観光の仕事は幅広く、奥深い!
長野・渋温泉で高校生が観光の未来に触れた
2日間のインターンシップレポート

海外の観光客に大人気の温泉郷、長野・山ノ内町の渋温泉で、県内の高校生を対象に観光業インターンシップが開催されました。旅館や温泉街での就業体験、さらに観光の仕事を多彩な角度でとらえる模擬授業を通して、観光業の魅力を伝えました。

インバウンドで大人気の渋温泉、その課題とは?

長野駅からローカル線の長野電鉄に揺られ、終点の湯田中駅へ。5分ほど車を走らせて到着するのが、開湯1350年の歴史を持つ渋温泉郷です。温泉大国・信州でも指折りの湯量と泉質の良さを誇り、温泉旅館と九つの外湯はすべて100%源泉掛け流し。もう一つの魅力が、フォトジェニックな温泉街です。風情ある木造の老舗旅館や卓球場、みやげ物店が軒を連ねる石畳舗装の温泉街を浴衣に下駄で散策する観光客は、渋温泉を象徴する風景です。

温泉街の脇を流れる横湯川の上流には、世界で唯一、温泉に入るサルを観察できる「地獄谷野猿公苑」があり、「スノーモンキー」の愛称で海外からの旅行客に大人気です。県内屈指のスキーリゾート、志賀高原の入口に位置するため、冬はスキーやスノーボードと一緒に楽しめるのも魅力。こうした周辺環境も相まって、渋温泉は高いインバウンド人気を誇っています。

インバウンド客で一番多いのが、日本と季節が真逆のオーストラリア。中国や台湾などアジア圏にも人気です。宿によっては宿泊客が全員海外旅行者である日も珍しくないほど国際色豊かな温泉地で、渋温泉の旅館の女将さんたちは英語で日常会話ができるのが当たり前なのだそう。

そんな渋温泉もほかの観光地同様、人材不足という深刻な問題を抱えています。コロナ禍の打撃で人材を削減せざるを得なかったダメージが残ったまま2023年春から観光客が戻り、サービスが追いつかないアンバランスな状況が続いています。

これは今だけの問題ではありません。観光業が再び活気を取り戻すには、長期的な視点で人材を確保すること、育てることに取り組む必要があります。

観光業のおもしろさを知るインターンシップの多彩なプログラム

8月、渋温泉では県内の高校生を対象にした観光業のインターンシップが一泊二日で開催されました。旅館業やガイド業、SNS活用など幅広い業務を体験することで、渋温泉の観光業の魅力を伝えることが目的です。さらに、全国4大学の観光系学部教授らによる模擬授業も実施しました。

▼スケジュール

【1日目】

10:00 オリエンテーション

10:30 大学模擬授業
(淑徳大学・吉田雅也教授/國學院大學・井門隆夫教授/京都外国語大学・松瀬理保先生/長野大学・熊谷圭介副学長)

13:30 食事休憩

14:30 旅館での就業体験(英語で部屋までの案内・配膳・布団敷きなど)

18:00 食事休憩

19:30 渋温泉旅館組合で就業体験(ナイトエコノミー開発・SNS発信)

21:00 終了・各宿に宿泊(無料)

【2日目】

6:30 旅館で就業体験(朝食準備・配膳)

9:00 「シブズツアーズ」でガイド就業体験(源泉見学・渋温泉町歩きツアー)

10:30 会場移動(渋温泉→志賀高原山の駅)

11:00 大学模擬授業 立教大学・庄司貴行教授

12:30 食事休憩

13:30 立教大学観光学部のゼミ合宿に合流し、大学生とワークショップ

15:00 閉会式


オリエンテーション会場の「小石屋旅館

バラエティに富んだプログラムを企画したのは、主催の渋温泉旅館組合・石坂大輔さん。渋温泉などで4軒の宿を営み、2015年から大学生のインターン受け入れを続けています。

