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全国初の「ヨーグルトサミット」とは!?
“ヨーグルトのまち” 茨城県小美玉市の取り組み

みなさん、茨城県小美玉市をご存知ですか?
小美玉市といえば、2014年に全国初の「乳製品で乾杯」条例を出し、「とりあえずビール」ではなく、「とりあえずヨーグルト」で乾杯をうたい、“ヨーグルトのまち”として盛り上がっている自治体です。

2018年10月20日(土)、21日(日)には、「第1回全国ヨーグルトサミット in 小美玉」が開催予定で、小美玉市と住民が協同でイベントづくりの準備で大忙し。
まち全体がなんだかザワついている、ということでおじゃましてきました!

 

東京から電車に乗って、約1時間半で到着

上野駅からJR常磐線に乗って、最寄りの羽鳥駅までおよそ1時間半。茨城県小美玉市は茨城県のほぼ中央にある、自然が豊かなまちです。最寄駅の羽鳥駅から車で市内東方面へと向かうと、すぐにぽつぽつと牧場が現れ、ほのぼのとした風景を拝むことができます。

養鶏や酪農が盛んで、卵の生産量が全国一、酪農は県内一の生乳の生産量、ほかにも、いちごやブルーベリー、れんこん、にらなど、農作物もたくさん採れるまちです。

 

小美玉市役所に“ヨーグルトマン”が現る!

笑顔がとっても素敵な中本正樹さん。

そんなおいしいものがあふれる小美玉市で、とりわけ愛されている食べ物が「小美玉ふるさと食品公社」のヨーグルトです。小美玉産の生乳100%を使っています。

「小美玉市のヨーグルトは、毎朝しぼりたての生乳をできるだけ早くヨーグルトに加工するので、新鮮で生乳のうまみを感じるんです。ヨーグルトの王道中の王道をゆく味わいで、とにかくおいしいです!」

そう語るのは、小美玉市役所内で「全国ヨーグルトサミット」広報を担当している中本正樹さん。ヨーグルトでまちを盛り上げようと、日々活動し、最近では、ヨーグルト、ヨーグルトと言いすぎて、役所内では“ヨーグルトマン”なんてあだ名もつけられているそうです。

こちらが噂の飲むヨーグルト。さらさらとした飲み心地で、生乳のうまみを感じる。

「小美玉をはじめ、地方都市にいると、うちには何にもないよね、と言われがちですよね。でも、うちはヨーグルトがあるよ、と伝えたい。“ヨーグルトのまち”として、地元の方にシビックプライドを持って胸をはっていただけたら嬉しいですね!」

そんな風に語る中本さんからは、ヨーグルトでまちがおもしろくなるはず!と本気で信じていることが、ビシビシ伝わってきます。

 

全国ヨーグルトサミットの狙いとは?

役所のまちづくり戦略室の伊藤 翼さん(左)も、先輩の中本さんとともに全国ヨーグルトサミットのメンバーとして活躍中。

「全国ヨーグルトサミット」は、今年初めて開催される、全国のご当地ヨーグルトが大集合するイベント。現時点で、関東を中心に12市町村のほか、35製造事業者が参加することが決まっています。イベント内容については、現在、市役所のスタッフとまちの人と一緒に夜な夜な集まっては練り上げているんだとか。

「僕たちのほかには、酪農協青年部、青年会議所、商工会青年部、農業青年クラブなどに所属する中堅どころのみなさんをはじめ、映像をつくっているアート系の方たちなど、まちづくりに関係している人をかきあつめています(笑)。今回の切り口はヨーグルトですが、横でつながっておくと、その後、何か生まれるかもしれないですよね」と中本さん。

 

市役所職員と工場長が日本1周ヨーグルト行脚

笑顔が素敵な木村智信工場長。

準備委員会に参加しているのは、市役所職員を含めた市民42名。次世代酪農プロジェクト、周遊型観光、ヨーグルト研究交流、ヨーグルトと健康、野外企画、グッズ、ミュージカル、広報の8チーム編成で動いています。

「小美玉ふるさと食品公社」工場長の木村智信さんは、ヨーグルト研究交流チームのリーダー。中本さんや伊藤さんたちとともに、北海道から九州まで、ご当地ヨーグルトがあるまちへと、ぐるっと日本1周したそうです。現地のご当地ヨーグルトを食べ比べたり、サミットに参加してもらいたい、とお願いする営業の日々。

兵庫県まで車で出かけた時は、長丁場すぎて「もう二度と車に乗りたくない!」と、木村さんからグチが出たこともあったというから、笑ってしまいます。

「小美玉ふるさと食品公社」の工場内にて。白の作業着がしっくりきます。

「中本さんに、『小美玉といえばヨーグルトと言ってもらえるようなまちにしたい』と声をかけていただいて、そのことにすごく賛同しています。小美玉では、学校でおみたまヨーグルトが出るので、小さな時から飲んで育ちます。このサミットが子どもたちにとっていい思い出になって、日常的にヨーグルトを飲む文化がずっと根付いて、代々つないでいくことができたら、頑張ったことが実ったなと思えるかな」

「空のえき そ・ら・ら」内にある売店「ヨーグルトハウス」に並ぶ工場直送のヨーグルト。

木村さんは、普段は茨城空港から徒歩15分ほどの「空のえき そ・ら・ら」内にある工場で働いています。直売所の「ヨーグルトハウス」で新鮮な出来立てヨーグルトの販売もしているので、立ち寄ってみてください。

 

幻の地元産牛乳の復活を目指す!

