太陽の光のもと汗を流して農作物を作る。自分の作った農作物を誰かが喜んで食べてくれる。そんな農業という職業に注目をする人が増えています。
そこで、「農業ってどうやってはじめるんだろう」をテーマに座談会を開催。参加メンバーは、就農を希望する脇田さん夫妻と、約8年前から埼玉県で農業を始めた篠宮さん、そして進行役のフリーアナウンサーで農業取材コラムも執筆している名越涼さんの4名。就農についての疑問から将来の展望、農林水産省と全国新規就農相談センターがスタートさせたポータルサイト「農業をはじめる.JP」についてなど、ざっくばらんに語り合いました。
左から 名越 涼さん、脇田 俊太郎さん、脇田 紗由美さん、篠宮 雄治さん
■農業をはじめたい人
脇田 俊太郎さん(30代)
飲食業に従事する中で、食を支える農産物に強い興味を持つように。退職を決意し、すでに数カ所での農業研修を経験。現在、就農を見据えた研修地および研修先を探している。脇田 紗由美さん(30代)
俊太郎さんの申し出により、就農を視野に入れた情報収集などをスタート。現在は接客業に従事しているが、ゆくゆくは自分も夫とともに農業をしていこうと考えている。■先輩農業従事者
篠宮 雄治さん 「こころ農園」
企業勤務などを経験後、久喜市内の農家で研修を受け農業に転身を決意。1数年後、埼玉県杉戸町に移住し、新規就農者の支援制度「明日の農業担い手育成杉戸塾」のもと実地研修を受け、約3年後に認定就農者として本格的に農業をスタート。現在は主に1年を通じて少量多品目の露地野菜の栽培などをしている。■進行役
名越 涼さん
テレビ局のアナウンサーを経て、2013年フリーアナウンサーに転向。ライフワークとして「食」を学び、全国各地の畑を取材して農業コラムを執筆。農林水産省主催「働き方改革検討会」有識者抜擢を経て、2020年4月には農林水産省の推薦により、内閣府地域活性化伝道師に。現在は¨地域興しのスペシャリスト¨としても活動をスタート。
農業に興味を持った、きっかけは?
簡単な自己紹介から始まった座談会。自然体の先輩農業従事者の篠宮さんに対し、脇田夫妻は少し緊張気味でしたが、進行役の名越さんから「農業に興味をもったきっかけは?」という質問が投げかけられると、農業への熱い思いを語り始めました。
「僕は今まで飲食業に携わってきたのですが、その中で、江戸時代に新宿で生産されていた“内藤とうがらし”の復活プロジェクトに参加したり、江戸野菜である“江戸千住葱”の生産者さんと関わったりしてきました。その中で、生産者さんたちが、とても嬉しそうに自分の作った野菜の話をする姿を見て、農業っていい仕事だなぁと思ったんです。でも、本格的に就農を考え始めたのは新型コロナの流行があってからですね」(脇田俊太郎さん、以下、俊太郎)
コロナ禍において大きな打撃を受けた飲食業界。俊太郎さんの会社でもその影響は大きく、休業を余儀なくされることに。俊太郎さんは休業期間にも仕事に役立つことをと、野菜の勉強を始め、知り合いの農家に研修に行きました。そこで、太陽の下で働くことの楽しさを知り、これからの将来を考える上で、「農業をやっていきたい」という気持ちが強くなったといいます。
妻の紗由美さんは、驚きつつもそんな夫の気持ちを受け止め、現在は就農に関する情報収集などをサポートしているそうです。
「正直驚きましたが、唐辛子プロジェクトの際も、休日に苗の様子を気にしたり、手入れのために出掛けるのを見ていたので、好きなんだなぁとは思っていましたね」(脇田紗由美さん、以下、紗由美)
一方で先輩農業従事者の篠宮さんは、企業勤務や、花卉市場での生花販売などを経験後、埼玉県にて義理祖父の梨畑を引き継ぐ形で一度は就農を志す。その後、埼玉県北葛飾郡杉戸町に移住し、新規就農者支援制度の利用者第1号として未開の地で本格的に自らの畑で農業をスタートしました。
「農業に興味を持ったのは、花卉市場の仕事を通じて、自然に関わる仕事に魅力を感じたからです。特に強く就農を意識するようになったのは、食品偽装事件などの問題が増えてきたことがきっかけです。率直に言えば、口に入れる食べ物に疑問を持たなければならない世の中はイヤだなと。だったら、自分で作りたい、自分で作った安心できるものを食べてほしいと考えるようになりました」(篠宮雄治さん、以下、篠宮)
篠宮さんの農作業の様子
俊太郎さんは、篠宮さんの「安心できる作物を作りたい。それを食べてほしい」という言葉に、大きく頷いていました。
農業をはじめるには、まず何からスタートするべき?
