全国で活躍する若手農業者による
トークセッション&交流イベント
「推し農家と語らう未来農業フェスタ」

〜農業の魅力発信コンソーシアム〜

農業に興味はあるものの、「職業」として農業を選択することに不安を感じ、なかなか一歩を踏み出せない人も多いのではないでしょうか。収入が不安定なことや肉体労働の厳しさなどがネガティブな印象を与えているのかもしれません。しかし、実際には、自分で考えて経営できる自由、収穫の喜び、消費者の声に直接触れられるやりがい、国や地域からの補助金やサポートなど、農業にはたくさんの魅力があります。

農業の魅力発信コンソーシアムでは、こうした「職業としての農業の魅力」を、次代を担う若者たちに向けて発信し、農業の世界に飛び込むきっかけを提供することを目的に、全国で活躍する農業従事者約150人をロールモデルとして選出して彼らと共に就農のリアルを伝えるイベントを企画・開催しています。

2月17日、東京・銀座で開催された「推し農家と語らう 未来農業フェスタ」では、ロールモデルの中から選ばれた10名の“推し農家”が登壇し、「就農と経営」と「地域と未来」をテーマにトークセッションを行いました。また、来場者は会場に併設されたマッチングブースで、一人ひとりの推し農家と交流する機会も持ち、農業への関心や理解をさらに深めていました。

150人近くが来場し、熱気に包まれた当日の様子をレポートします。

 

【トークセッション①】
就農と経営〜どうやって農家になり、続けていくのか〜

二部構成で行われた推し農家たちによるトークセッション。第一部は「就農と経営〜どうやって農家になり、続けていくのか〜」をテーマに語り合いました。

栃木県益子町で薄羽養鶏場を営む薄羽哲哉さんは、マーケティングリサーチャーから転身し、家業を継承しました。
「祖父や父が苦労して築いてきた家業の経営が厳しい状況に陥り、放っておくわけにはいかず、相当迷いましたが、39歳で親元就農しました。背中を押してくれた妻の存在も大きいです」


薄羽哲哉さん

薄羽さんは既存の農業を継ぐというより、キャリアを活かして新たな農業分野を切り拓くスタンスで就農に踏み切ったといいます。
「前職で培ったマーケティングスキルを活かして、ネット通販で平飼い卵の販路を拡大しました。フィナンシェやバターチキンカレーの加工品も開発するなど、生産だけではなく、加工・製造、販売に至る6次産業化にも取り組んでいます」

3181Farm(さいわいファーム)龜山剛太郎さんは元商社マンで、農産物の加工販売事業から農業に参入した珍しい経歴の持ち主です。2024年に東京から静岡県小山町に移住し、一反歩の農地を借りて小山町初の新規就農者として農業ビジネスを本格始動させました。
小山町ブランドの熟成玄米を使った「玄米deむすび」は、豊富な栄養素を摂取できる冷凍食品として話題となりヒット商品に。アメリカ・ロサンゼルスにまで販路を広げました。


龜山剛太郎さん

「2019年夏に、かかりつけ医から肝硬変予備軍と診断され、生活を見直したのが農業の道に進んだきっかけです。コロナ禍にオンラインの農業スクールを受講することから始めて、栽培の基礎や農業の経営手法を学び、農産物の加工と販路開拓による6次産業化の仕組みをつくりました。先に仕組みを構築したことで、生産に本腰を入れられます」

悠牧豚川瀬 悠さんは元広告代理店経営者。マーケティングリサーチャーから一転、福島県で3年間の農業研修を受けた後、富山県での就農を決意。北陸地方で初めての放牧養豚を行う農家として、新たな一歩を踏み出しました。
「農業を始めた理由は、障がいを持つ息子との貴重な時間をより多く持ちたいという願いと、将来的に障がい者の雇用を支える場を創出したいという思いからでした」


川瀬 悠さん

川瀬さんは当初、イチゴ栽培を考えていましたが、初期投資が大きいこと、すでに地元でイチゴの大規模農園があったことから、研修時に知った放牧養豚に切り替えました。
「餌代が高く、土地探しも苦労しましたが、北陸での放牧養豚は珍しいため、高い付加価値を持たせることやブランディング展開が可能です」と、前職のマーケティングのスキルを駆使して農業を営んでいます。

やつしろサニーサイドファーム桑原健太さんは、熊本県八代市の特産スイーツ「晩白柚(ばんぺいゆ)」を栽培しています。
「祖父の果樹園を継ぐため、関東の大学の農学部に進学し、全国の農家にファームステイしながらさまざまな経営スタイルを学びました。家業に入る前には地元の銀行で働き、多くの経営者と対話した経験から、晩白柚の強みを客観的に分析する力がついたと思います」と振り返ります。


桑原健太さん

「日本の農業は今、大きな転換期を迎えていると感じています。従来のやり方を踏襲するのではなく、晩白柚のギフト展開や規格外品を生ジュースにしてキッチンカーで販売するなど、今までにない取り組みに挑戦しています」
プラスαの発想で、就農2年目にして前年比500%の売り上げを実現しており、コメントにも説得力があります。