「旅館のインターンというと布団の上げ下ろしや皿洗い、掃除などを想像しますよね。もちろんそれらも大切な仕事ですが、そこだけ切り取ると学生はきつい仕事だと感じてしまいます。でも観光の仕事はもっと幅広く、奥深い。企画やマネジメント、語学、ITの知見も求められます。模擬授業や多様な就業体験を通して体系的に観光業を知ると、“なぜ掃除をするのか”など一つひとつの仕事の意味が分かって、同じ掃除でもやる気が出るんですよ。観光業の多彩な面を高校生たちに知ってほしくて、今回のプログラムを考えました」(石坂さん)


石坂大輔さん。小石屋旅館を含む4軒の宿のほか、旅行会社「シブズツアーズ」も経営

対象を大学生ではなく高校生としたのは、石坂さん自身が長年インターンを受け入れる中で実感してきたことが背景にあります。「高校生の9割が進学する時代、進路を選ぶ前の段階で観光業の魅力を知ってもらうことが必要だと感じています。観光を学ぶ大学や専門学校へ進む選択肢が生まれたら、とても嬉しい」(石坂さん)

長野県がインターンシップをバックアップ

このインターンシップは、長野県が取り組む観光地域パッケージ型インターンシップ促進事業を活用しています。県のバックアップを受けて、一泊二日の多彩なプログラムが実現しました。県観光部観光誘客課の松倉弘樹さんは、インターンを支援する県の取り組みについてこう話します。


長野県観光部観光誘客課の松倉弘樹さん

「コロナ禍を経て、観光業界は特に人材不足が深刻です。県の基幹産業である観光の未来を見据えると、長期的な人材確保と育成は早急に取り組むべき課題。人口減少や労働人口不足に対応するDX化やAIの活用でマンパワーを省力化する取り組みも必要ですが、人材確保との両輪で進めていかなくてはなりません。観光業は旅館業だけでなく交通やツアー企画、ガイドなどさまざまな業種にまたがる仕事なので、『パッケージ型』を掲げました。多岐にわたる仕事を体験することで、観光業に興味を持ってもらえたら。観光業に従事する人は、過去に訪れたことがあるなど、思い入れのある観光地で働くことを希望する人が多いと聞きます。インターンシップを通じて県内の温泉地の魅力や働く人に触れ、未来の選択肢につながればと思います」(松倉さん)

参加した高校生は16名。自己紹介では、それぞれ参加理由を話してくれました。「英会話が好きで、観光の仕事に興味がある」「観光学部への進学を考えている」「経営に興味があって」「幸せな地域づくりに関心がある」など、思いはさまざまです。

「この中で、旅館に泊まったことがある人は?」と石坂さんが尋ねると、8割の参加者が手を挙げました。石坂さんいわく、他県の大学で同じ質問をすると2割の学生しか手を挙げないこともあるそう。「旅館のお客様は高齢の方が多いです。若い世代に興味を持ってもらわなければ、20年後30年後、観光業自体が衰退してしまう。ぜひみなさんに興味を持ってほしい」と話しました。

石坂さん自身のことも自己紹介。「みなさんと同じ高校生の時に一人で海外を旅して、観光に目覚めました」。大学卒業後は証券会社勤務を経て海外留学。34歳で長野に移住し、宿の経営のほか旅行会社もスタートしています。「観光業の楽しさをみなさんに体験してほしくて、今回の企画を立てました」

模擬授業①/チームビルドを学ぶ

1日目の午前中は、4大学の現役教授と講師による多彩な模擬授業を行いました。「観光」をキーワードにしながら、異なる視点と豊かな知見で繰り広げられる授業はどれも興味をそそる内容で、観光業の奥深さ、おもしろさが伝わってきました。その一部を紹介します。

京都外国語大学グローバル観光学科の松瀬理保先生は、組織開発と人材育成のプロフェッショナル。模擬授業は、「チームビルド」をテーマにしたゲーム形式のワークショップです。


