東京で年収一千万円以上を稼ぐようなビジネスパーソンが、福岡に移住する事例が増えている。
立役者は「移住×転職」支援サービスYOUTURN。
代表の中村義之さんに、「移住×転職」が持つ意義を聞いた。
都市の課題解決型人材に、「移住×転職」という選択肢を
キャリアアップするなら東京で—。そんな価値観は過去のものとなりつつあるのかもしれない。東京の大企業やベンチャーで活躍していたビジネスパーソンが、福岡県の企業に転職し、移住する事例が増えているのだ。その立役者となっているのが、福岡へのU・Iターン専門の移住転職エージェント「YOUTURN」。主に東京で働いているビジネスパーソンを対象に、福岡県のスタートアップなどの求人を紹介している。これまでに四五名の「移住×転職」を支援。そのなかには、年収一千万円を稼いでいたような方もいるという。
また、移住したら関わりが終わるのではなく、主にYOUTURNを活用して移住転職を果たしたビジネスパーソンが所属するコミュニティも運営。 現在三十名以上が参加中で、二十代〜五十代までのさまざまメンバーが、仕事や暮らしの上での悩みを相談しあっている。
「東京にいる課題解決型人材が、地方の課題に挑戦することを通して幸福を得られるようにしたいんです」と語るのは、YOUTURNを運営する株式会社YOUTURNの代表取締役・中村義之さんだ。
「『できるなら地方に移住したいけど、仕事がない』と諦めているビジネスパーソンの方は多いと思うんです。一方で、地方の企業は魅力的な仕事があるのに知ってもらえていない、という課題を抱えている。双方をつないだら、地域の課題解決にもつながるし、移住する方の幸福度の向上にも貢献できるんじゃないかと思い、このサービスを始めました」
中村さんの言葉どおり、YOUTURNには魅力的な求人が並ぶ。例えば、広報誌やWEBページ、庁舎内など、自治体の持つ遊休スペースを広告枠化することで、その自治体の歳入不足を補う事業で売上百億を目指すベンチャー企業や、地方の自然と都会を「登山」を通じてつなぐ事業に取り組むベンチャー企業、社会起業家を生み出すプラットフォームを運営する企業、ゲーム開発・運営に強みを持ち、新たにブロックチェーンで世界進出を目指すベンチャー企業、などなど。福岡市が国から「グローバル創業・雇用創出特区」に指定されていることもあり、福岡というエリアでは次々に革新的な事業と、それに関わる仕事が生まれているのだ。
「移住×転職」の決断には、葛藤がつきもの
「ただ、いまの話を聞いて『福岡に〝移住×転職〟しよう!』となりますか?」と、ふいに中村さんは取材をする私に問いかけた。……うーん、正直、むずかしいです。
「そうなんですよ。『移住×転職』に興味を持っても、実際に一歩踏み出せる人はひと握り。それは、同じ地域で転職するのと違って、価値観を手放さなければいけないからです」と中村さんは語る。そう、「移住×転職」はその人にとって、人生を大きく変える決断だ。そのため、移住転職に興味を持つ人は、「人生を大きく変えたい」という思いと、「慣れ親しんだ働き方・暮らし方を手放したくない」という思いのあいだで葛藤する。だからこそYOUTURNでは、移住専門の転職コンサルティングを通じて、相談者に丁寧に向き合うことを大事にしているという。
「『移住×転職』の意思決定を促すのって、相当難易度が高いんです。『そこまでやるの?』と思われるくらい、丁寧に寄り添わないと、人生を大きく変える意思決定なんてできないですよね」。そんな中村さんの考えは、サービスにもあらわれている。YOUTURNには代表の中村さんをはじめ、すぐれた転職エージェントを表彰する「Most Valuable Agent(株式会社リクルートキャリア主催)」で優秀賞を三回受賞した西尾 理子さん、その後継となる「GOOD AGENT AWARD 2019」で大賞を獲得した高尾大輔さんなど、高い専門性を持った「移住専門転職コンサルタント」が所属。人間の精神的な成熟の度合いを分類した心理学の理論である「成人発達理論」に基づいた診断などを通じて、一人ひとりの相談者に丁寧に向き合っている。こうした取り組みを「ライフキャリアコンサルティング」と呼んでいることも、「転職すること」をゴールに置くのではなく、その先にある精神的な成長や幸せな人生の実現まで見据えたサポートでなければ、「移住×転職」を促すことは難しいという中村さんたちの思いのあらわれだろう。