三ツ間農園三ツ間卓也さんは、プロ野球チームの中日ドラゴンズの元投手です。2021年に現役を引退し、セカンドキャリアとしてイチゴ栽培に新規参入しました。ゼロから農業を学び、2024年1月、神奈川県横浜市に観光農園をオープンしました。
「好きなことを仕事に。そう考えてセカンドキャリアを模索して農業に行き着きましたが、土地探しは大変でした。グーグルマップで農地を探し、行政の確認を経て、自ら農家さんに会いに行くことを繰り返し、SNSも活用して2年がかりでようやく土地が決まりました」


三ツ間卓也さん

三ツ間さんは野球観戦とイチゴ狩りを組み合わせたユニークな体験を提供することを目指しており、その実現に向けて精力的に活動しています。
「約2年間は無収入です。就農にはお金と時間、労力がかかり、片手間で始められるものではありません。思い切りの良さが大事です。農園はオープンしたばかりですが、将来的には海外出荷できるまでになりたい」と苦労を乗り越え、未来のビジョンを描きます。

登壇者の5人中4人が新規就農者で、三ツ間さんの土地探しの苦労話に共感することしきりです。消防団など地域コミュニティに参加して地域交流を図ること、SNSを活用して全国の生産者とつながることなどの大切さを口々に語り、来場者も深く聞き入っていました。

 

【トークセッション②】
地域と未来 〜これからの地域と農業の未来を語らう〜

第一部で、三ツ間さんから農地取得の難しさについて語られましたが、どの地域で就農するかは、その後の農業経営に大きく影響します。第二部では、地域社会との関わり方や農業の将来設計についての議論が展開されます。

フィールドマスター合同会社孝憲さんは、肥料メーカーに約13年務めた後、2019年に地元の熊本県八代市に戻り、2021年に父が経営していた農園を受け継ぎました。かつて林さんの父は主にい草を生産していましたが、和室をもたない生活スタイルが普及し、需要が減ったことから飼料用稲藁事業にシフト。現在、フィールドマスターでは、牛の餌となる稲醗酵粗飼料(ホールクロップサイレージ)や牧草イタリアンライグラス、露地野菜の生産・作業受託をメインに堆肥の販売も行っています。


林 孝憲さん

「20年以上地元から離れていたので、地域とのつながりはほとんどない状態でした。消防団や県内の若手経営者が集う『4Hクラブ』や商工会に入るなど、農業に限らず広く人的ネットワークを構築していきました」
そうした行動力が実を結び、今では市内約100軒の農家と契約し、計150ヘクタールほどの農地を預かり管理しています。

千葉県我孫子市でベジLIFE!!を営む香取岳彦さんは、海外を飛び回る商社マンから転身し、年間50品目150品種の野菜を栽培する都市型農園を開業。農業に関する知識がまったくない状態からスタートして、農薬や肥料に頼らない農業を実践しています。
「地域との関わりは、同じ釜の飯を食べる感覚が大切です。私の場合は、近隣の農家に『手伝いましょうか』と積極的に声をかけて交流を深めていきました」と、新規就農者から歩み寄ることが重要だと説きます。

香取岳彦さん

また、香取さんは近隣農家だけでなく、近隣住民への配慮も大切だと言います。
「私の農園は住宅街にあるため、周囲の掃除を徹底しています。風の強い日は肥料を撒かないようにするなど、臭いにも気をつけています。収穫体験を実施しているので、畑でPayPayが使えたり、ネットで野菜の詰め合わせセットを販売したり、都会暮らしに寄り添う農業スタイルを意識しています」
香取さんは、都市農園ならではの農園と消費者の距離の近さを活かして農業体験を積極的に実施しています。小中高、大学生、社会人まで世代別に展開しており、今年は新たにセカンドキャリアを対象とした体験会を開催する予定です。

橋本純子さんは、農業用資材メーカーの営業職を担当していた時に、農業の知識を身につけるためにアグリイノベーション(AIC)大学校に入学。平日は仕事、週末は畑に通う生活を通して就農を意識するように。AIC卒業後、大阪から縁もゆかりもない香川県三豊市へ移り、2016年、マンゴー・アボガド果樹園「アンファーム」に入社、同年にアボガド産地化プロジェクトを立ち上げました。
「お遍路文化が根付く香川は、外から来た人々をあたたかく受け入れる風土があり、果樹も育ちやすい気候で、移住者や新規就農者には好条件です。私も香川での農生活を満喫しています」


橋本純子さん

さらに、橋本さんは業務時間外に、まちづくり活動を行うNPOの副理事長を務めるとともに、移住者のサポートをするNPO法人の会長も務めています。
「法人就農の良い点は、給料をもらいながら知見やスキルを磨けることと、労働時間が決まっているため、アフター5で地域活動に参加できることです。そこで生まれた縁をいかにつなぎ、継続していくかが、地域に溶け込む上で大切」と語ります。