京都外国語大学の松瀬理保先生

グループに分かれ、見本と同じようにレゴブロックを組み立てるチーム対抗戦。ただしいくつかのルールがあります。「組み立てるビルダーを一人決め、それ以外の人はブロックに触れてはいけない」「ビルダーは見本を見てはいけない」「ビルダー以外のメンバーがメッセンジャーになり、10秒ずつ見本を目で確認し、形状を言葉だけでビルダーに伝える」「制限時間8分」といったように。

学生たちは言葉限定のコミュニケーションに苦労しながらも楽しそうで、ゲームは大いに盛り上がりました。しかし、松瀬先生から全員に声をかけた時点で制限時間オーバーの10分が経過。「観光の現場で働くには、感覚ではないタイムマネジメントが基本です」と松瀬先生。終了後、「何を学んだか」「どうしたらチームとしての生産性が高まるか」を振り返りました。

ゲームを通して松瀬先生が伝えた観光業におけるポイントは5つ。「全体像の共有と役割分担」「数字で伝える(定量表現)」「ベクトル(方向性)共有」「双方向型コミュニケーション」「ポジティブマインドの連鎖」です。

双方向型コミュニケーションとは、例えばビルダーがメッセンジャーに「次はこの部分を見てきて」と伝えるなど、互いに対話すること。「ポジティブマインドの連鎖」とは感謝や期待を伝えることで、具体的には「ありがとう」「ここいいね」と言葉で伝えることです。

かつてCAとして働いていた松瀬先生。経営破綻した日本航空の改革を例として挙げました。破綻前は上位下達で、それぞれ与えられた仕事のみこなしていたこと。改革後、「JALフィロソフィー」という共通の目標を掲げて全社一丸となり、組織の中で自分に何ができるかを考える風土になったこと。

「社会構造も組織のあり方も変わり、正解が見えにくい時代です。現場の問題を解決するには、一人ひとりが組織の歯車として与えられた仕事をこなすだけではなく、時には越境して柔軟に行動しなくてはなりません。横断しながらコミュニケーションをとるチーム作りが大事です」(松瀬先生)

模擬授業②/地方の魅力を掘り起こそう

上田市にある長野大学からは、副学長であり環境ツーリズム学部で教える熊谷圭介教授が登壇して模擬授業を行いました。観光計画学や観光交通、景観工学が専門で、これまでに全国各地のまちづくりに携わってきました。


長野大学の熊谷圭介教授

日本の地方都市は空き家や空き店舗、荒廃したリゾートなど、景観面で多くの課題があります。「けれど地方都市にこそ、美しい自然や独自の伝統文化があります。ここに観光の光を当てることが日本の課題です」と熊谷教授。

ここで、学生に自分の街の魅力を尋ねました。「小諸市には、標高1000mの場所から街を見下ろすレストランがある」「4つの社がある諏訪大社が自慢」といった声が挙がります。

「自分の街の良さを感じて、説明できること。これが観光の基本です」(熊谷教授)

地方では「この街には何もない」が住民の口癖になっていることが少なくありません。熊谷教授が取り組む観光まちづくりでは、住民が自慢できる食や自然、文化などの体験を提供することで観光客が訪れるようになること、住民が町の魅力を再発見することをセットで目指しています。

「これまでの名所旧跡を案内するような観光に対し、住民を巻き込んで観光を図るのが『着地型観光』。旅行者のニーズも、名所や名物だけでなく、地域の暮らしや文化を楽しみたいなど多様化しています」(熊谷教授)

人間は、視覚から環境の情報の8割をも得ると言われます。そのため、観光まちづくりで「風景の力」は非常に重要。熊谷教授は、風景の力を引き出す原理を具体例とともに紹介しました。

例えば「距離・角度の原理」では、パリのエッフェル塔が離れた場所から見上げた時に美しい角度で見えるよう設計されていること。「フレームの原理」では、建築家、丹下健三による「広島平和記念資料館」と慰霊碑と原爆ドームが直線上に並んで見えるよう設計され、見る人の心に刻まれる風景を生み出していること。「見立てる原理」では、地方都市では山を富士山に見立てて「〇〇富士」と名付ける事例を紹介しました。都市計画を専門とする熊谷教授ならではの視点がユニークで、興味深い内容でした。

旅館で就業体験!

