【和歌山県・美浜町三尾】
かつてカナダに移民を送り出した
「アメリカ村」が、新たな移住者を迎える地域に!

「アメリカ村」と呼ばれ、今、若い人たちを惹きつける場所が、大阪ではなく和歌山にあるのをご存知だろうか。和歌山市から南へ車で1時間ほど、和歌山市と南紀白浜のちょうど中間にあたる美浜町に、「アメリカ村」と呼ばれる三尾地区(みおちく)はある。

明治から昭和の戦後にかけて、三尾地区では多くの住民が鮭漁を行うためにカナダへ移り住んだ。そんな移民たちが帰国後に、カナダでのライフスタイルや文化を三尾に根付かせたことから、いつしか「アメリカ村」と呼ばれるように。

こうした“カナダ移民のまち”としてのルーツを大切にしながら、三尾地区では2018年から地方創生事業に着手。帰国した移民が暮らした歴史ある洋館を「カナダミュージアム」として活用したり、公民館の2階にカナダのパブレストランをイメージした「アメリカ村食堂 すてぶすとん」を開業したりと、地域活性化に取り組んできた。5年にわたる地方創生事業により交流人口が着実に増える中で、三尾地区に移住し、空き家を活用して新たなチャレンジをしようとする若い世代が増えている。


三尾地区の子どもたちがまとめたカナダ移民の歴史が、「アメリカ村食堂 すてぶすとん」の壁に展示されている

今回は、現役東京大学院生で三尾地区に移り住んだ岩永淳志さんと、ボリビアで生まれ育ち、地域おこし協力隊として美浜町に移住した山口 エリック 剛さんに、三尾地区の空き家問題の現状や、空き家を活用した新たな取り組み、三尾地区の魅力や可能性について話をうかがった。


岩永さん(右)、山口さん(左)


“カナダ移民のまち”を活かした地方創生事業

日本家屋が立ち並ぶ三尾地区の中で、スカイブルーの外壁がひと際目を引くのが「カナダミュージアム」だ。カナダから帰国した移民により1933年に建てられた洋館を修復し、カナダへ移住した人たちの歴史や地域にもたらした文化、カナダでの足跡を伝える施設として活用されている。


カナダミュージアム(写真提供:美浜町)

運営するのは、2018年1月に発足したNPO法人 日ノ岬・アメリカ村。近隣の公民館の2階にある「アメリカ村食堂 すてぶすとん」や、隣の「ゲストハウス遊心庵」の運営も行なっている。

「カナダミュージアム」の館長の三尾たかえさんは、三尾地区の多くの漁師がカナダ・バンクーバー近くのスティーブストンに移り住み、鮭漁を手がけていたことや、移民たちは休暇や老後に帰国し、カナダの生活様式をもたらしたことなどを教えてくれた。また、現在もカナダとの交流があり、三尾地区の子どもたちは地域の歴史を学び、英語でプレゼンテーションできるようスキルを磨く「語り部ジュニア」という取り組みが行われ、昨年は交流訪問により実際にカナダを訪れたそうだ。


館長の三尾さんとカナダミュージアムにて

 

三尾地区に移住し、空き家をリノベーションして暮らす二人の若者

こうした地方創生事業が三尾地区で始まったばかりの2019年8月、東京大学を休学して三尾地区に移り住んだのが岩永淳志さんだ。好きなアニメの舞台が美浜町だったこと、高校卒業の際に、親しかった図書室の司書から「日系カナダ人排斥史」という本をもらい、その本の中に三尾地区が出てきたことなど、偶然が重なり三尾地区に興味を持った。住んでみたいとアクションを起こしたところ、縁あって移住者が三尾地区にオープンしたばかりの「Guest house & Bar ダイヤモンドヘッド」で1年間、住み込みで働かせてもらえることに。

「もともとは海外に1年ほど留学するつもりだったのですが、友だちがみんな海外に行くなかで、一人だけ田舎に住むのも面白そうだなと。それに、若いうちに田舎に暮らす地元の人目線で、物事を考えられるようになりたいと思ったんです」

