津和野町の「0歳児からのひとづくり事業」と
教育魅力化コーディネーターのチャレンジ

島根県南西部の山あいに位置する津和野町。堀割に鯉が泳ぐ旧城下町の中心部には、近代哲学の祖・西周にしあまねや、医師・文豪の森鴎外らを輩出した藩校「養老館」跡があり、伝統ある教育の軌跡を今に伝えています。津和野町では、幼児教育や保護者の学びの重要性に着目し、全国に先駆けて「0歳児からのひとづくり事業」を推進。そのカギとなるのが、行政や保育園、小中学校、高校等の垣根を超えて活躍する教育魅力化*コーディネーターです。地域と教育現場に“新しい風”を吹きこむ、津和野町の画期的な取り組みをご紹介します。

*教育魅力化
島根の子どもたち一人一人に、自らの人生と地域や社会の未来を切り拓くために必要となる「生きる力」を育むため、学校・家庭・地域がその目標を共有し、協働を図りながら、島根の教育をよりよいものに高めていくこと(島根県「教育魅力化ビジョン」より)。

 

―お話をうかがいましたー

宮本 善行さん
(一般財団法人つわの学びみらい 代表理事)

大学時代はボート競技に熱中。会社勤めを経て32歳で教員となる。平成26年、母校の島根県立津和野高等学校・校長に就任。在職中4年間で高校の教育魅力化を行う。定年退職後、町営塾「HAN-KOH」塾長を経て、現職に至る。

 

大垣 隆さん
(津和野町教育委員会 教育次長補佐)

津和野町出身。平成7年、日原町役場に入職。平成17年9月、日原町と津和野町の2町合併により津和野町役場職員となる。主に総務係、消防防災係、電算係等を担当し、平成29年4月、教育委員会に配属。

 

太田 幸輔さん
(一般財団法人つわの学びみらい 教育魅力化コーディネーター・保小連携担当)

東京都出身。大学卒業後、ブータン王国、東京、タイ、鎌倉、ミャンマーとさまざまな国・地域において、体育教師、小学校担任、スポーツ庁との協業など多様な教育のカタチに関わる。長男が4歳になる2020年、保小連携領域への挑戦ができる津和野町へ移住。教育魅力化コーディネーター3年目。妻・息子3兄弟の家族5人暮らし。

 

佐々木 桃子さん
(一般財団法人つわの学びみらい 教育魅力化コーディネーター・小中担当)

広島県出身。広島市中学校教諭として3年間勤務。学校の閉鎖性に違和感を感じ、「学びのあり方をとらえ直し、実践を通して学びたい」と思ったことをきっかけに津和野町へ移住。教育魅力化コーディネーター歴4年。

 

【Part1】津和野町における『教育魅力化』の変遷

高校生の意識を変えた教育魅力化コーディネーターの先駆者

島根県津和野町の人口はおよそ6,600人。少子高齢化の波が押し寄せる中、町で唯一の高校の県立津和野高等学校は、年々生徒数が減少し、平成15年には1学年の学級が半減したという。過疎化がすすむ他の地域も例外ではなく、島根県は平成23年に離島・中山間地域の8校を指定して高校魅力化事業*を実施。そのひとつに津和野高校が選ばれた。

*高校魅力化
生徒一人一人に、自らの人生と地域や社会の未来を切り拓くために必要となる「生きる力」を育むことを目指した、地域社会との協働による魅力ある高校づくりのこと(島根県「県立高校魅力化ビジョン」より)。


▲島根県立津和野高等学校

「平成25年に初めて高校魅力化コーディネーターが配置されたことから、津和野の教育魅力化が本格的に動き出しました」と語るのは、つわの学びみらい・代表の宮本善行さん。津和野高校の元校長で教育魅力化の中核をなす人物だ。最初にうねりを起こしたのは、先駆者となった3人の存在だったと宮本さんは話す。

「総合学習のカリキュラムを通して地域課題に取り組む活動を始めたのが、最初に赴任した中村純二さん。平成25年夏に津和野で水害が起きた時、彼が高校生を連れて復旧を手伝ったんです。すると、それまで覇気のなかった高校生の顔つきがみるみる変わっていきました。地域とつながる活動で視野が広がり、意識が変わったようです」

2番目に赴任した牛木力さんは、カリフォルニアでプロジェクト型教育プログラムに携わっていた人物で、津和野バージョンのコンテンツを考案。教員ではない立ち位置から高校魅力化を促す総合学習の設計を行った。3番目は大学院在籍中に大学講師を勤めていた松原真倫さん。ワークショップでは、東日本大震災直後に発足したNPO法人「底上げ」のメンバーを招き、津和野高校生のモチベーションに火をつけた。

