島根県の離島、隠岐(おき)諸島のひとつ中ノ島にある海士町(あまちょう)は、全国各地から移住者が集まることで知られる。
海士町で唯一の総合建設会社であり、主軸である建設業のほか、漁業と畜産業も手がけて島ならではの多角経営を行っているのが、飯古建設有限会社だ。飯古建設は1960(昭和35)年創業。以来60年以上にわたり、港湾や防波堤、橋、道路の建設など、島民の生活基盤を整える重要な役割を担い、この島になくてはならない存在となっている。
多角化が進んだのは、「海や山にまつわる地元の産業が元気だからこそ、自分たちの建設業がある」という想いが強かった前社長(故・田仲寿夫さん)の決断によるものだ。漁業に参入したのは1996(平成8)年。さらに2004(平成16)年には、有限会社隠岐潮風ファームを100%出資で設立。当時、公共事業が大幅に削減された影響で売上が激減していた飯古建設は、自社を立て直し、かつ島全体の産業を盛り立てるべく、畜産業へ新規参入したのだ。この大胆な挑戦から、海士町のブランド黒毛和牛「隠岐牛」は生まれた。隠岐潮風ファームが仔牛の繁殖から肥育まで島内で一貫生産する隠岐牛は、今や東京食肉市場でも高い評価を得ている。
個人の発想を大切にしながら、隠岐牛ブランドを守る
③安田勝さん(34)/隠岐潮風ファーム 場長
潮風ファームは、隠岐島内で生まれた黒毛和牛を自然放牧と牛舎管理で肥育し、島生まれ・島育ちの「隠岐牛」として東京食肉市場へ出荷している。現在の飼育数は、仔牛、繁殖牛、肥育牛を合わせて約800頭。起伏の激しい傾斜地で放牧される隠岐牛は足腰が強くて病気になりにくく、肉質も良いため市場での評価が高い。毎年約200頭を出荷し続け、「隠岐牛」ブランドは確かな地位を築いている。
社員は9名で、パート勤務を合わせると全15名(※2022年6月現在)。地元出身者と移住者の割合は、ほぼ半々だ。
安田さんは海士町出身で、入社12年目。3年前から場長を務めている。以前は島の森林組合で働いていた。
「森林組合に就職して、班長になるまで頑張る!と腹を括って働きました。班長になることを目標と決めたんですね。で、8年かけて班長になったからスッパリ辞めた。そして次の職場に選んだのが潮風ファームです。ここで挑戦してみようと」
挑戦、という言葉は安田さんにとって特別な意味があるようだ。
「実は、子どもの頃から牛のことが嫌いだったんですよ(笑)。だから逆に立派な牛飼いになってやろうと覚悟して入社しました。そうしたら、働き始めて3ヶ月で牛が好きになっちゃった。新人は繁殖の仕事からスタートするんですが、産ませて育てるということがとても興味深く、楽しく感じられるようになったからです。仔牛が生まれて親から離乳するまでの最初の124日くらいが、牛飼いの仕事の中でも特に魅力ある期間だと思いますね」
牛飼いでいちばん大切なのは個人の発想。
最初からプロを求めているわけではない
潮風ファームでの仕事は、仔牛と母牛の世話、種付けなどを行う繁殖部門と、隠岐牛として出荷される肉牛に育てる肥育部門の2つに分かれている。
牛飼いの現場に教科書は無い。新入社員は、先輩に聞いて教わったり、作業を見て真似したり、島根県の畜産担当普及指導員に教えを請うたり。獣医が来島した際には牛の病気対策について教わることも多いそうだ。
「従業員は増えてほしいけど、最初から牛のプロフェッショナルを求めているわけじゃない。実際に社員の前職はさまざまで、知識や技術はみんな現場で学んでいます。牛飼いに大事なのは、観察力と自主性ですね。ここでの仕事は日々変わる。だって、ずっと動いている生き物が相手なんですから。ルーティンはほぼ無いし、流れ作業も無い。個人の発想が一番大事なんです。指示待ちではなく、よく見て、自ら考えて動くこと。疑問をもち工夫すること。例えば、牛の水飲み場が汚れていることに気付けるか。これは牛の食事量に関わる大事な視点です。横になっている牛を見たらどう考えるか。寝ているのか?起き上がれないのか?この判断は牛一頭の命を左右します。出産時のトラブルで仔牛が死んでしまうこともある。そんな時も、原因は何だったか、次に生かすにはどうしたらいいか。観察し、反省して実践していくのみです」
場長として従業員を統率する立場にあるが、個人の目標は定めていない。どれだけ本気で取り組むかは各人に任せている。