午後は、複数の旅館で仕事体験。チェックインが始まる15時からは到着したお客様を出迎えて客室へ案内したり、夕方は配膳や布団敷きをしたりと、現場の仕事を体験しました。

海外旅行者に人気の老舗旅館「古久屋(こくや)」では、英会話に興味がある学生がオーストラリアから訪れた旅行者とコミュニケーションをとっていました。翌日のチェックアウト後に金沢に行くと聞き、おすすめのコースを考えて英語で提案することに。古久屋のスタッフの方も英語が堪能で、「英語が話せたら世界中の人と話せて楽しいよ」と学生に言葉をかけます。


オーストラリアからの宿泊客と会話


チェックイン前には館内の掃除を


フロント業務も体験

夜はアイデアを出し合うハッカソンを実施し、各宿に宿泊。2日目の朝は朝食の配膳や食事の準備を担当しました。その後、渋温泉の大湯源泉の見学ツアーへ。ここでは、地元の強みを活かすコンテンツ作りの授業も行いました。午後は立教大学観光学部のゼミ合宿に合流し、大学生と一緒にワークショップを行いました。


立教大学観光学部の学生と一緒にワークショップ


渋温泉の大湯源泉の見学ツアー

インターンシップに参加した高校生の声

・旅館で働く人の姿を見て実際に体験することで、普段とは違う視点でサービス業を学ぶことができました。渋温泉に行けたこともいい経験になりました。大学生と交流できたことがとても刺激になりました。大学の学びというものを体験できて良かったです。(高校3年生・女性)

・進路の幅を広げるために参加しました。一泊二日と短い期間ではありましたが、インターンシップ(職業体験)だけに特化した内容ではなく、地域活性化や大学生との交流など盛り沢山な体験ができよかったです。日常の生活ではなかなか関わることのできない人々と交流できたことで、自分のモチベーション向上や、価値観の多様化にもつながりました。渋温泉の明るく、チームワークに富んだ魅力を知る機会となりました。(高校1年生・女性)

・一番印象に残っているのが、大学生の皆さんとグループワークを通じて観光についての理解や興味を深められたことです。さまざまな考え方やアイデアを吸収することができ、とても勉強になりました。(高校1年生・女性)

・大学の先生方のお話が進路選択に非常に役立ちました。私は国際関係と観光に興味を持っており、どちらかの道を選ばなくてはいけないと思っていました。しかし、模擬授業で両方の分野を学び、将来は国際的な観光業の職業につきたいと具体的に決めることが出来ました。(高校1年生・女性)

観光業のこれから

自身の宿だけでなく、渋温泉の他の旅館のインターン受け入れサポートも2015年から行っている石坂さん。インターンを受け入れるようになってから、渋温泉全体の採用活動の変化を感じています。なかでも従業員寮の改装や、食事において宗教的事情や栄養面に配慮するなど、働きやすい環境づくりが進んでいるそう。こうした取り組みが渋温泉地域にとどまらず、日本の観光業界全体に良い影響を与えることを目指しています。

「渋温泉に限らず、観光業界に入ってくる人が増えたら嬉しいですね。観光人材が足りないのは全国どこも同じ。渋温泉地域で観光人材を育成するモデルを作って他の地域でも活用できるようにしたいと考えながら、今は取り組んでいます」(石坂さん)

2日間を振り返って石坂さんは「高校生たちは受け答えや行動がきびきびしていて、観光業に強い興味を持って参加していることが伝わってきました。長野県は観光が一大産業ですから、今の興味を持ち続けて、素晴らしい観光人材になってくれることを期待します」と話してくれました。

長野県では今後も各地で「観光地域パッケージ型インターンシップ」の開催が予定され、長野県がバックアップします。長野県や観光業にご興味のある方は、ぜひ参加してください!

取材・文:石井妙子 撮影:宮崎純一

                   

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