複数回の講座を通じて一つの地域を学ぶ「TURNSのがっこう」では、千葉県館山市と東日本旅客鉄道株式会社千葉支社の主催による「館山科」を開講。2024年2月から3月にかけて全3回にわたり、館山市や南房総エリアを舞台にオンラインと現地フィールドワークによるハイブリッドなプログラムで「地域との新しい関わり方」を学ぶ講座を開催しました。ここでは「複業・兼業で地域と関わる」をテーマに、2月21日に開催した第1回講座の様子をレポートします。
地域の課題を可視化し、参加者と地元事業者がともに学ぶ
「TURNSのがっこう-館山科-」は全3回のプログラムで構成され、その前段では地元事業者を対象とした事前座談会を実施。地域が抱える課題をあらかじめ可視化した上で2度のオンライン講座を開催し、その後、第3回講座として館山市での現地フィールドワークを開催しました。
移住や二拠点生活などに関心を持つ50名以上の参加者が集まった第1回講座では、「複業・兼業で地域と関わる」をテーマに、3名のゲストを招いた講義とトークセッションを行いました。
本講座では、一般社団法人シラタマワークの代表理事・稲田佑太朗さんがファシリテーターを担当。同社は、「誰もが強みを活かして活躍できる地域社会の実現」を目指して起業家の育成に関わり、これまでに250名以上の人材を輩出しています。
一般社団法人シラタマワーク 稲田佑太朗さん
講義の冒頭には、主催者を代表して館山市経済観光部雇用商工課の並木敏行さんが登壇。館山市の概要を紹介した後、テレワーカーやワーケーションの受け入れに積極的な同市のポイントとして、次の6点をPRしました。
1. ワーケーション推進に携わるコンシェルジュ(地域おこし協力隊)の採用
2. 「BLUE TATEYAMA WORKATION」のキャッチコピーとシンボルマークの作成
3. ワーケーション推進サイトの開設や「ワーケーション誘客促進マップ」などによる情報発信
4. 社会人向け、親子向けワーケーションツアーの開催
5. 市内テレワーク環境の整備
6. 地方創生型ワークプレイス「JRE Local Hub館山」など、官民連携によるサテライトオフィス環境の整備
その上で、「観光のまちでもある館山市は、皆様に来ていただくことで成り立ってきた側面もある地域なので、はじめはそういう関わりを入り口にしながら、地域課題の解決や新しいビジネスの創出にもつなげていければ嬉しいです」と語りました。
館山市経済観光部雇用商工課 並木敏行さん
「副業」から「複業」へ。そのトレンドは?
続いて、ユーザー登録者数7万人を誇る日本最大の複業プラットフォーム「複業クラウド」を運営する株式会社Another worksの犛山創一さんが登壇し、兼業・複業の最新事情に関する講義を実施。
犛山さんは、はじめに同社が関わった複業人材の活動例として、石川県能登町のモニュメント「イカキング」の活用による地域活性化を紹介。次にスライドの図を交えながら「副業(プラスアルファの収入を得るためのサブワーク)」と「複業(副業の延長線で、実績やキャリアアップも目的としたパラレルワーク)」との違いを説明しました。それを踏まえ、“副業元年”と呼ばれた2019年を経て、最近ではリスキリングやウェルビーイングを求める人が増えるなど、副業から複業に世間の関心がシフトしている傾向を解説し、「これから先の2年は『複業』がさらに注目されていくと見ています」と語りました。
「複業を有利に始めるなら今」と強調する犛山さんは、その理由として、次の3点を挙げます。
1. 副業・兼業支援補助金:企業が副業・兼業を希望する従業員をほかの企業等へ送り出す、あるいは受け入れる際にかかる一部費用を国が補助する制度が設けられている
2. 副業採用の普及:地方中小企業、地方自治体、教育機関、スポーツチームなどにも副業採用が広まりつつある現状
3. 副業・複業への関心の高まり:副業・複業に興味を持つ人が増えている反面で、まだ実践者はそこまで多くない