そうした事業のスタンスは労働集約的になるため、「正直、儲かるビジネスとは言い難い」と中村さん。実際に2016年のサービス開始から、初年度と次年度は内定者がゼロ。三年目にようやく二名が「移住×転職」を果たした。
「どうやって、その人にとって『移住×転職』がベストだという納得感をつくるサービスにできるか、試行錯誤の日々でした。『なんでこんなこと始めちゃったんだ』って、何度も心が折れそうになりましたね」と、中村さんは振り返る。しかしその試行錯誤は身を結び、2020年にサービス利用者に行ったアンケートでは、「移住×転職」の総合的な満足度は「とても満足」「満足」を合わせて九割以上にのぼった。「みなさん福岡へ来た後には、それまでの葛藤が嘘のように、東京では歩めないキャリアを実現しているんですよ」と中村さんは胸を張る。
「移住×転職」は、
自分の幸せの定義をぬりかえること
これまで「移住×転職」という決断をする人に寄り添い続けてきた中村さんに、聞いてみたいことがあった。それは「『移住×転職』は、人生においてどんな意味を持つか」ということ。おそらく、ただ移住をするのとも、転職をするのとも違う意味がある気がしたのだ。
尋ねると、「『移住×転職』は、その人の幸せの定義をぬりかえるきっかけになるんです」、という答えが返ってきた。そのことを、中村さんは「獲得ゴール」と「状態ゴール」という言葉で説明する。
「人には、『獲得ゴール』と『状態ゴール』という二種類の目標があると思うんです。『獲得ゴール』はなにかを達成すること。例えば『年収1,000万円以上稼ぐ』とか『会社を上場させる』とか『金メダルをとる』とかですね。一方で『状態ゴール』は、どうありたいかということ。例えば『自然に囲まれた環境で暮らす』とか『家族と穏やかにすごす』といったことです」
このふたつを比べたときに、どちらが良い悪いということはない、と語る中村さん。「だけど、努力が必要で、幸せを得られるのも刹那的な『獲得ゴール』に対して、『状態ゴール』のほうが実現しやすいし、幸せが長く続く。だから、人として幸福感を得やすいんじゃないかなと思うんです」。なるほど、努力が必要そうな「獲得ゴール」に比べて、「状態ゴール」は自分がのぞむあり方ができる環境に身をおけばいいのだから、たしかにすぐに手に入れることができそうだ。つまり「移住×転職」は、「状態ゴール」の幸せを得ることなのか。
……そう頭でわかっても、「じゃあ移住転職しよう」とは、ならない。やはり、「年収◯◯円稼ぐ」「有名になる」という価値観を手放すことは不安だ。「そんな不安に向き合うときに、大事なポイントはふたつあります」と中村さんは教えてくれた。ひとつは、「『獲得ゴール』と『状態ゴール』は、どちらかしか得られないものじゃない」ということ。「例えば年収1,000万円を稼ぎたい方だったら、スキルがあれば地方でも1,000万円稼ぐことはできる。必ずしも『獲得ゴール』を捨てる必要はないんです」
そしてもうひとつのポイントは、「本当に望んでいるものは、『獲得ゴール』を深掘りした先にある」ということ。「『獲得ゴール』を目指している人も、本当に望んでいるものは別にあることがあります。例えば、『知名度のある会社で働きたい』という言葉の背景に、『人とつながりたい。でも、有名な会社の肩書きがないと、人が周りから離れてしまう』という思いがあったりする。でも、それって思い込みですよね。そういう人に対して、『本当に知名度のある会社でないと、人との繋がりって得られないですか?』と問いかけて、思い込みを取り除いていく。そうすると、幸せについての考え方が大きく変わることがあるんです」。相手が転職したいと考える背景にある、本当に望んでいるものまで掘り下げ、よりそう。だからこそ、人生の大きな決断である「移住」と「転職」を、YOUTURNは支えることができるのだ。
