麦の魅力に触れ、人との繋がりに触れ、農ある暮らしの楽しさを感じる旅

埼玉で農ある暮らしに触れる旅レポート

秋から全3回にわたって開催してきた “埼玉で農ある暮らしに触れる旅” 。いよいよ最後の企画である第3弾は、冬ならではの農体験に触れていただこうと『麦』をテーマに実施されました。舞台は、埼玉県北本市。平日は会社員として勤めながら麦を育てている佐藤じゅん粉さんのもとを訪ねてきました。

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高崎線で大宮から30分ほど電車に揺られると到着する北本駅は、いわゆるベッドタウンの住宅が広がる街並みがですが、駅から少し車を走らせていくと荒川河川敷や自然観察公園など手付かずの自然も暮らしの身近に残っていて、自然と暮らしの距離がちょうどいいまちです。

寒さ厳しい1月末。耐寒の時期にも関わらず、この日は雲ひとつない晴天で陽の下にいると汗ばむほど。さすが快晴率1位を誇る埼玉県です。向かった先は、今回ツアーのアテンドをしてくださったじゅん粉さんの畑。到着すると、いつも農作業を手伝っているという仲間の皆さんも集まってくださっていました。

最初に現地メンバーの皆さんからひとりずつ簡単に自己紹介。畑に通うようになったきっかけなど伺っていくと、どうやら現地側の皆さんもそれぞれの自己紹介を聞いたのは初めてだったとか。お互いの話を聞きながら新たな繋がりがあったりと大盛り上がり。現地の皆さんの楽しそうな会話に、緊張していた参加者の皆さんも和んでいきます。「私もパンづくりが趣味で!」「いつかは農ある暮らしを実践したいです」などなど、参加者の皆さんからも自己紹介を終えたところで、いよいよ畑に移動して麦踏み体験開始です。

 

麦は踏むことで、立派な穂が育つ

そもそも「麦踏み」ってどんなことするのか、ご存知ですか? その名の通り、麦の芽を足で踏んで固めていきます。”踏圧(とうあつ)” とも呼ばれるこの作業は、秋に撒いた種から出てきた芽や周りの土を踏み固めることで、霜が降りて凍結するのを防いだり徒長になりにくくする効果があるとか。立派な麦を育てるためには、冬を越すための大事な作業なんです。

大規模な農家さんは機械を使って行うこともあるそうですが、今回は人手が必要!ということで、ぴったりの企画になりました。でも、生えている芽を踏むのって少し勇気が入りますよね。最初は恐る恐る畑に入った参加者の皆さんですが、「今度はこっちの畑!今度はあっちの畑!」と次々に畑を移動していくじゅん粉さんについていきながら、どんどん麦を踏んでいきます。

足を動かしながら、自然と周りの人たちと会話も弾んでいくのが麦踏みの醍醐味。太陽の下で日を浴びながら畑を散歩するように麦踏みをしていたら、いつのまにか身体も温まり、心も温まり、あっという間に時間が過ぎていきました。小さな子どもでも誰でも出来る麦踏みは、コミュニケーションを取るにも最適な農作業かもしれません。

1時間近く畑を散策したところで、麦踏みは終了。いい感じに身体を動かした後は、古民家に戻って昼食づくりに取り掛かります。

 

麦本来の風味を感じる、素朴な美味しさのマントウ

最初に自己紹介をした古民家の軒先に戻ると、現地の皆さんが昼食の準備を進めてくださっていました。今回は、じゅん粉さんが育てた麦の粉を使い “マントウ” と呼ばれる蒸しパンを作っていきます。

あらかじめ準備いただいた生地をみんなで丸めて蒸していきます

“麦の粉” と一言にいっても、様々な種類がありますよね。小麦粉をはじめ強力粉や薄力粉など普段から料理で使い分けているものの、その違いって案外分かっていないことも多いです。さらには “麦” といっても、小麦、六条大麦、ライ麦などなど。その種類もたくさんあります。

うどんやパスタなどの麺類に向いている麦もあれば、パンづくりに欠かせない麦もありますし、麦茶として飲むものも、醤油や味噌などの調味料として使われるものなど、考えてみると私たちの暮らしには欠かせない存在なのが、麦なのかもしれません。

麦の種類によって、穂の形も大きさも長さもバラバラです

ちなみに、埼玉県には古くから愛されてきた「農林61号」という麦の品種があります。ちょっぴり育てにくいため一般的にはあまり流通していませんが、風味がとってもよくて一度食べたらやみつきになる美味しさだとか。そんな農林61号を体験いただけたらとご用意いただいたのが、今回のマントウです。みんなで丸めた生地を蒸していくと、とっても美味しそうなマントウが完成しました。

中にきんぴらごぼうやたくわんなど好きなお惣菜を詰めてパクッと頬張ると、口の中いっぱいに麦の風味が広がります。しっかり食べ応えもありますが、素朴でクセのない美味しさなので、ついつい食べ過ぎてしまいました。

畑でとれた柚子やキウイのジャムとの相性も抜群で、一緒に用意いただいた麦茶も飲んでほっと一息。畑の恵みと現地の皆さんのおもてなしを存分に堪能しながら、思い思いの昼時を過ごしました。

 

食べるための「麦」だけじゃない、麦が生み出す人との繋がり

もともとパンづくりが趣味だったというじゅん粉さんは、美味しいパンづくりを追求していく中で麦の魅力にハマり、自ら育てはじめたのが農業をするきっかけだったとか。さらには “農林61号” の存在に出会い、初めて食べた時の感動が虜になり、この土地(風土)に合っていることや作る農家さんが減っている現状を知り、もっと農林61号をみんなに知ってほしい!との思いから、今の活動に至ったそうです。