高校魅力化コーディネーターが仕掛けた探究的な学びは注目を集め、県外からも入学希望者が集まるように。一時は定員割れ寸前だった生徒数も見事に回復を果たした。

教育を通して、学校・行政・地域社会をつなぐ

教育魅力化事業の一環として、町内の中高生を対象にした無料の町営塾『HAN-KOH』が誕生。地域に根ざした津和野町の学びは、子どもたちはもとより、学校、行政、町のひとにも受け入れられ、教育魅力化コーディネーターの重要性も高まっていった。


▲宮本さん

「これから先も魅力化事業を推進し、新しい学びのカタチとなりつつある“津和野モデル”を継続していくには、法人として教育魅力化コーディネーターやHAN-KOHのスタッフをまとめる組織が必要だと感じました。そこで設立したのが、一般財団法人『つわの学びみらい』です」と、宮本さん。

教育を通して、学校・行政・地域社会という大きなコミュニティ同士をつなぐ、いわばハブ的な役割も目指しているという。津和野高校からはじまり、さまざまな広がりを見せる教育魅力化プロジェクト。そのノウハウと個性豊かな人材を活かし、津和野町はいま新たなフェーズに向かって動き出している。

 

【Part2】『0歳児からのひとづくり事業』が目指す未来

幼児教育や親の学びも取り入れた
0歳児からのひとづくりプログラム

個性豊かな教育魅力化コーディネーター、他の地域から津和野高校に入学した学生、ワークショップや地域活動で出会ったさまざまな世代のひとたち。町の外から刺激を受け、良い方向に変化する高校生を目の当たりにして、津和野町では高校魅力化をさらに発展させ、「義務教育の段階から教育魅力化を実践しよう」という声があがった。さらに、もう一歩踏み込んで「幼児教育をしっかりやるべきだ」という意見も加わる。

「保育園、小中学校、高校までの教育を1本のラインでつなげて子どもたちを育てる事業ができればと考えていました。そんな中、そもそも子どもが生まれる前から親として学ぶことも大事なのではないかと。それが『0歳児からのひとづくり事業』のヒントとなりました」と、津和野町教育委員会の大垣さん。


▲大垣さん

「0歳児からのひとづくりプログラム」のビジョンを描いたイラストを見せていただくと、赤ちゃんが小・中・高校生になり、社会に出て、結婚し、親となって子どもを育てるという一連のサークル(輪)が表現されていた。津和野の町全体をフィールドに、学校を卒業したら終わる学びではなく、大人になっても自ら学び続けるひとづくりを目指す、津和野町ならではの画期的な取り組みだ。


▲「0歳児からのひとづくり事業」の概念を描いたイラスト

「その実現のために必要と考えているのが『3つの力』です。体験活動を通した『行動する力・創造する力』、ひととの関わりや多様性を受け入れる『対話する力』、そして地域社会の『課題を見抜く力』。3つの力は相互に関連し、循環しながら、ひととしての礎を育みます」(大垣さん)

「まち全体が学びの場」をスローガンに、保育園・学校、行政、家庭、地域が一体となった環境づくりが、ひとを育て、津和野町のより良い未来につながっていく。

 

【Part3】 全国唯一の「保小連携」コーディネーター

保育園で身につけた学びや経験を
小学校へしっかりとつなげる“架け橋”に

津和野町の教育魅力化コーディネーターの中でも、全国で唯一といわれているのが「保小連携」を担当する太田幸輔さん。「0歳児からのひとづくり事業」を推進する中で、課題となっていたのが保育園から小学校への“教育の引き継ぎ”。津和野町には7つの保育園と4つの小学校があるが、それぞれ管轄が違うためヨコの連携がなく、スムーズに引き継ぐためのつなぎ目となる存在が求められていた。


▲太田さん

「一般的に、教育は小学校から始まると思われがちですが、実は0〜6歳までの就学前でもしっかり身についているものがあります。その保育園での学びを小学校につなぐのが、『保小連携』です。例えば、“小1プロブレム”といって、小学校に入ったとたん周りとなじめなくなったり、先生や友達との関係性が築けないケースがありますが、“プロブレム=問題”をつくっている原因は子どもたちではなく、実は大人側だと思っています。他に“小1ギャップ”という言葉もあるのですが、“ギャップ=環境変化”を感じるのが子どもたちです。その環境の幅にアプローチすることで問題解決の糸口に繋がるのではないかという仮説のもと、保小連携の具体的な実践も行なっています」と太田さん。

小中学校や高校で活動するコーディネーターは、いわば教員の伴走者。保小連携は、保育園の学びをしっかり“見える化”して小学校につなぐ架け橋となっている。

「僕は津和野初の子連れコーディネーターで、保小連携領域に挑戦したいと思って家族と一緒に津和野へ移住してきました。当時は長男が4歳で、親として保育園での学びや経験を小学校につなげる環境づくりは“自分ごと”でもあったし、当事者意識を持つことは、これからの教育を考え、行動する上での原動力にもなりました」と、太田さんは赴任時の思いを語ってくれた。