「勤務は8時~17時でいいのに朝6時半にはほぼ全員来てる。つまりそういうことなんです。強制してるわけじゃないけど、みんな牛が気になるから来る。そういう職場です。ここの牛たちは3歳くらいまでしか生きられない。だから大切にする。どう付き合うかも、牛と向き合って自分で体得していくしかない。この仕事にゴールはなく、本当に毎日が勉強。でも努力の成果が見えないわけではなくて、例えば共進会(=品評会)は手塩にかけて育てた牛をお披露目するチャンスであり、ひとつの成果発表の場です。それがやり甲斐にも繫がっていますね」
共進会で牛を披露する安田さん
何よりもまずコミュニケーション力
安田さんに、移住者がここで働くために最も必要な資質を聞くと、即、「コミュニケーション力」と、答えが返ってきた。狭い島の中では、公私ともに様々な付き合いが必要になる。そもそも「公」と「私」を明確に分けることも難しく、部下や同僚といった仕事上の関係だとしても、相手の家庭の状況まで透けて見えることもしばしば。
「そのために、思ったことや気付きを遠慮なく言える雰囲気づくりを心がけています。あと、社外の人。飼料用の藁をもらう農家さんや、役場やJA。島内の畜産関係者と助け合い、意見交換しながらやっている。その意味でも、コミュニケーション力はめちゃくちゃ大事ですね」
お互いを思いやり、意思の疎通に手を抜かずに円滑な人間関係を築くことが、島で暮らし働いていく上で最重要のスキルなのだ。
場長に就任してからは、牛舎での現場仕事よりもマネジメント業務が増え、潮風ファームがこの島の未来にいかに貢献していけるかをあれこれ考えるようになったと言う。
「より良い牛を育て、出荷頭数を増やして隠岐牛ブランドを守ることは当然の目標として、畜産以外にも視野を広げて島全体のことを考える視点をもっていたい。例えば、まだアイデアレベルだけど、島のエネルギー問題。今、農家さんにもらった稲藁(敷き藁)と牛糞、そして建設現場ででた間伐材を混ぜて堆肥を作り、稲作用の肥料として農家さんに還元しています。この循環の発想をさらに進めて、日々の地道な仕事を積み重ねながら、夢がある挑戦もしていきたいんですよね」
飯古建設は、離島のなかのさらに強固なコミュニティ
現在の代表取締役、飯古晴二社長はこう語る。
「海士町の第一次産業を盛り上げることが、建設の仕事にも、島の未来にも繫がるんだという前社長の“志”を大事にしています。社員の意見をできるだけ聞きながら、『やりたいことがあるならまずは自力でやってみろ!』と鼓舞しています。実際、経営が厳しい部門はあるけれど、なんとか持ちこたえて、これからもグループとしてやっていく。今が正念場なんです。そのためにも新しい仲間が欲しい。UターンはもちろんIターンも大歓迎です。社員が多いから目が届かないこともあるかもしれないけど、何か悩みがあったら俺んとこに相談に来いよ!という気持ちはいつもありますよ」
人情あふれる離島という小さなコミュニティ。
さらにその中にある、飯古建設という強固なコミュニティ。
社員想いの社長と、その下で働く多国籍軍(?)のような島民たち。彼らそのものが、会社の魅力でもある。
「あなたも島を支える一人です」(大江和彦海士町長の言葉)と言ってくれる町。
「自分たちは島に生かされている。だから、恩返しをする」という“志”を受け継ぐ会社。
身体をフルに使い、汗かいて働くことで、地域に貢献していると実感できる仕事。
地方移住と転職を考えるなら、そんな視点で選んでみるのもアリではないだろうか。
文・小坂まりえ
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都道府県+市町村 島根県 / 海士町 募集状況 募集中 勤務地 島根県隠岐郡海士町大字豊田588番地2 募集職種 養畜作業員 雇用形態 正社員(中途採用) 給与 180,000 ~ 250,000 福利厚生 雇用・労災・健康・厚生
退職金制度・退職金共済仕事内容 和牛の生産にかかわる業務全般。 勤務時間 08:00 ~ 17:00 休憩 60 分 休日休暇 週休二日※その他会社カレンダーによる 応募資格 経験問わず
要普通免許(AT限定は不可)
年齢40歳以下