瀬戸内海に面した歴史情緒あふれる町、広島県尾道。ノスタルジックな港町の風情が漂うエリアとして、毎年多くの観光客が訪れています。
尾道の市街地が広がる本州側と対岸の向島を隔てる「尾道水道」。最短距離で約200mの川のように細長い海峡です。その間をゆったりと渡船が行き交う様子は、港町・尾道を代表する風景のひとつ。
向島までは渡船に乗って片道約5分。向島から市街地を見渡すと、山すそにおもむきのある古民家や寺社が建ち並ぶ様子が一望できます。海・山・まちがすべて視界に収まり、まるで箱庭のようなロケーション。その近い距離感の中に歴史や文化、暮らす人々の日常が一体となって、尾道ならではの風景を形にしています。
近年は、尾道らしさを生かしたお店やニューウエーブのスポットも続々とオープン。懐かしさと新しさが不思議と混じりあい、まちの文化にも少しずつ変化が生まれています。
そんな尾道に新しく誕生したのが、多目的空間「LOG(ログ)」。千光寺に続く坂道の途中にある、昭和30年代に建てられたアパートメントをリノベーションして造られました。宿泊施設やカフェ&バー、ショップ、ギャラリーなどを併設し、観光客や地元の人が気軽に立ち寄れる、山の手の新たなにぎわいの空間を目指しています。
地域に根差した事業を展開する「ディスカバーリンクせとうち」が、4年もの歳月をかけて開業したLOG。このプロジェクトは、スタッフだけではなくさまざまな人が関わる仕掛けをつくり、まちとひととの連携や交流を生み出しています。今回は、LOGに関わるひとたちを紹介するとともに、LOGへの期待や想いをお伺いしました。
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夫婦二人三脚でつくるおいしい有機野菜。食の知恵を伝えたい
尾道市街地から車で約20分。しまなみ海道を渡り、柑橘の栽培で有名な因島に到着。
今回、最初に尋ねたのは、LOGの提携農家として有機野菜を提供している王子野兼俊さん(75歳)・保江さん(72歳)ご夫妻。独自の有機肥料や土づくりにこだわり、少量多品種の体に優しくおいしい野菜やハーブづくりに取り組んでいます。
「今年の夏は大雨で畑が水に浸かってしまって。秋に今の畑に作物や農機具を移して、やっと落ち着いたところ」とご主人の兼俊さん。案内された畑には、水菜やダイコン、ニンジン、ワサビ菜など、いろんな作物がイキイキと育ち、収穫の時を待っていました。
「冬本番を迎える今は、白菜や葉ものが旬。LOGで使う野菜も、スタッフさんと相談しながらそのとき1番おいしいものを提供します」と奥さんの保江さん。手にしているのは黒キャベツ。畑には色の濃い野菜もたくさん。料理に彩りを添えるのにもぴったりです。
一方、兼俊さんがおすすめしてくれたのは赤かぶら。断面の一部が鮮やかな紫色をしています。薄くスライスしてくれたものをその場でいただきました。水分がたっぷりで甘みがあり、とても美味!おふたりが愛情込めて豊かな土で育てた野菜は、みずみずしい食感と野菜そのものの味がしっかり感じられます。有機農法でこれだけ元気な野菜を育てられるのは、ご夫妻のたゆまぬ努力と農業を愛する気持ちがあってこそ。そして何より、おいしい野菜をみんなに食べてほしいという想いが野菜に込められています。
「この野菜をどんな風にLOGでアレンジするのかなと、想像を膨らませながら日々野菜を育てています。逆に、私達がおいしいと思う食べかたや、昔ながらの食材の知恵なんかも若い人たちに伝えてあげたい。持ちつ持たれつの関係がいいですね」
素材そのもののおいしさを、シンプルに味わえる料理に
LOGのカフェ&ダイニングを担当しているマネージャーの森下純一さん(42歳)。神戸市から尾道市に移住し、LOGの立ち上げに参加しました。LOGの料理やカフェについて教えていただきました。
「LOGの料理は、熊本県の料理家、細川亜衣さんに監修をいただいています。細川さんの料理は、旬の素材そのものの味をオイルや塩などで引き出し、1番おいしい状態で召しあがっていただくことができます。シンプルで、素材感を大切にされているんです。王子野さんの野菜をはじめ、庄原市のリンゴや三次市の三良坂(みらさか)フロマージュなど、地元のおいしい食材を中心に使っています。王子野さんには、育てかたや味わいかたなど、スタッフ全員が畑で勉強させていただきました。生産者と直接関わりながら、深く土地を知って、料理に生かすことを常に考えています」
現在は、宿泊のお客さまに向けたメニューを提供しています。朝食にはマフィンやスコーン、チーズなど。夕食には季節の野菜が味わえる鍋や、瀬戸内の鮮魚を味わえる四季ごとのメニューを企画しています。カフェではフルーツのマフィンや、チャイなどのドリンクも提供されています。
LOGの活動すべてが、尾道のためになるように
尾道市産業部観光課の稲角信明さん(49歳)。尾道の観光振興に取り組み、観光視点でまちの魅力を伝える広報の立場として、LOGに厚い期待を寄せています。
「LOGのある千光寺新道の坂道は、尾道の顔となる代表的な場所なんです。古い家並みと石段の坂道、その向こうに海が広がる。これを1つの風景として眺めることができる絶好のビュースポット。尾道でも特別なこの場所にLOGを開業してもらえたのは、非常にうれしいですね。廃墟だった建物を再生していただけたことも地域としてはありがたいですし、『よくぞやってくれました』という感謝の気持ちでいっぱいです」
