フォークトリオ(ヴォーカル・ギター・ヴァイオリンの3人組)がイタリアの農村で農業体験をしながら、土地でオリジナル曲を作り、村の人とライブを繰り広げる。軽やかに、移牧するように村々を巡っていき、土地や自然への回帰を求める人々の多様な生き方を、ミュージシャンの視点から追ったイタリアのドキュメンタリー映画があります。
「トランスマンツァ・ツアー イタリア・農村回帰の旅」。
2017年にイタリアで劇場公開されたこの映画は、イタリア各都市で上映が展開されて特に若い世代からの注目を集め、フランス、オランダ、ルーマニアでも上映、国内外の映画祭でも上映されて好評を博している作品です。
監督は、イタリア・ボローニャをベースにフリーランスの映像作家として活動するヴァレリオ・ニェジニ(Valerio Gnesini)さん(42)。環境や自然、社会、地方再生をテーマにした作品を制作し続けています。この映画を初めて日本に紹介したのは、イタリア・ナポリ在住の日伊文化コーディネーターの中橋恵さん(45)。
イタリアのムーブメントが「今の日本にぴったり」と感じ、監督や日本の仲間に相談をして日本での上映を決めたそうです。
2018年7月、中橋さん自らが日本語の字幕翻訳を手がけた本作の上映会が、監督のヴァレリオさんも立会いのもと東京・横浜・大阪で行われました。そして、瀬戸内しまなみでも上映キャラバン(尾道、大三島、生口島、佐島)が開催されました。
広島県尾道市の上映イベントを取材した内容を2本の記事に分けてお届けします。
前半は「トランスマンツァ・ツアー」上映と、ヴァレリオ監督のトークについて。
イタリア中を「移牧」しながら曲を作る
「トランスマンツァ」とはイタリア語で「移牧」という意味。
羊がシンボルマークになっているこの作品は、フォークトリオの若い3人が、イタリアの南から北までを「移牧」しながら6カ所の農村を巡るドキュメンタリー・ロードムービー。
滞在先のホストは、有機農場を営む家族や、自然農法を守る人たち。そんな農家との交流を目的としたWWOOF(ウーフ:World Wide Opportunities on Organic Farms)を通じて、3人のミュージシャンたちは行く先々で様々な農家に出会う。
農業をはじめ、昼食のパスタをこねて作るところから、チーズ作り、家の素材となるレンガ作りまで、暮らしや土地に根ざした体験をする中で農村の在り方を見て、農家の信念や生き方に触れていく。ヒッピー風の家族から、ユートピア思想を求めたコミュニティまで形はいろいろ。そんな実体験から歌詞を書いて曲を作り、村の人に披露して次の農家に移動、仲間と楽しみながら理想のライフスタイルを目指す。
新しいムーブメントを伝えたい
イタリアをはじめ、欧州の若者の間で広がっている土地や自然への回帰がテーマの本作品。
「欧州、特にイタリアやフランスでは有機農業への関心が高まっています。イタリアでも食品偽装が問題となっていて、食や環境に対しての危機感があります。そんな中で、何から始めればいいかと考えた時に、農業や土地を知ることができるウーフの仕組みに興味を持ちました」とヴァレリオ監督。
「若い人たちの変化や、何を思って農村に来ているのかを知り、その新しいムーブメントを伝えたい気持ちが大きかったです」
作品全体のトーンは軽やか。
フォークのリズムに乗って弾むように、一緒に旅感覚を味わえるのが楽しい。
「何かを提言するというより、もっとソフトな感じで楽しく表現するのが僕の作り方」
そんなヴァレリオ監督の映画表現に出会い、「説教じみていないのが素晴らしいと思いました」と中橋さん。
イタリアで地方再生に関する調査・執筆を行う中橋さんは、ヴァレリオ監督の作品と自身のテーマに相通じるものを見い出し、映画と文章で「プレゼンテーションの違い」に魅力を感じます。「一緒にできたら面白そう」とひらめき、新刊の出版記念で来日するタイミングで、上映とトークをセットにしたイベントを提案。監督も自ら来日を決め、共感する仲間が次々と現れて、実現に至りました。
日本を考えるきっかけに
