【企業と地域の繋がり方】「ワーケーション」で繋がる企業と地域

オンライントークイベントVol.9開催レポート

宮崎県新富町で地域資源を活かした多彩な新規ビジネスを展開する地域商社「一般財団法人 こゆ地域づくり推進機構」(以下、こゆ財団)とTURNSがタッグを組んだオンライントークイベント『企業と地域の繋がり方』Vol.9が2月28日に開催されました。今回は、“ワーケーション” がテーマ。

ゲストは、日本航空株式会社 人財本部でワーケーションの社内浸透に取り組んでいる東原祥匡さんと、株式会社リコーに所属し1年の約3分の1をワーケーションで過ごしている高内正恵さんです。

ワーケーションの普及・浸透を実現する突破口とは? 企業と地域にもたらす本当のメリットとは? 2人の実践者の実例と対話からワーケーションの今後の発展性を見出したトークセッションをご紹介します!

 

【ゲスト】

◆東原祥匡さん
日本航空株式会社 人財本部 人財戦略部 厚生企画・労務グループ

2007年日本航空株式会社入社。空港業務や客室乗務員の業務を経験した後、2010年より客室乗務員の人事、採用等を担当。2015年末より2年間の社外出向を経て、2017年12月より現職。現在は、規程管理や勤怠といった労務対応、ダイバーシティ&インクルージョンの推進、ワークスタイル変革の中でも特にワーケーションの取り組みについては、制度設計から社内の浸透施策まで企画立案し、関係人口の増加等に向けた地域活性化の取り組みにも繋げている。

 

◆高内正恵さん
株式会社リコー リコーデジタル プロダクツBU

複合機やプリンターの国内マーケティングを担当。2020年10月からリモートワーク中心の働き方になり、個人的にワーケーションを実践している。地域に2週間ほど滞在するスタイル。メーカーが新たな価値創造で生き残るためには、社員が多様な価値観にふれ、越境体験が必要だが、ワーケーションがその起爆剤になるにはまだまだ課題が多い。昨年は四国四県のワーケーションモニターに同僚の技術者とともに参加。地方に滞在し、現場起点での課題発見がメーカーの同質化打破のヒントになると実感している。

 

【モデレーター】

高橋邦男さん
一般財団法人こゆ地域づくり推進機 執行理事/最高執行責任者

堀口正裕
TURNSプロデューサー/株式会社第一プログレス 代表取締役社長

新富町
宮崎県宮崎市の北隣に位置する人口約16,500人のまち。子どもの占める割合が比較的多く、高齢化率は県内で下位から3番目。主な産業は農業。

こゆ財団とは?
「こゆ財団」とは、2017年に新富町が設立した地域商社。「世界一チャレンジしやすい町」というコンセプトを掲げ、人材育成や商品開発、関係人口創出などに取り組んでいる。中でも、ふるさと納税の運営と人材育成を大きな軸とし、農産物のブランディングを通じて付加価値を高めるなどし、4年間で60億円の寄付金につながっている。手数料などによって得た収益は人材育成に投資し、オンラインなどを通じて学びの場を提供している。

 

一人ひとりがウェルビーイングを実現しやすい町

イベント冒頭はこゆ財団の高橋さんより、ワーケーションの切り口から新富町をご紹介。「世界一チャレンジしやすいまち」である新富町は、言い換えれば「一人ひとりに居場所と役割があるウェルビーイング(幸福・健康)なまち」でもあるとのこと。

「幸福学」の研究で知られる慶應義塾大学の前野隆司教授によると、長続きする幸せは、金、モノ、地位など他人と比較できる財(地位財)ではなく、環境に恵まれる幸せや健康である幸せ、そして心の要因による幸せが多く含まれているそう。心の要因は4つあり、

・自己実現と成長
・つながりと感謝
・前向きと楽観
・独立とマイペース

だそうです。新富町はこの4つの因子を起点に、この町でみんなが自分らしい幸せを実現する指針となるよう2020年に『新富町ウェルビーイングブック』を作成しました。幸福学の考え方をまちづくりに取り入れているとは先進的です。

このような観点で見ると「ワーケーション」は人々がウェルビーイングな働き方・生き方をするための有効な手段ではないかと高橋さんは言います。

「世界一チャレンジしやすいまちとは、一人ひとりに居場所と役割があるウェルビーイングなまちのことだと思います。やりたいことは人それぞれですが、それを互いに認め合い、横でつながり、応援し合っていけるような町。地域おこし協力隊の仕組みを使って、東京から新富町へ移住し新規就農して青パパイヤの生産・商品開発に取り組んでいる岩本脩成さんや、鹿児島から移住し未経験でもカメラマンとして活躍している中山雄太さんみたいなチャレンジが、まちにもっと増えていくといい。ワーケーションを通じて多様な人がまちに関わることで、よりチャレンジしやすく、よりウェルビーイングな環境ができていくように思います」


