「月額4万円で全国住み放題」は本質じゃない
ADDressが提供するのは“新しい日常”
月額4万円で、全国各地にある家に自由に住むことができる。そんな画期的なサービスが昨年、始まった。運営するのは「ADDress(アドレス)」。代表を務める佐別当隆志さんが、モノや場所の共有を促進する経済「シェアエリングエコノミー」の日本に適したかたちを追求し、試行錯誤を経て実現させた。少子高齢化、空き家問題といった課題の解決を目指す社会起業家が、住まい方の〈革命〉の先に見据える未来とは。
profile:佐別当隆志(さべっとう・たかし)
立命館大学国際関係学部卒。2000年に「Gaiax」に入社し、広報や新規事業開発を担当シェアハウス「Miraie」運営などを経て、一六年にシェアリングエコノミー協会を創設。
一八年に「ADDress」を創業し、翌年四月からサービスを開始した。
人生を変えるサービス
ADDress の「定額全国住み放題」サービスは、月額4万円さえ支払えば、敷金や礼金といった初期費用は一切必要ない。光熱費も利用料金に含まれ、家具、家電、アメニティ類も完備されている。自宅を持ちながら、サーフィンやアウトドアといった趣味のため週に何日か利用する人、自宅を引き払い「アドレスホッパー」として生活する人など、すでに数百人が利用しているという。
「当初は5拠点から始めたのが、1年足らずで40拠点以上にまで増えました。年内に百は超えたいですね」
現時点で物件数が多いのは、千葉県や神奈川県といった都市近郊。ただ、歓楽街すすきのに電車五分で行ける札幌市のシェアハウス、大分県別府市の露天温泉付き物件など、バリエーションはかなり豊富だ。
記者発表会を開き、クラウドファンディングをスタートさせたのは昨年2月。その反響は想像をはるかに超えていたと振り返る。
「昨年4月1日から、まずはクラウドファンディング会員限定でサービスを開始しました。『とりあえずやってみよう』という感じだったのですが、募集を始めると30人の予定だったところに700人も集まってしまって。資金も目標200万だったのが、二カ月もたたずに1,200万円ほど集まりました。それでようやく、これは『やってみよう』では済まないと気付いたんです」
当初から、今の時代に必要とされているサービスだという確信はあった。少子高齢化が進む中で地方を中心に空き家は増え続け、2033年頃には全住宅の三割に当たる、2千万戸以上になると予測されている。
都市部に人口が集中する傾向は依然続いている一方、東京在住者の四割が地方移住を検討しているか、今後検討したいと考えているという調査結果もある。
「例えばある利用者の方は、ADDress を使用し始めたのを機に会社を辞め、フリーランスになりました。20代から40代の人が多いとか、都市部在住の人が多いとか、利用者に一定の傾向はあるものの、皆が口をそろえるのは『生き方が変わった』ということ。そうした人たちと実際に触れ合う中で、いかにこのサービスが強く待ち望まれていたか、“人ひとりの人生を変える”サービスであるかを実感します」
強調するのは「ただ空き家があればいいわけではない」ということ。
「地域が受け入れてくれることがとても重要。僕自身、実際にその地に赴いて、地元の人に会って確かめます」。地域と利用者の双方が幸福にならなければ意味がない。そんな精神を象徴するのが、住み込みや通いで拠点を管理する「家守(やもり)」の存在だ。
「『家守』が見つからず、利用を開始できずにいる拠点もある。それぐらい重要な存在です。物件のオーナーや、地域にネットワークを持つ人がなることで、利用者と地元をつなぐ『ハブ』の役割を担ってくれるし、地元の知り合いが管理していたら、周辺住民も安心できる。仮に何か齟齬が生じても、地域の人たちは、僕の説明は聞いてくれなくても、家守の説明なら聞いてくれる」。仮に物件が見つかっても、地元の理解をうまく得られない場合は断念することもある。
「定住者を求める地元の方には、あくまでも『定住する人が見つかる可能性があるサービス』なんですと説明します。それでもご理解いただけない場合は、仕方がないですよね」
この日インタビューが行われたのは、ADDress が入居する東京・永田町のシェアオフィス「Nagatacho GRiD」。このオフィスの立ち上げが、佐別当さんのガイアックス時代最後の仕事だったそう。地下一階にはイベントスペースも。所属や立場を超えた交流が自然と生まれそうな、開放的な空間だった
人の可能性を伸ばしたい
都市と地方を繋ぎ、これまでの暮らしでは出会うはずのなかった人と人を繋ぐ。そんなADDress のサービスの源流には、佐別当さん自身の体験がある。
今もうっすらと関西弁のイントネーションが残る佐別当さんは、大阪府八尾市の生まれ。「大学に進学する人の多くない、あまり治安もよくないとされるエリアでした。周囲の人たちを見ていると、地頭はいいのに、中卒や高卒だからなかなかいい仕事に就けなかったりするんですね。環境が人の選択肢を狭めることに、すごく違和感を感じていました」。そんな中、たまたまテレビ番組で知ったのが、カンボジアの和平などに尽力し、国連事務次長も務めた明石康さん。「こんな風に世界で活躍する日本人がいるんだと衝撃を受けて。自分も人の可能性を伸ばすことを仕事にしたい、そう思ったんです」
志を胸に、立命館大学の国際関係学部に進学。2000年、大学四年生の終わりにインターンシップで働いたのを機に、インターネットコミュニティサービスを展開する会社『ガイアックス』に就職した。当時はインターネットが急速に拡大し、それによって理想の社会が実現するといった言説が賑やかに語られていた時代。しかし、佐別当さんはある懸念を抱いていた。
