長らく全国各地を渡り歩いた
ノマド系クリエイターの髙橋崇さんが
定住を決めた町、福岡県の上毛町。
どうして「ここ」なのか、
「ここ」にどんな家を築いたのか実際に訪ねてみた。
家探しはRPGゲームのように「はなす」「しらべる」
高橋さんはフリーランスのウェブデベロッパーという職種から、拠点を京都に持ちつつ、全国のクライアントのもとを転々とするノマド(遊牧民)的暮らしをしていた。そして今回移住した福岡県上毛町もその流れで訪れた土地だ。
2012年、髙橋さんは上毛町が実施したクリエイターの短期滞在を支援する「ワーキングステイ」 に参加。1か月間の滞在後も年4、5回上毛町を訪れ、少しずつ地域にとけ込み、いよいよ上毛町への移住を決意して家を探したが、借りられそうな空き家がなかった。
これは全国的に同じことがいえる。空き家はあるが「住める空き家」は慢性的にない。4年かけてコミュニティをつくってきた髙橋さんにとってここ有田地区でなければ移住する意味がない。
「そこで集落の人たちにひたすら声をかけまくる作戦です。RPGのゲームのように “はなす” “しらべる” をひたすらしました(笑)どこか住める家ないですかねって。その過程でいまの家にたどり着きました」
こつこつと人間関係を築いたからこそめぐり会えた家。田舎に行ったらすぐに手頃な空き家があると思ったら大間違い。移住に近道なし、なのだ。
家の目星はついたが次なる問題は家のスペックだ。築100年以上たつ古民家は想像以上に傷みが激しく、修復は必須だった。そこで髙橋さんは地元の工務店と大工さんに家の状態を見てもらったが、皆「つぶして建て直したほうがいい」という見立てだった。
新築するほどお金はない、フリーランスなので住宅ローンを組むのもむずかしい。けれど「できない理由」を積み上げてあきらめたら、ここでは暮らせない。
「この家しか住めそうなところがないから、“できる” “住める” という人を必死に探しました」
そんな試行錯誤のすえ、めぐりあったのが上毛町でさまざまなプロジェクトにかかわって来た町谷一成さん、宮城雅子さんの設計士夫妻。たまたま通りすがりにこの家を見た一成さんは「大丈夫だ」 と言い切った。髙橋さんは町谷夫妻に設計をお願いすることに。
茅葺き屋根だった古民家は、長い年月をかけて老朽化していた。家が全体的に斜めに傾き、斜めのまま建物が固定。家の柱から窓からすべてが斜めで、横から見ると、住居部分が平行四辺形のような状態だ。ジャッキアップなどで建物の平衡を取り戻そうとしたが不可能だった。
美しきは残し、不便は見直す。住人に寄りそう古民家改修。
さすがにそのまま暮らしていくのは考えづらい。町谷さんらの調査によれば、構造・強度には問題がなかった。そこで「視覚的にまっすぐに」をコンセプトに、美しい梁や使える建具は活かし、大きく傾いた床柱は切り込みを入れて挿し木をして垂直に、室内の曲がっている柱や壁は、石膏ボードなどで囲うなど、細かく垂直をつくって、視覚的魔法をかけた。
プロだからできる匠の技によって、誰もが住むことをあきらめていた古民家がよみがえった。彼らはさらに髙橋さんらしい暮らしを実現しようと魔法をかけていく。
「髙橋君のセンスに照準をあわせて、レイアウトから組み立てていきました。そこで髙橋くんの持っているものをすべて聞いたんです。設計するわれわれが好みを知ることで彼がしたい暮らしを想像して設計しました」と雅子さん。
この家はほぼ職人さんの手によって改修され、DIYはほんの一部分のみ。DIYはコストカットには貢献するが、家の質は担保できないからだ。しかし、こだわりは随所に光る。無垢材の床は白いキッチンに映えるよう、自身で塗りながら塗料を調合した。設計士が親身になって関わってくれたからこそ妥協せず家づくりができた。
家が快適だからこそ、暮らしに余力が生まれ、コミュニケーションも深まっていく。家はいい循環のポンプ役だ。おひとりさま男子でありながら、驚異のコミュニケーション力を持つ髙橋さん。いつでもどこでもとけ込むスキルは「親戚のお兄さん力」と呼びたい。
田舎で暮らすには、都会とは異質のコミュニケーションが必須となる。田舎暮らしで困ったことがあれば、地域に頼れる人が必要。集落のおばあちゃんたちと話して仲よくなる。そして、おいしいご飯を一緒に食べる仲間がいる。それは、お金を出しても手に入らないものだ。
上毛町は美しい里山に恵まれながら車で20分で特急が停まる駅があり、ショッピングモールもある。利便性が高く、上毛町そのものが「ちょうどいい田舎」だ。田舎すぎず、ふらりとガス抜きできるところも髙橋さんの移住をあと押しした。
「ここで暮らすことを決めたのは、ある意味、社会実験です。僕はどこから見ても文化系男子ですが(笑)、田舎は “田畑で自給自足” “鹿狩り” とかするハードコアな人間しか住めない場所ではないことを証明したい。がんばらなくても田舎に住めるってことをね」
文:アサイアサミ 写真:亀山ののこ
記事全文は本誌(vol.24 2017年8月号)に掲載