座談会が進行するうちに、俊太郎さんはすでに退職届を提出済み、という事実が判明!であれば、早く就農への道を歩み始めなくてはということで、話は、「じゃあ、何からスタートすればいいのか?」という話題になりました。
「手掛けたいのは、篠宮さんと同じ少量多品目。少しずついろいろな野菜を作り、自作の作物で食卓を埋め尽くしたいというのが希望です。さらに、できれば有機栽培をと考えていて、それができる土地を探しています。でも、どう探していいのか、何を決め手として決定していいのかが分からず……。正直なところ、困っています」(俊太郎)
篠宮さんが育てている少量多品目の野菜
これに対し、篠宮さんからは下記のようなアドバイスがありました。
【就農を考えるうえで、最初にするべきこと】
大枠でも良いので、自分の目指したいとする営農スタイル、ビジョンを想像しておく① 何を作りたいか考える。(どのような作物を、どんな栽培方法で作りたいか)
② 情報を広くしっかりと収集する。(どこで何を作ることができるか)
③ 気になる土地に出向き、できるだけ現地の様子、立地や周囲環境を目で見て確かめる。
④ その土地の役所担当窓口にて、土地情報や研修受け入れ先があるかどうかなどの情報を集める。
「まず何よりも行動すること。待っていても情報は集まってこない」と断言する篠宮さん。今はインターネットに様々な情報が集まっているので、使えるツールを最大限活用することが大事だとアドバイスしました。
「もちろん公的なサイトもありますし、若手就農者はSNSなどでも情報発信をしているので、自分の指針に沿って、広くアンテナを張っていくのがよいですね。住む家を探す時と同じですよ」(篠宮)
就農情報が集まっている便利なサイトはありますか?
まず最初に便利な情報サイトとして挙がったのが、全国新規就農相談センターが運営する「農業をはじめる.JP」。職業としての農業に興味を持ち、農業を仕事にしたいと考え始めた人に向け、さまざまな情報を集約したポータルサイトです。
農業をはじめる.JP
https://www.be-farmer.jp/
サイト内には「就農を知る」「体験する」「相談する」「研修/学ぶ」「求人情報」「支援情報」などのカテゴリーがあり、全国各地の就農情報や体験談などがここに集約されています。
特に支援情報は、これから新たに農業をスタートする人にはとても大切な情報。このサイトには自治体の支援情報、国の新規就農支援施策はもちろん、JAグループの支援情報も掲載されていて、参加メンバーからは「使いやすそう」「見やすい!」という声があがりました。
実は、脇田夫妻も情報収集に使用したことがあるという「農業をはじめる.JP」。その際、便利だと感じたのは、「都道府県を選択して、その地域で実施されている支援策を検索できること」だったそうです。また、農業用地を探したり、インターンシップや農村漁村に宿泊する農泊情報など、幅広い情報が集まっていることに驚いたと言います。
そのうえで俊太郎さんは、「このサイトで調べても、本当に希望する農地なのか、具体的にわからない」という不安があると言います。
これに対し、篠宮さんは、「WEBサイトから、このあたりがいいかもしれないという目星をつけたら、実際に現地窓口に行って話を聞いてみるしかないと思う」。自分自身も地域の農業振興課などに出向き、何度も話をするなかでようやく土地が見つかったそうです。
「ただ、いい土地が見つかったと思ってもすぐに作物を育てられるわけではありません。私が町の仲介で出会った土地は当初セイタカアワダチソウが一面茂っていて、本当にここで農業できるのか⁉ と最初は不安になりました(笑)。しかし、農業委員会をはじめ多くの関係者に助けて頂き、研修スタート時には県の農林公社が大型トラクターで、雑草などを粉砕整地してくれて、とても助かったんです」(篠宮)
今はまだ情報の厚みが地域によって異なる「農業をはじめる.JP」ですが、これからさらに多くの情報を集約しパワーアップする予定だといいます。それを聞き、座談会に参加した4人からは、「就農希望者」と「就農地」をつなぎマッチングサイトになってほしい、「農業をしたい」という人達の思いの着地点となるサイトになってほしいなどの声があがりました。
「農業をはじめたい」私たちのQ&A
ここからは、脇田夫妻からのざっくばらんな質問に、篠宮さん、名越さんからどのような回答があったのかを紹介していきます。
Q.研修先が決められなくて、困っています…。
「国の支援制度を受けるには、先進農家さんで約1年の研修をすることが条件づけられていました。でも先進農家さんがどこにいるのかなどの情報がどこにもないんです」(俊太郎)
篠宮さんの答え:
まずは地域の役所の農業担当窓口、又は管轄の農林振興センターに問い合わせを。ただ、新規就農者の支援に熱心な地域とそうでない地域では情報にばらつきがあるのが現実です。窓口で情報を得られない場合は、現地の農家に直接連絡して話を聞きにいくのはどうでしょう。若手就農者ならSNSなどを通じて知り合うこともできるはず。そこから人づてに情報を探っていくしかないように思います。SNS等で情報発信している就農者は比較的世話好きが多いと思うので、きっといろいろな相談にのってくれますよ。
名越さんの答え:
全国各地の門をたたくのは非常に大変だからこそ、新農業人フェアなど、たくさんの農家さんが集まる場所で話を聞くなどもいいかもしれません。その中で、自分の目指す農業を営んでいる人を見つけてみては。また、全国農業者青年クラブ(4H)という20~30代前半の若い農業者コミュニティもあります。農業経営の課題解決やプロジェクト活動なども行っているこういった団体とのつながりを作るのもいいかもしれませんね。
Q.研修地域の皆さんとの信頼関係は、どうやって築いていくのでしょうか?
