天空の柑橘畑で、移住と農ある暮らしかたを考える旅

埼玉で農ある暮らしに触れる旅 レポート

“もっと気軽に農に関わってほしい” そんな願いが込められた「埼玉で農ある暮らしに触れる旅」。その第2弾が、2023年12月に埼玉県飯能市で開催されました。

飯能ときくと「ムーミンバレーパーク」が思い浮かぶ方も多いかもしれませんが、そのイメージ通り北欧を彷彿とさせる山々や清流に恵まれた、埼玉でも特に自然が深い場所です。そんな飯能駅から車で20分ほどのところにある「黒指細田集落」が今回の旅の舞台です。「天空の柑橘畑」「埼玉のチベット」とも呼ばれるこの場所で、自分なりの農ある暮らしのヒントを探す旅のレポートをお届けします。

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飯能市の農ある暮らしとは?

埼玉県で3番目に広い面積を誇る飯能市。自然豊かな場所でありながら、都心へのアクセスはおよそ1時間ほど。西武池袋線沿線に位置し、池袋へは最短約38分。その地の利から、地域での暮らしに興味がある都内在住の方々に注目されているエリアです。移住を検討する人の一助になるのが、「‟農のある暮らし”飯能住まい」制度。仕事などのライフスタイルを変えずに週末は自然とのびのび過ごすことをコンセプトに、”半農移住”をバックアップしています。

埼玉のチベット「黒指細田集落」

バスを降りると待っていたのは、登山さながらの急な坂道。山間にポツポツと家々が並ぶ光景を見ると「チベット」という例えにも頷いてしまいます。同じ苗字の人が多いことから、軒先には屋号が掲げられ、まるで一軒一軒がお店のよう。実はこの地域では年に2回「お散歩マーケット」というイベントを開催しており、本当にお店になることもあるのです。この日は各家々が、近隣で採れた農産物や手作りの品々を並べ、ゲストもホストもシームレスに交流を楽しめます。多い時で1000人以上のお客さんが来ることもあるそう。

10分ほど歩いただけで、下を見下ろすと相当な急斜面。「このあたりは上水道がなく、沢の水をくみあげて飲用しています。台風や災害時に汲み上げ装置が壊れてしまったときは、集落の人同士が協力しあって修理するんですよ。ここの水を飲むとおいしすぎて水道水が飲めなくなってしまいます。」と、集落の説明を受けながら、一行は奥へ奥へと登っていきます。

道中の脇を流れる沢にはサワガニがマイペースに歩いていて、水の美しさを象徴しているようでした。普段の運動不足が祟り、そろそろ足がパンパンになるぞ、というところで旅の拠点となる「森見ル焙煎所」に到着。出迎えてくれたのは、このツアーで農ある暮らしを教えていただくみなさんです。

市川さん(写真右)|飯能市ご出身の果樹農家さん。黒指細田集落で数十種類の柑橘類を育てる

百瀬さんご家族|黒指細田集落に移住し、築100年以上の古民家を改装し「森見ル焙煎所」を営む

粕谷さん|都内有名店での経験を経て、「スイーツラボ ピニョン」の屋号で、ネット販売、マルシェ出店、委託製造をするパティシエさん。2024年6月、飯能市で店舗開業予定。

遠藤さん|飯能住まい制度を活用して飯能市に移住。飯能市の獣害被害に課題を感じ、「飯能ジビエール加工所/ワンコカフェ&BBQ ジビエールカフェ」にて、野生動物の命を次の命へつなぐ活動を行う

 

飯能市の皆さんに続き、参加者の自己紹介をすると、なんとみなさんが飯能のリピーターであることが判明!将来の移住先、多拠点居住先を探している方もいました。また、柑橘類が好き、コーヒーが好きという声も多く、農ある暮らしに触れる旅への高揚感が伝わってきます。

 

いざ、天空の柑橘畑へ

市川さんの畑は「森見ル焙煎所」からさらに5分程登った小高い丘の先にあります。丘まで上がると集落を一望でき、伸びをせずにはいられないほど開放的な空間が広がっていました。