「ネットだけで全てが解決するといった風潮や、人の顔も見ずに数字だけが一人歩きする状況に対しては、『こんなことでいいのだろうか?』と思っていました」
転機が訪れたのは2010年。マンションを一軒まるごとリノベーションしたシェアハウス「ソーシャルアパートメント恵比寿」に入居したことで、価値観を大きく揺さぶられた。
「すごくラグジュアリーな共同スペースがあって、そこに海外の人も、年配の人も、若い人も共にいて。インターネットのSNSとリアルな空間とが融合したような場でした」。
その一、二年前から、実業を通して社会的課題の解決を目指す「社会起業家」を育成するためのスクールに通っていた佐別当さん。ちょうどこの先の進むべき道を模索している時期だった。「シェアサービスの分野で何かやろう。そう心に決めました」
そこから佐別当さんの前例のない試みが始まった。赤ちゃんの入居を禁止するシェアハウスが多いことを知り、入居できるシェアハウスを自ら運営。自宅などを貸し出す民泊も、まだその言葉自体がなかった頃から運営している。
「その後、民泊が広く知られていくのですが、とにかくネガティブなことばかり語られていました。グレーなサービスだとか、近所迷惑だとか、ゴミ出しをめぐるトラブルが起きているとか……でも、自分たちがやっている民泊にはポジティブなことしかなかった」。
ちょうど、ガイアックスもシェアリングエコノミーに力を入れようとしていた時期。「たまたま僕は、海外でウーバーやエアビーアンドビーといったシェアサービスを体験してもいました。マイナスの部分を叩くのではなく、ちゃんと法整備をしたり、正しく理解してもらい、シェアサービスのプラスの部分を広げる方に力を注ぎたい。そのために、協会を立ち上げることにしたんです」
それが今も理事を務める「シェアリングエコノミー協会」。「ADDressを始めるためのネットワークやノウハウは、そこで蓄積されていました。僕にとっては、相談を受ける側から、実践する側に立場が変わっただけなんです」
代表の佐別当隆志さん(左)と取締役の桜井里子さん。前例のないサービスを共につくり上げてきた盟友だ
この人に会いたくて
今では政府も推進するシェアリングエコノミー。市場も大きくなってきたが、その分、課題も明確になってきたと話す。
「海外でシェアリングエコノミーが進んでいるのは都市部なんです。例えば、人口密集地で大きな国際イベントが開かれ、宿泊先などの供給が足りないとき、個人が遊休資産を提供する。でも、協会に多く寄せられていたのは、人口減少が進む地域などからの相談でした。お店がない、タクシーがない、仕事がない、シェアサービスで問題を解決できないかと。色々と試みたのですが、シェアサービスは基本、人口が多くないと成り立たないんです。地域を変えるようなインパクトのあることはなかなかできなかった」
たどり着いたのが「都心と地方を結びつけるシェアサービス」。ちょうどその頃、ガイアックスの元同僚で、地方創生のコンサルティングをする企業に勤務していた桜井里子さんの企画に加わることになる。「それが『21世紀型の参勤交代プロジェクト』。地方から江戸に向かった参勤交代とは逆に、今は都市から地方へ参勤交代する時代だと。新規事業のためのビジネスモデルをつくって、ブラッシュアップしていった。それがADDress の原点です」。しかし、ある事情でこの新規事業が中断。「ならば自分たちで」と、桜井さんと二人三脚、ADDressの仕組みをゼロから作り上げてきた。
「例えば、契約の最短期間は三カ月です。収益だけを考えれば、本当は一カ月から契約した方がいいのですが、それだと利用者が拠点を転々として終わってしまうんですね。でも三カ月あれば、同じ拠点にもう一度行ったりして、〝以前会った人とまた会う〟体験が生じる。最終的には『この人に会いたくて、ここに行こう』となってほしいんです」。それは言い換えれば、新しいコミュニティづくりだ。「これが本当に広がっていけば、大げさではなく日本を変えられるのではないかと思っています」
掲げる目標は「2030年までに物件を20万戸、会員を100万人に」。かなりの規模だが、この数字にも理由がある。
「あらゆる層や世代のニーズに応えるには、必要な規模だと考えています。例えば、最近は七十代や八十代の利用者も出てきました。となると、介護付き、食事付きの物件もほしい。専用の個室を借りられるサービスも始めていますし、家族用物件も増やしていきます」。
自治体や地元企業との協力態勢の強化に加え、期待を寄せるのは利用者がオーナーや家守となっていく流れだ。
「実際、利用者さんの妻が実家を提供してくれた事例が既にあります。利用者が提供者にもなっていくのは、シェアサービスの強みです」
もう一つ、力を注いでいこうとしているのが法人契約。一契約で3人まで利用でき、月に3日間までは同時利用できる。「合宿やチームミーティングに使えるための仕組みです。休暇を兼ねたリモートワーク、福利厚生など、いろいろな利用の仕方があると思います」。『リクルート』といった企業、子育て支援に取り組む認定NPO法人『フローレンス』などが利用を開始している。
「ゲストハウスなどが非日常を提供するサービスだとすれば、ADDressが提供するのは“新しい日常”です。自宅と会社の往復に終始したり、ずっと家にこもっていたりしたこれまでの暮らしこそ、実は非日常だったと気付く。そんな体験を一人でも多くの方にしてもらいたいですね」
文:瀬木こうや 写真・編集:三根かよこ
※本記事は、本誌(vol.41 2020年6月号)に掲載しております
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