稲角さんが期待するLOGの魅力とはなんでしょうか。
「尾道は、歩いて巡ることで魅力を感じてもらえるまちです。その点では、LOGはまち歩きの基地的な役割を担う存在。千光寺へのお参りや路地散策の途中、一息つくのにちょうど立ち寄りやすく、単なる通過点だった路地に新たな流れを生み出せる場所になると思います」
稲角さんは、LOGを観光資源のひとつと捉えるだけではなく、空間や活動そのものにおいても大きな魅力を感じています。
「自然素材を使った空間がまちの雰囲気になじんでいますし、リノベーションという再生の視点も地域の流れに合っている。尾道のいいものを取り入れてまちをPRし、雇用も生み出している。LOGの活動すべてが尾道のためになっています」
「観光を盛りあげる目的は、観光消費額のアップだけではなく地方創生。訪れたひとに『このまちに住みたい』と思ってもらうのが理想。住むひとが誇りを持てる、そんなまちづくりの一助になれば」と稲角さん。観光と暮らしが地続きにあるからこそ、尾道という「まち」そのものの魅力を深く感じられるのだと気づきました。
たくさんの人の手仕事がつくる、唯一無二の空間
LOGは、インドの建築スタジオ「スタジオ・ムンバイ」がインド国外で初めて取り組む建築プロジェクト。天然素材を使用し、手仕事の技と力を加える空間づくりが特徴です。建築素材には漆喰や土、砂利などが多く使われ、元々のRC構造の建物に柔らかな質感を与えています。スタジオの代表を務めるビジョイ・ジェイン氏による「PRAXIS(実践・検証)」の哲学をくみ取りながら、多くの職人とスタッフが手を動かし、LOGの空間を形にしていきました。
左官職人として20年以上のキャリアを持つ川上浩平さん(44歳)。壁や床などの左官工事の責任者として、LOGのプロジェクトに携わりました。長い職人経験の中でも例のない特殊なケースに、最初は頭を悩ませたそうです。
「工事業者さんから話をいただいた時は、正直不安しかなくて。改修工事の段階から苦労の連続だったとは思いますが、左官に関しても難題が多く、大変な作業になるのは覚悟していました」
LOGは車の入らない坂の中腹にあるため、砂などの材料はすべてアルバイトによる手運びで対応。壁や床、階段など左官の範囲も膨大で、職人を確保するのも一苦労だったそうです。
「左官工事の期間は約8カ月。その間、現場に入った左官業者は延べ1000人近く。建築になじむ土入りのモルタルや、あえてガサガサとした質感を残す『かきおとし』という仕上げなど、左官の素材や技術のひとつひとつに手間をかけています」
ビジョイ氏が特にこだわったのが内装のアール仕上げ。「アール」とは建築の世界で曲線や曲面のことを指し、丸みを帯びた柔らかな雰囲気を出してくれます。川上さんたちは、曲がりの大きさのサンプルを何種類も作り、理想のイメージに近づけていきました。「日本建築は角と面を生かす美学。だから、ビジョイさんの持つアールの感覚を理解するのが一番難しくて」と笑う川上さん。
「ビジョイさんのすごさは、こだわりを押し通さずに現場の状況を見て臨機応変に対応してくれるところ。現場の厳しい空気を察して、人をすごく大事にする姿勢があるんです。ビジョイさんの哲学や人としての魅力は、尾道に合っていると思います。作業は大変でしたが、その想いにはとても共感できました」
作業が進むにつれて、現場のムードにも変化が生まれました。
「自分達の仕上げた左官が目に見えて残る喜びや、ひと手間加えて仕上げる楽しさがやりがいにつながっていきました」
いまでは、この仕事を受けてよかったと心から感じている川上さん。
「本当にたくさんの人たちの協力、つながりがあったからこそ完成にたどり着けたプロジェクトだと思います。LOGに携わった職人がこの場所を訪れ、手掛けた仕事を見ながら思い出話に花を咲かせる。そんな楽しみがあるのもうれしいです」
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皆さんのお話を聞き、LOGに関わる人の多さと、誰もがLOGの魅力の一端を担っていると実感。それと同時に、人のあたたかさにたくさん触れ、尾道のまちがより大好きになりました。
尾道のまちとLOG、それを取り巻くひとびとがつながり合い、日々何かが生まれ、新しい発見があります。施設はオープンを迎えましたが、本当のプロジェクトはまだまだ始まったばかり。是非一度訪れて、LOGの現在進行形の魅力を感じてみてください。
(文:溝口仁美 写真:冨岡誠)
▽LOGの滞在レポートはこちら
「尾道のまちと暮らしに新たなあかりを灯す。尾道LOG滞在レポート」
https://turns.jp/27032
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昭和38年・千光寺山の中腹、先進的な山の手のアパートメントとして、「新道アパート」は誕生しました。歴史や文化の面影が色濃く残るこの場所で、人々の営みをあたたかく見つめてきたアパートメントは、その温もりを残しつつ 「LOG (ログ)– Lantern Onomichi Garden- 」として生まれ変わり、尾道 山の手にあかりを灯します。
LOGは、この土地で暮らす人々とまちを散策する人々が交差する場所。千光寺へ続く坂の途中、尾道のまちを見渡す旅の宿として、カフェや庭を自由に楽しめる公園として、朝から日暮れまで思い思いにお過ごしください。(LOGサイトより)