しかし、会社に勤める傍らで農作業を続けるじゅん粉さんの暮らしかた。「大変じゃないんですか…?」とつい気になってしまいます。

「もちろん大変ですよ。子どもを育てながら、平日は会社で働きながら、畑もやる。毎日が大忙しで目まぐるしいです。でも、私が育てた麦でつくったパンが一番美味しいって子どもたちがパクパク食べてくれるとやっぱり嬉しいですし、子どもも農作業を手伝ってくれることで親子のコミュニケーションが取れたり。農作業って、ただ作物を育てることだけじゃない副産物がたくさんあるなと実感したんです。」

じゅん粉さんの周りには、いつもたくさんの人が集まっています。じゅん粉さんが仕事で農作業できない時でも、誰かが代わりに畑を見に行ってくれたり、知らない間に作業を進めてくれていたり。麦を通して、人と人との繋がりが自然と広がっているようです。そんなじゅん粉さんは、誰でも気軽に畑に関わってもらえる場づくりも進めています。

「”だいじょぶだ村” と名付けて、誰でも気軽に遊びに来たり、農作業に関われるコミュニティにしたいんです。例えば震災だったり、何か困ったことがあっても、ここに来れば、だいじょうぶ!みんなで助け合えるし、食に困ることがないだけでも安心感にも繋がるのって、生きていく上で大事だなと思うんです。子育ての悩みも、仕事の悩みも、ここに来たら相談できる。誰かに話を聞いてもらうだけでも、スッキリすることってあるじゃないですか。そんな場所があったらいいなって。」

ツアー中も始終楽しそうに会話をしている現地の皆さん

無理なく楽しく農ある暮らしを実践するじゅん粉さんだからこそ、周りの人たちも農に関わるハードルが下がり、とにかく楽しそう!という思いで気軽に農作業に参加できるのが、次々に人が集まってくる秘訣のようです。そして、”麦を育てる” という共通の価値観があるからこそ、大人でも子どもでも、立場も職業も違った人同士でも、だれでも仲良くなれるのが、だいじょぶだ村の魅力なのかもしれません。

最初の自己紹介で、実はお互いに知らないことが多かったと現地の皆さんが話していた理由が少し分かる気がしました。

農林61号の魅力にハマり過ぎて、仲間の皆さんと一緒に農林61号をモチーフにしたTシャツまで作ってしまったそう

 

誰でもやりたいことに気軽に挑戦できるまち

麦踏みをして、マントウを食べて、すっかり麦の魅力を堪能した一行。ツアーの最後は、2ヶ月に1回北本市役所の芝生広場で開催されている『&green market』に立ち寄りました。『& green market』は、2020年に北本市役所が主催した市⺠参加型ワークショップの取り組みの一環としてはじまったマーケットで、北本市に住む人たちが自らの暮らしを楽しみ、欲しい暮らしを考えていく過程から生まれた企画です。

北本市では、まちなかや団地の空き店舗を活用したシェアキッチンや新たなお店づくりも進んでおり、都心から移住して新たなチャレンジを始める人々が増えています。北本市役所でも『&green – 豊かな緑に囲まれた、ゆったりとした街の中で、あなたらしい暮らしを。- 』をコンセプトに新たなチャレンジを応援しており、市民参加型の取り組みが次々立ち上がる注目のまちとなっています。

誰でも気軽に立ち寄れる焚き火ブースで談笑したり、薪割りを体験したり。

会場では、そんなマーケットを運営している北本市観光協会の岡野さんや、北本市シティプロモーション担当の方からまちの取り組みについてのお話も伺い、農ある暮らしだけじゃない北本市で暮らす楽しさもちょっぴり体感いただきました。

また、マーケットにはじゅん粉さんが育てた麦の地粉を販売している無添加食品のお店『bio holic』さんも出店しており、お土産に購入される参加者の方が続出。じゅん粉さんの麦愛に触れて、麦の面白さに気付いていただける一日になったようです。

北本駅までの道すがら、じゅん粉さんがシェアキッチン『ケルン』に出店していたマーコリーズダイナーさんも紹介くださいました。店主とじゅん粉さんは、お子さんが同級生でお友達だとか。その他にもじゅん粉さんオススメのお店を案内いただきながら、帰路につきました。

まちなかを巡っているだけで、いろんな顔見知りに出会えるまち。狭すぎず広すぎず、顔が見える関係性で暮らせるのが北本市の魅力だとおっしゃっていました。

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“農ある暮らし” と一言にいっても、いろいろな農ある暮らしの形があります。3回のツアーを通して、さまざまな農と関わる人々に出会い、農ある暮らしに触れてきましたが、共通しているのは “無理なく楽しめる、自分らしい農との関わりかた” に出会うこと、そしてまずは小さな思いつきでも実践してみることが、農ある暮らしをはじめる秘訣だと感じました。

これは農ある暮らしに関わらず、どんなことでも通じるところがあるかもしれませんが、やりたいことや叶えたい理想の暮らしを実現するためには、恐れずチャレンジすることが一番の近道なのだと思います。その時に、じゅん粉さんのようにすでに実践している先輩方の話を聞いたり訪ねたり、北本市のようにまちが応援してくれる環境や制度を活用してみるなど、はじめるきっかけや勇気を与えてくれる人たちと出会うことで、よりチャレンジが加速していくのかもしれません。

ぜひ皆さんも麦踏みするように、気軽に小さな一歩を踏みだしてみませんか?

                   

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