さらに、受け入れる組織側のメリットについて、「生産労働人口が危機的に縮小している情勢で人材採用が難しくなっている時代において、パズルのピースのように小さな単位で必要なところにハマることができる複業人材は、事業開発の多角化に貢献できる」と語ってくれました。
次に犛山さんは、複業の一歩目となる目的を「金銭報酬の獲得」「新しいスキルの習得」「キャリアアップ(キャリアチェンジ)」「“好き”を仕事に」という4点に整理して解説。このうち「キャリアアップ」については、「昇進の足がかりや異業種への転職を目的に複業を始める際には、“何のために”“どんな副業をして”“どんな状態になりたいか”を事前に言語化することが大切」とアドバイス。その一例として、「希望する部署に異動するために(目的)、未経験の広報職の複業を通じて(実績)、すぐに活躍できると証明する・自信をつける(状態)」というストーリーを紹介しました。
一方で、「“好き”を仕事に」という目的については、学生時代を過ごしたまちのイベント企画に副業で挑戦する方の例が紹介され、複業に関心を持つ参加者たちにとって非常に関心深い情報がもたらされました。
市をあげてワーケーションを推進する館山市
後半は、館山市および南房総エリアで活躍する2名のゲストが加わり、稲田さん、犛山さんとの4名によるトークセッションを実施。
奈良県生まれ、東京育ちで現在30歳の牟田健登さんは、新卒で入社して5年間勤めた企業を2021年に退職。その後、館山市に移住して株式会社クルージズ・テクノロジーズを立ち上げました。館山駅東口にあるパブリックスペース「sPARK tateyama(スパーク・タテヤマ)」に拠点を置く同社では、中小規模の医療介護福祉業界に特化した人材育成クラウドシステム「クルージズ」を開発・提供。同社を経営するかたわら、館山のまちづくり活動に力を入れる株式会社館山家守舎の取締役も兼務しています。
旧富山町(現・南房総市)出身で現在37歳の福原巧太さんは、進学のため一度地元を離れた後、大手不動産会社での勤務を経てUターン。家業の建設会社を継ぎ、現在は株式会社Re.TSUKUL代表を務めています。館山青年会議所の理事長としても活躍するほか、令和元年に起きた房総半島台風での経験を機に社会活動への思いが芽生え、昨年には移住定住促進事業「Re.AERU」をスタート。南房総市内に交流複合施設を建設するなど地域の盛り上げに貢献しています。
株式会社Re.TSUKUL 福原巧太さん
トークの冒頭では、今回の講座に先立って行われた地元事業者による事前座談会の内容をグラフィック化したスライドを提示し、館山市の魅力、地域の課題、課題に対するアイデアを全体で共有。
そして、これらの情報をベースに、複業を実践する犛山さん、移住起業者である牟田さん、地元青年会議所で行政とも連携しながら複業人材の受け入れに関わる福原さんという三者三様の立場にあるゲストに対して、稲田さんから数々の質問が。まず、「複業に対する考え方」を尋ねる話題では、自らも複業として一般社団法人シェアリングエコノミー協会の事務局でも働く犛山さんから、体験談を交えたお話が。
「私は今年で24歳になります。学生時代からインターンとして働いていたものの、キャリアと実績がない立場で複業を始めるというのは、正直ハードルが高かったです。そのギャップを埋めるためにやったことは、あらゆるイベントに参加することとSNSで定期的に発信することの2点で、人とたくさん会うことを大事にしていました。それを続けていれば自然とご縁が生まれるので、まずは自分から運を掴みにいくことが大切だと思います」
一方で、同じ話題について福原さんは次のように回答。
「地元の方々の中にも季節ごとに職を持っているという方が少なくありません。例えば、宿泊業では7月から9月のハイシーズンだけ民宿のお手伝いをする方もいます。ただ、働きたい人と受け入れ側をつなぐパイプ役が足りておらず、受け入れ側が人手不足で困っているのが、今の現状ですね」
そんな正直な課題が述べられつつも、一次産業と観光業が盛んな館山市では、古くから複業的な働き方が根付いている側面を感じることができました。
地域の人と関わり、新たなビジネスの種を生む