そんな岩永さんは、2020年9月末にいったん東京へ戻り、大学院に進学。その後、2023年4月に再び三尾地区に移り住み、今は畑付きの空き家を購入し暮らしている。


岩永さんが1年間住み込みで働いた「Guest house & Bar ダイヤモンドヘッド」とオーナーの大江亮輔さん

一方、ボリビアで生まれ育った山口さんは、高校に入るタイミングにあわせて大阪の堺市へ戻り、和歌山大学へ進学。集落の空き家問題や防災をテーマとした研究室の調査で、半年ほど美浜町を含む日高郡に滞在した。

卒業後は大阪でマンションの空き家を活かした民泊や、外国人旅行者向けの観光案内所などの運営を手がける会社に6年間勤めた。こうした経験を活かし、地域の困りごとを解決するような事業を起こしたいと考え、第一歩として2022年11月に美浜町の地域おこし協力隊に就任した。妻が同じ和歌山県内の印南町出身で、美浜町から近かったことも移住を決意した理由の一つだった。


築100年以上の古民家に暮らす山口さん


空き家改修の新たな補助制度づくりから、DIYのワークショップまで

山口さんは、大阪で空き家になったマンションを民泊に変えるという事業を手がけていた経験を活かして、地域おこし協力隊になってからも、「空き家の利活用」をミッションの一つとして挙げている。その中で力を入れているのが、事業用の空き家の改修に対して費用を補助する、新たな制度を立ち上げることだ。

「現在、県外から和歌山県内の空き家に移住するための改修費用を補助する制度はありますが、居住用の改修補助だけでは、増え続ける空き家の利活用がなかなか追いつきません。そこで、事業用の改修にも補助金を出す制度を新設できればと、町に提案しているんです」(山口さん)

山口さん自身も、三尾地区で巡り合った方から空き家を購入し、実際に改修を行い、費用がどれくらいかかるのか、制度を設計するための参考にしている。

岩永さんは、最初の1年間居候した「Guest house & Bar ダイヤモンドヘッド」のオーナーがNPO法人日ノ岬・アメリカ村の事務局長をしており、移住にあたってNPOのメンバーにとてもお世話になったことから、2023年6月から理事の一人として参加。「カナダミュージアム」や「ゲストハウス遊心庵」を訪れる大学生をはじめとした外部の人を受け入れたり、昨年はカナダ移民の子孫が三尾地区を訪れた際に、廃校になった小学校を活用して迎え入れたりした。

「購入した空き家をDIYで改修するワークショップを開いたり、地域の方から聞いたカナダ移民の逸話をまとめてカナダミュージアムで展示を行ったり、耕されなくなった田んぼを使って子どもたちと遊ぶイベントを開催したり。地域の皆さんと話す中で出てきた三尾の隠れた魅力や困りごとなどをもとに、さまざまなイベントを企画しています」(岩永さん)


課題だけでなく、チャンスも見えてきた空き家調査

そんななか、昨年、国の「空き家対策モデル事業」を活用して、一般財団法人和歌山社会経済研究所と県、町が協力して、三尾地区で8年ぶりに空き家調査が行われた。NPO法人 日ノ岬・アメリカ村も事業をサポート。外観調査や住民への聞き取りにより、地区の118軒が空き家と判定され、所有者に対するアンケート調査を実施。22軒から回答が得られ、そのうち10軒が利活用の意向があることがわかった。

「課題としては、一人で複数の空き家を所有しているケースも多く、その方が亡くなられたら一気に空き家が増えることや、相続人がカナダ在住で利活用の話がなかなか進められないことなどが見えてきました。それでも三尾地区の空き家の現状が可視化されたことは、大きな一歩だと思います」(山口さん)

「持ち主がどうしようもないと思っている物件でも、改修して使いたいと魅力を感じている人はいる。その両者をいかに出会えるようにするかが重要だと、改めて実感しました」(岩永さん)

 

三尾地区は、これからますます面白くなりそう!