「移住×転職」は、その人にとって「住む場所と、仕事を変える」という以上の意味を持つ。住む場所を選び、仕事を探す……そのプロセスのなかで、「自分にとっての幸せとはなにか」という問いと向き合い、幸せの定義をぬりかえていく作業なのだ。中村さんは、そのことを証明するようなエピソードを教えてくれた。「『移住×転職』の相談に来た方に対して、最初に見せてもあまり興味を持たれなかった求人が、その方と向き合っていくうちに『この仕事、結構おもしろいですね』と言ってもらえることがあるんです。それは、その方のなかで幸せの定義が変わったからなんだと思います」
挫折を経て手放すことができた
「成果・成長・成功」という価値観
中村さんの話から伝わる、強い想いに触れるなかで、「もしかしたら」と思った。中村さん自身が、幸せの定義をぬりかえてきた経験があるのではないだろうか。
中村さんは、福岡県福岡市生まれ。二十三歳のときに新卒で株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に入社し、二十六歳でDeNAから分社化した株式会社みんなのウェディングに取締役として参画する。創業当時は十人ほどだった会社は、三年半で社員百二十人ほどを抱えるまでに成長し、東証マザーズに上場を果たした。中村さんが二十九歳のことだった。
ビジネスパーソンとして順風満帆に思える中村さんのキャリアに、大きな転機が訪れる。寝る時間を惜しんで働いていた無理がたたって、メンタル疾患を発症したのだ。取締役の退任を余儀なくされたのは、上場からわずか七ヶ月後のことだった。中村さんは、当時を振り返る。「東京のベンチャーで働いていたときは、『成果・成長・成功』が自分の幸せだと思っていました。でも、病気になってしまって、それらを手放さざるを得なかった。約二年間も働けない時期が続いて、社会にも貢献できないから、自己肯定感なんかほとんどゼロに。『社会的落伍者だな』って思っていましたよ」。でも……と中村さんは続ける。「いま振り返ると、あのとき強制的に立ち止まる経験ができて、よかったです。東京でがむしゃらに働いていた頃の幸せの定義は、自分を本当に幸せにするものではなかったなって、いまなら思えます」
中村さんは療養中のある日、医師にすすめられた瞑想をするなかで、自分を苦しめていたものの正体に気づいたという。
「家で瞑想をしていると、ある雑念が浮かぶことに気づいたんです。『成果を出さないと、あの人に評価されないんじゃないか』『成長していないと、あの人にどう思われるんだろう』って。雑念で思い浮かぶことは、いつも『人からどう思われているかどうか』だったんですよ。それに気付いたら、ばからしくなって。『おいおい、その人はいま目の前におらんやん。起きてないことを恐れるのはもうやめよ、やめよ!』って」。その日から、中村さんは「成果・成長・成功」への執着を手放していった。すると、少しずつ不安が減っていったという。「病気になって失ったと思っていた『成果・成長・成功』というものは、実はなくなってよかったものだったんだなぁ、と思いましたね」
それまでとらわれていた幸せの定義を手放すからこそ、空いたその手で、新しい希望に手を伸ばすことができる。中村さんにとって、本当に望んでいた幸せも見えてきた。
「恐れって、自分の望んでいることの裏返しなんです。僕が心から望んでいたのは、人とのつながり。それは、『成果・成長・成功』がないと得られないと思い込んでいたんですよね。でも、そうやってなにかを獲得しなくても、人とのつながりはつくれる。肩書きや実績といったラベルでつながるんじゃなくて、人間としてのあり方をつうじてつながるような、深い信頼関係を築くことが、僕にとっての幸せだったんです」
中村さんは一年半の療養を経て、31歳のときに株式会社YOUTURNを設立。代表取締役に就任する。その背景には、自らが幸せの定義をぬりかえてきた経験を、同じように悩んでいる人に伝えていきたいという思いがある。