「研修を受けた場所や、農家さんから用地紹介を受けるのがベストだと聞きました。信頼を得て、いい農地を紹介してもらうためにはどうすればいいのでしょうか」(俊太郎)
篠宮さんの答え:
研修中に本気で、真剣に農業に向き合えば、手を差し伸べてくれる人が必ず出てきます。朝早くから晩まで畑に出ていると誰かが見てくれているもの。信頼を勝ち取るためには、この人に任せれば大丈夫と思ってもらえるだけの努力をすることです。
不思議なもので畑は隣あっていても、一方は水はけがいいのに、一方は水が溜まりやすいなどということがあります。その情報を知っているのは現地農家の皆さん。とにかく地域になじみ、真摯に研修に向き合うことが大事です。
Q.農業だけで生活していくことは大変ですか?
「農業を始めたいと周囲に言うと、“本当に食べていけるの?”と心配されます。実際にはどうなのでしょうか?」(俊太郎)
篠宮さんの答え:
食べていけないわけがないと私は考えています。毎月決まった給与で生計をたてる会社員とは違い、仕事量も収入も自分で決められるわけです。人一倍儲けたいなら作付けの内容もそれ相応に、背伸びをせず並の生活水準でマイペースに営農したいなら無理負担のかからない仕事メニューでやればよし。農業が儲かりにくいというのは一昔前の話。農家は生産に専念し、「流通販売等は市場や問屋、小売店の仕事」と縦割り業務の仕組み内でしか取引出来ない昔と違い、現代ではそれ以外にも通販やスーパーや直売所での販売、マルシェ等に出店するなど販路はたくさんあります。これからは生産〜営業、販売に至るまで一貫してセルフプロデュースできる農家さんが面白くなる時代だと感じてます。農家はみんな趣味でやっているわけではなく、個人経営をしているので、その自覚を持って自ら販路開拓やビジョンをもった経営をすれば大丈夫です。
Q.研修期間中の生活面が心配です。
「研修期間中、どのように生活をしていけばいいのか不安です。研修場所も実家が近い方がよいのでしょうか?」(紗由美)
篠宮さんの答え:
確かに研修場所が実家から近いと、頼れる人が身近にいて安心かもしれません。ただその場所で自分たちでコミュニティを作っていこうという気持ち、周囲と馴染むための努力も大事なので、それも忘れないでほしいところ。また、生活面については支援制度を使って、経済的支援を受けましょう。農業が軌道に乗るまで、安心して農業に取り組むための制度なのでしっかり利用をするべきです。
このように、様々な質問、回答が飛び交った座談会。最後に先輩農業従事者である篠宮さんから脇田夫妻には、このようなメッセージが送られました。
「農業は自然が相手の仕事です。思いもよらない自然災害もあります。思い通りにならないのは当たり前という気持ちを持ったうえで、勇気をもって踏み出した新しい人生を楽しんで農業に力を注いでほしいと思います。また今後、研修先を決めるにあたっては、ぜひ、たくさんの人の話を聞いてください。同じような境遇、思いで農業を志し、生業として就農するまでの沢山の経験談をそれぞれもっています。具体的に動き出す時、背中を押してくれるヒントがあるし、人脈を広げるきっかけにもなるはずです。若手就農者は、皆さんがドアを叩いてくれるのを待っています」(篠宮)
この言葉を受け止めた脇田夫妻は、「篠宮さんがスーパーで知らない人に、あなたの野菜美味しいからよく買っているのよ、と声をかけられたという話に胸が熱くなりました。私たちもそんな風になれたらと思います」と話して会場を後にしました。
「農業ってなんだろう」「どうやったら農業を仕事にできるんだろう」、そんな疑問を持って情報取集するも、疑問が解消されないままだった脇田夫妻。彼らのように農業に興味を持ちつつも、二の足を踏んでいる人たちはまだまだ多くいるのかもしれません。
就農希望者の疑問、気持ちをすくい取り、農業という仕事につなげるために。
「農業をはじめる.JP」や各支援制度、自治体の取り組みの今後に、期待したいと思わずにはいられない座談会となりました。
\サイトをチェック/
農業をはじめる.JP
https://www.be-farmer.jp/
文・笠井美春
写真・内田麻美