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就農1年目、農業だけじゃない農家のあたらしい生き方が見えてきた。
高知県佐川町-織田トマト

ドラマーと表参道OLが最先端のトマト農家になる

周囲は、広い空と山と田んぼだけ。
プロのドラマーだった織田康嗣さんと、表参道でOLをしていた茜さんは東京を離れ、2014年、高知県中西部にある小さな町佐川町に移住してきた。佐川町は水質日本一にも輝く仁淀川流域にある清流のまちだ。

織田さん夫婦がこの場所に先進的な施設園芸ハウスを建て、本格的に高糖度のトマトづくりを始めたのは2017年のこと。

それから1年、なんと、この新人農家が地域のハウス園芸部のトマト生産者の中でナンバーワンの高収量を記録してしまった。これは、もちろん異例のこと。10アールあたり3月までのトータルで5.5トンと、2番目の農家と1トンほどの差をつけた。それにしても、どうして就農1作目でこんなにたくさんトマトが採れたのだろう。

「よくわかりません。妻ともよく話すのですが、やっぱり、愛ですかね。トマトに話しかけますもん(笑)。ぼくらのトマトづくりを助けてくれる水や土や自然、尊敬できる先輩農家さんがいるなど、いろんな場面でそれを感じています。

それに農業を知らない人が思っている農業と、ぼくらが実際にやっている農業は違います。ぼくらのように若い人たちが新しい人生のスタートラインに立つとき、農業もその選択肢の一つになれるよう、新しい農業の声を届けていきたい」
と、康嗣さんは農業のあしたにも熱い思いをかけている。

4年前、大都会から田舎へと風景のチャンネルを変え、華やかな仕事も生活も、生き方までも大きく変えて高知に移住し、新たに「農家」として歩み始めた織田さん夫婦。そこには従来の“農家とはこうあるべき”と言った、いわゆるガチガチの固定概念に縛られない新しい技術や農家の在り方、自分たちらしさを模索する希望と葛藤と考え方がある。その織田さん夫婦が農業に励む日々の中で見つけたものはなんだろう。

 
いつか高知に帰って農業がしたいと思っていた

康嗣さんは高知市の生まれ。サラリーマンだった康嗣さんの父は週末になると、農作業を手伝うために高知市から実家のある佐川町に帰って来たという。子ども心に、その父の姿はサラリーマンをしているよりも、ずっといきいきとして見え、自分もいつかは農業をしたいと思うようになっていた。

そして2014年、結婚をきっかけに就農への夢を叶えようと、故郷高知に帰って来た。高知は自然が豊かで日照時間が長く、昔から施設園芸が盛んな土地柄で、環境保全型農業では全国のトップランナーでもある。なにより新規就農者をバックアップしてくれる事前研修もしっかりしていて。行政の支援、補助などのシステムが充実しているというのも心強い。それが織田さんの就農への背中を押してくれる理由の一つにもなった。

そこで、「農業を始めるなら基礎をきちんと学んだほうがよい」という父のススメもあって、織田さん夫婦は「高知県立農業担い手育成センター」に入校する。同じ志を持った研修生と寮生活をしながら、基礎から先進技術までを座学と実習で学べることが、ここを選んだ大きな理由の一つでもある。

「農家をなめるなよということも含めて、とにかく、いろんなことが学べて楽しかったですね」

康嗣さんはここで2年間学んで知識と技術を身に付けた。
 
 
栽培品目は、直感でトマトを選んだ 

農業担い手育成センターのよいところは、トマトやキュウリ、ナス、ピーマンなど、高知県が得意とする作目を一通り学んだ上で、作りたいと思う作目や、農業を始めたいと思う産地を自分で決めて選べるという点。
そして、その中から康嗣さんはトマトを選んだ。

「トマトを選んだ理由は直感です。ほかの品目ではワクワクしないのに、トマトのハウスに入った瞬間、ワクワクしました」

けれど、糖度の高いトマト栽培は水の加減が難しく、施設に初期投資もかかる。もう少しリスクの少ない作目にしてはどうかと、周りから反対された織田さんは、暑い夏の日、トマトハウスの中の通路に寝転び、トマトをいろんな角度から眺めながら、5時間近く過ごしてみたのだという。

「そこで気持ちにスイッチが入りました。ぼくは絶対にトマトしかやりません」と宣言すると、5アールのトマトハウスの管理を任された。そこで栽培から収穫まですべてを体験できたことが、就農への大きな自信にもなった。

「卒業生のグループがあって、人とつながれたというのも一番大きい。情報交換をしたり、お互いに手伝いに行き合ったりと、コミュニティーがあってありがたいです」

 
農家のバージョンもあがっている

織田さんの園芸ハウスは背が高く、二酸化炭素発生器やミストなどを備えた地域でも先進的な施設だ。ハウス内でトマトが成長するために光合成を始めると、ハウス内の二酸化炭素の濃度が低くなってくる。そこで二酸化炭素を外の環境よりも濃い濃度で送り込むことで、トマトの光合成を促すというもの。

環境を整えて育ったトマトはしっかりと花を咲かせ、たくさん実をつける。その受粉を手伝ってくれるのがクロマルハナバチ。

「私たちはいつも夫婦一緒なので、ハウスの中でうっかり夫婦喧嘩になることもある。すると、ハチたちが心配そうに飛んで来て仲裁をしてくれる。ハチも私たちのファミリーです」と、茜さんはふんわりと笑う。