「東京で『獲得ゴール』を目指す人生もいいと思うんです。でも、『なんで成果を出してるのに、満たされないんだろう』と悩んでいる方がいたら、『僕はこういうふうに、自分の幸せの定義に気づいていきましたよ』ということを伝えられる。YOUTURNをつうじて、そういう役割を担っていきたいんですよね」
「移住×転職」という道をつくって、待っています
「移住×転職」が、その人の幸せの定義をぬりかえるものだとしたら、福岡で得られる幸せにはなにか特徴はあるのだろうか。中村さんは地方ならではといえるQOL(クオリティオブライフ)の高さに加えて、「社会や地域の課題を、ビジネスで解決することにチャレンジできる点」だと語る。
スタートアップが盛んなイメージがある福岡だが、東京のスタートアップ文化との違いを、中村さんは「資本主義にまかれすぎていない」と表現する。「起業家の方と話していても、『この事業をやったら儲かりそう』ではなくて、『世の中や、地域のみなさんのためになる』という言葉が当たり前に出てくるんです」。言い換えれば、お金を稼ぐために課題を解決するのではなくて、世の中の課題を解決するためにお金を稼ぐ、という順番で事業をとらえているそうだ。「同じスタートアップでも、事業への向き合い方が180度違うと思うんです」
東京と比較すれば、論理だけでなく感情も重要になる〝地方ならではのコミュニケーション〟のあり方や、採用はじめとするリソースの確保の難しさなど、超えるべきハードルは多い。だが、課題が難しければ難しいほど燃えるような「課題解決型人材」にとっては、手応えのあるチャレンジをつうじて社会や地域に役立つことができ、なおかつQOLもあげることができるのが、福岡というまちであるらしい。
最後に、中村さんに聞いてみた。かつてのご自身のように、東京でキャリアアップを目指す生き方に違和感を感じている方に声をかけるとしたら、なんと伝えますか?
「そうだなぁ……。病気になる前のバリバリ働いていた自分は、何を言われても聞かなかったと思います(笑)。『本当にお前は、成功して周りの人から認められることを求めているの?』って言われても、『は?』みたいな。だから、その人が生き方を変えようという気持ちになることを、待っていることしかできないですね」
中村さんは、かつての自分に、そして同じように悩んでいる人に語りかけるように、続けた。
「だから、『いつでも待っています』って伝えたい。いまはまったく『移住×転職』に関心がなかったとしても、あるいは関心はあるけど、今すぐ行動するほどではないとしても、『ちょっと話してみようかな』って思うときのために、僕らは常に門を開けておく。その門の先に、進んでいった人たちの足跡もつくっておく。足跡が増えたら、やがて道になっていくから。僕らは『移住×転職』という道をつくって、あなたをいつでもお待ちしております、って。そのことを伝えたいですね」
(取材・文:山中 康司 写真:勝村 祐紀)
株式会社YOUTURN 代表取締役 中村 義之さんが登壇!
バリカタ!フクオカ!Vol.6 福岡ではたらく~転職篇~
福岡移住を本気で考える11回のオンラインセミナー
第6回「福岡ではたらく~転職篇~」
「職」をテーマにオンラインセミナーを開催します!
福岡県に移住することを機に、仕事も変え、心機一転頑張りたい方が一番気になるのは「地方にも首都圏のようにやりがいのある仕事はあるのか?」ということなのではないでしょうか。
✔︎ 今の働き方にモヤモヤしている
✔︎ 新しい土地で、心機一転スタートしたい
✔ 福岡に興味はあるが仕事があるか不安
などなど、今・そしてこれからの働き方に悩む人には、人生を変えるヒントが見つけられるかもしれません!
今回実施する第6回では、福岡の企業と課題解決能力を有した人材をマッチングすることで、多くの人に多くのチャンスを生みだしている株式会社YOUTURNSの中村さんをゲストにお迎えします!
イベントの詳細・お申し込みはこちら
株式会社YOUTURN:https://youturn.jp/