「第一条件だった景色が気に入ったのはもちろんですが、久目に来てみたら、土地の方も移住してこられた方も、皆さん面白くて。その人たちの暮らしが自分たちの暮らしと交わっていくのが楽しそうだと思いました」と祐介さんは振り返る。

四方を田畑に囲まれた隣家とは少し離れた場所に建つ一軒家。2020年に購入後、祐介さんの研究室学生の手も借りながら3年かけて改修。「山川藪文庫」と名付けた家は、半屋外に土間を設け、コンポストトイレや傾斜土槽法という特殊な排水浄化システムを備えた造りが特徴だ。

「久目に住みたいと思う方たちの入り口になり、空き家改修のモデルになるような家にしたかった」と祐介さん。

生活空間を2階に置き、1階にはパブリックスペース的な機能をもたせた。書棚には智恵さんの蔵書が収められ、訪れた人が自由に読むことができる。智恵さんは

「誰もが自然と本にふれることのできる場であってくれたら嬉しいし、読書会やワークショップなどを開いて、ここを通して人と人が影響し合って、面白いことが生まれていったら」と思いを語る。

【左】自然あふれる久目に移ってきて、伸び伸びとした子育てができるようになった【右上】山川藪文庫こと籔谷邸。1階はできるだけ開放的にし、立ち寄りやすい雰囲気にした【右下】智恵さんの書斎でもある山川藪文庫の空間。本のチョイスには彼女らしさが詰まっている

 

「久目に来る前はアパート暮らしで子どもが出す足音ひとつ気にしなければならないような生活でしたが、ここに来て自然の中で暮らしていると、身体感覚で『自分はここにいていいんだ』と肯定感が湧きます」と暮らしの充実ぶりを語る智恵さん。

氷見では地域の人に畑や山を開放し、収穫体験などをさせてくれるお誘いをもらうこともあるという。次は山川藪文庫を通じ、自らが久目と新たな移住者のかすがいになりつつある。

「ここに住みたい」という熱いエモーションが 氷見への〝冒険〟に突き動かした

近森 光雄さん

1993年、東京都葛飾区生まれ。大学卒業後、大手スーパーマーケット運営企業に就職し、関東圏の店舗の鮮魚部門に配属される。

約3年半で退職後、2019年の秋に氷見市へ移住。2023年8月、「サカナとサウナHOTEL&DINER」を開業。

新卒で就職した会社で責任ある仕事も任されていた近森さん。ハードな毎日に疲れ、ある時、一人旅に出たいと思った。

「あれだけ魚ばかり見る生活だったのに、なぜか漁港が見たいと思った」と語る。

ネットで「漁港 見学」を検索して真っ先に目に飛び込んできたのが氷見漁港。2泊3日で旅に出たが、1泊目の富山市は店休日が多い水曜日にあたってしまい、初めての富山県の印象は「最悪」だった。ところが次に訪れた氷見でその印象が変わる。

「移住者の方がやっている宿の自由に使えるキッチンで氷見の魚を触った時にその新鮮さに驚きました。出身地の葛飾に通じる下町っぽい雰囲気も気に入ったし、何よりその日は立山が本当に綺麗に見えたんです」

再び氷見を訪れた際に同行していた友人の「お前はここで暮らすべきなんじゃないか」という言葉に肩を押されて移住を決意。そこから現在に至る流れは、本当に賽を投げるかのような展開の連続だ。

「氷見で住めるところを探しています」と自ら募集をかけ、市の家賃補助を活用して家賃月5千円の住まいを確保。魚料理研究家に転身し、コロナ禍の中でオンライン料理教室を始めた。さらに貯金を投じて20万円の中古車を買い、富山県中の個人事業主やお店を訪ねて「魚さばけるので何か手伝えることあったら呼んでください!」とゆるくセールス。

そして転々とした生活の末に「サカナとサウナ」を起業し、2021年の春から2年間、市が氷見漁港前で運営するチャレンジショップにバルを出店した。無計画といったらそれまでだが、そんな若者を受け入れる度量の広さが氷見のまちにはあった。

