和歌山市の中心部から車で15分ほど。トンネルを抜けると、目の前に小さな漁港が広がった。小高い丘の斜面には寄り添うように家々が立ち並び、細い路地はまるで迷路のように入り組んでいる。こうした風景が、イタリア随一のリゾート地・アマルフィに似ていることから、いつしか「日本のアマルフィ」と呼ばれるようになった雑賀崎(さいかざき)。
イタリアのアマルフィを彷彿とさせる雑賀崎漁港からの眺め
最近では、空き家をリノベーションしたカフェや食堂、漁師民泊などがオープンし、空き家を活用したフリーマーケットや、壁塗り、地元名物の“あせ寿司”づくりなどのワークショップも開催されている。県内外から雑賀崎を訪れる人はもちろん、移住する人も増えつつある。
その火付け役となっているのが、雑賀崎に暮らす若い世代が立ち上げたNPO法人さいかざきポッセだ。少子高齢化や空き家問題などの課題が横たわる中で、この雑賀崎を、「孫の代まで楽しく住み続けられる場所にしたい」と奮闘する彼らの、現在進行形の取り組みを紹介したい。
山の斜面に密集した、漁村ならではの空き家問題
「漁師にはならんでいい、そう父親に言われて育った」と振り返るのは、さいかざきポッセのメンバーの一人、池田佳祐さんだ。古くから漁村として栄えた雑賀崎だが、時代の流れとともに、漁師を生業とするのがだんだん難しくなっていた。
「子どもには、会社員などの安定した仕事に就いてほしいと親たちが考える中で、進学や就職を機にこのまちを離れる若者が増え、高齢化が進み、空き家も目立つようになっていたんです」(池田さん)
池田佳祐さん
雑賀崎ならではの問題もある。丘の斜面に家々がひしめき合うこの地では、今の法律に則して家を建て替えようとすると、敷地いっぱいに家を建てられず、とても狭い家になってしまう。今ある古い家をお金をかけてリフォームするぐらいなら、別の場所に建てたほうがいいと、雑賀崎を離れる人も多いという。
こうした現状をなんとかしようと、和歌山市が自治体に向けて開催したワークショップに、現在のさいかざきポッセのメンバーも参加。そこから30代を中心とした若い世代が集まるチーム雑賀崎という会ができ、約4年にわたり勉強会などを重ねた。その後、空き家をリノベーションして活動の拠点兼、お試し居住施設を作ろうとNPO法人化。2023年7月、10人のメンバーにより、さいかざきポッセが結成された。
雑賀崎の町並み。迷路のような細い路地がノスタルジックな雰囲気
独自の空き家マップを作成。昨年は大規模な空き家調査も実施
空き家問題について、チーム雑賀崎の頃から取り組んでいるのが、空き家マップづくりだ。これは、空き家を売りたい、貸したいという持ち主から依頼を受け、建物内の写真を撮影し、間取りなどの情報とともに登録するというもの。一般公開はしておらず、さいかざきポッセのメンバーが活動の中で直接出会った移住希望者などに情報を伝えている。
さいかざきポッセの代表・清水綾子さんやメンバーの西出祐也さんは、雑賀崎で生まれ育った。清水さんは手織りの布を使ってバッグや服を手がける作家として活動。西出さんは灰干し乾燥製法で作る干物店「西出水産」を営んでいる。
「地域の方は、私たちを信頼して空き家の情報を提供してくれています。また、調査はすべてボランティアで行っていて、だからこそ、空き家の情報は広く公開せず、雑賀崎に足を運んでくれた方にのみ、お伝えするようにしています。もちろん、雑賀崎に移住したいという方にも来て欲しいですが、まずは、さいかざきポッセの活動はもちろん、雑賀崎に関心を持ってほしいです。この雑賀崎を通じて人と人がつながりを持ってくれるような活動になれば、より一層うれしく思います」(清水さん)