集落を登っていった先はこの景色!皆さんカメラを構えながら天空の景色を眺めます

市川さんは30年ほど前から趣味で柑橘類を育てはじめ、今では約20〜30種類ほど手がけています。「これは、はるみ。みはや。あれは星タンゴールに、ばんぺいゆ。こっちは紅まどかね。」と、難しい早口言葉をスラスラ唱えるように、柑橘類の名前を教えてくれる市川さん。説明をしながらその場でもいでは、とれたての果物を味見させてくれます。

どれもジューシーで香り高く、それぞれに甘みや酸味の個性があり、均質化されていない味わいにみなさん舌鼓をうっていました。

どの木も溢れるほどたわわに実っていましたが、これはいちかわさんの努力の結晶。元々雑木林だった場所を、自らチェーンソーで伐採し、最初は柚子を100本植えるところからスタート。そこから、少しずつ種類を増やし、植える場所を変えてみたり、肥料を変えてみたりと試行錯誤しながら現在の畑のあり方にたどり着いたそうです。

今でこそ農家さんとしてご活躍されていますが、はじめた当初は会社員をしながら二足のわらじ。柑橘類は品種によって旬の時期も異なるそうで、ほぼ一年中畑に通う日々。急な斜面をもろともせず、縦横無尽に畑をかけめぐる市川さんを見ていると、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩が浮かんできます。数10種類の柑橘類を食べさせていただき、市川さんのホスピタリティと柑橘のさわやかさに身も心も満たされながら、山を降りていきます。

 

飯能市の食材を使ったお料理を楽しむことも、一つの “農ある暮らし” の形

「森見ル焙煎所」に戻ると、遠藤さんがBBQの支度を終えて待ってくれていました。遠藤さんは日本BBQ協会認定 上級BBQインストラクターの資格をもつ、言うならばBBQのプロフェッショナル。飯能市の食材を使ったアメリカンスタイルのBBQを振る舞っていただきました。

1品目は「市川さんのレモンとクリームチーズのカナッペ」。クラッカーの上には、飯能にある「まほら屋」さんの非加熱はちみつをかけていただきます。2品目は合鴨のローストとパストラミ。添えてあるベビーリーフは飯能市の「はーとふる農園」さんで手摘みされたものです。

味はさることながら見た目もおいしいお料理たちに、参加者からは毎回歓声があがるほど。飯能市の食材を使ったお料理を楽しむことも、一つの “農ある暮らし” の形。飯能に胃袋をしっかりと掴まれていきます。

 

飯能に恩返しをしたいという思いから、自ら獣害対策に取り組む遠藤さん

遠藤さんはご夫婦で「飯能ジビエール加工所」と「ワンコカフェ&BBQ ジビエールカフェ」を営んでいます。「飯能ジビエール加工所」では、ワンコと始める地産地消をコンセプトに、獣害対策として捕獲された鹿のみを処理、加工したペット用の鹿肉加工品を1つひとつ手作りしています。ワンコカフェを運営するほど、動物大好きな遠藤さんが、なぜ鹿肉の捕獲から加工まで手掛けているのでしょうか。

遡ること6年前。遠藤さんご家族は、「‟農のある暮らし”飯能住まい」制度を利用して移住しました。なんと下見に来たその日に、移住を決意したのだそう。息子さんの小学校入学を控えていたため、さらに下見からわずか1ヶ月ほどで飯能市の古民家に引っ越し。驚くべきスピードで決断をしていきます。その1年後新築が完成し、自分たちらしい飯能市での生活がスタートしました。

新天地での生活も落ち着き、飯能に何か恩返ししたいと考えていた頃、飯能市では畑や民家を荒らす害獣の被害が年間約3000万円以上出ており、多いときは400頭ほどの鹿が駆除されているという話を耳にします。しかも、捕獲された鹿のほとんどがごみ処理場で焼却処分されているという事実に、胸がいたんだそう。