2017年からこゆ財団が活動を始めて5年。2022年現在、まちに多様なチャレンジが増えている。

新富町にも企業や団体、リーダー人材などが、研修・合宿などの目的でワーケーションをしに来るそうです。

「その際に地域とも何らかの関わりをつくっていただけたら。一緒に何かチャレンジや仕掛けをつくりたい」と高橋さん。ワーケーションにおいて、企業が単に場所を変えて自分たちの仕事を行うというだけでなく、その地域との関わりをいかにつくるかがお互いの発展の鍵となりそうです。

では、ワーケーションの先駆者たちはどのような実践をしているのでしょうか? 東原さんと高内さんから活動事例をお話しいただきました。

 

社員自身の気づきと、地域との共創を目指して

東原さんが現職に就いたのは2017年。ちょうど働き方改革が始まった頃で、「ワーケーション」という概念に馴染みの薄い時から、社内外への普及・浸透に取り組んできました。JALでは今でこそワーケーションを取得する社員が1000人近くに増えたものの、当初は「休みの日に働くの?」という声もあったそう。そんな中「まずは自分がやってみなきゃ!」と北海道の斜里町への滞在から始め、海外を含む18ヶ所程の地域でワーケーションを体験。今後は地域との関わりがワーケーションのテーマになると実感したそうです。

ワーケーションの社内浸透を図る際に議論になりやすいのが「交通費を負担するのは会社なのか、個人なのか」という問題。JALでは休暇中の業務を認める「ワーケーション」と、出張に休暇をつける「ブリージャー」の2つの制度を併用していますが、なかなかワーケーションはやりにくい、会社が企画してくれると参加しやすいという声を受け、東原さんは遠方・近郊さまざまな地域で多様なワーケーションを企画してきました。

離島の徳之島では社員が家族も連れて参加。滞在中にワーケーションする上で何が必要かを考えました。参加者からは「あえて遠く離れた場所で仕事をすることで自分を俯瞰できた」「ふだんより家族との時間をたくさん過ごせた」「離島における交通機関として使命を感じた」など、距離の遠さがもたらす恩恵を見出しました。

近郊の鬼怒川温泉では、ワーケーションとして長く滞在することによって、これまで1泊2日のお客様をメインに運営してきた旅館が、食事のバリエーションや長い滞在を楽しんでいただけるコンテンツの重要性に気づき、持続型の取り組みを一緒に考えることができました。

SDGs未来都市でもある壱岐では、自治体関係者や民間企業社員、子ども連れのご家族など多様な属性の参加者がプログラムを自主的に選択する無料のモニターツアーを実施。20名の定員に対して4倍もの応募がありましたが、多くの人々が現段階では自腹を切ってまでワーケーションに踏み出せない実態を感じると同時に、潜在的なニーズの大きさも感じたそうです。

「今後は地域との共創を目指したワーケーションをしていきたい。ワーケーションをした社員が地域のニーズを社内へ持ち帰ることで新たなプロジェクトにつながるかもしれない。そんな関わりを全国へ広げていきたい」と東原さんは語りました。

また、一つの企業や一つの自治体だけでは限定的であるため、2022年度からワーケーションを軸とした共創型コミュニティ「ワークスタイル研究会」を発足させる予定です。ここにはリコーも参加を決めており、JALから始まるワーケーションの輪に期待が集まっているようです。

 

会社の名刺を持って地域に一歩深く踏み込む醍醐味

単身赴任で2拠点生活を経験したことをきっかけに長期で旅する楽しみを知り、ワーケーションを始めたという高内さん。リコーに所属しながらあくまで個人的に実践しています。最近はなんと年間100日以上もワーケーションで仕事をし、2022年2月には内閣府地方創生推進室が主宰する「地方創生テレワークアワード」で表彰もされました。

リコーでは新しい働き方を目指して人事制度を改革し、社員のワーケーションを推進。地域活性・地方創生に寄与する働き方を奨励しています。コロナ以降に入社した若手社員が交流の機会を失っていることを問題視し、入社2年目の社員全員が富良野でのワーケーションを体験する企画も行いました。

気になるワーケーション経費のやりくりについては高内さんの場合、個人的にやっているので会社からの補助はないとのこと。しかしそれを差し引いても続けたくなる魅力があるそうです。

「私のワーケーションの楽しみ方は、地域の仕事や活動に関わること。与論島で地域の人と一緒に海岸の掃除をしたり、北海道で漁師さんたちと昆布干しをしたり」ビーチクリーンは気軽に参画しやすく、昆布干しは期間限定の集中的な労働なので切実な手伝いのニーズがあり、ワーケーションとの相性が良いと感じているそう。

「ワーケーション中はリコーの名刺を持って自己紹介します。会社は今、SDGsと事業の同軸化を目指しており、地域でもリコーの姿勢をお見せすることが重要ですし、『リコーさんだったらこんな相談できる?』と地域の方から思わぬお話を聞けることも。それが休暇とは違うワーケーションの醍醐味です。会社のSDGs研修中にワーケーション先の現地からつないで空気を伝えることもあり、社内への興味喚起もしています」

ワーケーションを熟知した高内さん曰く、リピートするかどうかの決め手は、第一にやはり通信環境とのこと。まずは安心して仕事ができる環境が整っていることが重要だと言えそうです。

 

ワーケーションで生まれる企業と地域の新たな渦

ここからは東原さん、高内さん、高橋さんと堀口の4人によるトークセッション。視聴者からの質問も交え、ワーケーションにまつわる課題や新たな可能性について熱い対話が展開されました。

 

■ワーケーション先の地域課題が仕事になる

堀口:高内さんは昆布干しを手伝ったりしていますが、地域課題をワーケーションで解決するという感覚は周りの社員の方々も持っているんですか?