清水綾子さん
空き家については、昨年、国の「空き家対策モデル事業」を活用して、一般財団法人和歌山社会経済研究所や県、市と協力して、活用可能な空き家調査を大々的に行った。和歌山大学の学生も参加し、実際に雑賀崎の地区内を歩き回り、外観の目視調査や住民からの聞き込みを行い、実態を把握。空き家と判定した物件については、登記情報をもとに所有者に物件の利用状況や今後の活用に関する意向を聞くアンケートを送付した。
「地区内にある約600軒のうち174軒が空き家で、アンケート調査の結果、約20軒の建物が利活用の意向があるとわかりました。今後は、この約20軒について詳しく調査し、空き家マップに登録していきたいです」(西出さん)
西出祐也さん
地域住民の認知度を上げるため、空き家を活用したイベントを開催
さいかざきポッセでは、空き家を活用してさまざまなイベントを開催している。2023年2月に初めて開催した「オープンさいかざき」では、空き家をフリーマーケットの会場として活用。空き家を巡るスタンプラリーも行った。半年後の10月に実施したのが「リターンさいかざき」。このときは、暖竹とも呼ばれるあせの葉を使った地元名物のあせ寿司づくりや、お試し居住の家の壁に珪藻土を塗るワークショップ、和歌山大学の学生たちと一緒に砂浜の貝殻や漂着物を使ってアートをつくる体験などを実施した。
また、今年2月には「enjoy!!旧正月」というイベントを開催。
「雑賀崎には、漁が休みとなるこの時期に旧正月を祝う風習が残っていて、神社や船に大漁旗を飾ったり、屋台が並んだりするんです」(池田さん)
それに合わせて、旧正月を盛り上げる餅投げや、7軒ほどの空き家を巡る空き家ツアー、完成したばかりのお試し居住施設のお披露目会などを行った。なかでも、餅投げには多くの住民が集まり大好評だった。
「こうしたイベントの情報は、各地区の回覧板にも入れてもらい、住民の皆さんにお伝えしています。まずは、地元の人にイベントに参加してもらい、リノベーションで快適に生まれ変わった空き家を見てもらったり、活用法を体感してもらったりすることで、『うちの空き家も、空き家マップに載せてほしい』と思ってもらえたら」と清水さん。
さらに、5年ほど前に和歌山市内から雑賀崎に移住し、画家として活動しながらさいかざきポッセのメンバーも務める松尾ゆめさんは、「イベントでは、実際にカフェなどの店舗として活用できそうな空き家を選んで使っていて、まだ見ぬ理想の雑賀崎をイメージできるイベントにしたいと思っています。市外や県外の方にも、イベントの機会に空き家を見てもらい、雑賀崎でお店を開いてみたい、移住してみたいと感じてもらえたらと願っています」と話す。
松尾ゆめさん
集落内の築150年以上の古民家を改装した地域交流施設「Gatto blu(ガット ブル)」(現在、再開に向けて準備中)の壁画は、松尾さんが手がけたもの。
「雑賀崎を訪れた人がアート巡りを楽しめるよう、さらに壁画などのアートスポットを増やしていきたい。雑賀崎で、1棟丸ごとに壁画を描くのが夢です」(松尾さん)
「Gatto blu(ガット ブル)」の壁画
空き家を民宿や食堂に活用し、漁師を儲かる仕事に!
