TURNS誌面に連載中の「地域経済とイノベーション」。現在発売中のvol.50に掲載されている第2回は、「エンターテインメントの視点から地域の未来を描く」と題して、地域プロデューサーの齋藤潤一さんが前武雄市長 樋渡啓祐さんを迎えて対談を行いました。「行政をエンターテインメント化する」をはじめ、予想外のキーワードが飛び出し、多くの発見が得られた今回の対談。ここでは齋藤さんが、対談を振り返り、今回得られた学びや気づきについて語る「アフタートーク」をお届けします。
語り手:齋藤潤一(地域プロデューサー)
聞き手:笠井美春
−−今回の対談では、前武雄市長である樋渡さんの強い牽引力、パッションを感じました。実際にお会いしてみてどうでしたか?
齋藤 そうですね。とにかくグリット力、やり抜く力の強い方だなぁ、と感じましたね。僕もたくさんの起業家や生業を起こす人を見てきましたが、何かコトを起こす人にはやはりこのグリット力が強いんですよね。あそこまでアイデアを詰め込んだ計画をフルスイングで実行できる人は、そうそういないと思います。
−−そのグリット力があれば、他の地域でもああいった、わくわくするようなプロジェクトを実行することができるのでしょうか?
齋藤 プロジェクトを成功に導くために、最後までやり通すことができるグリット力は必要不可欠ですね。「世界中から人が来てくれるような心地いい図書館をつくろう」というアイデアまでは思いつく人がきっと他にもいると思うんです。でも、それを「いいですね」で終わらせず、武雄市図書館のように最後までやり抜けるかどうかは別次元の話なんですよね。そこが地域プロジェクトにおける、とても重要で難しいポイントだと思います。
武雄市図書館の館内を巡りながら語り合う樋渡啓祐さん(左)と齋藤潤一(右)
「自身のルール」を作って仕組化する
−−今回の対談を通して、地域プロジェクトを成功に導くポイントは、どこにあると感じましたか?
齋藤 そうですね。記事にもあるとおり、パッション、パーパス、ピープルなどの要素は必要です。樋渡さんは記事内で、「見えるゴールを共有すること」や「人柄の良い人を集める」などのキーワードを出されていましたが、まさにそれの要素を1つ1つ集めていくことが重要でしょうね。それから、さまざま制度やPPP、PFIなどの手法を熟知したうえで、それらをうまく仕組化して利用することも大切になってきます。樋渡さんはそういった仕組みをつくる天才的な才能も持っている方ですよね。さらにそこに適材適所の責任者を配置することも上手にやられていました。ご自身のルールを作って、仕組化することもとても上手でしたしね。
−−自身のルールを仕組み化する、とはどんなことなんでしょう?
齋藤 〝やらないことを決めている〟とおっしゃってましたね。自分の時間に余白を持っておけるように、1日2本しかアポ入れない。楽しいと感じたことしかやらないなど。自分ルールを作って仕組化していくことが、実は物事をエンターテインメント化していくことの秘訣になっているんだなぁ、とお話していて感じました。
−−自分の仕組み化……。なるほど、簡単なようで難しいですね。ちなみに齋藤さんのルールはどんなものがありますか?
齋藤 例えば、午前中は作業の時間に充てたいので外の人とのアポイントは入れない。午後8時半以降は何も入れない。昼間のアポイントも1日2本まで、などですかね。まあ、ほとんど崩れていますけど。(笑)でも、理想はこのルールを守っていきたいんですよ。自分の仕組みが作れないと、仕事の仕組みも作れませんから。
「脚本」でプロジェクトの一歩一歩を、楽しみに変えていく
齋藤 プロジェクトのエンターテインメント化というのは、樋渡さんらしい手法ですよねね。樋渡さんは「楽しむ達人」ですよ。プロジェクトの一歩一歩を「大変だ」とするのではなく、「楽しむ」というふうに変えていく。それによって大変なプロジェクトや挑戦も「よし来た!」と思えるようになっていくんだと感じました。各過程で自分なりにインセンティブを作って、エンタメ化して楽しむようにすることは、プロジェクト成功の1つの鍵だと思いました。
地域づくりはマラソンですから、長く走り続けられるかどうかが重要なんです。樋渡さんは楽しむことで、継続を可能にしてきた。ともすれば、まちづくりは自己犠牲になりがちです。だからこそ僕も見習いたいと思いましたね。
−−自己犠牲になりがち、とはどういった状況ですか?