イタリアの地方再生のムーブメントから、日本を考えるきっかけになればという中橋さんの思いから、初めて日本にやってきた映画「トランスマンツァ・ツアー イタリア・農村回帰の旅」。東京・横浜・大阪、そして瀬戸内しまなみで開かれたイベントでは、それぞれ上映後にトークの時間が設けられ、中橋さんがイタリア語の通訳をして監督と来場者とのコミュニケーションをつなぎました。
尾道の上映会では、来場者からこんな感想がありました。
Iターンで島に来て、有機栽培に取り組む30代男性からは、
「いざ農業を始めたら、思うようにならないことが多くて、収入になかなかつながらない難しさがありますが、そんな中でも畑をするのはすごく気持ちがいいです。できるだけ自然に負荷をかけない持続可能な方法がいろいろあることに映画を観て勉強になりました」
尾道で移住者を受け入れる事業を展開している40代女性からはこんな質問も。
「日本でも2011年の東日本大震災以降、地方移住者が増えました。ライフスタイルを見つめ直して、人間らしい生活をしたいという若い人が増えています。イタリアはどうですか?」
ヴァレリオ監督からは、
「一つは、2008年のリーマンショック後の経済危機がきっかけで、生活のあり方や、人生で何が大事かを考える人が増えて、都会での生活から離れ始めたこと。もう一つが、先進国の一つとして、ライフスタイル自体がリミットに達していると感じます。物があふれて、人との関係もぎくしゃくして、むなしさを覚える人が、特に1970年代~80年代生まれの世代で増えている。それで自らの人生を見つめ直した時に、人とのつながりや心豊かに暮らすことを求めて、田園回帰や自分の町に戻る動きがあります」とイタリアの若者の動向が紹介されました。
イタリアの農村をトランスマンツァ(移牧)しながらドキュメンタリー映画を作ったヴァレリオ監督。
映画制作を通して農業の「見方が大きく変わりました」と話すも「僕には農業はできないと思いました。それぞれの人に合った職業があるから」と言います。
「ウーフで農家は労働力が欲しくて募集しているのではなく、交流が目的。生きるための知恵を教えてくれます。お金を介さずに実体験を身に付けて得られるものは、お金より価値が高いかもしれない。そんな交流をこれからどう生かすか、その答えは映画にあると思います」
取材・文・写真(会場撮影分):桝郷春美
記事後編はこちら!
https://turns.jp/23575
「トランスマンツァ・ツアー、イタリア田園回帰の旅」(Transumanza Tour )
今後の日本での上映予定は未定ですが、決定後、こちらに掲載されます。
https://www.creso.me/transumanza-tour-%E4%B8%8A%E6%98%A0/
【上映会の問い合わせ先】
transumanzatourinjapan★gmail.com
※★は半角@に変換
ヴァレリオ・ニェジニさん(Valerio Gnesini)
1976年ボローニャ生れ。
ボローニャ大学文化財保存学部に通った後、地元紙「イル・レスト・デル・カルリーノ」や「エスプレッソ」誌、コンサートツアーカメラマンとして経験を積む。2008年より、数々のイタリア映画やテレビ番組の映画制作を手がける。RAIで放送中のテレビドラマ「イスペッタトーレ・コリアンドロ」の監督助手を2016年から継続中。ドキュメンタリー映画の過去の作品に「Varvilla」、「Alta Via dei Parchi」など。環境、自然、社会、地方再生をテーマにした作品を制作し続けている。
中橋恵さん
1973(昭和48)年岐阜県生れ。1997年金沢大学工学部土木建設工学科卒業、1998~2000年ナポリ大学工学部留学、2001年法政大学大学院工学研究科修士課程修了、2006年ナポリ大学建築学部博士課程単位取得退学。2018年5月現在はナポリ在住で、日伊文化コーディネーターとして、通訳・コーディネート業務や、地域再生に関する調査・執筆を行う。共著に『世界の地方創生―辺境のスタートアップたち』、『CREATIVE LOCAL エリアリノ ベーション海外編』など。