農薬メーカーで働きながら妻の実家が営むマンゴー農園、沖縄ゴールデンマンゴーファームの経営を任されることになった八谷耕平さんも、“知らない土地”での新規就農です。
「私が引っ越してきたことが、1600人の全村民に知れ渡っていました」と苦笑しますが、そのおかげでビニールハウスの設置を手伝ってもらうことができたそうです。バーベキューを一緒に楽しんだり、村の行事である芝刈り作業に参加することで、村民との距離感を急速に縮めることができたと振り返ります。


八谷耕平さん

「2025年夏に沖縄県北部に大型テーマパークが開業予定です。それに合わせて、当農園も農業・観光・福祉を結びつけた観光農園化を目指し、「TROPICAL FIELD モリ之ナカ」として新たなスタートを切ります」と、さらなる挑戦を歩み続けています。

たけもと農場竹本彰吾さんは、石川県で10代続く米農家。有機米や特別栽培米、国産のイタリア米やスペイン米を栽培しています。「田んぼに行くだけが農業じゃない」と語る竹本さんの仕事は、ドライリゾットなどの商品開発から農業系ポッドキャストの出演、さらには本の出版に至るまで、多岐にわたります。


竹本彰吾さん

「農業は地域との関わりが何よりも大事。農地は畦で区切られていても、私たちは同じ地域の一員として生活していて、農作業中には自然と会話が生まれます。時に家族間のコミュニケーションが上手くいかないときに、地域の人を経由して思いを伝えてもらうことも少なくありません」と、農業で生活を営んでいくうえで地域の人々の存在は大きいと強調します。

農業は単に農作物を育てるだけではなく、地域社会に根差し、地域に支えられて成り立つという点が登壇者共通の思い。地域や営農スタイルは違っても、全員が地域に積極的に関わっている姿が印象的です。

 

時代や環境の変化に柔軟に対応しながら、農業の未来を描く

さらに、話題は「農業の未来」について進展していきます。

今年で就農8年目の香取さんは、昨夏の猛暑を振り返り、「サステナブルな循環型農業への関心が高まってきています。また今後の農業は、チーム体制で展開する農家と、情報発信やブランディングに特化した農家の二極化が進むと思います」と予測します。

林さんはサイレージという畜産飼料の立場から、次のように語ります。
「ウクライナ紛争や円安を受け、国産飼料生産の重要性が高まっています。しかしながら、有機飼料に対する行政の支援は依然として不足している現状です。有機飼料を用いた循環型農業を推進し、従業員の福利厚生や勤務体系を整えていくことで、農業の安定化を図ることができると考えます」

一方、竹本さんは「未来は予測できない」と述べつつ、世襲での事業承継ではなく、第三者承継や異業種の参入が当たり前の時代になれば、農業人口が増えるのではないかと考えています。そのなかで生き残っていくためには、認知度を高めることが必要で、オリジナルTシャツを作成して、地域内外に存在を広くアピールすることが効果的だと提言します。

橋本さんは、「環境の変化に柔軟に対応し、就農後も学び続けられる人が農業を続けられる人。これまでの農業を踏襲するのではなく、新しいことに挑戦し、進化し続ける“親方”を見つけ、自身も挑戦し続けるスタンスが重要」と言います。
「百姓とは100の仕事をこなせる人のこと。それを実践できるカッコいい農家になりたいし、なっていきましょう」と来場者にエールを送りました。

八谷さんの「農業には定年がないのも魅力」という発言に、登壇者一同大きく頷きます。このイベントを通じて地域外の農家と交流できたことが有意義であり、来場者にもつながりを築いて欲しいと語り、トークセッションを締めくくりました。

 

マッチングブースで“推し農家”と交流

トークセッション後に行われたマッチングブースでの推し農家との交流も大盛況。桑原さんが栽培する世界一大きい柑橘である晩白柚に来場者も興味津々で、価格や栽培方法についての質問が飛び交います。観光農園をオープンして間もない三ツ間さんの誘客の秘訣や、お客さまの満足の引き出し方に来場者も感心しながらパンフレットを手にしていました。


晩白柚はドッジボールほどの大きさ

イベントを終え、来場者からは、「異業種からの就農の経緯をいろいろ聞けて参考になった」「農業と一口に言ってもさまざまな経営スタイルがあることを知り、勉強になった」「農業は大変だというイメージがあったが、知れば知るほど面白い」といった感想が寄せられ、多くの人が農業への関心を新たに深めたようです。

また、推し農家たちからも「イベントを通して出会えた縁を今後も大切にしたい」と笑顔がこぼれます。異なる地域や農作物、経営スタイルを持つ人々との交流から学びが生まれ、つながることで、「次なるステップ」へと踏み出せる。そのことを来場者も推し農家も体感できたイベントでした。

取材・文:浜堀晴子 撮影:中山ノリ


農林水産省の補助事業を活用して発足した組織で、農業と生活者の接点となる⺠間企業9社が参画。これまで農業に縁のなかった人たちに、“職業としての農業”の魅力を発見してもらう機会をつくるため、全国で活躍するロールモデル農業者を選出し、彼らとともにイベントを企画・開催するほか、就農に役立つ情報を発信しています。

https://yuime.jp/nmhconsortium/

                   

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