外之内博行さん(左)と保田知紀さん(右)

続いて、準備委員会メンバーの「外之内牧場」の外之内博行さんと、「保田牧場」の保田知紀さんの元へと、おじゃまさせていただきました。酪農家のみなさんのミッションのひとつは、酪農体験型観光企画の可能性。農泊の酪農バージョンも検討しています。

「酪農を体験してもらい、お金をとるなんて、全然考えもしない発想でした。求人を募集しても人手が足りない状況で、お金までもらうなんて、本当に来るのかな? と疑いながらも(笑)、酪農家の間で模索してみようゼ! と前に進めています」と外之内さん。

実は市役所職員の中本さんとは小学校からの幼馴染で、約20年ぶりに声をかけられたそう。中本さんの熱に圧倒され、酪農家がこのイベントにのらないでどうする? と参加を決めたと言います。

「正樹とは、中学・高校は別のクラスで接点がなかったんですが、40歳すぎて、まちのために一緒に同じ目標を持って、仕事ができる楽しみを感じています。1時間もサミットについて会議で話した後に、駐車場で2時間ぐらい暗闇の寒い中、あーだよなこーだよな、と話すのも楽しいですね。あいつはね、SNSの発信がすごいの! マメに返信したりね。その部門では、僕らは全然わかんないから任せて、酪農関係でぶっ飛んだ企画を考えて、頑張りたいです」

そして、もうひとつの大きなミッションが、幻の小美玉産牛乳を復活させること。実は、東日本大震災によって、生乳を加熱、殺菌できる、牛乳の製造ラインがストップし、そのままご当地牛乳が途絶えてしまっていたのです。

「牛乳を一から作るとなると、莫大なお金がかかってしまう。けれど、地産地消することで、自分たちの子どもとか、給食や地元で飲めることを考えたら、損得なしにやりたいです」

と、やる気をみせる保田さん。取材当日には、青年部代表として、まさに酪農協同組合にその案を提出してきたばかり。 小美玉産の牛乳の復活に向けて日々奮闘中です。

 

小美玉市のおしゃれママのカフェ

最後におじゃましたのは、昨年の7月にオープンしたばかりのカフェ「FreewheelinG(フリーウィーリング)」。牧歌的な風景の中に、突如おしゃれな空間が現れ、驚かされます。

稲毛幸子さん。お店を開く前は、お花屋さん。小美玉市を女子目線で魅力的にするアート活動に取り組む「おみたまLab」のメンバーとしても活動中。

店主の稲毛幸子さんは、ヨーグルトサミットでは、グッズチームのメンバーのひとり。市役所職員3人、映像クリエイターとともに、ロゴマークやグッズ製作の企画をしています。

「中本さんに声をかけられて、気づけばメンバーに、さらに気づけば、店でチームミーティングをしていました(笑)。今日もお店でロゴの会議です。市役所の職員の方と、一般の人が混ざり合って5人で話すと、これがいいよね、というデザインもバラバラで、女性目線と男性目線で分かれたり、新しいモノを生み出す会議がすごく楽しいです」

「今日のお昼ごはん」(1,000円)。器は笠間焼の作家さんにオーダーメイドしている。

埼玉県出身の稲毛さん。ご主人が生まれも育ちも小美玉市ということで結婚後、このまちへやってきたそう。そして今、稲毛さんが感じている小美玉市の魅力について、こんな風に語ります。

「良くも悪くも、都内と田舎の中間ですよね。もっと奥へ行けば、本当の山ですしね。東京に近づこうと思えば、つくばなどの都会の雰囲気になる。ここはその間にあって、何にもないのが、私にとっては心地いい。今日、お店で出しているお昼ごはんも、ほぼ地元産のお野菜です。おいしいものは、人を元気にしてくれます!」

娘さんの柚ちゃん。お店の雰囲気にすっかり溶け込んでいました。

また、移住者だからこそ、感じていることも。

「小美玉市の人は、牛がいることが特別とはまったく思っていない。でも、都会で癒しを求めている方にとっては、魅力のあることだったりしますよね。酪農のまちとして3世代目を迎えている今、時代も変わり、何かしないときっと下の世代が継がなくなってしまう。だからこそ、ヨーグルトサミットのような新しいコトに取り組んで、それをきっかけに、外の人はもちろん中の人にも小美玉市すごいね、と気づいてもらえたら嬉しいですね」

みなさんの話を聞いて、感じたことは、どの方も次の世代のことをものすごく考えているということ。かつて、このまちで昭和初期に酪農が始まった時も、野菜の育たない痩せた土壌で、牛を飼うことによって、堆肥を手に入れていた。そしてそれを土づくりに使ってと、土と牛と人の共存をテーマに、持続可能なまちにしていくために、青年たちが協力して頑張ったと言います。

人口約5万人というまちの中で、人と人がしっかりと結びつき、どこか家族のようなお付き合いさえ感じられるのは、そんな歴史も関係しているのかもしれません。最近では、クリエイティブな若い移住者もちらほら増えてきたということで、のどかな田舎町に新たな風が吹く予感です。

写真:田代恵理 文:上浦未来