遠藤さんの料理に舌打ちながら、自然の近くで暮らすことの大変さも実感しました

「ドラえもんの翻訳こんにゃくで鹿さんに立ち入り禁止を伝えられたらいいのに!」と冗談めかしく話す遠藤さん。農家さんや住民の方の被害を考えると、獣害対策も仕方のないこと。ただ、奪ってしまった命を無駄にしたくはないーー。いただいた命を次の命につなぐために、自ら狩猟免許を取得し、ペット用ジビエの生産と販売をはじめたのです。

今後は人にもジビエ料理を提供できるよう、食肉処理業の認可を受けた施設開業を進めています。お肉の新鮮さを保つこだわりの方法で手掛ける遠藤さんのジビエ料理をいただくことで、獣害対策の現状を多くの人が知るきっかけになるでしょう。

 

オーガニックコーヒーとレモンタルトのマリアージュ

遠藤さんのお料理と話術に魅了されているとあっという間に時間が経ってしまいます。締めは「スウィーツラボ ピニョン」粕谷さんによるタルトレットシトロンと「森見ル焙煎所」百瀬さんの自家焙煎コーヒーとのマリアージュ。タルトレットとはフランス語で小さいタルトを意味し、シトロンはレモン。市川さんのとれたてレモンを使ったレモンタルトです。

口に入れた瞬間は程よい甘さがありながら、後味はレモンの酸味が広がり、くどさが全くないさわやかな風味。そんなやさしいスウィーツに合わせるのは、ネパールのヒマラヤ山脈の麓で育った豆を自家焙煎した、オーガニックコーヒー。まろやかな酸味がタルトレットシトロンにぴったりです。

百瀬さんは焙煎所に来てくれた人、マルシェで出会った人などFace to faceのコミュニケーションを大切にされています。それがご自身にとって、一番心地よい形なのだそう。そのため、ここでいただけるコーヒー豆はネットや卸販売ではなかなか手に入れられない代物です。

 

移住のきっかけは人それぞれ

満腹のお腹を抱え、午後の光にまどろみながら、粕谷さんや百瀬さんにも移住の話を伺います。ジブリアニメに出てきそうな古民家になじむ百瀬さん。てっきりこの集落の方かと思いきや移住をしたのは2年前。奥様のご友人が黒指細田集落に引っ越しをされ、遊びにきたことをきっかけに、ちょうど今住んでいる古民家が空いているとのことで移り住んだそう。黒指細田集落には空き家がほとんどないので、ラッキーだったといいます。

粕谷さんも飯能とのご縁は2年ほど前。練馬出身ということもあり、馴染みのある西武線沿線でお菓子の製造場所を探していたところ、飯能市にいい物件を見つけ、ご家族で移住されたそうです。2024年春には飯能市の元加治駅で店舗開業も控えています。今後は飯能市の食材をつかったスウィーツをより手軽に楽しめるようになりますね。

 

移住のハードルを下げるのは偶発的な出会いの連鎖

今回訪れた場所は飯能市のみなさんが愛情を込めて「マニアック」という場所。そんな飯能の”B面”には農と人と食の魅力が溢れていました。ツアー終了後、一度飯能駅で解散したものの、ゲリラオフ会として企画された駅前の商店街散策に全員が参加。単純に一日を共にしただけではないこの結託感はきっと、黒指細田集落の自然の中で語らいあった副産物でしょう。

帰り際、市川さんから柑橘畑のお裾分けもいただき、自然の恵みのありがたみを感じました

農に触れることは人と人が有機的に関わることにも繋がります。移住先を探していても、すぐに自分にとっての理想の場所を見つけられる人はそういません。しかし、今回のツアーのような偶発的な出会いの場から地域との繋がりが生まれ、その出会いを重ねていくことで移住へのハードルも下がり、結果的に移住する決断のきっかけになりうるのかもしれないと感じる一日でした。

文・櫻井智里 写真・赤井恒平

                   

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