アルファベットの「S」、カタカナの「エ」のような形をもつ、本州最大の離島・佐渡島。
暖流と寒流が交わる立地環境は、独自の自然と生態系をはぐくんできた。同じ島の中で北海道、沖縄の植物が自生するなど、日本の縮図ともいわれる。そのため海の幸をはじめ豊かな食材に恵まれており、佐渡産の魚や米は全国的にも高い評価を受けている。
文化も独特だ。特に有名なのが、能の文化が根付いていること。能を大成した世阿弥が流された地であったこと、北前線の寄港地として上方文化が日本海を通じて入り込んできたことなどの時代的背景によるところが大きい。
島各地にいまも多くの能舞台が残され、定期的に開催される「薪能」では、地元の人たちが能を舞う。全国的に類を見ないほど地域に能が浸透している。
日本海から渡ってきたのは文化人だけではない。海運関係者、職人などさまざまな職業の人が渡来し、その一部は定住。彼らもまた、島独自の文化形成にひと役買った。
日本各地から多様な人々が渡ってきたということはすなわち、多種多様な文化が交わったということでもある。人形芝居や民謡といった民衆文化も花開き、大切に継承されつづけてきた。
そんな独特の魅力をもつ佐渡島には、芸術家、文化人を中心に、昔から多くの人が惹きつけられてきた。移住者を受け入れる土壌はすでにあるのだ。
今回は佐渡の中でもとくに文化・芸術が盛んな地域、佐渡南部で活躍する移住者を紹介する。キーパーソンともいうべきひとりの女性をきっかけに、佐渡島がいま、どんどんおもしろくなっている。
【01】ハロー!ブックス実行委員会代表 田中藍さん(新潟県佐渡市羽茂)
全国の本好きが注目!?移住者をひきつける山奥のブックフェスティバル
佐渡島南部にある旧川茂小学校。2013年で廃校となった、佐渡市南部羽茂地区の山間地にある小学校だ。その校舎を利用して「ハロー!ブックス」というイベントが毎年夏から秋に開催されている。詩人の谷川俊太郎さんや料理愛好家の平野レミさん、写真家の川島小鳥さんといったジャンルの異なる多くの著名作家・アーティストが参加。島内外から多くの参加者を来場者を集める体験型のブックフェスティバルだ。まるで本の中から飛び出してきたかのような世界が各教室に広がり、老若男女問わず好評を博している。
2016年のテーマは「本の学校」。
時間割ごとに作家・アーティストたちが先生となって「スペシャルライブ授業」を実施、子供からお年寄りまで県内外から約1000人が来場した。会場は佐渡の中でも決してアクセスがよいとはいえない場所。主要港である両津港からは車で約1時間、しかもかなりの山奥だ。なぜそのような場所で、大がかりなイベントが…?
発起人・実行委員長をつとめるのは、東京都荒川区出身の田中藍さん。都内の美術系専門学校を卒業後、21歳のときに両親の実家がある佐渡市に移住した。田中さんが若くして移住したいちばんの理由は「人」だった。
「佐渡にはとにかくおもしろい人が多くて。当初、専門学校を卒業したら出版業界で働きたいと思っていたんですけど、なんだかつまらないな…と直感的に思うようになって」
佐渡への移住を考えはじめていた頃、全国各地で猿回しの芸を披露する人に出会う。「全国いろんなところをまわっている方たちなんですが、『佐渡みたいに山や海の色々な文化が凝縮して残っている土地はほかにない。まだ、21歳ならバックボーンを佐渡にしたら絶対強いぞ』っていうんです。その言葉が響きました」その後、佐渡に伝わる人形芝居「文弥人形」を上演する一座に誘われ、イギリス公演についていくなど、佐渡とのかかわりが自然に深まっていった。
さらに決定的だったのは、田中さんが「仙人のような人」と表現する三十郎さん(本名:葛原正已さん。佐渡では屋号で呼び合うことが多い)との出会いだった。羽茂で生まれ育ち、土人形づくり、陶芸といった地元の文化を守り、継承する活動を続けている。そのかたわら、羽茂地区の移住者の受け入れ窓口や相談役も務めている。「三十郎さんはよく『生活すること自体が遊び』って言うんです。佐渡の人にはゆとりがある。家賃の高い都会に比べ、佐渡は家賃が数千円だったりするので、そのぶんなんでもできるじゃん!って。気が付いたら家を探していました」
移住後しばらくして、島内の図書館の縮小計画がもち上がっていることを知る。地域のコミュニティとしても機能している図書館をなんとか守りたいと思い、「まずは楽しく本に親しむ文化を佐渡に広めたい」と考えた。その思いを周囲の友人、仲間と共有するうちに、ハロー!ブックスの開催につながっていった。
文:竹谷純平 写真:河野豊
全文は本誌(vol.21 2017年2月号)に掲載