池田さんが開いた1日1組限定の1棟貸しの漁師民泊「新七屋」
空き家をリノベーションして、新たなお店や施設をオープンする事例も増えている。父親に「漁師にならんでいい」と言われていた池田さんは、東京や大阪で会社員として働いていたが、2020年に雑賀崎にUターン。漁師をしながら集落内の古民家をリノベーションし、2021年4月に「Fisherman’s Table&Stay 新七屋(しんちや)」を開業した。さらに、2023年3月には、近隣にある元診療所だった築170年ほどの建物を活かして、「新七屋」の宿泊者と雑賀崎の住民に向けた食堂「うみまち食堂うらら」を妻の美紀さんとともにオープンした。
「新七屋」の居間
「Uターンのきっかけは、帰省したときに漁業が廃れつつある雑賀崎のことを心配していたら、父から『お前はもう陸(おか)に上がったんだから気にせんでええ』と言われたこと。その一言がショックで、いずれは雑賀崎に戻りたいと思っていたのですが、漁師として儲かる方法はないのかと模索するようになったんです」(池田さん)
その方法が、漁師をしながらとれたての魚介を提供する民泊や食堂を運営することだった。
「漁師と民泊を並行して営むことで稼げるモデルケースを示せれば、漁師は儲からないからと雑賀崎を離れた若い世代も、戻ってきてくれるのではないかと思うんです。この集落にUターンした漁師が営む民泊を増やしていくことが目標です」(池田さん)
「うみまち食堂うらら」にて
「うみまち食堂うらら」は、主に池田さんの妻の美紀さんが運営。現在、二人目のお子さんが誕生したばかりで休業中だが、この4月から再開予定だ
空き家を活用した、お試し居住施設も完成
空き家活用のもう一つの事例は、今年2月にお披露目となったお試し居住施設「リラ・ジャンテ」だ。こちらは、清水さんの祖母の家をリノベーションし、さいかざきポッセの拠点かつ、移住希望者が中長期にわたり暮らしを体験できる施設に。現在、民泊としての営業許可の申請準備を進めている。
改装工事は、雑賀崎で「清水工務店」を営む清水伊久夫さんのサポートを受けながら、壁塗りなどは自分たちで行った。壁に塗ったのは、湿気を調節する作用がある珪藻土。天井を高く上げることで、開放的な空間となっている。
「建物が密集した雑賀崎では、日当たりがあまりよくない家が多いのですが、リノベーションすることで、明るく気持ちの良い空間になることを、地元の人にも知ってもらえたらと思っています」(清水さん)
お試し居住施設「リラ・ジャンテ」。壁には色付きの珪藻土を塗って、明るい雰囲気に
夏祭りを復活させたい。さいかざきポッセの新しい仲間を募集!
空き家を活用してさまざまなイベントを開催するさいかざきポッセだが、もう一つ、ぜひ復活させたいイベントがある。それは、清水さんや池田さん、西出さんが小学生の頃まで開催されていた「夏祭り」だ。
漁港には櫓が組まれ、カラオケ大会が行われたり、ハマチやタイなどの大きな魚が泳ぐ生け簀で魚のつかみ取りを体験したり、魚を冷やす大量の氷の中に隠されたお宝を探したり、楽しかった記憶が今も鮮明に残っている。
「規模ややり方を現代に合わせて変えてもいいので、あのワクワクする光景を、自分たちの子どもにも見せてあげたい」(西出さん)
丘の上からは、雑賀崎の集落や港が一望できる
「夏には、多くの若い世代が雑賀崎の実家に帰省します。皆さん、今はここを離れているけれど、雑賀崎のことは大好きで気になっている人が多いと思うんです。そんな地元出身者などを巻き込みながら、夏祭りを復活させるための仲間を増やしていきたいです」(池田さん)
迷路のような町並みを歩けば、あちこちで猫に出会える
こうして雑賀崎のまちに関わる人が増えていけば、空き家を活用してUターンやIターンしたいという人も自然と現れるのではないか。そのベースをつくり上げるために、さいかざきポッセではこれからも空き家マップづくりや空き家を活用したイベントなどの活動を続けていく。この雑賀崎の港に、多くの子どもたちの笑い声が響く日を夢見ながら。
さいかざきポッセ Instagram
https://www.instagram.com/saikazaki_posse/
取材・文:杉山正博 撮影:大坊 崇
県内の移住に関連するイベント情報は、和歌山県が運営する「わかやまLIFE」のホームページでも確認できます。また、県内の空き家バンク登録物件や、空き家改修補助金などの支援制度も調べられますので、ぜひ参考にご覧ください。
わかやまLIFE
https://www.wakayamagurashi.jp/