最近、三尾地区では、大阪からの移住者が空き家をリノベーションして“ベーグル&おむすび”の店を開業しようとしていたり、地元の海で収集したシーグラスを使ったアクセサリーショップがオープンしたり、祖父母が営み20年ほど前に閉店したかき氷屋を関東に住むお孫さんが復活させたりと、新たな動きが続々と生まれている。

岩永さんもNPO法人の一員として、京都外国語大学の学生たちが三尾の特産品である伊勢海老を使ったラーメンを開発し、「アメリカ村食堂 すてぶすとん」で限定販売する取り組みをサポート。山口さんは、美浜町産のキュウリを使ったデザートを一般社団法人煙樹の杜と開発。こうした、新たな名物を開発しようという動きも出てきている。


三尾公民館の2階に「アメリカ村食堂 すてぶすとん」がある

「5年前からNPOを中心に、カナダ移民のまちとして地域の皆さんや大学生を巻き込んで、一丸となって活動を継続しています。そんな動きに刺激されて、『Guest house & Bar ダイヤモンドヘッド』のオーナーなどの移住者が住み始め、さらに、僕たちをはじめとした第2弾の移住者も増えつつあります。現在、三尾地区では地域創生の機運が盛り上がっている。ここから5年、どんな新たな活動が生まれ、まちがおもしろく変化していくのか楽しみでなりません!」(山口さん)

「新大阪から美浜町までは車で2時間弱で、不動産価格もそこまで高くはありません。観光という面で見ても、北の和歌山市、南の南紀白浜や熊野地域に挟まれた紀中エリアは、手つかずの未開の地だといえます。最近では、田舎に滞在しながら、そこで生活するように旅するスタイルが人気。無垢な田舎である三尾地区には、大きなポテンシャルがあると感じています」(岩永さん)


「アメリカ村食堂 すてぶすとん」では、カナダをイメージしたサーモンと地元産のしらすを使った「すてぶす丼」が人気


後に続く人たちが、挑戦しやすい土壌づくりを

これから岩永さんは、昨年の空き家調査の際に学生たちが出してくれた、親子で楽しめるシェア別荘や大きな古民家を改修した複合施設などのアイデアを、一つひとつ形にしていきたいと考えている。

「三尾には、歩いて巡れる距離に楽しいコンテンツが点在しているので、集落の複数の空き家を客室や飲食店に改修し、地域全体を宿に見立てた“アルベルゴ・ディフーゾ”のような、丸ごと楽しめる場所にしていきたい。また、個人的には購入した古民家を中高大学生たちが滞在し、自然体験や地域の人と交流する拠点となる宿泊施設にしたいと思っています。私は学生のときからこの三尾地区に移住し、本当にたくさんのことを学ばせてもらいました。その経験を、10代、20代の若い世代に伝えていきたいです」(岩永さん)


三尾地区の町並み

山口さんは、「事業用の空き家改修補助制度の新設や、三尾以外の地区での空き家調査などの取り組みを継続していくのはもちろん、それだけでなく地域の仕事情報の発信や、各地区に移住者の受け入れ窓口になるような団体を立ち上げるなど、できることは何でも手がけたい。そうやって、これから移住やUターンをする人たちが挑戦しやすい土壌をつくることが目標です」と語ってくれた。

岩永さん、山口さんともに、三尾地区に空き家を購入できたのは、とにかく地域に飛び込み、住民の皆さんと交流を重ねたからだと振り返る。二人が開催するDIYのワークショップなどの情報は、下記の二人のSNSなどでチェックできる。ぜひ、移民を送り出す集落から、移住者を迎える地域に生まれ変わりつつある美浜町三尾地区へ、まずは足を運んでみてほしい。

岩永淳志さんのInstagram/@iwanaghi_eva

山口 エリック 剛さんのInstagram/@ erick_mihama

美浜町地域おこし協力隊のInstagram/@ wakayamamihamachoukyouryokuti

美浜町の移住・観光関係Instagram/@mihama_wakayama


岩永さんと山口さんの活動をサポートする美浜町防災まちづくりみらい課の田中敦之さん(中右)、森 千花さん(右)と

取材・文:杉山正博 写真:大坊 崇


県内の移住に関連するイベント情報は、和歌山県が運営する「わかやまLIFE」のホームページでも確認できます。また、県内の空き家バンク登録物件や、空き家改修補助金などの支援制度も調べられますので、ぜひ参考にご覧ください。

わかやまLIFE
https://www.wakayamagurashi.jp/

                   

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