高内さん:そこはまだまだで、会社がお金を出してくれないとワーケーションには行かないという意識は問題。他にも子育てがあるから行けないとか、ボランティア精神がある人しか行かないんじゃないかとか。自分のお金を使って自分が行きたい所へ行き、成長を実感し、得たことを会社の仕事に生かしていくのがワーケーションだと思うし、私はそういう働き方を実現したい。地域とコラボして無料の住宅を用意するなどの話もありますが、それでは日本の経済が回らないので、自分のお金を使うことで経済を回していくのも大事だと思う。でもそれは説得しようとしても難しいんですよね。

高橋さん:新富町でも、特産品の干し大根をつくる作業は農家の伝統的な風景で、高所へ上って大根を干すので、農家の高齢化に伴い持続が大変。そういう作業を、価値を感じながら共にできるような仕事は各地にたくさんあると思います。

堀口:今治市では、地元事業者が解決したい課題と、それに関わりたくてワーケーションに来る人とをマッチングするシステムがありますね。

東原さん:制度をつくる側の私としては、最初の一歩目のきっかけとして費用の補助をするのも大事かなと考えています。社員でも社外での新しいインプットを求めている人は多く、そこを合致させていく仕組みがつくれたらと。ボランタリーで関わる活動もあるでしょうが、労働力として関わるなら仕事の一つにもなり得ますし、新しい展開になりますよね。

 

■ワーケーションは「ジョブ型」の会社じゃないと難しい?

高橋さん:視聴者の方からの質問で「ワーケーションはジョブ型の会社だからできることで、管理型の会社では無理じゃないか」と。しかし、この先はどんな職業でも「この時間働いていたら仕事です」という概念は遠い過去の話になる時代が来そうな気もします。

高内さん:冒頭のウェルビーイングのお話で、サラリーパーソンは本当にたくさんの時間を仕事に費やしていると思うんです。斜里町で地域の人と交流すると、みんな仕事はしっかりやっているのに、スキーに行くとか、魚釣りに行くとかすごく楽しそうで、聞くと「俺たちは暇なんだ」と言う。農家なら冬は閑散期だし、漁師さんなら早朝の漁で仕事が終わる。サラリーパーソンも「僕らは管理型の働き方だからできない」ではなく、リモートワークができるなら、それを別の場所に行ってやるのがワーケーションですし、そこで地域の仕事にも関われる。本当にやりたい人はシンプルにやってみるといいと思います。

高橋さん:自分の有限のお金と時間の投資の仕方にワーケーションの本質がありそうですね。

 

■共創を生むために重要な「コーディネート力」

高橋さん:仕組みとして労働力を確保するのではなく、一緒に知恵を出し合ったことが企業と地域の新たな事業になるなど、ワーケーションの先に「共創」があってほしい。地域の人々と心が通い合い、地域の文化を守っていくことにもつながるような展開。ワーケーションは手段に過ぎず、目的は第2、第3の拠点や故郷を見つけることではないかと思います。企業の方は地域の人とのコミュニケーションのきっかけが掴めなかったりすると思うので、そこをつないで好事例を一つでも多くつくっていきたい。

高内さん:「コーディネート力」は重要だと思います。ワーカーも挨拶だけではなく一歩踏み込む姿勢、深い話が聞けるかどうかが大事ですよね。

堀口:TURNS本誌でワーケーションの特集をした時も「コーディネート力」の重要性を強く感じました。リピート率が70%の筑摩市では「セレンディピティを楽しんでください」と言ってはいるけれど、実はお互いのニーズを知っている人がうまくつなげている。ワーケーションに来た人同士で事業を生んでも、それは地域からお金を吸い上げている格好なので、地域が事業に関わることが大事。また、ワーケーションが活性化している地域に共通していたのが、ワーカーが地域の子どもたちに自分の仕事を話すというアクション。地域の次世代と共に未来を考えることは、双方にとってメリットですよね。

高橋さん:中の人も外の人も関係なく、幸福度の高いキーパーソンがコーディネーターとなって、地域の人とつながり、外からも新しい人を連れてきて、どんどん渦をつくっていく。そういう人がこれから新しいものを生み出すきっかけになるのかもしれませんね。

 

「ワーケーション」は、自分自身の幸福な生き方・働き方に気づく機会であると同時に、企業と地域の新たな共創の場でもあります。ホスト対ゲストのような単純な間柄ではなく、もう一歩深く地域に関わって見ることで次なる展開が見えてきます。

「ワーケーション」を人・地域・企業のウェルビーイングの手段として捉えることで、大きな可能性が見えた今回のイベントでした。

                   

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