続いて、「複業人材として、どんな人に地域と関わってほしいか?」という話題へ。福原さんは次のようにコメントしました。
「働いて収入を得るのはどこであってもシビアなことですから、信頼を得るためには自分のスキルを紹介する方法が重要だと思います。例えば、資格が不要な仕事の場合、『私はこれができます』とスキルだけ言われても、多くの事業者にはそのレベルを判断する測りがないんです。『自分はこの地域の課題に対して、こんな形で解決することができます』と相手の視点を踏まえたアプローチをできる方が、地域に受け入れられやすいと思います」
なお、移住という視点で、地元に受け入れられるコツとして3名とも意見が共通していたのは、「地元のお祭りや地域活動に顔を出すなど、地域の人と関わる機会を増やすこと」。それに絡めて、複業で館山家守舎の運営に携わる牟田さんからこんなお話が。
「正直、私は地域活動にはあまり参加できていませんが、館山家守舎を通じてまちづくりに関わったり、月に一度のマルシェを開催したり、自分のできること、自分のやりたいことで地域に貢献できているという実感があります。また、食料品を買う時は地域密着のスーパーを選ぶとか、メガネを買う時も地元のメガネ屋さんに行くなど、地域にお金を落とすという意識を持つと、地元の方に広く受け入れてもらいやすいと思います」
そうした牟田さんの心がけに他の3名も感心の様子で、司会の稲田さんが「おっしゃる通り、地元のお店で買い物することも、近所の方にちゃんと挨拶するというのも関わる回数のひとつですよね」と述べるなど共感の輪が。そして、実際に会うことの大切さに対する理解が深まったことで、3月に行われる現地フィールドワークへの道筋が自ずと生まれました。
最後に、複業・兼業で地域と関わることを目指す参加者、そして現地フィールドワークへの参加を検討する方に向けて、3名のゲストから次のようなメッセージが送られました。
「私はワーケーションで各地をよく訪れるのですが、その時に心がけているのは『ワクワクしすぎない』ことです。ワクワクしすぎると観光と同じ気分になってしまって、その地域の特別な部分にしか目がいかなくなってしまう。だから、その地域の人と同じような朝ごはんを食べて、同じようなところで仕事をして、同じようなライフスタイルを実践することを大切にしています。そうすることで、地域に入った時の解像度がより上がりますし、自分がそこで暮らして働くイメージを想像しやすいと思っています」(犛山さん)
「地方移住には自分の活躍の場を広げられる可能性があります。そして地方移住プラス複業という観点でいうと、実は僕の婚約者はメキシコ人のデザイナーで世界中どこでも働ける人なんです。彼女のようにどこでも働けるというスキルを持ちながら、このまちでも働けるという形にしていくと、暮らしに困らない状況を作れるのではないでしょうか」(牟田さん)
「館山市に足を運んでリアルを知っていただき、館山・南房総エリアのファンになってもらうことが、まず一歩目として大事なことだと思います。地域の人とつながりを作って、自分の居場所が見つかれば、第二の故郷のようにファンになってもらえる魅力がこの館山・南房総エリアにはありますので、ぜひ一度お越しください」(福原さん)
参加者にとって、館山市とつながる入り口になった第1回講座。第2回講座では「ワーケーションで地域と関わる」をテーマに、少し視点を変えて館山市の魅力をさらに深掘りしていきます!
▼第1回講座の動画を視聴する
・第2回講座「ワーケーションで地域と関わる」開催レポート
・第3回講座 “関東の南国リゾート”で 「自分らしい働き方を見つける」現地フィールドワークレポート
文:鈴木 翔
本企画に関するお問い合わせはこちらから!
館山市ワーケーション推進サイト
https://tateyama-workation.jp/
地方創生型ワークプレイス
「JRE Local Hub 館山」公式サイト
https://www.jreast.co.jp/chiba/familio-tateyama/jrelocalhub/