▲保小連携活動

保小連携のほか、太田さんは子育て中の親に向けてユニークな取り組みも行っている。

「『0歳児からのひとづくり事業』の一環として、親の学び事業にも取り組んでいます。乳幼児がいるお母さん、妊娠期の方、お父さんも含めて、親の学びを深める機会と場所を提供するために公民館内のラウンジルームで『つわの子連れSTUDY』を定期的に行っています。専門の講師を招いて離乳食を作るなど、子育て中の方が知りたい・学びたいことに応える大人の学び場づくりですね」と太田さん。


▲「つわの子連れSTUDY」の様子

会場では、サイズアウトした子ども服やおもちゃの無料交換会など、子育てに奮闘するお母さんの声を生かした企画も。参加者から「しめ縄を作りたい」という声が出たところ、しめ縄名人の地元のおじいさんが講師になってくれたこともあるそう。「大人の学び場を通して、町のひとたち同士のつながりがどんどん広がるのも魅力ですね」と、太田さんは楽しそうに話してくれた。

コーディネーターが新風を吹き込み、
津和野の町と人に化学反応を起こす

つわの学びみらいでは、多世代が関わって子どもたちの居場所づくりをする取り組みも行っている。小・中学校を担当するコーディネーターの佐々木桃子さんが、「放課後さんま」の活動について教えてくれた。


▲佐々木さん

「放課後や夏休みの時間を有効活用できるよう、子どもたちの居場所づくりをしようということで、公民館主事・教育委員会・地域の大人のメンバーが集まり『放課後さんま』ができました。さんまは、お魚じゃなくて、仲間・時間・空間それぞれの漢字につく3つの“間”からついた名称です。0歳児からのひとづくり事業では『まち全体が学びの場』をテーマにしていますが、それを体現している活動ともいえます。学校だけではなく、地域の中にも自然や文化、歴史など、たくさんの学びのタネがあります。子どもたちが地域やいろいろな世代のひとと関わりながら町の新しい魅力を発見する、学びと遊びが融合した活動です」(佐々木さん)


▲「放課後さんま」の様子。

「放課後さんま」では、小学生のサポートとして中高生が参加することもある。

「小学生と中高生が関わる様子を見ていると、学校では知らなかった面も見られます。こんなに面倒見がよかったんだとか、私たちも発見がたくさんあって。中高校生もただ年下の子たちと遊ぶだけではなく、コミュニケーション能力など、自分の得意なことや伸ばしたい力を再確認する時間にもなっているようです」(佐々木さん)

「放課後さんま」や学校の授業を通じて出会った高校生からマイプロジェクト(自分ごとになれる課題や関心をテーマにプロジェクトを立てて、実践を通して学ぶ探究型学習プログラム)の話を聞いた中学生が「自分もやってみたい」と、地域の課題を深掘りして自己流のマイプロジェクトを作成したことも。校種を超えたつながりからも良い相乗効果が生まれているようだ。


▲藩校「養老館」跡にて。

学びの入り口となる0歳児から、保育園、小・中・高校、親に至るまで、すべてのカテゴリーに関わる津和野町の教育魅力化コーディネーター。前例のないゼロの状態から次々に新しいプロジェクトが立ち上げられ、彼らの存在や役割は町のひとたちにも広く受け入れられている。これほどの取り組みは、全国の自治体を見渡しても非常に珍しいそう。

「あらゆる世代や立場を超えてひとと地域と結びつき、誰もが多様性を理解しあいながら大人になっていける環境をつくることが、町そのものの魅力化になります。そのシステムを構築するのが、つわの学びみらいと教育魅力化コーディネーターの役割だと思います」という宮本さんの言葉に、大垣さんもうなずく。

「僕らはもともと津和野の人間ですが、町に元気がなくなる時期も見てきました。自分たちが地域を盛り上げて、守っていかなければならない時に、それぞれ熱い思いをもった教育魅力化コーディネーターのみなさんがやってきて、新しい風を吹かせてくれた。そして今が改革のチャンスなんです」(大垣さん)

各々の組織やミッションは違っても、津和野町のひとづくりにかけるこころざしは変わらない。さまざまな教育魅力化コーディネーターが触媒となり、生まれてきたひととひととの化学反応が、津和野のこれからをもっともっと面白くする。

取材・文:山田美穂 写真(人物):内藤正美


関連サイト
一般財団法人つわの学びみらい
〒699-5605 島根県鹿足郡津和野町後田 ハ12−3
TEL: 0856-72-1506
E-mail: info@tsuwano-mm.org
HP:https://tsuwano-mm.org

■HAN-KOH
(津和野教室)〒699-5605 島根県鹿足郡津和野町後田ハ12-3(津和野高校内同窓会館)
(日原教室)〒699-5207 島根県鹿足郡津和野町枕瀬218-7
TEL:0856-72-1506(一般財団法人 つわの学びみらい )
HP:http://hankoh-tsuwano.com
facebook:https://www.facebook.com/HANKOH2014/

                   

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