私生活では氷見で出会った女性と結婚し、子どもが誕生。家族の存在も自身と氷見とを繋ぐ。

「僕は綺麗にパッケージングされているものより、ちょっと不自由があるものに興味が向くタイプ。だから、移住する時もすべてが整った形で、最高の状態で移住したいとは思っていなかった」と近森さんは振り返る。

【左上】近森さん。なお、なぜ彼のあだ名が「昆布」なのかは、ぜひ氷見を訪れて本人に尋ねてみてほしい【左下】宿泊はフルコースディナー付きで1泊1名22,000円から。客室は全国でも珍しいというボナサームアウフグースサウナを完備【右】ランチで提供している「魚々出汁カレー」(1200円)。さまざまな魚介や昆布のダシが活き、魚醤で煮込んだシイラをトッピング

「氷見市IJU応援センター・みらいエンジン」に聞く!
なぜ今、氷見市に移住者が急増中?

マネージャー/藤田智彦さん(写真左)

1987年、千葉県柏市生まれ。大学卒業後、一般企業への就職を経て、2015年に地域おこし協力隊として氷見市に移住。任期後も氷見に留まり、「氷見市IJU応援センター・みらいエンジン」に入所。

移住相談員/桑折 純子さん(写真右)

1976年、富山県高岡市生まれ。大学進学をきっかけに関西へ移り、2022年に家族とともに京都府から氷見市にJターン。移住相談員を務めるとともに、フリーランスのデザイナーとしても活動中。

Iターン、Jターン、Uターン、それぞれの頭文字をとって「IJU」。2016年に設立された「氷見市IJU応援センター・みらいエンジン」は、氷見市の行政と連携しながら、中央町の「まちのタマル場」を拠点に移住希望者の相談を受け付けている。

藤田さん、桑折さんはじめ、移住相談員のほとんどが移住経験者。氷見市は昨年度、市の補助制度を利用した移住者が過去最多の218名を数え、みらいエンジンも設立後最多となる42名の移住に関わった。

【左】同じ移住者でもいろんな価値観の方がいらっしゃいますが、自分の居やすい温度のところで暮らせるのも氷見の魅力」と藤田さん【中】氷見市中心街の中央町商店街にある「氷見市IJU応援センター・みらいエンジン」【右】「水平線の景色が生活の一部にあるのは励みになります」と氷見市の好きなところを語る桑折さん

 

今、氷見が移住希望者に注目されている理由について尋ねると、「中心街に若い人を惹きつけるお店が増えたことからもわかるように、一人一人の移住者さんが氷見の新しいイメージを作ってくれて、まちの魅力が増してきていることが大きいです」とのこと。また、氷見市では空き家の所有者を対象にリノベーション物件の賃貸住宅化を推進する「空き家優良物件化支援補助金」を設けており、中心部の町屋や山間部の農家風住宅まで、空き家バンクの登録数が増えていることも一因に挙げる。

移住相談の傾向について伺うと、「やはり住まいに関する相談が大半です。その一方で起業の相談もたくさんありますし、例えば、いずれ農業を本職にしたい方など、移住を自己実現の機会として捉えている方の相談も多いです」と藤田さん。普段の業務では「移住相談でも情報発信でも、自分自身が外から来た視点を大事にしています」と言う。

その藤田さんのサポートで氷見に越してきたのが、今は自身も移住相談に携わる桑折純子さんだ。「物件を下見した際に『この通りは消雪装置がないから冬は厳しいかも』と移住者目線からのアドバイスを下さったり、下見の合間に朝日山公園の『見晴らしの丘』など、ご自身が好きな景色に連れていっていただいたり、事務的ではないサポートが嬉しかったです」と桑折さん。

移住者急増中の氷見市。その裏には、やさしい移住サポートがあるようだ。


移住に関する相談窓口

◆移住希望者向けウェブサイト「みらいエンジン」

https://himi-iju.net/

◆salon & office「まちのタマル場」

富山県氷見市中央町9-1

電話:0766-54-0445

メール:info@himi-iju.net

運営時間 9:30 – 18:30(水・木曜日定休)

                   

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