温度や湿度、二酸化炭素の濃度までトータルに管理された環境制御型ハウスの中で、トマトはすくすくと育っていて、ハウスの中に入ると、フルーツトマトの甘い香りがする。

「携帯やパソコンと同じで、どんどん新しい技術、農家のバージョンも上がっています。長く農業をしている人たちに比べて、ぼくらは固定概念がないから新しいことに挑戦しやすい。うちは最初からシステムにコストをかけている分、どんどん収量も伸びていくし、収益も上がる。そういう意味でも、これから若い人たちが新しく農業を始める時に“農業をやりながらベンツに乗れるぞ”ということを伝えたいし、土日は休んで旅行にも出かけるという生活をしていないと、なかなか興味を持ってもらえないのではないかと思います」と、康嗣さん。ちなみに、織田トマトも土日はお休みだ。

 
でも、農業だけというのはイヤだ。ドラマー復活

就農するまで、康嗣さんは東京でプロのドラマーとしてアーティストやアイドルのバックで演奏するなど、ミュージシャンとして活躍してきた。最近、少し農作業にも慣れ、気持ちにも余裕が生まれてきて音楽活動を再開。友人がツアーライブで関西に来た時はサポートメンバーとしてドラムを叩きに行くようになった。

「最初はトマトが忙しいからと、ドラムも諦め、音楽活動の誘いも断っていました。でも、仲の良いミュージシャンの友人に“それはおまえが決めているだけで、やってもいないのに決めるな”と言われて、勝手に自分で限界を決めていたんだと気づいたんです。いつしか自分が固まってしまっていたんです」

以来、プロ活動を再開するとともに、佐川町を一緒に盛り上げていこうと町内の仲間と「ウミナシ」というバンドを結成した。
面白いことに、農業者にはなぜかバンドマンも多く、康嗣さんいわく、「ミュージシャンと農業はどちらも感性の世界で近いものがありますね。音楽にも数字データがあるけれど、それが分かっているからよい演奏ができるかというのはまた別で、農業も一緒ではないかと思う」という。

この日、“高知で農業してみんかよ”と、Facebookで農業情報を送っている堤農園の堤健治さんが取材に訪れていたが、実は彼もまた、愛知県出身の移住者でミュージシャン。それぞれが自分のスタイルに合った農業方法を選び、自由に自分を生きている。

堤農園の堤健治さん(写真右)

 
旅するトマト農家
 
一方、茜さんはトマトづくりのかたわら、週末は高知を飛び出し、「旅するトマト農家」として全国あちらこちらに出かけて行く。

「主人は出会った時から、いつかは高知へ帰りたいと言っていたので、帰ると聞いた時も“あっ、そうだよね”と、のんきについてきた」という。

しかし、表参道にある大手化粧品会社のOLだった茜さんにとっては、移住して来た当初、都会生活と田舎暮らしのギャップがあまりに大きく、戸惑いもカルチャーショックも大きかっという。それでも、持ち前の行動力を生かして、織田トマトを知って貰うためにいろんな人に会ったり、経営セミナーやいろんな勉強会に出かけたりと、アクティブに動き回っている。

「モノを売りに行くのではなく、まず、生産者である私たちの人となりを知って買って貰いたい。そのために来て貰うか、出かけて行くのかとなると、私は断然出かけていくほうが好きなんです。化粧品の仕事をしていたキャリアを生かして農家の女性たちのためにも働きたい。自分次第で新しい農家像ってできるんだと思っています」と、茜さん。

SNSやTwitterを通じて、日々の思いやトマトたちの動画などをアクティブに配信しながら、茜さんは今、その大切な何かを見つけるための旅の途中にいるようだ。

 
絶対できる!と信じている

「失敗もトラブルもたくさんあったし、不安もあったけれど、その度に地域の先輩農家さんたちがアドバイスをくれたり、応援してくれたり、ぼくたちを温かく見守ってくれました。また、自分のやり方はやっぱり間違っていなかったという自信も得た1年でもあります。絶対できる!と自分で信じていないとできません」と、康嗣さん。

住居もハウスから車で7〜8分ほど離れた集落の中に家を借りて暮らしていて、すっかり地域にもなじんでいるようだ。

「農業は働く時間を自分で調整できるところが、魅力の一つかなと思います。施設園芸や有機農業、いわゆる慣行農業と農業にもいろんな方法と考え方があるけれど、ぼくらはトマトを始めたお陰で自分の時間が持てたし、自分が諦めて置いて来たと思っていた今までの生き方も続けられています」

海、山、川の自然豊かな高知県では、釣りやサーフィン、音楽など、趣味を楽しむためにIターンやUターンをして就農の道を選ぶという人もいる。冬はナス農家、夏はプロのアユ釣り師として全国に知られる人もいるほどだ。

織田さんのハウスでは収穫は6月まで続き、8月からまた、新しい苗の植え付けが始まる。2年目はさらに収量を上げるのが目標。新しい農家像を模索する織田トマトの物語はまだ、始まったばかりだ。

 
高知で就農したいと関心が芽生えた方はここへアクセス。
http://www.nogyo.tosa.pref.kochi.lg.jp/shunou-sien/

写真:山下隆文 文:池田あけみ