齋藤 まちづくりって、正解がないなかで進めていかないといけないでしょう? だから、よかれと思ってやったことでも、どうしても賛否両論が出てくるわけです。それによって、渦中にいる方々は大変な思いをすることもあるんです。そこで生まれてしまうのが自己犠牲的な考え。まちをよくするために我慢しすぎて、しんどくなってしまう人もいるということですね。
−−なるほど。いろいろなものを背負い込んでしまうということですね。
齋藤 そうそう。でもエンターテインメント化することで、様々な困難をハッピーに乗り越えていけるといいですよね。
−−対談の中には、「脚本」という言葉もでてきましたね。
齋藤 樋渡さんは「脚本で演じることをきめておく」ことで、みんなが生き生きしてくるとお話されていましたが、まさに、ハッピーエンディングのストーリーを常に考えているんでしょうね。それに引き寄せられるように、結果がついてくるんだと思います。プロジェクトを成功に導くために、この脚本づくりは本当に大切だと私も思いますね。
−−たとえば、齋藤さんがいま描いている脚本はどんなものですか?
齋藤 まずはAGRISTの事業が成功して、世の中に収穫ロボットなどが浸透していく未来かな。その後はスマート農業の学校を作り、世界中からたくさんの人が学びにくる。そしてその人達がAGRISTで働いたり、ベンチャー立ち上げたりするというストーリー展開ですね。さらに、世界中いろいろなところで最先端の技術を学んできて、それを日本流にアレンジしてイノベーションを促進しているというような。どうですか?
−−素敵な脚本だと思います。
齋藤 そうでしょう。こうしてハッピーなストーリーと書くと、「面白い」と思ってくれる人がキャストとしてどんどん集まってくるわけです。それが脚本を書くことの大切さですね。物事の見える化は、伝わり力が各段にあがる。ゴールに導く力があるんです。
−−ちなみにそれは、事業計画と同じにも思えるんですが、どこが違うんでしょう?
齋藤 違いますね。もっと、スタッフの喜びや人の部分も入っているものです。事業計画は現実ベースですが、脚本はわくわくベース。つまりエンターテインメントベースなので全く別物なんです。時間軸も入れて、さらにそれを随時、更新していく。それによってプロジェクトの実現力はあがっていくはずです。
−−なるほど。プロジェクトの成功の鍵はハッピーエンドの脚本、ストーリーを書いておくということなんですね。私も自分の脚本を書いてみたくなりました。
齋藤 ぜひ、皆さんもやってみましょう。それがあることで、人が動いて、物語は転がり始めますから。樋渡さんはハッピーエンドの脚本を書く達人でしたね。僕はこう見えても心配性なんですが(笑)。心配しすぎないで、どんどん脚本を書いていこうと思います。
−−ありがとうございました。次回もまたどうぞよろしくお願いします。
樋渡社中株式会社 代表取締役
前武雄市長
樋渡啓祐
1969年 佐賀県武雄市生まれ。1993年 総務庁(現総務省)に入庁。内閣中央省庁等改革推進本部事務局、高槻市市長公室長などを経て、2004年総務省大臣官房秘書課課長補佐で退職。2005年 当時全国最年少36歳で武雄市長に就任。ドラマ「佐賀のがばいばあちゃん」の誘致、市民病院の民間移譲、年間100万人の武雄市図書館の実現を図り、週刊誌AERA、日経BP「日本をたて直す100人」等にも選ばれる。2015年1月 佐賀県知事選で敗れ、まちづくりの株式会社である樋渡社中を結成しCEO。内閣府所管である地域経済活性化支援機構の社外取締役、関西学院大学大学院客員教授等に就任。趣味はランニング、料理、音楽、読書、旅。今まで40か国を放浪。
一般財団法人こゆ地域づくり推進機構 代表理理事
AGRIST株式会社 代表取締役 慶應義塾大学大学院 非常勤講師
齋藤潤一
米国シリコンバレーの音楽配信会社でクリエイティブディレクターとして従事。帰国後、2011年の東日本大震災を機に「ソーシャルビジネスで地域課題を解決する」を使命に全国各地の地方自治体と連携して地域プロジェクトを創出。これらの実績が評価され、2017年4月新富町役場が設立した地域商社「こゆ財団」の代表理事に就任。1粒1000円ライチの開発やふるさと納税で寄付金を累計50億円以上を集める。
移住者や起業家が集まる街になり、2018年12月、国の地方創生の優良事例に選定される。農業の人手不足の課題を解決するために、農業の自動収穫ロボットAGRIST株式会社を2019年設立。2021年までに国内10以上のビジネスプランコンテストで受賞。
MBA(経営学修士)スタンフォード大学Innovation Master Series修了